少年Aの素行

前回は、犯人の挑戦状が神戸新聞社に届いたところまでだったな。

うん、その後、どうなったの?
兵庫県警は、少年補導の記録、少年Aの同級生の証言などから、少年Aに目星をつけた。

へえ、A君は補導されたことがあるんだ?
六年生の春休みに、万引きをしていたのが分かった頃から、Aは少し変わり、よく学校に呼び出されるようになりました(71p)。
Aが淳君を殴った翌月の3月、・・Aと友達4人が万引きで補導され、夫が学校に呼び出されました。(180p)
Aが中学に入学してから逮捕されるまで、私たち夫婦は10回以上も学校や迷惑をかけたお宅を訪ね歩き、頭を下げに周りました。(186p)
中学に入った4月早々に、Aがカッターナイフで、他の校区の学校の小学生の自転車のタイヤを切り刻んでパンクさせた、と学校の先生から連絡を受けました。・・・6月にも先生から電話が来ました。Aが部活(卓球部)の練習のときに、ラケットで仲間を叩いたというのです。・・次には、友達3人と一緒に、同級の女生徒の体育館用シューズを燃やした上に、その子の鞄を男子トイレに隠すという問題を起こしました。私が、学校から呼び出されました。(81p)

A君、ずいぶんすさんでたんだね。
だが、「神戸連続児童殺傷事件」の3つの事件のどの現場でも、Aの目撃者はいないし、Aの指紋もない。だから警察はAの逮捕に踏み切れなくて困っていた。唯一頼みの
「酒鬼薔薇の声明文」とAの筆跡鑑定も、「同一人の筆跡か否かを判断することは困難」という結果で、空振りに終わってしまう。

ということは、A君がやったという証拠は何もなかったんだ。
12時間ぶっ続けの取り調べ
そこで警察は強硬手段に出る。Aを親から隔離して任意同行し、筆跡鑑定書をちらつかせて、「この声明文が君が書いた字であることは分かっている。素人にも分かる」と詰め寄った。「結局、そのように責め立てられて、少年は泣きながら自白することになる・・(30〜31p)。」

証拠がないからカマ掛けたんだね。

Aは、まんまと警察にだまされたんだ。

ご両親は、助けてくれなかったの?

助けたくても助けられなかった。
両親が「Aに会いたい」と頼んでも、「マスコミが多すぎるから」という理由で断られた。結局、Aが両親と再会できたのは、逮捕から3ヶ月後のことだった。

そんなに長い間、一人ぼっちにされたのか。
任意同行された日なんか、密室でただ1人、7:00〜15:00は刑事と、15:15〜19:00は検事と対峙し、ぶっ続けの取り調べを受けた。そしてついにAは自白し、7:05pmに逮捕された。任意同行から逮捕まで、わずか12時間のできごとだった。

精神的にも肉体的にも参ってしまって、自白して早く自由になりたいと思うよね。でも、12時間ぶっ続けの取り調べって、ふつうなの?

ふつうじゃない。警察の取り調べと検事の取り調べが、同日に行われることはないそうだ。

警察は焦ってたみたいだね?

ああ、焦る理由はいろいろあったからな。生首事件(1997年5月27日)が全国に知れ渡って3日後、当時の橋本首相が声明を発表している。「残忍、非道な事件で、一兵庫県警だけの問題でなく、あらゆる警察力を動員して事件を解決しなければならない」。社会部記者は言う、「首相が直接、事件解決を指示するのは極めて異例のことだし、官房長官、国家公安委員長、警察庁長官も立て続けに事件について言及した。ものすごい圧力でしょう。〈週刊文春97.6.12〉(187p)」
橋本首相

なるほど、兵庫県警には、首相をはじめ日本中からプレッシャーがかかってたのか。

それともうひとつ。事件の陣頭指揮をした兵庫県警本部長N氏は、事件の2年前(1995年)に起きた「国松警察庁長官狙撃事件」当時、警視庁警備部長をやっていたそうだ。

へええ。

N氏は、警備部長としての責任を問われて処分を受けた後に、兵庫県警本部長に就任したってわけ。(
YouTube 18:19〜)

きっとN氏も、すみやかに解決して汚名を返上したかったんだね。でも、めちゃくちゃプレッシャーなのはわかるけど、カマをかけて追い込んで、自白させるのは汚いよ!

