[シャンティフーラ翻訳記事] ニューヨークポスト:サウジアラビア9.11同時多発テロ事件隠ぺいの内側 〜アメリカのメディアは完全に解放されている〜

翻訳チームからの情報です。
竹下氏からの寄稿が1本減るにあたって、シャンティフーラ翻訳チームが本格的に始動しました。ベンジャミン・フルフォード氏、ジム・ストーン氏、トニー・カタルッチ氏などが発信している貴重な情報や、日本語訳されていない優れた情報を翻訳して提供していきます。本日は、その第1弾です!

 現在では、ブッシュ・ナチ勢力は衰退し、アメリカの裁判所までもが、9/11にアメリカ、イスラエル、サウジアラビアが共謀したことを認めていますが、かつては、大手メディアの常連コラムニストのポール・クレイグ・ロバーツ氏が、9/11について真実を語り、大手メディアの報道禁止リストに入ってしまう程タブー視されていました。

 それを考えると、今回翻訳した大手ニューヨークポストのこの記事は、アメリカのメディアが完全に解放されているという竹下氏の主張を象徴する記事の1つだと感じます。

 またこの記事は、時事ブログで取り上げられたフルフォード氏の記事の中で“911大量殺人にサウジアラビア政府が関与した具体的証拠が詳細に書いてある”としてフルフォード氏が紹介したリンク先の記事です。フルフォード氏もこの記事について“従来のメディア出版物に真実が現れたと言うことは、…重要である。”とコメントしています。

 現在、ブッシュ・ナチ陣営の主力が中東の王族に移っているとのことですので、この記事が、9/11のようなテロを平気で行なうブッシュ・ナチ陣営を追いつめ、平和への一助になることを願います。
(編集者)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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サウジアラビア9.11同時多発テロ事件隠ぺいの内側
記事配信元)
本記事文章は現在公開を停止しております。 (2016/4/23)
記事の提供元にてご覧ください。

しかし、19人のハイジャッカー、うち15人がサウジアラビア人であるが、彼らに対する「特定の外国支援源」を取り扱う9.11に関する議会調査報告書の全セクションを合衆国は国民に決して公表しなかった。それは機密にされてきて、今日も秘密とされている。

ブッシュ大統領は800ページの報告書のうち丸々28ページを不可解にも検閲した。この重要であるにもかかわらず欠けている中頃のセクションのあちこちで文章が黒く塗りつぶされているだけではなかった。28ページは完全に文章がなく、点線だけが残っていた。そこにはもともと7200語あったと思われる(比較すると、このストーリーは約1000語である)。最近編集部分を読んだ2名の議員は、9.11同時多発テロ事件への外国政府の関与の大きさに「完全にショックを受けた」と言っている。

ウォルター・ジョーンズ氏(出典)   ステファン・リンチ氏(出典)

米国下院議員のウォルター・ジョーンズ(ノース・カロライナ州共和党)とステファン・リンチ(マサチューセッツ州民主党)は、編集箇所から特定される国家を明かせば連邦法に違反することになるとしている。そのため彼らは、議会に対し、オバマ大統領に「2001年9月11日同時多発テロ事件前後の合同調査委員会」の2002年報告書全体を機密扱いを解除するよう要請する決議を通すよう提案した。

CIAおよびFBIの両文書に基づく機密扱いのセクションからすでにリークされた情報もあり、その情報は同盟国と見なされるサウジアラビアを指摘している。

サウジアラビアは9.11同時多発テロ事件における役割を否定しているが、伝えられるところによると、CIAは、サウジアラビア政府高官(単に裕福なサウジアラビア強硬派だけではなく、上級外交官、サウジアラビアが雇った諜報部員)が資金的、物資的両面でハイジャッカーを手助けしたという「動かぬ証拠」をあるメモの中に発見した。

その報告書で引用されている諜報機関のファイルは、ワシントンにあるサウジアラビア大使館とロサンゼルスにある領事館が9.11を単なるテロ行為だけではなく戦争行為にしたことを直接暗示している。

その調査結果は確認されれば、ハイジャッカーが合衆国内でテロ攻撃の準備をしている間、少なくともサウジアラビア政府高官と工作員とのつながりを持っていたことを示す、情報源の公開されている報告を裏付けることになるであろう。実際、全米でサウジアラビアのVIPから彼らは支援を得た。


