[MidoriJournal]『日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか』刊行記念対談 矢部宏治×孫崎享 〜日米指揮権密約の暴露〜【文字起こし・前半】

竹下氏からの情報提供です。
 矢部宏治氏の新作『日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか』の刊行記念対談をMidoriJournal様より許可を得て文字起こしさせていただいています。日本人全員が知らなければならないほど、重要な内容になっています。2回に分けて掲載します。
 内容はまさに「衝撃の真実」で、1952年と1954年に吉田茂元首相とマーク・クラーク大将が交わした密約が根拠になり、保安隊(1952年10月15日)と自衛隊(1954年7月1日)が創設され、その密約では、戦争になったら自衛隊は米軍の指揮下に入る合意がされていたことが暴露されています。またこの合意は、あまりに日本国民に政治的衝撃を与えるため秘密にされたとのこと。
 このような密約が存在するなか、去年、安保法案を無理矢理可決させ、今後は憲法改正を目論んでいるのが安倍政権。その副総理には、この密約を結んだ吉田茂の孫で“我々はきっかけを探している”と発言した麻生太郎。今度の選挙では、そういった部分をちゃんと認識して投票に行くべきだと思います。
(編集長)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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『日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか』刊行記念対談 矢部宏治・孫崎享
配信元)

1:20〜 

孫崎享氏:今年(矢部さんは)神戸に引きこもっていたと。矢部さん電話したところ、矢部さんはいないと(言われました)。

矢部宏治氏:ちょっと4ヶ月ほどこもっておりました。(笑)

孫崎享氏4ヶ月ほどこもって出てきた本が、今度の『日本は何故戦争ができる国になったのか』
こういう本を書かれました。この帯を見ますと、「ベストセラーとなった前作、『日本は何故基地と原発を止められないのか』を遥かに上回る衝撃の真実。日本の戦後史にもうこれ以上の謎も闇も存在しない。」ということが書いてあるんですけど、この帯は本当に正確だと思います。(中略) すごい密度の濃い本になっています。

(中略) 

矢部宏治氏僕の前の本『日本は何故基地と原発を止められないのか』は、新原昭治さんが独力で切り開かれた基地権密約というものを土台に書いたのがこの本。それに皆さんが驚かれたということですけど、今度は新原昭治さんの基地権密約研究を元に、指揮権密約(について書いた)。指揮権密約というのは、どういうものかと申しますと、米軍は自衛隊を自由に指揮する権利を持っているということです。

(中略) 

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矢部宏治氏:このような指揮権密約と言われても皆さんは「え?」と思われるかもしれませんけど、この指揮権密約があるということ自体は、もう35年前からわかっているわけです。

吉田氏はすぐに、有事の際に単一の司令官は不可欠であり、現状のもとではその司令官は 合衆国によって任命されるべきであるということに同意した。同氏はつづけて、この合意は、日本国民にあたえる政治的衝撃を考えると、とうぶんのあいだ、秘密にされるべきであるとの考えを示し、マーフィー駐日大使と私はその意見に同意した」(マーク・クラーク陸軍大将

吉田茂が1952年と54年に二度、米軍の司令官と口頭で、要するに戦争になったらアメリカ政府によって、任命された司令官の指揮下に入ると。ただしこの合意は、日本国民に与える政治的衝撃を考えると、当分の間秘密にされるべきであるという考えを示している。

この指揮権密約文書、今度本に載せましたけど、これが本に載るのは初めてです。獨協大学名誉教授の小関彰一先生が発掘したものですけど、発掘した時はほとんど反響がなかった。

孫崎享氏:重要になればなるほど反響がないんです。

矢部宏治氏:そうなんですね。スルーされる。

孫崎享氏:いつぐらいにこれは見つけられたんですか?

