ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 外伝20 ― 地下のロイヤル・アーチ

 映画「ダ・ヴィンチ・コード」で、主人公のラングドンとヒロインのソフィーが最後に訪れた場所、それがロスリン礼拝堂でした。このシーンが象徴するように、研究者や歴史家にとって、非常に重要な建造物がロスリン礼拝堂であり、その建造は彫刻を含めて秘かに研究者たちを唸らせます。
 しかし反面、彼らが頭をひねってしまう問題もロスリン礼拝堂には多々あります。その一つが礼拝堂の巨大な西の壁です。これが建物全体からは不調和でこの建物が未完成のままに見せるのです。
 これについての大方の見方は、マイケル・ベイジェントとリチャード・リーの著書『テンプル騎士団とフリーメーソン』での次の記述が代弁しているでしょう。

「あたかも建築者が見事な技量と素材を手間暇も資金も惜しまず注ぎ込みながら、あるとき突然、作業を中止したかのようである。資金が尽きたのである。現存する西壁には巨大な石の塊が突き出たまま放置され、これを完成する石は二度と到着しなかった。」

 ダン・ブラウンの著書『ダ・ヴィンチ・コード』の種本である『レンヌ=ル=シャトーの謎』を著した彼らをしても、「ロスリン礼拝堂は資金が尽きて未完成のまま」との評価なのです。
 しかし『封印のイエス』の著者であるクリストファー・ナイトとロバート・ロマスは、その探求と詳細な調査で、この評価が全くの見当違いであることを明かしていきます。
 今回は『封印のイエス』の記述を追いながら、実はロスリン礼拝堂は、未完成に見えるままで完全に完成しており、それがそのままテンプル騎士団と石工組合(メーソン)、そしてフリーメーソンを繋ぐ要石でキーとなっていたその驚くべき事実を主体にして見ていきます。
(seiryuu)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 外伝20 ― 地下のロイヤル・アーチ
ロスリン礼拝堂の巨大な西の壁

ヘロデ神殿の地下構造 ~ロイヤル・アーチの「トレーシング・ボード」


ウィリアム・シンクレアが、設計と監督、そして石工たちに施工指導までも施し、40年以上の年月をかけて完成したロスリン礼拝堂1486年に完成したこの礼拝堂の外観は、老学僧ランベールが1120年に模写した絵画「天上のエルサレム」にそっくりです。

この絵画のもとは、ユーグ・ド・パイヤンら9人のテンプル騎士団創設期の騎士たちが、ヘロデ神殿跡の地下から発掘したであろうクムラン宗団の重要文書(聖杯)です。
クムラン宗団の重要文書の発掘に関して『封印のイエス』は次のように記述しています。

「1894年、チャールズ・ウィルソン中尉率いる調査隊が、ヘロデ神殿跡の地下室を学術調査した。その結果、その地下室は要石を使ったアーチ構造になっていることが確認された。のみならず、彼らはその地下の広間で、740年前の聖堂騎士団の遺品を発見したのである。・・・これらは現在、スコットランド聖堂騎士団関係の記録係官ロバート・ブラインドンのもとにある。」

その遺品の発見から、ユーグ・ド・パイヤンら9人の騎士たちが、ヘロデ神殿跡の地下室に入り、調査したのは間違いないでしょう。そして、このヘロデ神殿跡の地下室での重要な点は、その構造が「要石を使ったアーチ構造になっている」ことです。

実は、このヘロデ神殿跡の地下室を絵図として収めているものが存在しているようなのです。「トレーシング・ボード」と呼ばれるものです。

編集者註:フリーメーソンの第13階級「ロイヤル・アーチ」のトレーシング・ボードが示す神殿の発掘の様子

フリーメーソンには、「彼らにとって「完全への道のりをシンボリックに示す霊的案内図」とでも言うべき「トレーシング・ボード」というものがある」(「to C 別館」)ようで、その中でも、ロイヤル・アーチ階級独自の「トレーシング・ボード」が、神殿跡地下室を表現しているようです。

更にロイヤル・アーチ階級では、その儀礼の中に、ユーグ・ド・パイヤンら9人の騎士たちが、神殿跡地下室で発掘を進めている様子を取り入れたようなのです。

『封印のイエス』では、ロイヤル・アーチの「トレーシング・ボード」を、「示されているのはまさしく神殿の発掘の様子にほかならない。背景に見えるのは崩壊したエルサレムと神殿の遺跡であり、前景にはその地下にある小部屋が描かれている。中央パネルには、発掘に使う道具とともに、発掘された秘密文書が置かれているのだ。」と指摘しています。

そして、ロイヤル・アーチ儀礼には、騎士たちの発掘の事実が次のようにはっきりと描かれている。としています。

《・・・瓦礫を取り除くと、堅い岩のようなものがあり、これを鉄の梃で打つと、鈍く響く音がしました・・・さらに瓦礫を取り除くと、それは堅い岩では無く、アーチの形に組み上げられたいくつもの石の一つであり、かつてこの構造物を作った建築家たちの計画には、何ひとつ無駄なものはなかったということがわかりました。》

テンプル騎士団の神殿地下の秘密文書発掘が、丸々フリーメーソンの中に儀礼として取り込まれているのです。

全てがヘロデ神殿跡の再現 ~完成していたロスリン礼拝堂


実は、ロスリン礼拝堂の重要点は、その外観以上に内部の作りであり、地下構造物なのです。『封印のイエス』は次のように記述しています。

「この礼拝堂の建設は、当時としては異例の速さで完成したが、その土台部分の建築には極めて長い年月を要した、・・・。おそらくその地下は、地上部分よりもはるかに巨大な構造になっているに違いない。」

この記述内容が事実ならば、ウィリアム・シンクレアはなぜそこまでの労力と時間、そして資金を注ぎこんでまでも、地上部分よりもはるかに巨大と見られる地下構造物を建築したのか?

