ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 第23話 ― ハルマゲドン(救世主降臨)計画(其の三)

 宗教と信仰とは切り離すことはできないでしょう。そしてこの世界では文学や映像を通して「信仰は美しい」と表現され続けてきたとも言えるでしょう。しかし現実には信仰には危険で怖いところがあると思います。「信仰」と「思い込み」の違い、その境界線がつけられないからです。自分は熱心に信仰しているつもり、しかし実際は思い込みで何らかの像を描いているだけ、というケースはよくあるのです。
 人間はそうと思い込むとそれ以外は見えなくなってしまいます。しかもその思い込みの像は自分から出てきたものでなく、外部から植え付けられたものであったりもします。
 更に厳しくいうと、人間は「何かを信じたい」との強い欲求があるのかもしれません。その上、自分が信じたいものを信じ、その信じた事柄以外は何も見えなくなるとの傾向もありそうです。これはいわゆる「ネトウヨ」と呼ばれる方たちを見れば頷けるでしょう。彼らは自分の信じたことを否定するような事実がいくら出てきても、それを決して認めようとはしません。
 こうなると、ある事をそれが素晴らしい美しいと信じるもしくは思い込めば、その実体はいかに愚劣で醜悪でもその姿は見えなくなります。
 ハルマゲドン計画グループは宗教を用いて人間のこういった傾向を最大限利用してきたように見えるのです。
(seiryuu)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 第23話 ― ハルマゲドン(救世主降臨)計画(其の三)

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新約聖書の中で特異な位置にある「ヨハネの黙示録」~ユダヤ教徒も黙示録だけは信奉、作者はヨハネ?


やぁ、どうだい?「ヨハネの黙示録」読んでみてどうだったい?何か感じたかい?

そうでやすね、御隠居、まず確認でやすがこの「ヨハネの黙示録」は聖書に収録されているんで?

そうだよ。新約聖書の最後の部分に付け加えられているが、それがどうかしたかい?

いやね、それなら余計に奇妙だ、確か聖書は旧約と新約に分かれる。で、この約とは基本的にはユダヤの民と神との契約の意味でやしたね。

旧約はユダヤ人が信奉している神との契約。新約はイエス・キリストの出現によって神と民との間に新たに結ばれた契約で、キリスト教徒が新約を信奉している。そして新約の内容はキリストの福音が中心でやしたね。
ところがこの黙示録は人民への福音とかけ離れている。

なるほど、なかなか詳しいね。全てお前さんの指摘するとおりだ。

確かに新約聖書の中でこの黙示録は特異な存在だ。ユダヤ教徒はナザレのイエスをメシアつまりキリストと認めていない。キリストとはメシアのギリシア語読みだからね。

さて、ユダヤ教徒は新約聖書を神との契約として認めていない。ところがその新約聖書を認めていないユダヤ教徒も、新約聖書の最後に納まっている黙示録だけは重視というか信奉しているようだ。その信奉がユダヤ教徒のどれぐらいの割合かの詳細はまだ詰めてはいないがね。

うーん、なるほど黙示録は特異か・・・。それにあっしは聞いたことがありやす。確か長年にわたり世界中の人々で最も多く読まれている書物、それが断トツで聖書だと。

つまり世界人類にとてつもない影響を与えてきたのが聖書だ。でもその聖書の中でもこの黙示録は特異な上何か破壊力がすごいような・・・。

その通りさ。ハルマゲドン計画グループは聖書全体と非常に関連が深い。というか、聖書全体をこのグループが形成してきたともいえる。この聖書が人類の歴史を左右し進ませてきた。つまり聖書を形成した彼らは人類を導いてきたグループといえるわけだ。悪魔どころか、天界にあって光の存在としてね。

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・・・ふーむ、なるほど、そういうことになるわけでやすね。しかし、そうだといよいよ違和感が強いや。

ん?違和感? どういうことだい?

いやね。あっしはこの抜粋された黙示録を読んで、気分が悪いというか軽い嘔吐感がありやした。最終戦争のことを記しているからそうなるのか、何かやたらと血腥さを感じやす。おまけにここに記されている連中は人類を導いてきたグループかなんか分かりやせんが、相当に変な連中ばかりだと感じやした。

ふーむ、そうか、黙示録の内容や話の筋も大事だが、直感的に感じ取ったこともそれ以上に大事だったりする。感じ取ったところにこそ真実が存在する場合も多々あるからね。で、その「変だ」の具体例は?