矢部宏治氏:1981年です。もう35年前になるんですけど。ただ私も考えてみて、戦争になったら自衛隊は米軍の指揮下に入ると、もう完全に密約を結んでいるんですけども、(中略)…去年起きたこと(安保法案の可決)を見ると、どれだけ今重大な変化が起こったかということがわかると思います。

7:58 

事実上さっき1952年と54年に吉田茂が、マーク・クラーク大将というアメリカ極東の司令官…マッカーサーがいて、マシュー・リッジウェイがいて、三代目の極東の司令官で、国連本部の司令官なんですけど、(そのマーク・クラーク大将)と結んだ1952年の密約が、保安隊の創設の根拠となっている。

保安隊(自衛隊の前身) 1952年10月15日
自衛隊 1954年7月1日創設

54年の方は自衛隊の創設の根拠となっていますから、最初からそういう、米軍の指揮下に入ることを前提に作られているということです。それが非常に日本の歪みの元になっている。


前回の放送を見ていない方もいらっしゃるので、少しおさらいというか。前回の本で一番評判になったのが、この横田空域ですね。

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首都圏の上空は全て米軍が支配していて、日本の飛行機は許可がないと飛べない。いちいち許可なんかとれないから、それを超えて飛ぶんだと。

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それが、こういう空域を通って入ってきた人達が、六本木ヘリポートに来ている。

ニュー山王米軍センター(通称ニュー山王ホテル) ここで毎月、日米合同委員会が開催される

ニュー山王米軍センター(通称ニュー山王ホテル)
ここで毎月、日米合同委員会が開催される


その人達が更に日米合同委員会でいろんなことを決めているということだったんですけど、この横田空域も今回調べまして面白いことがわかって、私は全く知らなかったんですけど。先生、これはクイズなんですけど、この横田空域、だいたい何年くらいにできたと思いますか?

孫崎享氏:発足当初からじゃないの?

矢部宏治氏:そうなんですけど、この横田空域というものができたのは、実は1959年の7月なんです。その前の月の日米合同委員会の決定によってできたんですけど、横田空域を米軍に渡すということではなくて、こういう空域以外は日本に返すという取り決めだったんです。

孫崎享氏:あ~~、なるほど。

矢部宏治氏それまでは全部米軍が管制権を持っていたわけですね。それが非常におかしい。なんで59年までそんなものを持っているんだということもあって。

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もう一つ反響があったのが、この日米合同委員会ですね。日米合同委員会の組織図を載せましたけど、東京の真ん中で、米軍のトップと日本の完了のエリート達が、月に2回会議をしていろんなことを決めていると。そこで決まったことは憲法を超えるということが証明されているわけです。

11:00

今回面白かったのが、この本(検証 法治国家崩壊)の末浪靖司さんが発掘された文書で、そういう関係に米国務省の方は結構反対してるんです。

一番有名なのは1972年の沖縄返還交渉を担当したスナイダーという駐日公使がいるんですけど、大使への報告でなんて言っているかというと、

「日米合同委員会のメカニズムに存在する米軍司令官と日本政府の関係は、極めて異常なものです。本来なら他のすべての国のように米軍に関する問題は、受け入れ国の中央政府の官僚と、アメリカ大使館の外交官によって処理されなければなりません。」

その通りですよね。

「ところが日本における日米合同委員会がそうなっていないのは、要するに日本ではアメリカ大使館がまだ存在しない占領中にできあがった、米軍と日本の官僚内との異常な直接的関係が未だに続いているということなのです。」

これが要するにアメリカの公使が言っているわけですね。こんな異常なことはやめろと。その大使館の外交官としては、なんとか正常な形、自分たちのコントロール下に置きたいわけですね。何回も提案するんですけど、その度に軍部の抵抗によって拒否されてしまう。

軍部はなんて言っているかというと、

「合同委員会は非常にうまく機能しており、日本政府がその変更を求めている事実はない。アメリカ政府は合同委員会の構造をより公式なものにする方向に動くべきではないか。」

要するに、日本人はいいと言っているんだから、お前らいい加減なことを言うなと言っているわけです。

13:00

孫崎享氏:さっきの59年の話は非常に面白いですね。安保条約の時にできた。

矢部宏治氏:そうですね。(中略)… 国務省の方はこの状態は非常におかしいと。早く戻さないとそのうち大変なことになると言って、それが60年の安保改定に繋がっていったというところが非常にある。

(中略)  

矢部宏治氏今回私がこれをやって、実はちょっとポジティブな気持ちになれたのは、我々が手がけている問題は主に日米の軍事的な問題ですね。

軍事的な問題の闇は確かに非常に深いんですけど、何故深いかというと、ほとんど知らないから深いんですね。それが例えば沖縄とかに行って、舞台の書割の裏側に行ってみるとね、あっけないほど簡単にわかるということなんですよ。一見深いんだけど、実はそんなに深くない。

16:28 

文字起こし:hiropan

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