財政破綻後のハイパーインフレと中央銀行制度の異常性  〜この国に「第2の敗戦」をもたらす 安倍政権の放漫財政(日刊ゲンダイ)〜

竹下雅敏氏からの情報です。
 冒頭の日刊ゲンダイの記事とツイートをご覧になると、日本がこのまま無事にオリンピックを開催し、その後も繁栄を続けるとはとても思えないでしょう。文末の“安倍政権が終わったら、敗戦直後のような混乱と厄介な戦後処理が待ち受けている”という予想は、ほぼこの通りではないでしょうか。
 “続きはこちらから”以降は、おそらくこのまま行けば、財政破綻からハイパーインフレとなり、そのツケを国民に負わせるのは避けられないとして、“先の大戦の敗戦のどさくさで日本の為政者たちが何をやったのか”を説明しています。要は、国の借金をチャラにする政策が取られ、国民は、“預金封鎖を手始めに身ぐるみ剥がされた”わけです。今回も同様のことが起こるのではないかと予想されます。
 新しい時代に全く同じことをしても進歩がないので、今回はもう少しうまくやらなければなりません。そのためにも、今の中央銀行制度がいかに異常かを少し理解しておいた方が良いでしょう。
 吉備太秦によると、日銀の株は、政府が55%、ロスチャイルドのオルレアン社が45%を保有しているとのことです。記事によると、“日銀の国債保有残高が400兆円をこえて最大の保有主体になっている”とあります。200兆円を超える国債をロスチャイルド家が保有していると言っても良いわけです。しかも彼らは、この200兆円を超える国債を、事実上、円を刷ることで、タダで手にしていると考えられます。
 どのようにして?黒田日銀総裁に命令することによって。ロスチャイルド家の人たちが大変善良で、日本の国民の為を思い、日本経済を守るためにこのような温情ある措置を取ってくれたのなら、何も問題は無いのですが… 。
 こうした事態が由々しき事態だと思わないなら、何度でも同じことが起こるでしょう。しかし、問題は中央銀行にあると認識すれば、中央銀行はやはり国営でなければならないということになるのではないでしょうか。
(竹下雅敏)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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この国に「第2の敗戦」をもたらす 安倍政権の放漫財政
引用元)

次々掲げた看板のツケ(C)日刊ゲンダイ


 世界中が北朝鮮の核・ミサイル開発問題にのめり込んでいる中、安倍政権が来年度予算の概算要求をまとめた。これがまたとんでもない規模で、総額は101兆円超に膨らんだ。100兆円の大台を超えるのは実に4年連続となる。

(中略)

 国のカネが有り余っているのならいざ知らず、4年連続100兆円超の放漫財政はどうしても国債に依存するハメになる。国の借金の残高は軽く1000兆円を超えている。

(中略)

景気の改善も望めず、消費税率10%へのアップも2度も延期。国家財政のあり方には目もくれず、毎年、国民受けしそうな看板を掲げ、日銀に“どんぶり勘定”のツケを肩代わりさせる。この財政のあり方は太平洋戦争の時代と一緒だ。

(中略)

安倍政権が終わったら、敗戦直後のような混乱と厄介な戦後処理が待ち受けている公算が高い。
 
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配信元)


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日銀の異次元緩和はどこに向かうか ー敗戦直後の預金封鎖を振り返るー
転載元)
 2013年に黒田日銀が開始した異次元緩和は4年半に及ぶが、年間約50兆円(2014年10月の追加緩和からは約80兆円)という前代未聞の規模で国債などを買い入れ民間銀行にマネタリーベースを供給した結果は、株価を支えて外国人投資家や大企業を潤わせただけで、貧富の格差拡大と国民の貧困化は一気に進んだ。
 
 エコノミストの河村小百合氏は、日銀の国債保有残高が400兆円をこえて最大の保有主体になっていること、この現状は「事実上の財政ファイナンス(中央銀行による国債引き受け)」であり、国内外の歴史的経験から必ず放漫財政と財政破綻、インフレを招来し、国民に甚大な負担を負わせることに行き着くとして、日本を含む各国が憲法や法律で明確に禁止しているものだと指摘している。そして、先の大戦の敗戦のどさくさで日本の為政者たちが何をやったのかを振り返っている(集英社新書『中央銀行は持ちこたえられるか―忍び寄る「経済敗戦」の足音』)。
 
 日中戦争から太平洋戦争に突き進んだ昭和10年代、日本の経済の軍事化が急速に進み、軍需企業が戦闘機や武器弾薬などをつくってボロもうけした。そして山のようにかさむ軍事費は、当時の天皇制政府が国債を刷って刷って刷りまくってまかない、日銀や預金部(戦後の大蔵省の資金運用部の前身)が直接引き受けた。敗戦直前の1944年には、国債発行残高が当時の金で1500億円、この国債発行残高の国民所得に対する比率は267%となっていた。これが敗戦で国の財政破綻となった。戦争で320万人を失い、工場や船舶が破壊され生産力は壊滅し、物不足から物の値段はうなぎ登りとなる一方、貨幣価値は紙屑同然となってハイパーインフレの事態となった。
 
 これに対して幣原内閣は1946(昭和21)年2月17日、インフレ抑制を口実に、「新円切り替え・預金封鎖・500円生活」と呼ばれた金融非常措置を断行した。その内容は、2月17日現在の金融機関の預貯金を封鎖し、引き出しを制限する、②旧円は3月3日以降、通用力を失う、③旧円は3月7日までに金融機関に預け入れさせる、そして①と同じに取り扱う、④新円を2月25日から発行し、3月7日までに一定金額に限ってひき換えを認める、というものだった。
 
 しかもこの政策を、日銀や民間金融機関を含めて極秘裏に準備したうえで、国民向けの公表は実施の前日の16日におこない、わずか1日で有無をいわさず実行に移すという荒技をやってのけた。翌日から国民は、世帯主は月300円、それ以外は1人月100円しか預金から新円として引き出せなくなった。
 (中略)
同年10月19日には「戦時補償特別措置法」が公布された。戦時中に「お国のため」といって「戦時国債」を買わされ、いわば政府に対する債権者である国民に対して、国側が負っている債務金額と同額の「戦時補償特別措置税」という名の税金が課せられた。国民が持っていた国債は紙屑となった。
 
 また、同じ日に「金融機関再建整備法」と「企業再建整備法」が公布された。これによって民間金融機関の再建のために、民間金融機関の債務のうち封鎖預金の一部が切り捨てられた。民間金融機関を救うために、国民の預貯金は強制的に奪いとられた。
 
 さらに11月12日には財産税法が公布された。財産税とは、空前絶後の大規模課税といわれ、動産、不動産、預貯金、保険、株式、国債などを対象に、貧富の差に関係なく、税率25~90%もの課税をおこなうというものである。政府はこれを原資にして、「金融システムを守る」といいつつ、民間金融機関に国債の可能な限りの償還をおこなった。こうして1948(昭和23)年7月、預金封鎖が解除されたとき、残っていた預金残高の価値は、当時の大幅なインフレによって実質的にはほとんどなくなっていた。
 
 敗戦後のどさくさにまぎれて為政者は何をやったか。国債として国が負った巨額の借金のツケをすべて国民に回し、預金封鎖を手はじめに身ぐるみ剥いで借金をチャラにする政策がとられたのである。それを過去のこととしてすますわけにはいかない。

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