結論をいえば、ロスリン礼拝堂とは1118年時点での地表部が破壊されたヘロデ神殿跡そのままの再現だったからです。

『封印のイエス』ではロイヤル・アーチ儀礼に次のような一節があります。

《・・・極めて美しく、また対照的な2本の柱が発見されました。・・・さらに発掘を続けると、もう6対の柱があり・・・地下に柱廊の跡があり、至聖所へと続いていました》

これが「合計14本の柱―まさにロスリンで見たものと同一である! ウィリアム・サン・クレアは注意深くこの指示に従ったのだ。・・・」と、ヘロデ神殿地下内部とロスリン礼拝堂の内部の構造が同じであったことを指摘しています。

そして「あとがき」では次の決定的な事実を明かしています。

「われわれはロスリン礼拝堂に関して、もうひとつの重要な発見をしていたのである。われわれはオーバーヘッド・プロジェクターを使ってその新発見を披露した。ロスリン礼拝堂の平面図と、ヘロデ神殿遺跡の平面図を重ね合わせてみたのである。両者は、似ているのではなかった。まったく同一だったのである! 未完成と見える西の壁も同一であり、主要な壁、そして柱の配置も、ぴったり重なった。」
編集者註:ロスリン礼拝堂(上)とヘロデ神殿(下)の平面図の比較。左側に西の壁、右側にヤキンとボアズの2本の柱、そして中央に至聖所がある。

ウィリアム・シンクレアは、ロスリン礼拝堂をヘロデ神殿の再現として、つまり、その地下の至聖所には「聖杯」を収める建造物として建築したのです。

そして事実、「聖杯」は一時そこに納められていたようなのです。あの映画「ダ・ヴィンチ・コード」のラストのシーンのように・・・。


ロスリン礼拝堂そのものが、「聖杯」と「聖杯の発掘」を視覚のみならず、全身で実体験できる「トレーシング・ボード」そのものであり、ロイヤル・アーチ儀礼そのものでもあったのです。


袂を分けたシオン修道会とテンプル騎士団 ~シオン修道会のルーツ


要石の組み合わせによるアーチ型の地下巨大構造物を擁するロスリン礼拝堂の建築には、多くの石工が必要だったのです。

欧州全域から集められた石工や熟練工たちは、そのロスリン礼拝堂の秘密、財宝の一部を当然ながら知ることになります。その口を封じ秘密を守るため、ウィリアム・シンクレアが取った手段が、石工組合(メーソン)の設置だったのです。

石工たちをフリーメーソンの下部組織、つまり職能メーソンの一員として仲間に加え、その秘密を守らせたわけです。

フリーメーソンリーの発祥の地は、15世紀中葉のロスリン礼拝堂にほかならい。」との言葉は、確かに頷けるのです。

このロスリン礼拝堂を建築したシンクレア家は、アメリカへの植民を既に始めており、シンクレア家を介したテンプル騎士団からフリーメーソンへの流れが、アメリカ建国へと繋がっていくわけです。

編集者註:フリーメーソンの正装をしたジョージ・ワシントン

ただし、前回触れた通り、近代メーソンの発足の大きな流れの一つはこのテンプル騎士団からの流れですが、もう一つは「秘密の力」古代メーソンからの流れでもありました。

更には、シンクレア家を介したテンプル騎士団の流れは悪魔崇拝ではありませんが、同じテンプル騎士団でも悪魔崇拝に汚染された流れもあります。

シオン修道会からその実働部隊としてテンプル騎士団が設立されたのですが、『レンヌ=ル=シャトーの謎』(マイケル・ベイジェント、リチャード・リー、ヘンリー・リンカーン著)の記述では、「1188年以前、シオン団とテンプル騎士団の総長は同一人物が兼ねていた。たとえばユーグ・ド・パイヤンやベルトラン・ド・ブランシュフォールは両方の組織を指揮していただろう。」

しかし「楡の木を切るように」、テンプル騎士団とシオン修道会は袂を分かち、「1188年、シオン団は現在にまで受け継がれるプリウレ・ド・シオン団(シオン修道会)に組織の名称を変更した」としています。

テンプル騎士団とシオン修道会が袂を分かったのは、ある時期からテンプル騎士団、そのトップたちが悪魔崇拝に汚染されていったのがその理由だったのかも知れません。
シオン修道会は、ほぼ悪魔崇拝には汚染されず続いてきており、シンクレア家の系統はこちら側に組していたように思えます。

ブログ「レンヌ・ル・シャトーの謎」ではシオン修道会の最初のルーツを、オルムスと名のる人物のある種のヘルメス、グノーシス組織」としています。

オルムス、実は既に外伝9で取り上げています。エジプト聖職者オルムスは、聖マルコに洗礼を受け、オルムス派を組織します。カタリ派の一つですが、別名は「(古代)黄金薔薇十字団です。この秘教組織がずっと存続し、シオン修道会になったわけです。

ただし、この「薔薇十字」という名称は非常にややこしい曲者でもありました・・・。



Writer

seiryuu様プロフィール

seiryuu

・兵庫県出身在住
・いちおう浄土真宗の住職
・体癖はたぶん7-2。(自分の体癖判定が最も難しかった。)
・基本、暇人。(したくないことはしない。)
・特徴、酒飲み。アルコールには強い。
・歯が32本全て生えそろっている(親不知全て)原始人並み。

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