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ぴょんぴょんの「夏の夜のミステリー」 ~黒木昭雄氏が命がけで追いかけたもの
現実に起こったミステリー「岩手17歳女性殺害事件」
だよねえ、印象薄いよねえ。
2008年7月1日4:30pm、岩手県山中の道路沿いの川で、女の子の遺体が発見された事件。現在、容疑者の小原勝幸(おばらかつゆき)に、懸賞金300万円がかけられて、全国指名手配されているけど、14年経った今もまだつかまってない。
2008年7月1日4:30pm、岩手県山中の道路沿いの川で、女の子の遺体が発見された事件。現在、容疑者の小原勝幸(おばらかつゆき)に、懸賞金300万円がかけられて、全国指名手配されているけど、14年経った今もまだつかまってない。
ことの始まりは2006年、小原は先輩Z(当時30代)に紹介され、埼玉県の大工見習いに入ったが、数日で逃げ出してしまった。
先輩の顔にドロを塗ったため、小原は郷里の岩手に戻れず、各地を転々とした。
2007年のある日、宮城県のゲームセンターで、小原と友人は、当時高校1年の女子2人をナンパした。それが同姓同名、同学年の、2人の佐藤梢だったんだ。
先輩の顔にドロを塗ったため、小原は郷里の岩手に戻れず、各地を転々とした。
2007年のある日、宮城県のゲームセンターで、小原と友人は、当時高校1年の女子2人をナンパした。それが同姓同名、同学年の、2人の佐藤梢だったんだ。
小原は、梢Aを彼女にしたが、梢Bとも面識があった、ここ大事。
同2007年、小原は、梢Aと末弟(三男)と共に、Z宅に詫びに行った。
梢Aは車に残り、小原と同行したのは三男だけ。
小原は日本酒一升ビンを差し出し、非礼を詫びたが、Zは日本刀を持ち出し、その切っ先を小原の口に入れ、迷惑料として120万円を要求した。
同2007年、小原は、梢Aと末弟(三男)と共に、Z宅に詫びに行った。
梢Aは車に残り、小原と同行したのは三男だけ。
小原は日本酒一升ビンを差し出し、非礼を詫びたが、Zは日本刀を持ち出し、その切っ先を小原の口に入れ、迷惑料として120万円を要求した。
そう思うのがふつうだね。
Zは小原の頭を2~3発殴り、120万円の借用書を書かせた上、連帯保証人を要求した。同席した三男は拒否、Zは「ならば指を置いていけ」と小原の左手小指の上に包丁を当て、小指から血が流れた。
それで、小原は、梢Aの名と電話番号を保証人として書いてしまった。
Zは小原の頭を2~3発殴り、120万円の借用書を書かせた上、連帯保証人を要求した。同席した三男は拒否、Zは「ならば指を置いていけ」と小原の左手小指の上に包丁を当て、小指から血が流れた。
それで、小原は、梢Aの名と電話番号を保証人として書いてしまった。
もちろん、小原に120万なんておカネは払えない。
結局また、梢Aとの逃亡生活に戻ったが、Zはネットに小原の顔写真と名前をサラし、「見つけたら必ず殺してやる。家に火をつける」などと言って回った。
梢Aの携帯にも、Zからの電話があったので、2008年、小原と梢Aは久慈署に恐喝事件の被害届を出した。
ここ、大事だから覚えといてね。
結局また、梢Aとの逃亡生活に戻ったが、Zはネットに小原の顔写真と名前をサラし、「見つけたら必ず殺してやる。家に火をつける」などと言って回った。
梢Aの携帯にも、Zからの電話があったので、2008年、小原と梢Aは久慈署に恐喝事件の被害届を出した。
ここ、大事だから覚えといてね。
その1ヶ月後(6月29日)、小原のDVに耐えかねた梢Aは、宮城の実家に逃げ帰った。
ここが、運命の分かれ道になる。
その後から、「恐喝被害届を取り下げたいから、一緒に行ってくれ」という小原からの電話やメールがしつこく入ったが、梢Aは無視した。
ここが、運命の分かれ道になる。
その後から、「恐喝被害届を取り下げたいから、一緒に行ってくれ」という小原からの電話やメールがしつこく入ったが、梢Aは無視した。
いいとこ、突いてるよ。
その日9:30 pm、小原は、殺された方の梢Bに電話。
「相談したい、今から会えないか」と、呼び出した。
小原と待ち合わせたコンビニに梢Bがいる姿が、防犯カメラに残っている。
10:00 pmすぎ、今度は梢Bから梢Aに電話がかかってきた。
その日9:30 pm、小原は、殺された方の梢Bに電話。
「相談したい、今から会えないか」と、呼び出した。
