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*まるっと◎なんくるないさぁ~* あい∞ん在宅看取り介護8

 「身体さん」が心地良くなるよう心を込めて工夫をこらしてお世話をされた、あい∞んさんでしたが、お父様の「魂」さんとはどのように向き合われたのか、ずっと気になっていました。今回は、あい∞んさんとお父様の心もようを伺ってみました。
(まのじ)
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あい∞ん在宅看取り介護8


Q.介護を続けるうちに、次第に先のことを意識せざるを得なくなると思うのですが、「言いにくいこと」を伝える場面はありましたか。

介護を始めて2週目あたり、4/6頃に、ストローを使って自分で飲むことができなくなりました。吸い上げる力が無くなってきたのだと思います。いずれ飲んだり食べたり出来なくなる時がくることを予想して、その時には2つの選択肢があることを父に話しました。点滴をして栄養をとるか、自然に任せるか、です。


その2つのメリット、デメリットを説明して、父に決めてもらおうと思いました。

点滴をするメリットは、自然に任せるよりは、少し長く生きられるかもしれないということ。デメリットで考えられることは、身体が受け付けないのに無理に栄養や水分を入れたりすると、身体の何処かに水分が溜まって浮腫んだり、痰がすごく出たりする可能性があって、思いがけず苦しむ時間が長くなるかもしれないこと。

自然に任せるメリットは、苦しまずスッと逝ける可能性があること。祖母の妹(父にとっては叔母)は延命治療などは一切せず自然に任せていて、最期、急変してからは短い時間で余り苦しむ様子もなく、穏やかにスッと旅立てたことを父も思い出せたかもしれません。デメリットは、もしかしたらすごくお腹が減ってしまうのかもしれない!? 我慢できないくらいひもじい場合には、その時に点滴お願いしたら良いかもしれないよ…と伝えました。


また他にも、医師や看護師さんから何か大事な判断を求められた時、父自身で会話が出来ない、意識がハッキリしない場合、母(妻)と私(娘)と、どちらに決めてもらうことを希望するかも尋ねました。その他、お葬式についてなにか希望がある?母や私で決めて大丈夫?と訊きました。

この時「亡くなった後、3日間は魂のために肉体を焼かない方が良いそうだから、そうしても良い?」「お葬式は密葬で良い?」「御香典は受け取らないけど良い?」と父に問いました。

死に関することを父に直接訊くのは、本人にとって辛いことだろうなと思いましたが、やっぱり避けては通れません。本人の許可無く勝手に決めたり祈ったりすることはヤマ・ニヤマに反する、と学んでいましたし、父と私のカルマにも係わってくることなので…やっぱり本人にきちんと選択して決めてもらううことが重要と思いました。

一生懸命説明をして、どうする?と訊いたら、父は嫌そうな顔で、そしてちょっと怒ったような口調で、「解らん!」と言いました。そうだろうなあ、だけど決めることを避けてはいけない、自分自身のことなんだから。。。。

父に「自分の身体のことだから自分で決めないといけないし、私には決められない。勝手に決めたら私の罪になるから…それは困るよ。」と話して、「点滴を受けるかどうかを先生に訊かれた時には、どうか自分で先生に言ってね。」と根気よく説明しました。
なんとか自分で決めてほしかった。


父の決断は「そのままで、自然に委せる。重要なことは娘(私)に決めてもらう。お葬式も一切任せる。」という答えでした。

この答えを聞いて、今度は母にも同様の説明をしました。父の出した答えを伝えて「お母さんはどうしたい?」と訊きました。母も父と同様の選択でした。


Q.あい∞んさんに一切を任せると決められたのは、最善を尽くしてくれるはず、というご両親の信頼でしょうね。

介護を始めて6週目くらい、4/26頃から父の呼吸がしばしば止まりそうになりました。その時期は身体の変化が著しかったです。胸からゴロゴロ音がしたり、シャックリが何日も止まらなかったり、体温計のエラーが続いたり、右脇、左脇で体温差があったり。左側の瞼と目の下のところが、ずっとピクピク動いていたり、尿の汚れが強く量も多くなりました。便が大量に出たり、ストーマの袋もガスで直ぐにパンパンに膨らんだりしていました。


