ぴょんぴょんの「不惜身命」 ~政治家に必要なのは、ヤマ・ニヤマ、そして愛

 元明石市長、泉房穂氏の書いた「10代からの政治塾 子どもも大人も学べる『日本の未来の作り方』」を読みました。
 この本は、主に若い人に向けて「政治とは何か?」「政治家になるにはどうすればいいか?」を簡潔にまとめた1冊です。
 一番の発見は、石井紘基氏との運命的な出会いのストーリーでした。そうか、泉氏は、石井氏の本を読んで、手紙を出したことがきっかけで、秘書になったのか。だけど、最初の選挙で落選した後、石井氏から「秘書を辞めて弁護士になれ」と言われたおかげで、今の泉氏があるのか。
 若い人たちが、こういう本を入り口にして政治に興味を持つのはいい。でも、石井氏のような、政治家のお手本が増えたらもっといい、と思いました。
(カッコ内のページは「10代からの政治塾 」のページです。)
(ぴょんぴょん)
————————————————————————
ぴょんぴょんの「不惜身命」 ~政治家に必要なのは、ヤマ・ニヤマ、そして愛

政治家はものすごく誘惑の多い職業


くろちゃんは、政治家になりたいと思ったことある?

ねえよ!おめえは?

ないね!だって、政治家になったら、イルミナティが近づいてくるし、油断すれば、絡め取られて、速攻、闇の住人にされちゃう。

だよな。やっぱあそこは、妖怪の住むヤバイ世界。素人は一歩も踏み入れちゃいけねえのよ。

どんなに「社会を変えたい」と意気込んで政界に入っても、政治家になったとたん、手足もがれて口封じされて、「初心はどこ行った〜?」になるしね。

派閥をぶっ壊したところで、何も変わんねえ。表に出ないように、こっそりコロニーを作るだけ。何やったってドブはドブ。一人ひとりが汚れてるから、臭いのは変わらねえ。

そうゆうのを見たら、若い人たちはますます、政治から遠のいていくよ。

そこを感じ取ったのか、元明石市長の泉房穂氏が、子ども向けの政治の本「10代からの政治塾」という本を書いた。


へえ、泉さんなら、まともな政治の話をしそうだ。

たしかに、泉は、臭いドブには染まってないように見える。この本がいいのは、政治家の汚いところも、包み隠さず話しているところ。たとえば、「政治家と言うと、『お金に汚い』『ウソつき』『不正をしている悪い人』といったネガティブな印象を抱く人も多いでしょう。実際に私も、かつて政治家だった頃、自分の子どもに『お父さん、裏金で愛人と遊んでるの?』と、とんでもない質問をされたことがあります。‥‥‥そんなわけないやろ(笑)!(2p)」

ヒャーッ! 泉さんの子どもさん、お父さんに負けず劣らず、おもろい!

「油断するとすぐに闇落ちする。誘惑がやたらに多い職業(172p)」という章には、「政治家は、ものすごく誘惑の多い職業です。リアルな話、黙っていれば、お金がどんどん懐に入ってきます。企業のエラい人や、地域を仕切っているボスみたいな人がやってきて、『うちらに有利な政策を作ってくださいね』とお金を置いていくわけです。これがいわゆるワイロで、実際に世の中で横行していることです(174p)」と書いている。



へえ、泉さんもそういう経験したのかな?

「ちなみに私は、そのあたりのメンタルはかなり強い方でした。お金を持ってくる有力者には『持って帰れ!』とハッキリ断れましたし、接待を受けたとしても、市民を裏切るような行為は一度たりとも行っていません。(175p)」

さすが〜!

だが、「これくらい、いいよね」「前の担当者ももらっていたから」「ここではお金を受け取った方が丸く収まる」というように、甘々だとエラいことになる。「いかなる理由にせよ、一度でもそうした誘惑に負けてしまうと、市民のために政治に取り組むことが難しくなってしまいます。」(174〜175p)


10歳で政治家を志した泉


厳しい世界だね。よっぽど警戒心を持って、高い志を貫かないと、本物の政治家でいることはできない。じゃあ、泉さんの志はどこから来たの?

貧しい漁師の家に生まれ、障害を持った弟と生活したことで、世間の冷たさを思い知り、10歳の時、「明石をやさしい街にする、そのために政治家になる」と決意した。

10歳で? 大人だねえ。

泉はこう考えた。「政治家とは、未来を築く尊い職業です。困っている人を助けたい。自分が住んでいる街を、もっとよい街にしたい。世の中の理不尽なことに対して、見て見ぬふりをしたくない。政治家になれば、これらをみんな実現できる。これ、ホンマの話です。(3p)」


だけど、自分一人が政治家になっても、社会を変えられるなんて思えないんだけど?