小原と待ち合わせたコンビニに梢Bがいる姿が、防犯カメラに残っている。
10:00 pmすぎ、今度は梢Bから梢Aに電話がかかってきた。
そう、2人は数回メールでやり取りし、日が変わった6月29日0:30 am以降、梢Bからのメールは途絶えた。
その後、2:14 am、ガソリンスタンドの防犯カメラに映っていた小原は、右手に白い布のようなものを巻いていた。
その後、2:14 am、ガソリンスタンドの防犯カメラに映っていた小原は、右手に白い布のようなものを巻いていた。
違うね、小原と梢Bが会ったのは、6月28〜29日、梢Bの死亡推定日時は6月30日〜7月1日。小原は殺してないよ。
しかも翌朝7:00 am、小原は手のケガを写メで梢Aに送っている。
そのメールにも、「被害届を取り下げるから、もう一度盛岡にきてくれなきゃ困る」とあった。
しかも翌朝7:00 am、小原は手のケガを写メで梢Aに送っている。
そのメールにも、「被害届を取り下げるから、もう一度盛岡にきてくれなきゃ困る」とあった。
警察だって聞き込みしてるから、もちろん知ってたはず。
しかも次男夫婦は、小原に頼まれて、車内に残された元カノ梢Aの所有物を整理したけど、車内で殺人が行われたような血痕やシミは無かったと証言している。
さらに、小原の右手を診察した医師によると、右手握力はゼロに近く、握ることも開くこともできない状態で、梢Bの首を絞めて殺すのは不可能だった。
しかも次男夫婦は、小原に頼まれて、車内に残された元カノ梢Aの所有物を整理したけど、車内で殺人が行われたような血痕やシミは無かったと証言している。
さらに、小原の右手を診察した医師によると、右手握力はゼロに近く、握ることも開くこともできない状態で、梢Bの首を絞めて殺すのは不可能だった。
久慈警察署
Author:Ebiebi2[CC BY-SA]
気になるなあ、なんでそんなに被害届の取り下げに必死なんだ?
Zに、被害届を出したことがバレて、また、脅されたんじゃねえの?
はっ!!
小原に呼び出された梢Bは、連帯保証人として梢Aの代わりにZの所に連れて行かれ、そこで人質に取られたんじゃねえのか?
いついつまでに、被害届を取り下げねえと、こいつの命はねえって?
Zに、被害届を出したことがバレて、また、脅されたんじゃねえの?
はっ!!
小原に呼び出された梢Bは、連帯保証人として梢Aの代わりにZの所に連れて行かれ、そこで人質に取られたんじゃねえのか?
いついつまでに、被害届を取り下げねえと、こいつの命はねえって?
いいとこ、突いてるね。
実は、ここまで話した詳しい状況は、警察が公表したことじゃない。
警察官時代に23回の警視総監賞を受賞し、41歳で警察を辞めてジャーナリストに転向した「捜査するジャーナリスト」、黒木昭雄氏が自らの足で捜査したことなんだ。
実は、ここまで話した詳しい状況は、警察が公表したことじゃない。
警察官時代に23回の警視総監賞を受賞し、41歳で警察を辞めてジャーナリストに転向した「捜査するジャーナリスト」、黒木昭雄氏が自らの足で捜査したことなんだ。
黒木昭雄さんおはようございます pic.twitter.com/fHDZi7bgba
— 元祖とらこママン🌻 (@Ryoko108) October 31, 2020
「俺は警察が好きだからこそ、警察が不正をするのが許せない」んだって。
(New See)
ただね、この事件のことは、「私は、捜査の中身を知れば知るほど、驚きを隠せなかった。ウラに何かがある。私は徹底的に調べ上げることにした」と言ってる。
(YouTube)
(New See)
ただね、この事件のことは、「私は、捜査の中身を知れば知るほど、驚きを隠せなかった。ウラに何かがある。私は徹底的に調べ上げることにした」と言ってる。
(YouTube)
多くの不審な点
ところでさっき、くろちゃん、言ったよね。
小原に呼び出された梢Bは、梢Aの代わりに連帯保証人としてZの所に連れて行かれ、そこで人質に取られたんじゃないか? いついつまでに、被害届を取り下げないと、人質の命はないと、脅されたんじゃないかって?
実は、黒木氏もそう考えていたみたいだよ。
小原に呼び出された梢Bは、梢Aの代わりに連帯保証人としてZの所に連れて行かれ、そこで人質に取られたんじゃないか? いついつまでに、被害届を取り下げないと、人質の命はないと、脅されたんじゃないかって?