その頃、父が、目をパッチリ開けて何処かをじっと見ていることや、上に手を伸ばして何かを掴もうとしていること、誰かとはっきりと話をしていたことがあり…。

あぁ…死が近いのかもしれないな…と感じました。

「シャックリが三日続くと死ぬ」とどこかで聞いたことがありますが、確かにシャックリは身体にとってかなり負担のかかることだと、後から思い至りました。呼吸も、マラソンをしている時の様な、2回づつ吸う吸う、吐く吐く、みたいなリズムでした。寝たきりでも、ずっと走り続けている様な大きな負担が身体にかかっていたのではないのかな…。

呼吸が止まりそうになったり、気づくと呼吸が止まっていた時は、父の目がパチパチっとなって、「あれ?」というビックリ顔になっているように見えました。手を握ってあげたり、胸を撫でてあげたりして、しばらくすると呼吸が戻ることが続きました。

父の眼がとても澄んできていたので、お迎えも近いのかもと感じました。父が穏やかに神様に意識を向けて旅立ち出来そうかも…と、ちょっと、ほっ…とするような気持ちにもなりました。その時期、娘も学校から帰省中でしたので、みんなが揃っている時に穏やかに見送れたらと思って、娘と一緒に父の手をさすってあげたり握ってあげたり、「今まで、ありがとう。」とか、「あんまり優しくしてあげられなくて、ごめんね。」とか話しかけながら、ずっと傍に居て見守っていました。


本当に何度も呼吸が止まり、しばらくそのままなのですが、必ず息を吹き返して、ちょっと、ほっ…とした顔をしている様に見えたので、「あれ?何かちょっとおかしいな…、もしかしたらまだ逝きたくないのかも?」という考えが浮かびました。

「三脈を測ること」を、ぺりどっと通信で教えていただいていたので、自分なりに父の三脈をとってみると…あら?どうやら脈がすごく元気かも!?ドクドク元気な血流で、ズレていないかも!?私の脈と比べてみよう…と自分の脈を測ってみたら、すごく弱々しくて…余りよく解らん…私の方が死にそう?!な脈やん!! と、コントみたいなことが発覚して、娘と顔を見合わせてしまいました。

父に、「もしかして、死ぬの嫌なん?」と聞いてみたら、こくんと頷きました。「死ぬのが恐いん?」と聞いてみたら、また頷きました…。

旅立ちを怯えながら死ぬのは良くないかも…と感じたので、父に、死ぬのは恐くないから大丈夫、と伝えました。以前にも一度伝えていたことをもう一度、竹下先生の講話で教えて下さっていること、教えて頂いた内容を、父にも伝えました。

もしも誰かがお迎えに来てくれるなら、一体誰が来てくれるのか私なら楽しみだし、もしかしたら父の親友キンちゃんが迎えに来てくれたりしたら楽しみじゃない?と父に話すと、表情が柔らかになりました。

死ぬ時には、神様が迎えに来て下さって「痛いのをよく我慢してがんばったね」と、きっと褒めてもらえるね、と父に言うと、頷きました。死ぬ時には、神様に「良いところに連れて行って下さい」とお願いして安心していたら良いよ~、幸せになれる場所に行って、幸せにならんとね♪と父に言うと、顔と心がほころんだ様に見えました。


きっと心の深いところに、届いたかも…安心したかな…と思いました。呼吸が止まっている時は痛くないの?と訊いてみたら、痛くはないのだそう。

痛くないなら良かったな…と、私も安心しました。


「なんくるないさー」は、挫けずに正しく歩むべく努力すれば、いつか良い日が来る、という意味だそうです。生きている中で沢山の色々な事が起こるし、沢山挫折もするけど、「まるっ」と今を受け入れて、「なんくるないさぁ~」を心の杖にして生きれたなら良いな~♪
(あい∞ん)