警察は、真犯人逮捕よりもメンツが大事なんだろう。

サイテーだ。
結果、追い詰められたAは、警察と検察が作ったシナリオ通りの供述をさせられることになる。ある弁護士は指摘する、「警察・検察は最初から筋書きを造っていたんでしょう。その筋書きに合わせて、強引に少年に同意させ、調書にした――これを読む限りそうとしか考えられません(27p)。」

こういうやり方で、どれほど多くの冤罪が生まれたことだろう。
兵庫県警察本部

だが、警察はそんなこと微塵も思っちゃいない。Aの父親は警察官から厳しい口調でこう言われたそうだ。〈そろそろ、Aの親として被害者に詫びを入れたらどうか〉。それでも父親はAがやったとは信じられなくて、〈もし本当であれば、誠心誠意謝りたい。でも、何かの間違いであってほしい、という気持ちがどうしても捨てられない〉。すると警察官はキッパリと言った。「私達警察としては、誤認逮捕ということは、今回の事件ではまずあり得ない。もし、誤認逮捕であれば、兵庫県警は今後存続しないでしょう」。(「少年A」この子を生んで‥95〜96p)

うわあ、すごい自信だけど、もう存続しなくていいよ。
隠しておいたはずの遺体の謎

さてさて、淳君の殺害場所はどこだったか、覚えてるか?

たしか、「タンク山」と呼ばれる小山の中腹にある、ケーブルテレビアンテナ基地の入り口だったね。
ケーブルテレビの施設(撤去され現在は更地)
5月24日 淳君が行方不明になる。
5月25日10:00am〜26日0:00am、須磨署は警察犬を出してタンク山付近を捜索したが、アンテナ基地の床下に遺体はなかった(が、27日に発見されている)。
5月26日 県警は公開捜査に踏み切り、地元住民も協力したので、住民らはそろって「遺体があれば、わかったはず」と証言している。(64p)
警察と警察犬と住民たち、遺体が発見される前日まで探し回ったのに、遺体はどこにも見つからなかった。

実はAが逮捕される直前まで、報道や捜査当局は、淳君の殺害場所と頭部の切断場所は「タンク山ではない」という見解だった。

へえ?

「そのころは兵庫県警も、『殺害して遺体を隠していた〈第3の現場〉で頭部を切断した後、胴体と頭部をほぼ同時刻に放置したとの見方』を強めていたという(65p)。」つまり
Aを逮捕するまでは、兵庫県警はこう考えていた。犯人は、27日5:00am頃、中学校正門で生首が見つかったのと同じ頃に、タンク山に胴体を置いたと。なのに、Aが逮捕されると、「殺害現場はタンク山」に変わった。

おかしい。

「
その根拠となったのは、胴体部分の死斑が背中に集中していたことだ(65p)。」

死斑?

人が死ぬと心臓のポンプが止まる。すると血液は重力にしたがって、体の下部に集まって、そこの皮膚が暗紫青色になる。これが死斑だ。死斑は死後30分で出始め、死後2〜3時間で融合して、固定化するのは死後約12時間。ただし、一旦できた死斑も、死後4〜5時間以内なら、体位を変えると消える。また、死後7〜8時間以内に体位を変えると、最初にできた死斑と新たにできた死斑の、2ヶ所に死斑を見ることになる(68p)。

となると、
「胴体部分の死斑が背中に集中していた」んだから、遺体は殺されてから12時間は動かされることがなかった?

そう。なのに、兵庫県警のベテラン鑑識捜査官はこう言った。「もし、淳君を別の場所で殺害し、その後にタンク山に運んだのであれば、移動中の淳君の姿勢が死斑に現れるはずだが、それがない。つまり、殺害場所はタンク山であり、しかも最低でも死後5時間は動かされていない(66p)。」

でも、住民や警察、警察犬もタンク山を探したのに、見つからなかったよ。

そうだ。ベテラン鑑識官は最初の仮定から間違っているんだ。「つまり、どこで殺されたのであれ、
遺体を仰向けにした状態でいったん死斑を固定化し、その後、棄てたとすれば、『殺害場所はタンク山』である必要はまったくない(69p)。」

まったくだ。ベテラン鑑識官までグルになって、A君を犯人にしようと必死だね。
さらに注目すべきは、死斑の色だ。死斑は死因によって色が変わる。通常の死斑は暗紫色だが、遺体の死斑は淡紅色、通常よりも赤っぽかった。(69p)