実は、黒木氏もそう考えていたみたいだよ。
「この事件に関する黒木氏の推理は、男性Zは何らかの経緯で、小原容疑者から被害届が出されていることを知り、小原容疑者に被害届を取り下げるまで、保証人の佐藤梢Aを人質にすると迫った。だが、佐藤梢Aは人質になることを拒絶したため、佐藤梢Bが替え玉として誘い出された。」(YouTube 36:37〜)
7月1日4:30 pm、梢Bの死体が発見された。
その夜8:00 pm、帰ってきた小原の様子がおかしかった。
「出かける前とは打って変わってひどく動揺しており、運転席に座ったまま『もう田野畑にはいられない』(中略)...と大泣き。表に車が通ると『警察が来たんじゃないか? 見てきてくれ』と震えながら怯えていた。」(雑感)
その夜8:00 pm、帰ってきた小原の様子がおかしかった。
「出かける前とは打って変わってひどく動揺しており、運転席に座ったまま『もう田野畑にはいられない』(中略)...と大泣き。表に車が通ると『警察が来たんじゃないか? 見てきてくれ』と震えながら怯えていた。」(雑感)
待ってくれ・・と言うことは、警察しか知らなかったはず。
小原は被害届の取り下げで、警察としょっちゅうやり取りしてたよな。
それに警察も、ガイシャが「佐藤梢」と聞けば、小原と梢Aの被害届の件から、小原が犯人だと疑ってもおかしくない。
まさか、警察が「お前が犯人か?」って聞いた?
小原は被害届の取り下げで、警察としょっちゅうやり取りしてたよな。
それに警察も、ガイシャが「佐藤梢」と聞けば、小原と梢Aの被害届の件から、小原が犯人だと疑ってもおかしくない。
まさか、警察が「お前が犯人か?」って聞いた?
7月1日の夜、久しぶりに実家に泊まった小原は、翌朝7:40 am、「(久慈署の)C警部補と会う約束をしているので、久慈署に行かなければならない」と言い、朝食も取らずにふといなくなった。これが、父親が小原を見た最後だった。
その後、小原は自殺の名所、鵜の巣断崖に行き、梢Aや恩師Yに連絡。
Yが現場に駆けつけると、小原は突端でしゃがみこみ、誰かと携帯で談笑していた。
「会話の内容が前の日にY宅で久慈署のC警部補相手にしていたのと同じような内容だったため、Yは『K(小原)が話している電話の相手は久慈署の刑事だ』と思ったという。」(雑感)
小原はYに「今から警察が来る」と言ったが、自殺しそうに見えなかったので、缶コーヒーを置いて現場を離れた。
10:40 am、弟(三男)に「今、自殺の名所にいる。来たら飛び降りる」との電話があったが、11:00amごろ、父親が現場に到着した時には、小原の姿はなかった。
以来、誰も小原の姿を見ていない。
その後、小原は自殺の名所、鵜の巣断崖に行き、梢Aや恩師Yに連絡。
Yが現場に駆けつけると、小原は突端でしゃがみこみ、誰かと携帯で談笑していた。
「会話の内容が前の日にY宅で久慈署のC警部補相手にしていたのと同じような内容だったため、Yは『K(小原)が話している電話の相手は久慈署の刑事だ』と思ったという。」(雑感)
小原はYに「今から警察が来る」と言ったが、自殺しそうに見えなかったので、缶コーヒーを置いて現場を離れた。
10:40 am、弟(三男)に「今、自殺の名所にいる。来たら飛び降りる」との電話があったが、11:00amごろ、父親が現場に到着した時には、小原の姿はなかった。
以来、誰も小原の姿を見ていない。
そう思うよね。
それに、まだ4:00pmだし、殺人の容疑者なんだから、すぐにでも捜索しようと思えばできる時間なのに、捜索が始まったのは翌日。
しかも、捜索と言うにはあまりにもお粗末で、陸上の捜索は警察官15人程度、付近の検問もなく、消防団への捜索要請もなかった。小原の父親が警察犬を出してくれ、と言うと警察は「おカネがかかりますよ、お父さん、払えるんですか?」などとウソついて、出してくれなかった。
それに、まだ4:00pmだし、殺人の容疑者なんだから、すぐにでも捜索しようと思えばできる時間なのに、捜索が始まったのは翌日。
しかも、捜索と言うにはあまりにもお粗末で、陸上の捜索は警察官15人程度、付近の検問もなく、消防団への捜索要請もなかった。小原の父親が警察犬を出してくれ、と言うと警察は「おカネがかかりますよ、お父さん、払えるんですか?」などとウソついて、出してくれなかった。