編注)枠内は、フルフォード氏が“911大量殺人にサウジアラビア政府が関与した具体的証拠が詳細に書いてある”と言う部分に該当すると思われます。

ロサンゼルスサウジアラビア領事館高官ファハド・アル・スーメイリーは、伝えられるところによると、2000年にロサンゼルス国際空港に到着した際に、クハリド・アル・ミハドハールとナワル・アル・ハズミの2人のサウジアラビア人のハイジャッカーを先行隊が受け入れるよう手配した。先行隊の一人の、サウジアラビア人の工作員とされるオマール・アル・バヨウミは、ロサンゼルス領事館を出発し、地元のレストランでハイジャッカーに会った。(バヨウミは攻撃の2か月前に合衆国を去った一方で、スーメイリーは9.11同時多発テロ事件の後サウジアラビアに強制送還された。

サンディエゴ:バヨウミともう一人のサウジアラビアの工作員とされるウサーマ・バサナンは、ロサンゼルスを去った後でハイジャッカーのためにサンディエゴに主として前進作戦基地を立ち上げた。彼らには部屋、賃料、電話が提供され、また後に悪名をとどろかせたアメリカ人のアルカイダ聖職者であるアンワー・アル・アウラキと、近郊にある彼が運営するサウジアラビア出資のモスクで私的会合も持った。彼らはまた歓迎祝賀会でも称えられた。(バサナンもテロ攻撃の直前に合衆国から逃走した。)

アルカイダ聖職者であるアンワー・アル・アウラキ氏(出典)

ワシントン:当時のサウジアラビアのバンダル王子と妻は、バサナンがハイジャッカーを操っている間彼に合計約13万ドルの小切手を送った。小切手は、病気といわれているバサナンの妻のための「福祉」であったとバンダル夫妻は主張しているが、それにも拘わらず金銭はハイジャッカーの手に渡った。

駐米大使を長く務め、現在サウジアラビアの情報大臣であるバンダル王子(出典)

他のアルカイダ資金源をたどると、バンダルと大使館に行き着いた。そのため、2004年までにワシントン・リグズ銀行は彼らとの顧客取引を停止した。その次の年、テロ調査の網に多数の大使館従業員が急に現れ、リヤドハはバンダルを思い出した。バンダルは「個人的理由」で出国したといっているが、ワシントンの合同テロ対策本部で働いていた調査官の一人は「我々の調査が一因となって大使は出国した」と私に語った。

バージニア州フォールズ・チャーチ:2001年にアウラキとサンディエゴのハイジャッカーは、今回はダー・アル・ヒラハのイスラム・センター、ペンタゴン地域のサウジアラビア大使館の資金で建てたモスクに、再び一緒に現れた。アウラキはモスクの先頭に立つために3000マイル離れたところからリクルートされた。イスラム教導師アウラキは、合図があったかのように戸口の踏み段に現れたハイジャッカーを手助けした。彼は世話人に、ペンタゴンを攻撃する前に彼らがアパートとID証明書を手に入れる、手伝いをする仕事をさせた。

アウラキはサウジアラビア大使館と緊密に連携して働いた。彼は、バンダルが長を務めるバージニア州メリフィールドにあるサウジアラビアのイスラムのシンク・タンクで講演した。私が入手したサウジ旅行行程表の文書は、彼はまたサウジアラビア大使館後援のメッカへの旅とサウジアラビア聖地ツアーの公式イスラム教導師として勤めていたことを示している。

しかし、最も疑わしいのは、アウラキが9.11同時多発テロ事件の約1年後にサウジアラビアのジェット機で合衆国から逃走したことである。

合衆国の機密文書から引用した私の本「Infiltration」で最初に報告したように、サウジアラビア後援の聖職者がジョン・F・ケネディ空港で短い期間拘留され、「サウジアラビアの代表者」の保護監督で釈放された。アウラキ逮捕の連邦令状は不思議なことに前日に取り下げられた。アウラキは、2011年、イエメンにおいて合衆国の無人機攻撃で死亡した。