それは何を意味するの?
一酸化炭素中毒か青酸中毒、または凍死を意味する。

凍死??
可能性として考えられるのは、いったん死体を低温下に置いたケースである。その場合、凍死したケースと同様に、死斑は鮮紅色を帯びるという。・・いったん低温下に置いた死体でも再び暖めると、その赤みが消えてくるという。つまり再び暖められると、「鮮紅色」が「淡紅色」になるわけで、5月末の温暖な季節に遺棄された淳君の死体が、いったん冷蔵されていたと仮定すると、まさに司法解剖の結果と合致することになるのである(70p)。

へええ?! 淳君の遺体は冷蔵庫に入れられていたってこと?
正門前に置かれた首の謎
次に、正門前に置かれた首の疑問だ。Aの供述によれば、Aは最初、正門右側の「塀の上」に「背伸びしながら首を置いた」と言う。ところが実際、校門の塀の高さは198㎝なのにAの身長は160㎝、生首の重さは約5キロ。いったい、Aはどうやって塀の上に置いたのか?

踏み台を持っていた? または、背の高い人が手伝ってくれた?

塀の上に置いた首は据わりが悪かったのか、手前に落ちてしまった。そこでAは、正門前の地面に首を立てて置くことにした。

「さらし首」みたいにしたかったんだ。

そうゆうこと。だが、そこには問題がある。
切断した頭部をまっすぐ立てて置くには、頭の下に付いている『首』の部分がじゃまになるんだ(120p)。ちなみに、首が発見された日、
兵庫県警は「頭部は、第2頚椎下部を鋭利な刃器で切断されている」と発表している(121p)。もしそれが正しければ、
首は「さらし首」にするための「理想的な断首面」で切られていたことになる。

へえ? 「さらし首」に「理想的な断首面」なんてあるんだ?

「
『さらし首』が可能な切断には合理的なそれなりの知識が必要なのである〈週刊文春97.6.12〉(124p)。」つまり犯人は、「さらし首」の理想的な切り方を知っていたんだよ。

じゃあ、
A君はどうやって切ったの?

そこが、最大のヤマだ。タンク山で淳君を殺害した後、Aは遺体を隠すためにケーブルテレビの敷地に入ろうとした。だが、南京錠が掛けてあって入れない。そこで、南京錠を切断するために、わざわざホームセンターに行って、金ノコと換えの南京錠を万引きした。

まさか、その
金ノコで首を切ったの?

ああ、Aはそう供述している。

金ノコなんかで首が切れるかなあ?

「中学生くらいの腕力があれば
金ノコで切断することは可能」。
だが問題は、骨以外の部分の断面が「鋭く滑らか」で「均一な切断面」だったことだ。

首の中には、気管や血管や筋肉や骨があって、金ノコで切るのは大変だよね。

そうだ。「その『鋭く滑らか』な切断面を少年は金ノコ一本でどう実現させたか、・・おそらくその切り口は報道された切断面とは似ても似つかないものになるはずである(134〜135p)。」「
『第二頚椎下部』で切断された『鋭く滑らかで水平な』切断面という、明確な『物証』がある。その物証の前では、どう言い繕っても少年の犯行は不可能でしかない(136p)。」

なら、
真犯人はどうやって切断したんだろう?
骨だけ残してほかを「ズブっと一気」に、「鋭く滑らか」で「かなり水平」な切り口に切断できる凶器などあるだろうか。おそらく、どのような凶器であれ骨ごと一緒でなければ不可能に違いない。そこで浮上してくる凶器が電動ノコである。じつは、切断に使用された凶器の第一報がそれであった。「遺体の切断に、薄刃の電動のこぎりのような特殊工具が使われた可能性の高いことが(略)捜査本部の調べで分かった。(中略)...ナイフなど普通の刃物で切断した場合、傷口はギザギザになるが、遺体の傷口は一様で、電動のこぎりを使った過去のバラバラ事件の遺体切断面と酷似していた」〈毎日新聞97.5.28夕刊〉(137p)

なあんだ、第一報では電気ノコギリを疑っていたんだね。なのに
なんで「A君が金ノコで切断した」ことにされちゃったんだろう?
Aを犯人に仕立て上げるためだ。だいたい、中学生のAが電気ノコギリを持ってるか? 使えるか?