結局、「7月29日、梢Bの殺人死体遺棄事件について、岩手県警宮古署捜査本部は、小原を犯人と断定、小原の逮捕状を取り、同日、全国指名手配し、公開捜査を開始した。
警察の見立ては、6月28日深夜に小原が梢Bを誘い出し、田野畑村に戻る途中の車内で梢Bの首を絞めて殺害、遺体を遺棄し、鵜の巣断崖に所持品を遺留し投身自殺を偽装して逃走したというもの。」(雑感)
警察の見立ては、6月28日深夜に小原が梢Bを誘い出し、田野畑村に戻る途中の車内で梢Bの首を絞めて殺害、遺体を遺棄し、鵜の巣断崖に所持品を遺留し投身自殺を偽装して逃走したというもの。」(雑感)
小原を犯人だと断定したこと、それ以前に、不審な点が多いんだよ。
たとえば、梢Bの遺体が発見された直後、梢Aの実家に電話があって、父親が出ると、「宮古署ですが、お嬢さんは死んでませんか?生きていますか?」と聞かれたと言う。
たとえば、梢Bの遺体が発見された直後、梢Aの実家に電話があって、父親が出ると、「宮古署ですが、お嬢さんは死んでませんか?生きていますか?」と聞かれたと言う。
それもおかしいが、おれの疑問はなんと言っても、被害届だよ。
小原はなぜ、1ヶ月前に出したばかりの被害届を取り下げようとしたのか。
それも、かなり必死だった。
しかも、警察は被害届の取り下げを、断固として受け入れなかった。
なぜだ?
小原はなぜ、1ヶ月前に出したばかりの被害届を取り下げようとしたのか。
それも、かなり必死だった。
しかも、警察は被害届の取り下げを、断固として受け入れなかった。
なぜだ?
黒木氏は、小原容疑者はもうこの世にいない可能性があると話し、警察はそれを承知の上で、死人に口なしに乗じて懸賞金をかけて、小原容疑者を手配し続けているのだとすれば、「隠したい真実があるに違いない」と指摘した。
(YouTube)
(YouTube)
事件から約1年後(2009年5月)、黒木氏は、独自調査結果を岩手県警本部長宛に渡したが、警察はまったく動かなかった。
黒木氏「これだけ明確な重大事件ですよ。それを頭ごなしに『我々はできません』と言われたら、有権者はどうするんですか、誰に言うんですか。」
(YouTube)
黒木氏「これだけ明確な重大事件ですよ。それを頭ごなしに『我々はできません』と言われたら、有権者はどうするんですか、誰に言うんですか。」
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さらに、黒木氏は小原の冤罪を訴えるために、小原の実家がある田野畑村に自ら出向いて、説明会を催し、村民半数以上の署名も集めた。
2010年4月、その署名を岩手県庁に提出して、第三者による事件調査委員会の設置を求めたが、「委員会の設置については考えていません」と言われた。
2010年4月、その署名を岩手県庁に提出して、第三者による事件調査委員会の設置を求めたが、「委員会の設置については考えていません」と言われた。
岩手県庁
Author:掬茶[CC BY-SA]
そして、マスコミも。
佐藤梢Aの父「あれだけ報道陣が来て、あれだけ発表して終わったあとも、いろいろと情報を提供したのにもかかわらず、地方紙のみに発表され、地方ローカルのテレビにチョッと載ったくらい。あとは音沙汰なし。(中略)...この事件は終わったんだよ、あとは時効を迎えればいいんだよみたいな感覚を受けてます。」(YouTube)
佐藤梢Aの父「あれだけ報道陣が来て、あれだけ発表して終わったあとも、いろいろと情報を提供したのにもかかわらず、地方紙のみに発表され、地方ローカルのテレビにチョッと載ったくらい。あとは音沙汰なし。(中略)...この事件は終わったんだよ、あとは時効を迎えればいいんだよみたいな感覚を受けてます。」(YouTube)
犯人は、懸賞金つきで指名手配されていますが、今だに捕まっていません。
どころか、この動画によると、これは冤罪で、他に真犯人がいるようです。
この事件のために、私財をなげうって徹底捜査した、警察ジャーナリストの黒木昭雄氏は、自らの得た情報を惜しげもなく県警に提供したにも関わらず、警察も県もマスコミも無視。
これほどしても、公権力の不正を暴けない日本はおかしい。