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福島第一原発の廃炉作業について福島県は「石棺方式」を断固拒否、何としても不毛な「デブリ取り出し」に固執している / 「民の声新聞」にご支援を

 福島第一原発で手探りのような廃炉作業が続いていることは折々の報道で見ていましたが、民の声新聞の記事を見るまで廃炉方法の対立があったことに気づきませんでした。チェルノブイリ原発では強い放射線による環境汚染が広がらないようシェルターで密閉し封じ込める「石棺方式」が取られました。永遠に安全ではないにしろ「中期的リスクの提言に効果がある」と廃炉支援機構も認めています。ひとまずリスクを下げ、今後の安全な廃炉対策を探るのは妥当だと思われますが、なぜか福島県は「石棺方式」に驚くほどの拒絶をしています。福島県知事も福島県議会も「石棺方式は断固反対で、あくまでも燃料デブリ取り出しと福島県外での処分は譲れない」と強硬です。デブリ除去が可能で、かつ取り出された後の原発が安全になるのであれば納得もできますが、現実には「被曝労働と死の灰の拡散が懸念」されています。原子力規制委員長だった更田豊志氏は「すべての放射性物質を取り出すとか、ゼロにするということは、技術的にはなかなか考えにくくて。できるだけ量を減らす努力はするけど、あとは現場をいったん固めてしまう、安定化させてしまうということは、現実的な選択肢なんだと思います」と元記事にあります。また、今フクイチで行われている作業は「取り出し」ではなく「まだ現場検証にすぎない」「1号機から3号機まで合わせて880トンもあるのですよ。いまだに〝現場検証〟が続いていて、それがいつ終わるか見込みさえ立っていません。40年であそこがさら地になるようなことはあり得ません。」というのが京都大学複合原子力科学研究所の見解です。
福島県が「石棺方式」を断固認めず、全く先の見えない「デブリ取り出し」に固執するのはなぜか。時代の転換点の今、よもや拝金主義で廃炉を進めるようなことがあってはならない。「廃炉詐欺」などと揶揄される利権を明らかにする必要があります。
 ところで「民の声新聞」は、鈴木博喜氏が311以降ずっと手弁当で取材を続けてこられ、原発事故に関わるあらゆる問題を市民の立場で伝えるメディアです。今後も取材を続けていただくための支援を本間龍氏が呼びかけておられました。どうかお力添えを。
(まのじ)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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【原発事故と廃炉措置】「何が何でも燃料デブリを取り出せ!」福島県知事が改めて「石棺方式NO」を強調 専門家からは「非現実的」の声
引用元)
 福島第一原発の廃炉措置を巡り、福島県の内堀雅雄知事が3日午前の定例会見で改めて「石棺方式NO」を強調した。内堀知事は2016年、「廃炉のための技術戦略プラン」に「石棺方式」の四文字が盛り込まれた事に猛反発。経産省に抗議をし、文言を削除・修正させた経緯がある。この日の会見でも「しっかりと取り出して、いずれ県外できちんと最終処分をしていただく」と燃料デブリの取り出しと福島県外処分はゆずれないと力をこめた。しかし、東電は燃料デブリの取り出しに難航しているのが現状で、専門家からは「取り出しは現実的でない」との声があがっている
(中略)
 実は「燃料デブリの取り出し」は、「原発汚染水の海洋放出」にもかかわってくる。多数のタンクがあることで、燃料デブリの取り出し作業などに支障をきたすと国は繰り返し主張しているからだ。

 では、現実問題として燃料デブリの取り出しなど可能なのか。
 京都大学「複合原子力科学研究所」研究員の今中哲二さんは今年4月にいわき市内で行った講演会で次のように述べている。
 「あそこで行われているのは、まだ〝現場検証〟にすぎません。燃料デブリが中でどうなっているのか、いまだに分かりません。確かにロボットを使ってピンセットでつまむ程度はやりましたが、来年あたり取り出すというのは、欠片をちょこっとだけ出すという計画。1号機から3号機まで合わせて880トンもあるのですよ。いまだに〝現場検証〟が続いていて、それがいつ終わるか見込みさえ立っていません。40年であそこがさら地になるようなことはあり得ません。」
(以下略)
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配信元)