*まるっと◎なんくるないさぁ~* あい∞ん在宅看取り介護7

 皆さま、大変長らくお待たせしました。あい∞んさんの在宅看取りのお話が再開です。3月のある日「お別れ」を念頭に置くように看護師さんに伝えられた、あい∞んさん。いよいよ在宅での看取り介護を始められました。しかし、あい∞んさんにとっては初めてのことばかり。しかもお父様とは、これまであまり会話が無かったあい∞んさん。残された貴重な一日一日をどのように過ごされたのか伺いました。
(まのじ)
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あい∞ん在宅看取り介護7


Q.お見送りを自然なものにしたいと願って看取り介護を始められました。あい∞んさんの覚悟は、手術後のケアの時とはかなり違ったと思います。どんなことを意識されましたか。

まず、よ~く父を観察をする、と決めました。

そして観察していて、ふっ…と頭に浮かんできたことを実践しようと思いました。日々の記録や観察をして沸き起こってきた気付きや、実践してみての改善点、注意点、教えて戴いたアドバイスなどを忘れ無いようにメモをして生かすようにしました。
特に、起こる事に対して、悪い事と決め付けないで、ありのままを受け入れる様に努力を(今の自分に出来うる範囲で) しました。

寝たきりでも、父がなるべく快適でいられる様に…「身体さん」を緩めたり、清潔を保つ為に工夫をしました。

そして、、、父が死ぬ時に、心も体もなるべく苦しまなくて良い様に、自分に出来ることをしよう、想い浮かんだことは率直に伝えようと思いました。


Q.あい∞んさんのお話を伺っていると、「身体さん」という表現がよく登場します。
面白いなと思うのですが、その時の「身体さん」は、お父様とはまた違った対象として見ておられたのでしょうか?

私にとって「身体さん」は、、、、
父の魂の乗り舟で、父であるけど父そのものでは無いような感覚です。

「身体さん」の中に入っている父(の魂)が、身体に対して無茶をしたとしても、
身体さんは黙って受け入れ健気に働いてくれていて、「もぅ無理、、、、」と限界が来たら症状や病気として表に現れる様な感じ…

誰の身体さんも、みんな素直で優しく懐の深い良い人格みたいな感覚でおります(笑)。

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*まるっと◎なんくるないさぁ~* あい∞ん在宅看取り介護6

 「薬に頼るのではなく、なるべく自然に任せたい」と介護宣言をした、あい∞んさん。
 介護スタッフさん達のびみょ〜な空気にも怯まず、いよいよご自宅でお父様の介護が始まりました。
 今回は少し視点を変えて、あい∞んさんの介護食をのぞいてみましょう。
(まのじ)
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看取り介護 お食事編


『私はなるべく自然の成り行きに任せて、極力薬を使わず、点滴をしないで、枯れるように亡くなることが自然なことなんじゃないかと想っています。
なるべく薬などを使いたくありません。』

今、冷静に考えてみたら、これは私の勝手な、余計なお節介だったのかもしれません。
父自身が決めないといけないことを、ほぼ私が先導してしまったような気がします。

家族の誰かを将来的に看取る立場にある方は、日頃からご本人の希望や意思をしっかり話し合って知っておくことがとても重要と思いました。
医療のメリット、デメリットを知った上で、ご本人にとって一番大切にしたいこと、重要なこと、希望などをあらかじめ確認しておいて、その時々のご本人の状況や想いにあわせて臨機応変に変えていくというのが望ましいような気がしました。