先ず最初の場面、多分玉座に座しているようで天界の主にして神でやすね。その主が地上の統治権を表すのであろう巻物を誰かに渡そうとする。ところが受け取れる者がいない。そしたらこの黙示録の作者のヨハネ?は主である神の前で自分が号泣したと記している。

このヨハネは人間なのに神と直接やり取りをして神と地上の統治者の間を取りもつようだ。当然、非常に高い地位にあるはずだ。それが自分の思い通りにいかなきゃ号泣? 子供じゃあるまいし、このヨハネとかの性癖は相当変でやすよ。

なるほど、お前さん、鋭いね。この黙示録の作者は実質としてハルマゲドン計画の創案者だ。実は黙示録の作者はヨハネとされるが特定されていないのが現状だ。しかしお前さんの指摘のように、黙示録の作者は天界で非常に高い重要な位置にあった。そしてこの場面こそが、この黙示録の作者でハルマゲドン計画者が誰であるか?を類推できる大事なヒントになるところでもあるよ。それで他には?

差別意識を如実に表している黙示録の内容 ~醜悪な差別意識を礼拝の対象に


Author:Lechu789 [CC BY-SA]


次に出てくる小羊でさ。小羊は巻物つまり地上の統括権を受け取ったキリストでやすね? ところがこの小羊はのっけから“屠られた小羊”とあり、この“屠られた小羊”は繰り返し表現されている。屠られた羊だから、羊が生きたまま解体され神?への捧げ物となった、文字通り生きたまま犠牲となった小羊を連想させる。最初の登場場面からやたらと血腥いや。これイエス・キリストの磔刑と関係してやすね?

ほう、その通りだよ。屠られた小羊は確かに磔刑で犠牲となったキリストを意味する。まぁそしてこの磔刑の犠牲と引き替えに、記されているよう小羊は神から地上の統治権を得ているがね。他には何か?

神とキリストに捧げられる初穂になるとかの清らかとされる選りすぐりの連中、小羊つまりキリストに追従するこの連中がまた気色悪い。こうある。「彼らは、女に触れて身を汚したことのない者である。彼らは童貞だからである。この者たちは、小羊の行くところへは、どこへでも従って行く。」。何ですか?童貞が清らか? 女性に触れていないから? ならば女性はひどく汚れた存在だということだ。男女差別観が強烈だ。

そして最後は新たなエルサレムが降りてきて、非常に高い位置でそこを中心に地球を統治するようだ。そしてそのエルサレムは高い城壁で囲まれ、その城壁の土台にはイエスの12使徒の名が刻まれ、門にはイスラエルの12部族の名が記されているとある。つまりこのエルサレムの中にあって全地球を支配するのがユダヤ人であって、それ以外はエルサレムの中にも入れなさそうだ。つまりどうもユダヤ人が他の全て人民を奴隷として支配する構図が見えてくる。ここも強烈な選民意識の民族差別が見える。

ほー、お前さん、すごいね。鋭い、冴えている。そう、お前さんがいま指摘したところこそが、ハルマゲドン計画にそって刻まれてきた地球史の不幸、その根本問題の本質をついていると言えるだろう。

え? 作者ヨハネを始め、取り巻く陰謀団グループの男女差別や民族差別などの差別意識でやすか?

そう、その通りだよ。黙示録を読めば分かるように、ハルマゲドン計画陰謀団の彼らは猛烈な差別意識の持ち主であったことは明瞭だ。ところがその差別主義者の彼らが地球人類を導く役目を担っていた。彼らは猛烈な差別意識を根底として、地球生命や人類を進化に導く基本指針だとしてハルマゲドン計画を打ち出した。
従ってハルマゲドン計画は差別意識の上に構築された計画だから、どのように美しそうな装飾を施しても、それは胸が悪くなるような内容となる。劣情の上に建てられた計画というべきか・・・。

なるほど、あっしが嘔吐感を憶えるのも自然だったわけでやすね。でもこれが聖書の一部とは・・・。

そう、そこなんだ。彼らの差別意識、それは醜悪だ。そして子供っぽいというか、彼らのパーソナリティの未熟さが黙示録に如実に反映されている。しかしその未熟さから生じたのであろう醜悪な差別意識、その表れの黙示録を、聖書つまり「聖なる書」として宗教で信仰と崇拝の対象としてしまったわけだ。

うーむ、本質として醜悪なものも、宗教にしてしまい、美しそうな装飾の立派な衣を着せて信仰と崇拝の対象としてしまえば、「裸の王様」じゃありやせんが、そこの信者になってしまうと、自分が所属している宗教の本質が全く見えなくなるんでやすね。批判的なことを口にすれば「恐れ多い」と・・・。

そう。これは世界の宗教全般に言えるだろうが、宗教ではその教えの内容や本質は非常に曖昧模糊、まるでベールにくるむというか御簾の向こうの見えない側に隠しておいて、一般人には印象操作で、宗教者側にとって都合の良い「思い込み」をさせるよう誘導をしてきたと感じるね。

特に聖書と一体となるキリスト教会は、絵画や賛美歌によって視覚や聴覚に働きかけて、聖書の内容が非常に荘厳で美しいと信じ込ませる印象操作の戦略をとってきたのだろう。その戦略は大成功で世界人口の三分の一がキリスト教徒のようだ。
しかしその内どれぐらいの人が聖書の内容やキリスト教の教えの中身と本質を理解しているかは大疑問だ。教えを信仰することと教えの中身を理解することが異質になっているからね。