2012年からの東電株主代表訴訟は旧経営陣の責任を認め13兆円の賠償額 / 国の責任を認めなかった最高裁判決の中に「第2判決」とも言える反対意見「国民の生命・身体は経済的利益よりも優先」

 何度も酷い判決を受けながらも、福島を失ってしまった人々は諦めずに戦ってこられて、ついに大きな一歩を刻みました。「旧経営陣が安全対策を怠ったために原発事故を引き起こし、巨額の損失を受けたにも関わらず、東電は旧経営陣に対して損害賠償を求めなかった」として東電の株主が旧経営陣に損害賠償を求めていました。2012年に東京地裁に提訴されたこの株主代表訴訟が、今、まるで重しが取れたかのように旧経営陣の経営責任を認め、国内過去最高の13兆円の賠償額を認める判決が出ました。
これに先立つ2019年に東京地裁では、旧経営陣の責任を問う刑事裁判で、強制起訴された元会長ら3人は無罪判決を受けています。争点は今回の株主代表訴訟と同様、地震予測の「長期評価」の信頼性でした。これを覆すような形での今回の判決です。
 そしてもう一点見逃せないことは、去る6/17最高裁で「国の責任を認めない」という悪魔のような判決が出たことです。東電がずさんな対策しかしないのであれば国が自ら策定した「長期評価」に基づいた対策をとらせるべきだったという原告、福島の被災者の人々の訴えが拒絶された判決でした。これまで各地の裁判で積み上げられてきた判断や資料を知れば、国に責任が無いなどという判断は不可能であったため、原告の人々の絶望はとても表現できないものでした。ところが、その判決の中で、多数意見に反対するたった一人、三浦守裁判官の反対意見が判決文の大半を占めるボリュームで述べられていたのです。多数意見を痛烈に批判し「2003年7月頃までには国は東電になんらかの対策をとらせるべきだった」「生存を基礎とする人格権は憲法が保障する最も重要な価値」とした上で、「経済的利益などの事情を理由とし、必要な措置を講じないことは正当化されるものではない」と国民の生命や身体の安全を優先すべき国のあり方を明記しました。原告団はこの反対意見を「第2判決」として受け止め、再び立ち上がったところだったのです。
 2011年3月11日から、やっと司法が動き始めたような手応えを感じます。
(まのじ)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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配信元)
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【速報】東電旧役員13兆円賠償命令 株主代表訴訟で東京地裁
引用元)
(前略)
 東京電力福島第1原発事故を巡り、東電の株主が旧経営陣5人に対し、津波対策を怠ったために廃炉費用などで会社に巨額の損害を与えたとして、東電へ総額22兆円を賠償するよう求めた株主代表訴訟の判決で、東京地裁は13日、4人に計13兆円余りの支払いを命じた。東電旧経営陣の賠償責任を認める初めての司法判断で、原発事業者の経営に影響を与えそうだ。勝俣恒久元会長(82)、清水正孝元社長(78)は経営トップとして、武黒一郎元副社長(76)、武藤栄元副社長(72)、小森明生元常務(69)は原子力部門幹部としての責任が焦点になった。小森氏を除く4人に賠償責任を認めた。
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原発避難者訴訟 国の責任は否定されたが…最高裁判決文に異例の反対意見 三浦守裁判官が痛烈批判
引用元)
(前略)
「この反対意見は『第2判決』」