父の希望は、、、多分本人にもよく分からなかったのかもしれません。


私も家族にエンディングノートを渡していましたが、ちゃんと書いてはくれませんでした。
「自分自身の死に向き合う」のはピンとこないことのようで、ご本人がよほど「ちゃんと決めておこう」と決心しない限りは、ただただ成り行き任せになって、結局故人の意思はどうだったのだろう、ああすればよかった、こうしなければよかった…と後で家族がモヤモヤしてしまう場合もあると思います。

死をタブーと捉えずに、自然なこととして、
「どんな仕事したい?」とか「どんな人と結婚したい?」などと同じように
「どんな死に方したい?」って
家族や友人や知人でフランクに話せたら、いいなぁ

世の中が、もっともっと死についてリラックスして考えられるようになると、もしかしたら病気も減ったりして(笑)、なんて想像したりしました。


今回は、父の様子を見ながら色々に工夫した食事を、タイプ別にまとめてみました。
体を整え、本人の楽しみにもなるよう、一日に3回、朝・昼・晩(食事時間は、その日により変動あり)を目安に食事を作りました。

食事は基本的に私がカップを持ち、ストローを添えて、父の口に持っていきました。
お粥や、柔らかく煮炊きしたおかずなどは、私がスプーンですくい、口に入れていました。


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*まるっと◎なんくるないさぁ~* あい∞ん在宅看取り介護5

 1990年に「病院で死ぬということ」という本が出版されました。かつて外科医だった山崎章郎氏がその当時、当たり前のように行われていた「1分1秒でも患者の命を伸ばそうとする延命至上主義」の医療に疑問を投げかけ、社会に大変な衝撃を与え話題になりました。病院での最期の時を家族とともに納得する形で迎えたいという患者さんの願いに応えられるよう「ホスピスケア」が注目されるきっかけともなりました。その後、ホスピス病棟は全国的に広がり、身体へのケアだけでなく精神面でのケアも含めた終末期医療への理解が広まりました。
 しかし一方で、山崎氏によると「どんなに病院らしくない解放された環境を提供しても」「最期まで家に居たかったと打ち明ける患者さんが少なくなかった」という現実があったそうです。「誰にも気兼ねをせずに、自分が主人公」で居られる自宅での環境が身体の緊張を解き、痛みも和らぐケースが少なくなかったそうです。
 さらにもう一つ、日本の高齢化を受けて病院のベッド数が圧倒的に不足し、来たる2025年には、およそ55万人の人々は病院で看取ることが事実上不可能と見られています。そもそもおいそれとは入院させてもらえない事態も考えられます。今後、自宅や老人施設でのより良い介護や看取りができるような施策が早急に求められています。
 そのような状況を受け、山崎氏は、患者さんが家に居ながら、患者さん本人が望む医療を提供する「在宅ケア」に重心を移されました。「ケアタウン小平」という施設で在宅での看取りを24時間体制でサポートされています。こうした在宅医療に取り組む診療所の数は全国的に増加しているものの、医師を始めケアスタッフの人手不足など課題は山積みで、ケアタウン小平でも地域のボランティアが多く参加されているようです。

 あい∞んさんは、ご両親の納得の上で在宅介護を選ばれました。いよいよ支援を受けながらの介護が始まります。
(まのじ)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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あい∞ん在宅看取り介護5

Q. 平成31年3月末、あい∞ん家に「居宅介護支援(ケアマネジメント)サービス」の契約のための担当スタッフさん達が来られることになりました。
ずいぶん慌てたそうですね。

そうなのです。
担当の介護師さんが家に来て下さる前に、とっちらかり放題だった部屋を片付けることも同時進行してました。将来在宅介護を検討されている方は、一部屋だけでも、多人数が集まれる片付いたスペースを準備しておくことが必要かも…と、反省。こんな反省しないといけないのは、私だけかもしれませんが(笑)。

介護が始まる前や訪問入浴を始める前や、何かを始める前には、関係者一同が集まってミーティングをして、当事者の意思確認してからでないと契約できないシステムになっています。
我が家では、多いときは5~6人が集まりました。


