ユダヤ問題のポイント(日本 昭和編) ― 第30話 ― ナチス・ドイツ製原爆

 2016/01/03の竹下さんの記事は、「ベラスコの告白 広島原爆はナチス製だった」の題で『ヘブライの館2』の「ベラスコの告白」記事にリンクされていました。
 記事の内容はごく簡単にはスパイのベラスコによって明かされたこと、ナチスによって製造された原爆がロンメル将軍によって米国に渡されたというものです。記事をレポートしたのは高橋五郎氏、ベラスコに対する取材でその激しいやり取りの中で互いに親しくなり、ベラスコからは高橋氏は「息子」と、高橋氏はベラスコを「義父」と呼ぶような仲となります。
 このスパイのベラスコですが、戦時中TO機関(日本名では東機関)という謀略機関があり、米国などからの機密情報が日本に、そしてナチスにもたらされました。それにはマンハッタン計画など貴重な軍事情報があり、正確な情報でした。ただし、日本側はその貴重な情報を活かすことができませんでしたが…。このTO機関の実質的な主幹がベラスコです。
 更に驚くべきは、ベラスコはSS情報部に居住の後ベルリン陥落寸前までベルリンの地下官邸でヒトラーらと共に過ごし、1945年4月21日にヒトラーと地下官邸を脱出したというのです。このことは高橋五郎氏著『天皇の金塊とヒロシマ原爆』に記されていることです。
 さらに刮目は高橋五郎氏の喝破、ベラスコの実体は日本やナチスに所属するスパイではなく、高橋五郎氏の言葉では「結社の秘密諜報員」であり、むしろ日本とヒトラーを監視していたというのです。戦争の実情、その奥深くの裏の裏まで見ていた人物がベラスコと言えるでしょう。
 「金の百合」情報を含めて『ヘブライの館2』の「ベラスコの告白」記事を更に詳細にした内容となっているのが『天皇の金塊とヒロシマ原爆』、今回はこの本を参照しながら原爆の実態を探っていきます。
(seiryuu)
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ユダヤ問題のポイント(日本 昭和編) ― 第30話 ― ナチス・ドイツ製原爆

玉音放送の謎の部分


玉音放送を聞く日本国民
Wikimedia_Commons [Public Domain]

昭和20(1945年8月15日、日本に玉音放送が流れました。昭和天皇による「ポツダム宣言」受諾、日本の終戦を告げるものでした。

「ポツダム宣言」は、米英中の三国が日本に対して発した降伏勧告の宣言です。このポツダム宣言の受諾の理由として、意訳としては次の内容が昭和天皇によって述べられました。

戦局は必ずしも好転せず、世界の情勢もまた我々に不利である。そればかりでなく、敵は新たに残虐な爆弾(原子爆弾)を使用して、多くの罪なき人々を殺傷し、惨害がどこまで広がるかはかり知れない。なおも戦争を続けるなら、ついには我が民族の滅亡を招くだけでなく、ひいては人類の文明をも打ち壊すことになるであろう。
ハフポストより)

この文言では、ポツダム宣言の受諾の大きな理由となったのが原子爆弾投下であったとしているのは明らかです。

原爆投下映像 広島と長崎 リトルボーイとファットマン

ただし、この取り上げた玉音放送の最後のところは何を意味しているのか謎でもあります。戦争を続けるならば「日本民族の滅亡を招くだろう」、この部分は分かります。しかし問題は次です。この続きは原語では次の言葉になっています。

人類ノ文明ヲモ破却スヘシ
Wikipediaより)

戦争を続けたならば「人類ノ文明ヲモ破却」することにもなる?…、
戦争の継続がなぜ日本滅亡だけでなく、「人類ノ文明ヲモ破却」に繋がるのか?

日本はこの玉音放送の時点では完全に自国の制空権も失っており、いわば「刀折れ矢尽きる」状態のはずであるにもかかわらず…

「人類ノ文明ヲモ破却」?
逆に言えば「人類ノ文明ヲモ破却スヘシ」の状態になるのはどういう場合か?

これは日本と連合国側で、互いに原爆炸裂の応酬以外には考えにくいものです。これは「まさか、ありえない」事態です。ところが実際に、昭和天皇はこのことをどうも強く懸念していたようなのです。



いずれにしても、当時の原爆についての実際を洗い直す必要はあるでしょう。それも幾つかの違った角度からの見直しです。

  • 原爆製造の過程、その実際
  • 原爆投下の影響とその意味
  • 原爆と昭和天皇の関わり

以上の3点から、原爆の実際について今回から洗い直しをしていきたいと思います。


ボーア博士の報告はドイツ原爆完成


定説では、原爆誕生は米国の「マンハッタン計画」によります。そのきっかけは、アインシュタインたち米国亡命のユダヤ人科学者からの書簡とされます。ウィキペディアの「マンハッタン計画」記事の「背景」には次のようにあります。

ナチス・ドイツが先に核兵器を保有することを恐れた亡命ユダヤ人物理学者レオ・シラードらが、1939年、同じ亡命ユダヤ人のアインシュタインの署名を借りてルーズベルト大統領に信書を送ったことがアメリカ政府の核開発への動きをうながす最初のものとなった。この「進言」では核連鎖反応が軍事目的のために使用される可能性があることが述べられ...(以下略)


「マンハッタン計画」がスタートするのは1942年ですが、核連鎖反応による爆弾開発の可能性が米国政府首脳に示されたのは1939年ということです。

また、同記事の続きでは、同年に英国亡命ユダヤ科学者が「ドイツが核兵器を開発しつつあることに対する警告の2つのレポート」を作成したとあります。ナチス・ドイツが連合国側に先行して核爆弾開発に取り組んでいたのは明白です。

ただし、定説ではナチス・ドイツは原爆製造までは至らなかったとされます。実際はどうだったのか?