 国に責任があるとする反対意見を書いたのは、検察官出身の三浦守裁判官。1陣、2陣含め原告が5000人超の福島訴訟への判決文では、補足意見を含め全54ページ中、30ページに及ぶ。
 福島訴訟原告団の馬奈木厳太郎弁護士は「反対意見が判決の形で書かれているのは極めて異例のこと。これが本来あるべき最高裁判決だという思いを感じる。原告の思いに向き合い、法令の趣旨からひもとき、証拠を詳細に検討しているこの反対意見は後陣の訴訟にとって宝。第2判決として位置付けたい」と評する。
(中略)「多数意見は国や東電の責任を問う裁判で、最大争点である津波の予見可能性や長期評価の信頼性への明確な評価を避けるなど、触れていない重要なことが多い」
 一方で、三浦裁判官は長期評価も予見可能性も認めた上で「想定された津波で敷地が浸水すれば、本件事故と同様の事故が発生する恐れがあることは明らかだった」とし、遅くとも長期評価公表から1年後の2003年7月頃までには、国が東電に何らかの対策を取らせるべきだったとした
(中略)
 さらに三浦裁判官は、原発の技術基準は電力会社の事業活動を制約し、経済活動に影響する一方で、原発事故が起きれば多くの人の生命や、身体や生活基盤に重大な被害を及ぼすと言及。「生存を基礎とする人格権は憲法が保障する最も重要な価値」とした上で、「経済的利益などの事情を理由とし、必要な措置を講じないことは正当化されるものではない」と断じた。馬奈木弁護士はこう解説する。「つまり原発稼働による経済活動を優先し、人の生命や身体を脅かすことは許されないということ。これはまさに原告側が訴えてきたこと。もっとも注目されるべき点ではないか」
(以下略)

10年目の3月11日、東電と国の責任を鋭く問うた岩渕友議員 〜「故郷など守るに値しないもの」と被災者を切り捨てた東電

 東京電力は、毎年3月11日に福島第一原発で黙祷と社長訓示を行ない、その後、報道陣の取材に応じることを通例としてきました。口先だけであっても事故を教訓とし復興への思いを語ってきました。ところが10年目に当たる今年の3月11日は、コロナ感染防止を理由に小早川社長の訓示をオンラインに切り替え、福島県にも訪れることはなく、報道陣の取材も拒否しました。その横柄さに怒りを感じますが、福島の人々にとっては尚更に衝撃だったと思います。
その思いを代弁するように11日、岩渕友議員が静かな怒りを込めて質疑を行いました。自らも福島県出身の岩渕議員は「故郷を奪われるということ」の実例を紹介しながら、国と東電の責任を鋭く問いました。家屋を失っただけではない、慣れ親しんだ景色も変わり果て、豊かな自然も失い、地域の人々も仲間も居なくなった場所は帰れる故郷ではなくなってしまったのに、東電は「故郷の法益は存在しない、守るに値しないものだ」と被災者を切り捨てました。国も被災者を守るどころか卑怯にも責任から逃れる姿を国会で晒しました。
 10年目の311、改めて東電も、この国の政府も不要だと確信しました。
(まのじ)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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東京電力社長、3.11取材拒否 福島来県せず、訓示はオンライン
引用元)
 東京電力は10日、原発事故後に福島第1原発などで行ってきた3月11日の社長訓示について、今年はオンライン形式とし、終了後の報道陣の取材に応じないと公表した。原発事故後、東電の社長が3月11日に本県を訪れず、取材にも応じないのは初めて。原発事故から10年が経過する中、小早川智明社長自らが説明責任を放棄した形となり、東電の当事者としての責任感が薄れていることが浮き彫りになった
(中略)
 東電の社長は例年、3月11日に廃炉作業の最前線となる県内の各現場を訪れてきた。震災が起きた午後2時46分に黙とうし、事故の教訓や本県復興に向けた思いを社員に訓示した後、報道陣の取材に応じるのが通例だった。東電を巡っては、福島第1原発3号機の地震計を故障したまま放置するなど安全対策を軽視する動きも目立ってきている。
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配信元)

ぴょんぴょんの「あれから10年」 〜311を振り返る

忘れようったって忘れられない311から、10年。
主犯者たちはいつ罰せられるのでしょうか?
はあ〜〜〜〜😥
(ぴょんぴょん)
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ぴょんぴょんの「あれから10年」 〜311を振り返る


東日本大震災直後の記録「すべてを変えた あの日…」


こないだ、ある人の書いた東日本大震災直後の記録「すべてを変えた あの日…」に心を打たれたよ。

Wikimedia_Commons[Public Domain]

ふうん。

書いたのは、フリーランス写真家を主人にもつ、詩人の妻。
ご夫婦は、埼玉の自宅で311の地震の直後、いても立ってもいられなくなり、現地へ飛んでったそうだ。
それから、何回か被災地を往復したときの記録が、ここに公開されている。

どれどれ?