この日は、最初に介護支援専門の看護師さんがお見えになりました。
《居宅介護支援(ケアマネジメント)サービスに関する契約書及び説明書》という重要事項等の説明書&契約書の冊子を頂き、説明を聞いた後、契約欄にサインをしました。
本人はサインが出来ないので、本人欄は家族が代理でサインをしました。
この時に、「ベッドに手すりがあった方が良いかもしれません」とのことで、手すりレンタルの予約をしました。


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*まるっと◎なんくるないさぁ~* あい∞ん在宅看取り介護4

 なるべく普段の生活をしようと努めておられたお父様を、付かず離れずで見守っておられた、あい∞んさん。ガン切除で退院されてから3年になろうとする頃、次第にお父様の不調が目立つようになりました。
(まのじ)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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あい∞ん在宅看取り介護4

Q.住み慣れた環境で、なるべく薬に頼らず、お父様が心地良い食事や日常を楽しまれるよう配慮されながら、気づくと3年になろうとしていました。この頃から次第に体調の変化があったそうですね。

患部の痛みが次第に強くなってきたようで、お尻の腫瘍を圧迫しないように立っていても、それでも痛みが続いていたようです。平成30年の暮れには、痛みのために横になっている時間が長くなり始めました。この時期から血尿や患部からの出血も見られるようになりました。ついに食事やテレビを観るのも、座るのではなく立ったままで過ごすようになりました。


2月頃の寒い時季、ふと気になって父の部屋をのぞいたことがありました。すると箪笥に寄りかかったまま父はじっと立っていました。
「大丈夫かね?」と聞いたら「ああ」と言ったので私は部屋を後に。

数時間後、また気になってドアを開けると、やはり、ぼーっと虚ろな感じで立ったままで、すごくびっくりしたことがありました。父が虚ろな感じに見えたのは、きっと一人で痛みに向き合って辛抱していたのだろうと思います。ものすごく忍耐強い人でした。

そしてこの頃から、なんとなく家の中に父の気配が感じられなくなっていました。これまでは、父が夜中にトイレに行く時など足音やドアの音で気付いていました。けれども痛みのために動きがゆっくりになり、父は壁に沿って手で支えながら足を引くように歩いていました。



Q.一緒に住むということは、意識のどこかに家族の動きを感じているものなのですね。

食欲が減り、横になって寝ている時間が長くなり、それまで楽しみの1つだったおやつも食べなくなり、さらに自分で小まめに記録していた排尿や排便の記録も書けなくなりました。
心のどこかで「父の死」を意識するようになりました。


平成31年3月下旬、私の携帯電話に一本の電話が入りました。
それは、毎週月曜日に訪問看護に来て下さっている総合病院の主任看護師さんからでした。

看護師「お父様の身体の痛みがとても強くなっていて、これから先、自力で歩いたり出来なくなる前に終末期を自宅で過ごされるか、病院に入院されるのかを早急に決められた方が良いと思います。ご家族で話されて近日中に娘さんも一緒にご家族でお越しいただけますか?」

私(娘)「…はい。痛みが強くなっているのは知っていましたが…。それは、命の期限が近づいていて、看取りを家でするのか?病院で最期を迎えるのか?という意味ですよね?
余命がどのくらいあるのか、もしも解っているなら教えていただけますか?

看護師「はっきりと『余命がこの位』ということは解らないですし…、言えないです。思っていたよりも長く生きられる場合もありますし、突然容態が急変される場合もあります。ただお父様はずっと『九十歳まで生きる』とおっしゃっていましたが…、お誕生日の九月までは半年ありますから…ちょっと厳しいのではないかなと思います…。」

私(娘)「そうなんですね。教えてくださってありがとうございました。家族で相談してから、また改めてお返事させて下さい。」

看護師「はい。もちろん大丈夫です。よろしくお願いいたします。」

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