無理無理。

ところで、電気ノコギリで「鋭く滑らか」で「かなり水平」に切るためには、もう一つ重要なステップがある。
これはすでに死斑について述べたところで触れたが、淳君の遺体はいったん冷蔵にされていた可能性が高い。その冷蔵が、仮に冷凍であったとしたらどうだろう? 冷凍状態のままで切断され、その後、自然解凍した状態で発見されたとしたら、骨だけは「ギザギザ」の跡がついていたのに、ほかの切断面は異様なまでに「滑らか」で「水平」で「一様」だったわけが、すべて、文字通り氷塊するのではないだろうか。(137p)

冷凍?! たしかに、冷凍肉を電気ノコギリで切れば、すき焼き肉みたいに滑らかな断面になるよね。
冷凍を示唆する証拠がもうひとつ。淳君が家を出る直前に食べた物が、胃の中にそのまま残っていたこと。
解剖結果の分析で、胃の中に昼食で食べたカレーライスの食材がほとんど未消化で残っていたことが判明した〈読売新聞97.5.31〉(中略)...これはいったい、どういうことなのか。そこで浮上するのが「冷蔵」説だが、胃液の死後消化が時間単位であることを考えると、ほぼ未消化のかたちで残すには、殺害後、急速に「冷凍」したと仮定する以外にないと思うが、どうだろう。(137〜139p)

となると、犯人は大きな冷凍庫を持っているか、冷凍倉庫に出入りできて、肉をスライスする電気ノコギリを持っているか、使いこなせることになる。ひょっとして、肉やマグロの解体業者?

もうひとつ、
冷凍説を裏付けるのは、正門前に放置された首の頭髪が、異様に濡れていたこと(152p)。「重要なのは、なぜ雨も降っていないのに淳君の頭髪が『シャワーを浴びた直後のようにびっしょりぬれていた』かだ(153p)。」
冷凍食品を解凍した時、水でビシャビシャになる、アレだね? でも、なんで冷凍したんだろうね?

「なぜ冷凍したのか。死後の腐敗を遅らせるため? その場合犯人は、Bくん(淳君)を思いつきで殺したわけではないと。・・犯人は、予め首を切ることを計画して、それらにかかる時間を計算した上で、冷凍という手段を取ったことになります。(
阿修羅)」

計画的な犯行だったんだ。
犯人はワープロを持っていた

さて、
この記事を参考に、犯人の行動をまとめると、以下のようになる。
5月24日 淳君を背後から襲い、車の後部座席に乗せて、右手一本で首を締めてからヒモで扼殺。車で遺体を運び、冷凍庫に入れる。
5月25日~26日 冷凍された遺体の首を電動ノコギリで切断。
5月26日夜~27日明け方 冷凍された首と胴体を車で運び、アンテナ基地の床下に胴体を隠し、中学校正門前に首を置く。

なんか、スッキリしてきたね。となると
犯人は、車の免許を持っていて、遺体を入れるくらいの冷凍庫と、電気ノコギリを持っている人になるね。

さらに言うと、
小学校中学校時代にAと面識があって、Aのオリジナルキャラ「酒鬼薔薇聖斗」のことを知っているヤツ。

「酒鬼薔薇聖斗」の名前で挑戦状を書いているからね。となると、首を置いた中学校、またはA君自身に恨みがある人かもしれない。

もう一つ。
2通の挑戦状から指紋が出なかったのは、どちらも感熱紙が使われていたからと言われる。となると、犯人はワープロを持っていたはず。
A君は?
持っていなかった。だが、Aは同級生に、自分の書いたものをワープロで打ってもらったことがある。

ええっ?!
(つづく)
Writer
ぴょんぴょん
1955年、大阪生まれ。うお座。
幼少期から学生時代を東京で過ごす。1979年東京女子医大卒業。
1985年、大分県別府市に移住。
1988年、別府市で、はくちょう会クリニックを開業。
以後26年半、主に漢方診療に携わった。
(クリニックは2014年11月末に閉院)
体癖7-3。エニアグラム4番(芸術家)
参考にした「神戸事件を読む」という本は、少年Aの供述調書、解剖結果など、公にされた記録をていねいに分析し、矛盾を指摘した良本です。
寒い冬の晩、ポカポカのお布団に入って読書するのは最良の楽しみです。この本も、そんな感じで読み始めました。ところが、テーマがテーマですので、ぐんぐんホラー度が増していき、写真や絵が出てきたらどうしようと、ビクビクしながらページをめくりました。たしかにこの本のおかげで、絞殺と扼殺の違い、死斑の見方、さらし首のように自立させるための頭部の切断方法には、多少詳しくなりました。でも、深夜に読む本じゃないですね〜。(ページ数はすべて「神戸事件を読む」)