キリストの意味 ~イメージ先行のキリストの実像



聖書が中身は吟味もされず信仰対象になっており、それは絵画や歌による印象操作が大きく役だった、ということで? 絵画・・・? あ、なるほど、イエス・キリストは絵画で必ず長身細面の美しく繊細で優しそうな白人として描かれる。しかし実際のイエスは血統ユダヤ人だから、相貌は有色でアラブ人のそれだ。おまけに背中が曲がった短躯の大食漢で、口うるさいしゃべりだったとの記録もあるようでやすね。

そうだね。もしイエスの実際の容姿や行動の事実が当たり前に表現され、それが多民族に伝えられていたら、それだけで、キリスト教なるものが世界宗教として拡がることにはならなかっただろうね。

うーん、あっしもなぜキリスト教が世界宗教になったか?不思議で、キリストとはメシアと全く同義でそれは本来「塗油を受けた者」を表し「世界人類の救い主」などという意味では全くないと・・・。

その通り。メシアは祭司のメシア王のメシアの2つあるが、簡単に言えばユダヤ民族を統治し導く者=ユダヤ王だ。そこにはユダヤ民族の救い主の意味は出てきても、世界人類の救い主などの意味は無い。

そうでやすね。メシアとはユダヤの民を解放へ導くユダヤ王、しかしユダヤの解放、それは別の見方をすれば、ユダヤ民族が他民族を制圧し支配することになりやしやせんか? それならば、むしろメシアの出現は、ユダヤ民族には福音であっても、逆に他の多民族には災厄になることだ。それなのになぜユダヤ民族でも無い世界中の人々が、キリストを崇め有り難がるのか?あっしにはよく分からねぇや。

ほんと、そうだね。そもそもナザレのイエス自体が「世界人民の救済者」だとか「人類の原罪の贖い主」などは全く想定に入っていない。
彼の行動は、当時ローマの属領となっていたユダヤを解放する王のメシアであろうとしたことだ。その行動原理でイエスはエルサレムに入城したが、捕らえられ磔刑となった。イエスのこの行動について、現実世界で物理的にユダヤ民族を解放など全くさせていない、ということでユダヤ教徒はイエスをメシア、つまりキリストとは認めていないわけだ。

一方キリスト教はイエスをメシア、つまりキリストと信ずる人々による宗教となるはずだが、本当のところイメージだけを先行させ、肝心のキリストの意味をほとんどの世界のキリスト教徒に正確に把握させてはいないだろう。

キリストの意味が端的にはユダヤ王だということを知らずに、イメージで思い込んだキリストを崇め有り難がっているわけか・・・。それに新約聖書にある黙示録の内容は、ほぼ全ての地球人類にとり大災厄なのに信奉・・・なぜ?・・・ん?あれ!? あ、そうか、なるほど、もしかしてそういうことか・・・。

うん? 喜多さん、どうしたい?何かひらめいたのかい?

pixabay [CC0] 1 & 2 & 3 & photoAC


へい、何点か。まず黙示録が新約聖書に納まっているのになぜかユダヤ教徒が信奉する、このことでやすが、それは黙示録に描かれている事柄、ハルマゲドンの最終戦争などの後で最後にやってくる世界、それは新エルサレムで統治する世界だ。そしてそのエルサレムの中にいるのはユダヤ人だ。つまり黙示録は人類には大災厄でも、ユダヤ人には福音ともなるので信奉するんだなと気づきやした。

ほう、なるほど、確かにそれはそうだね。で、他には何を?

へい、キリストの意味は人類の救世主などではなく、黙示録の内容からは、むしろキリストの再臨によって自分たちは奴隷として支配されかねないのに、なぜユダヤ民族でも無い世界の人々がキリスト教徒になったのか? この点でさ。
もちろん教会がイメージ戦略でキリストの意味をごまかして人々にキリストの全く違った像を描かせて、上手に崇め有り難がるように誘導した、それがキリスト教の世界宗教になった大きな理由だというのは間違いないでやしょう。ただしそれにプラスがある。教会側の働きかけだけでなく、受け取る側の心理状態もキリスト教が拡大した大きな一因でないか?と思えるんでさ。

ふーむ、それは興味深いね。詳しく聞きたいところだが、慌てないようそれは次回改めて、としよう。

そうでやすね。入り組んだ旅路、慌てず足下を確認しながら進む、ということで。


Writer

seiryuu様プロフィール

seiryuu

・兵庫県出身在住
・いちおう浄土真宗の住職
・体癖はたぶん7-2。(自分の体癖判定が最も難しかった。)
・基本、暇人。(したくないことはしない。)
・特徴、酒飲み。アルコールには強い。
・歯が32本全て生えそろっている(親不知全て)原始人並み。

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