ご主人は本職の写真を撮る。
奥さんは現地の様子や、被災した人々との会話を、こと細かにメモしている。
奥さんの文章は、現地の状況がありありと目に浮かぶような文章なんだよ。
たとえば、被災直後の宮古、山田町の様子、
「戦場だ…。爆弾が落とされたようだ…。ここは日本なのか…。」note

うん、わかるぞ・・見てないけど、感じるぞ。

陸前高田では消毒液の臭い、土の上にポツンと立つ線香、疲れ切った警察官たちの姿。そして、山のふもとにあった高田高校は波に飲まれ、山の上の高田小学校は避難所として残っている。
「この数メートルの差の光景はまるで天からカーテンを降ろされたように天国と地獄を見たようだった。」
note

Author:Mitsukuni Sato[CC BY]

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6年越しの「子ども脱被ばく裁判」の冷血判決 〜 子どもたちの被ばくを見ぬふり、県民を守らない行政の違法も見逃す国に未来はない

 3/1、6年半にも及ぶ「子ども脱被ばく裁判」の判決が出ました。
東電や国に対して原発事故の責任を問う裁判はたくさんあり、仙台高裁千葉高裁のように原告勝訴が出るかと思うと、東京高裁のように国の責任を否定する酷い判決も出ており、司法の世界も光と闇がせめぎ合っているようです。
 そのような中にあって、この子ども脱被ばく裁判は唯一、「大人たちは福島の子どもたちを放射線被ばくから守れているか?」を問うものでした。原告は普通の親子さんです。私たちだったかもしれない方々が、これからの私たちのために戦っていました。
 そして出た判決は、原告の問いを足蹴にするような無残な原告全面敗訴でした。通常、判決の言い渡しでは「主文」と、その判断に至った「理由」を読み上げますが、それを全くせずにわずか1分、遠藤東路裁判長は主文を放り出すように読み逃げだったそうです。これまでの審理を顧みることなく被ばくのリスクや行政の不作為を頭から否定する判決に涙と怒りの声が裁判所を囲みました。「ウネリウネラ」さんのブログで分かりやすく判決の解説をされ「福島の親子たちの不安や苦悩を、正面から受け止めていない判決」とまとめておられました。
 子どもたちを見捨てるような判決が許されると思ってはいけない。「歴史の裁き、天の裁きが控えている」と書かれた方がありました。本当にその通りだ。
(まのじ)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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判決直前!子ども脱被ばく裁判
引用元)
(前略)
裁判のポイント

この裁判のポイントを一言で書けば、

「私たちの社会は、福島の子どもたちを放射線被ばくから守れているのか」

それを正面から問いただしている点です。

「東電や国が原発事故を起こした責任」を問う裁判はたくさんありますが、事故後の行政の対応を問題にしている裁判は多くありません。そのうち、「“子ども”を被ばくさせない権利」を前面にかかげて闘う裁判は、恐らくこの裁判のみです

裁判の原告として闘っているのは、親子たちです。

「3・11当時福島県内に住んでいた」もしくは「いま現在福島県内の小中学校に通っている」子どもとその親です。

裁判の論点

国や福島県、県内の市町村に裁判を通じて求めているものは2つ。

①いま現在、放射線被ばくの心配をしなくていい安全な場所で学校教育を行ってほしい。

②3・11当時、子どもたちを無用に被ばくさせた行政の責任を問いたい。


(以下略)
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配信元)

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