だが、泉は実際に明石市長になって、明石を「人に優しい街」に変えることができた。

有言実行の人なんだ。

そんな泉が、これからの日本を背負う子どもたち、若者たちに呼びかける。「今、日本には政治家がいません。(中略)...本当の意味での政治家がいない状態です。だからこそ、君になってほしい。(5p)」

う〜ん、泉さんみたいな政治家には増えてほしいと思う。でも、若い子たちが、「なりたいです!」って手を上げたくなる仕事じゃないよ。だいたい、政治家はどす黒くて、脂ぎったおっさん、化粧の濃いおばはんだらけ。子どもたちのあこがれる、カッコいいヒーローから、かけ離れすぎだ。

だよな、悪役のイメージしかない。しかも、「マジメに仕事をしている国会議員は、ごくわずか(51p)」と言うし。国会議員の仕事自体が、おもしろくなさそう。毎朝8時から勉強会に出席して、9時頃から委員会に出席、午後からは本会議に出席して議論する。週末は地元に帰って「挨拶まわり」で、後援者のごきげんを取る。「次の選挙のために、地元のイベントやエラい人との会合に顔を出して、ビールを注ぎまわったりするわけです。(51〜53p)」

そんな生活、やりたくないなあ。ちなみに泉さんは、どんな国会議員だったの?

「自慢じゃないですけど、私はかなりマジメな国会議員でした。朝の勉強会には必ず出席し、委員会や本会議に参加した後は、毎日夜中の1時まで働いていました。具体的に何をしていたか?法案を作っていたんです。(53p)」


へえ~ ちゃんと仕事してたんだねえ。

泉は弁護士資格を持っているから、次の選挙で落ちても食っていける。だから、本業に集中できたんだよ。「そうした資格を持っていない多くの議員は次の選挙のことで頭がいっぱいで、週末はどうしても、地元に帰って挨拶まわりをしなければいけなくなる。(59p)」

そう言えば、泉さんて弁護士だったね。


泉が弁護士になったワケ


そうだ。じゃあ、どうして、泉が弁護士になったか知ってるか? 恩師に勧められたからだ。大学を卒業して、NHKのディレクターになった泉は、まもなく辞職。そんな20代半ば頃、たまたま本屋で見つけた、石井紘基著「つながればパワー 政治改革への私の提言」を読んで感銘を受け、石井に手紙を書き、秘書として働くことになった。

へえ~ 手紙を書いただけで、秘書になれたの?

泉がよっぽど有能だったのか、他になり手がいなかったのか? だが、そんな縁で、泉は石井に導かれるように、政治の道を歩み始めた。だが、初めての選挙で、残念ながら石井は次点で落選した。SAKISIRU

あ〜あ。

泉は石井を当選させられなかったことを詫び、「もう1回、一緒にがんばりましょう」と言うと、石井は泉の将来を心配してこう言った。「君をこれ以上引き留めておくわけにはいかない。司法試験を受けて、弁護士になるべきだ(190p)」「今度は、僕が君のことを応援するから、弁護士になりなさい。君は、きっといい弁護士になると思うよ」と。(X

へえ、でも、なんで弁護士?

石井が弁護士を勧めたのは2つの理由からだ。一つは「政治家になるなら、まず世の中を知らなければいけない」から。もう一つは「弁護士の資格があれば、落選しても家族が露頭に迷わない」。(190p)


なるほど。にしても泉さんは、よく言われたとおりに弁護士になれたね。あの頃の司法試験は、今の比じゃないくらい狭き門だったはず。

頭がいいんだよ。「それまで考えたこともなかった進路でしたが、先生の言葉を信じて、一念発起することにしました。先生は落選中の大変な身でありながら、物心両面にわたる支援をしてくださいました。」(X


国家を挙げてのもみ消し工作だった


だが、特別会計を追いかけていた石井紘基は、重要証拠を手に入れて喜んだのも束の間、国会で公表する前に暗殺されちまった。


泉は、石井の回顧録にこう書いている。不惜身命(ふしゃくしんめい)とは、「死をもいとわない決意」のことだが、「『不惜身命』、好きな言葉として、石井先生はいつもこの言葉を使われていました。宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に、『本当にみんなの幸せのためならば、僕の体なんか百ぺん灼いてもかまわない。』という一節がありますが、同じだねとおっしゃっておられたこともあります。本当にみんなの幸せのためならば、自分の身も命も惜しまないという決意、先生はまさにそんな決意を胸に秘めた本物の政治家でした。」(X

驚きだね! 政治家で、こんな覚悟を持った人がいたなんて。だけど、なんで暗殺されちゃったんだろう?

どんな仰天の事実をつかんでいたかは、今なお霧の中だ。泉はこう話している。「私が国会議員になった2003年には、すでに民主党で調査を進めていました。ただ、その時点でも真相は分からない状態でした。民主党の調査が終わったあと、私も段ボール箱を見返したりご家族に話を聞いたりして、自分なりにベストを尽くたつもりです。それでも、膨大な資料のなかからヒントを見つけることはできなかった。相当調べたつもりでしたが、分からなかったです」。(SAKISIRU

石井さんが残したダンボールの山を調べても、何も分からなかった?

暗殺事件の裁判も「国家を挙げてのもみ消し工作だったと思います」と、泉は言う。SAKISIRU

「国家を上げてもみ消した」ことって、いったい何だったんだろう?