高橋五郎氏著『天皇の金塊とヒロシマ原爆』p91に次のように記されてあります。

1939年10月、デンマークに逃げ込んだボーア博士のもとを、1941年9月に訪ねたのが、ボーア博士の後釜に座ってドイツ核物理学会の頂点に立ったハイゼンベルグ博士でだった。
(中略)
ボーア博士はハイゼンベルグ博士の話の内容から、原爆完成の可能性を確信し、「オスロ・レポート」を通して、チャーチル首相に早急にドイツ原爆製造工場の破壊と完成原爆の奪取を進言した。

ニール・ボーア
Wikimedia Commons
[Public Domain]
ヴェルナー・ハイゼンベルク

当時の核研究のトップだったのがニールス・ボーア博士で、彼は反ナチズムでデンマークに逃亡、そこに訪ねてきたのが教え子のハイゼンベルグ博士。(ハイゼンベルグ博士は核開発の国際協定案を提言し、ボーア博士は断りますが)その会話でボーア博士は、ナチスが核爆弾を完成させていると確信。それを「オスロ・レポート」として報告し、対応を進言したというのです。

実際、この後チャーチルは、特殊部隊などをノルウエーに潜入させ、重水貯蔵所を破壊すべく攻撃させています。これはウィキペディアの「ドイツの原子爆弾開発」記事に、1942年11月の「フレッシュマン作戦」、1943年2月の「ガンナーサイド作戦」として記載されています。


ただし、一方で定説では、このボーア博士の「オスロ・レポート」は「ハイゼンベルグ博士も本当は反ナチズムであり、原爆開発を意図的に遅らせていた」とする内容としていたようです。

しかし、この定説が誤りであったとする2002年の「ニューヨークタイムズ」紙の記事があり、これを読売新聞が転載しており、これらの内容を『天皇の金塊とヒロシマ原爆』p91以降に記されています。

ボーア博士の報告はナチス・ドイツが原爆完成、となるとナチス・ドイツは1941年後半には原爆をほぼ完成せていたと見て良いでしょう。定説は意図的に誤情報を流していたことになります。


原爆開発はUFOと共に


原爆に関連する定説は、様々な角度から世界人民を意図的に誤誘導するものでした。原爆開発の背後には、支配層が世界人民に「知られてはマズイ」ものがあったからに違いないでしょう。

結論から言えば、その「知られてはマズイ」ものは「秘密の宇宙プログラム」がナチス・ドイツで進展させられていたことでしょう。

『天皇の金塊とヒロシマ原爆』は、基本として著者である高橋五郎氏が質問し、それに対するベラスコの回答から構成されています。その同本のp113、高橋五郎氏とベラスコとの質疑応答が次のように記載されています。

Q「新型爆弾つまり原爆の製造場所はどこか?
A「ペーネミュンデだ」
Q「工場の規模は?」
A「大規模だった。そこでは、V1・V2ロケットなどが製造され、ロンドン攻撃などに使われた。チェコ以外の諸工場で製造された新兵器の肝心な部分は、そのペーネミュンデ工場で組み立て、完成されていた。ドイツは“UFO”もここで製造していた。当時、すでに時速300キロの推力をもつ別の飛行体もそこで製造されていた」

高橋五郎氏の質問に対してベラスコは、原爆はペーネミュンデの兵器工場で製造されたこと、そして、その工場ではV1・V2ロケットなどとあわせ“UFO”もここで製造していたことを明かしているのです。

ペーネミュンデでのV2ロケットの打上げ
(1943年)

つまり、UFO技術と原爆開発は同時進行で進められていたことになります。即ち、原爆開発は、背後には秘密の宇宙プログラムがあり、その一環だったとも言えます。宇宙人(地底人)グループの意志がそこに動いていたということです。

地上レベルに話を戻すと、このペーネミュンデの兵器工場に関して同本では続いて重要なことも述べらています。p117~118です。

ベラスコのいうペーネミュンデの原爆開発工場は、ウォーバーグ一族の融資とシュローダー商会やI・Gファーベン(スタンダード石油社)を共同所有するロックフェラー一族の融資で運営されていた工場である。
(中略)
(原爆開発)情報の進捗に内通していた人物は、ロスチャイルド卿はむろんのこと、ロスアラモスの開発責任者オッペンハイマー博士、アインシュタイン博士とのその友人のバートランド・ラッセル卿ほかだった。ラッセル一族は、エール大学の秘密結社「スカル・アンド・ボーンズ」を設立した一族である。

ヒトラーおよびナチスの背後にはロックフェラーなどの国際金融家がおり、戦争中も彼らはナチス・ドイツを支援していたことは度々指摘しています。その彼ら国際金融家に、原爆開発の情報は伝わってもいたのでした。

また、情報が伝わった一人に、面白いことに「マンハッタン計画」責任者のオッペンハイマー博士がいたようです。1943年米国に潜入したベラスコは、ロスアラモスの原爆開発スタッフの士気の無さと無統率ぶり、オッペンハイマーのやる気のなさの報告を出しています。

見せかけ・ポーズはともあれ、要はオッペンハイマーたちは、原爆開発する必要性を感じていなかったようなのです。

J・R・オッペンハイマー
Wikimedia Commons
[Public Domain]


Writer

seiryuu様プロフィール

seiryuu

・兵庫県出身在住
・いちおう浄土真宗の住職
・体癖はたぶん7-2。(自分の体癖判定が最も難しかった。)
・基本、暇人。(したくないことはしない。)
・特徴、酒飲み。アルコールには強い。
・歯が32本全て生えそろっている(親不知全て)原始人並み。

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