バージニア州ハーンドン:テロ攻撃の前夜に、サウジアラビアのトップの政府高官サレ・フッサイェンは、ペンタゴンをターゲットにしたサウジアラビアのハイジャッカー3人と同じダレス空港近くのマリオット・レジデンス・インにチェックインした。フッサイェンは、近くのホテルを離れハイジャッカーのホテルに移った。彼は彼らと会ったか。FBIは全く調査しなかった。フッサイェンは「発作を装った」後に釈放されたことを、ある工作員は思い出した。(フッサイェンの名前は、サウジアラビア人に触れていない別の9.11調査委員会報告書には出てこなかった。)

フロリダ州サラソタ:9.11首謀者のモハメド・アッタと他のハイジャッカーは、ファハド国王の甥のサウジアラビア人のアドバイザーであるエサム・グハッザウィが所有する家を訪問した。2002年に関係性を調査したFBI調査官は、ゲート付き住宅地の訪問者名簿とナンバー・プレートの写真がハイジャッカーの運転していた車両と一致することを発見した。9.11同時多発テロ事件のちょうど2週間前に、グハッザウィの豪邸は放置された。クライスラーのPTクルーザーの新車を含む3台の車両が私道に置き去りにされた。内部には贅沢な家具が手つかずであった。

合同調査を指揮した前フロリダ上院議員の民主党ボブ・グラハムは、サラソタ事件のファイルをFBIに依頼したが、1ページも入手できず、大幅に編集された箇所ですら公表されなかった。それは「隠ぺい」であると彼は言っている。

911の合同調査を指揮したボブ・グラハム氏(出典

連邦政府がサウジアラビア人を保護しているのか。事件担当調査員達は、テロ攻撃に対するホワイトハウスとFBIの対応に奇妙にも動揺を示したサウジアラビア大使館が9.11同時多発テロ事件につながることを追及することを何度も止めさせられていると私に語った。

ホワイトハウスでブッシュがサウジアラビア大使と会った、わずか数日後に、ウサーマ・ビン・ラディンの家族と同様に、サウジ高官を何十人も合衆国からFBIが避難させた。2001年9月13日に、つまり大統領に会った、わずか数時間後に、バンダルはFBI本部に直接護衛の要請をした。家族ぐるみの古い友人2人は、テロ攻撃について議論している間、トルーマン・バルコニーで葉巻を共有した。

ワールド・トレード・センターのテロ攻撃で息子を失い、9.11被害者家族会を率いるビル・ドイルは、サウジアラビアの証拠の隠ぺいを「信じがたい隠ぺい」と呼んでいる。彼は親戚に電子メールを送信し、その中で、2002年報告書の機密扱いを解除する決議を支持し、検閲された28ページを自分たちで読むように下院議員たちに電話するよう求めた。

驚くべきことに思われるが、ほぼ間違いなく合衆国の歴史上最も重要である調査の機密項目を実際にわざわざ読んだことのある議員はほとんどいない。

確かに、そうすることは簡単ではない。下院調査公開討論会にその書類へのアクセス権限を与えるように説得させるため、ジョンとリンチによる手紙書きキャンペーンは一か月に及んだ。

しかし、議員たちがそれを読む時間を取り、全アメリカ国民にそれを読んでもらうためにホワイトハウスに圧力をかけることが重要である。これは過去のことではない。その情報は今もなお有意義なものである。さらなる追及を進めていけば、外国の支援があったという真相を突き止め、第2の9.11同時多発テロ事件を阻止することができるかもしれない。

落胆した合同調査の報告書作成者たちが警告したように、大幅に修正された2002年報告書の見過ごされた付録の中で示される通り、「国家支援テロによって、合衆国内での破壊力のより大きい攻撃が成功する可能性が大幅に高まる。」

例え、合衆国とサウジアラビアの関係を永遠に変えることになっても、調査結果は公開されなければならない。石油で豊かになったある外国勢力が12年前に我が国の商業と防衛の中心地を同時に直撃することを画策できたのであれば、今日同じようにして国土を壊滅させることに成功するかもしれない。

報告書の全てを読むことが気の進まない議会のメンバーは、9.11同時多発テロ事件が第四の標的、つまり彼らを的からはずしたということを忘れないようにしなければいけない。

ポール・スペリー(Paul Sperry)はフーバー・インスティチューションのメディアのフェローであり、本「Infiltration」と「Muslim Mafia」の著者である。

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