おそらく、こうゆうことだろう。「『戦後体制』とは在日米軍駐留のための治外法権である『日米地位協定』体制下の霞ヶ関CIA官僚と『親米保守』の主に自民党国会議員、一部の大企業などが『特別会計予算』という国家予算の5分の4を政官業癒着で山分けにしている経済体制のことなのだと理解しております。」(eternalturquoiseblue


もちろん、そのお金はアメリカ様にも貢いでるよね。

石井自身も気づいていたはずだ。自分がどれくらい危険なことをしているのか。それでも石井は、「本当にみんなの幸せのためならば、自分の身も命も惜しまない」という決意、「不惜身命」を貫きたかったんだろうな。

泉さんにとって、石井紘基さんは政治家に導いてくれて、政治家のお手本を示してくれた、心の中のヒーローなんだね。

だから、恩師に習って不正はしない、国民や市民の幸せのために身命をかけると、心に決めているのかもしれない。


明石市長に就任以降に受けた脅迫


泉さんは、これから国政に出るかもしれないと言われている。石井さんみたいに、命が狙われないかが心配だよ。

実際、市長時代に、何度も脅迫されている。特に、安倍ぴょん銃撃事件から1カ月もしない頃に届いた、殺害予告メールの数々。<こいつが市長をやっていると兵庫の恥だ。さっさと辞職しないと、こちらも強硬手段に出る><何発も撃って殺す><8月末までに考えを決めてくれ。もし9月になっても辞職しなければその時は戦争だ>(AERA)(AERA

コワかったろうね〜。

明石市長に就任以降も、自宅に死んだ虫が投げ込まれたり、郵便受けに「天誅」と書かれた手紙が届いたりしたこともあったが、今回のような「殺人予告」は初めてだという。泉「好きな明石焼きもフラッと食べに行くこともできません」。(AERA


やっぱ、明石焼きが好きなんだ。

泉「安倍さんと同時に、恩師の石井先生のことがよぎりました。今年(2022年)でその事件から、ちょうど20年になりますから。朝、自宅を出るといきなり刺されてこの世を去ってしまった。私も朝、市役所に向かおうと自宅を出る時、思わず足がすくむような気持ちになります」AERA


体癖と政治家


政治家が正しいことをしようと思ったら、命がけだね。でも泉さんは、暗殺される体癖の7種には見えないけど?

だが、ねじれはありそうだ。8種かな?

きっと、8種だよ! 個性的、独創的、チャレンジ精神が旺盛。社会の常識や上下関係にとらわれない、弱者の味方。東洋医学セミナーのテキストにあった、田中正造(たなかしょうぞう)を思い出すよ。

Wikipedia[Public Domain]

足尾銅山鉱毒事件で被害農民側に立ち、政府と闘った田中正造。「その性格は正義感が大変強く、頑固とさえ表現できるかと思います。」(歴史上の人物.com

ハッハ、きっと、泉さんも頑固だね。じゃあ、8種以外の体癖はなんだろう?

2種かな。弁が立つし、言うことも理路整然で、頭がいい。

弁護士だもんね。

そう言えば、本にも、「選挙に勝つために必要なもの。それは語る言葉です。(138p)」「本物の気持ちで語る言葉は強いです。お金や人脈なんかより、よっぽど強い(140p)」「選挙でお金や人脈に頼るのではなく、言葉という強い武器を持って、市民と同じ目線に立つよう努力することが大切なのだと感じています(145p)」とあるように、「言葉」が大好きのようだ。

いかにも、2種って感じ。

5種や7種の多い政界では、珍しい存在だな。

かと言って、言葉だけで説得されてもねえ。

1種2種以外の若者を引き寄せるには、泉を導いた石井紘基みたいな「実例」を見せる方が、「言葉」より効果がありそうだな。

そうだね、政治家はカッコいいんだ、ぼくたちも国民を守るヒーローになりたい、そのためにはどんな誘惑にも負けない、ってね。

だが、一つまちがえると、ヒーローを待ち望むことは危険だ。ヒットラーのような、若者を変な方向に扇動するヤツが出てくるかもしれない。

Author:Sashi Suseshi[CC BY-SA]

そうなると、ぼくたち一人一人が、ものごとを正しく見分ける識別力を持たないとね。

泉は「政治家に必要なのは、やさしさと賢さとほんの少しの強さ」と言うが、政治家だけでなく国民にも、今、最も要求されるのはヤマ・ニヤマを守ることだろうな。

公然と裏金をもらっていながら、知らんぷりしている政治家たちは論外だ。

そして、野心はできるだけ少なく、愛はできるだけ多く。

そうすれば、いつしか国民全員が、弱い人や困っている人を助けるヒーローになっているよ。


Writer

ぴょんぴょんDr.

白木 るい子(ぴょんぴょん先生)

1955年、大阪生まれ。うお座。
幼少期から学生時代を東京で過ごす。1979年東京女子医大卒業。
1985年、大分県別府市に移住。
1988年、別府市で、はくちょう会クリニックを開業。
以後26年半、主に漢方診療に携わった。
2014年11月末、クリニック閉院。
現在、豊後高田市で、田舎暮らしをエンジョイしている。
体癖7-3。エニアグラム4番(芸術家)

東洋医学セミナー受講者の声

Comments are closed.