アーカイブ: 生き方

ままぴよ日記 135 「メディアの規範授業で感じた事」

 亡き母の四十九日はお彼岸の日でした。その名の通り彼岸花が咲きほこっていました。
 時々、無我夢中で母の死と向き合った日々を思い出します。ありがたい事に悲しみも後悔もありません。
 ただ、忙しい中であの時間を作れたことが不思議です。人は必死になれば必要な時間が作られるのでしょう。自分の時間を生きていたら。
(かんなまま)
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規範授業の準備


今回は、小中学校の「保護者と学ぶ規範意識育成授業」について書きます。これは私たちの団体が県の要請を受けて行っているものです。

規範授業は小学生が45分間、中学生は50分間です。主に県下の4年生から中学生までの児童とその保護者が対象です。

毎年、夏頃から10人ほどのインストラクターが集まって次年度の規範授業のパワーポイントや資料を作ります。

私達は、ゲームやスマホをやめましょうという前に子どもの成長に欠かせない「食べる・遊ぶ・寝る」の大切さを話します。その上でネットのやりすぎは自分の大切な体験を奪い、体を壊してしまう危険がある事を話します。

さらにSNSの書き込みで自分や友達が危険な目に会ったり、傷ついたりする事も実例をだしながら話します。最後に依存症の怖さを話して、その予防と相談先を伝えます。

16年間続けていますが、事態は深刻になるばかりです。


スマホ低年齢化による弊害


まず、スマホを自由に使う年齢が低年齢化しています。4年生の半数がキッズケータイではなく自分のスマホを持っています。親のスマホを自由に使える子どもも増えたのでほとんどの子どもが自由に使っている状態です。親としては子どもが1人で留守番をしたり塾に行ったりするので安全確認のために持たせているのです。

でも、スマホが手に入ったら使いたくなります。子ども同士で使い方を教え合います。オンラインゲームで会ったことも無い子と友達になり親の知らないところでエスカレートしていきます。

YouTubeにハマりやめられない子、TikTokに自分の動画を上げる子、InstagramやLINEなどのSNSに写真を載せる子も増えました。ネットで知り合った人が自分の裸の写真を送ってきて、友達の証として裸の写真を要求されて送ってしまう子もいます。結局、その写真をばらまくと脅されるのです。オンラインゲームで知り合った子(本当は大人)に会いたいと言われて被害に遭う子も年間2000人にのぼります。

子どもは現実の世界とネットの世界の区別がついていません。ふざけて友達を傷つける書き込みをしても集団でいじめた自覚はありません。写真や書いたものは消せない、自分の気持は文字だけでは伝わらない事をわかりやすい事例を挙げて話します。

ゲームの画像を出すとテンションが上がり、夜中の12時すぎまで起きてやっていることを自慢します。そして依存症の話をすると顔を見合わせてヤバいと声を上げます。自制心より好奇心が勝る時期の子ども達。丁寧に伝えても自分ごととして捉えるのは難しいし、生活を変える事ができません。


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都市を蘇らせる、「杜土木」と「0次産業」

ライターからの情報です。
 先日、都内にて某七夕祭が開催されている時に、近場の「大地の再生」が施されたカフェに行ってきました。七夕の賑やかな祭り空間から離れて、そのカフェへと向かったのですが、足を踏み入れるのは初めてです。
 灼熱の太陽が照りつける猛暑日でしたが、敷地に入ると、涼しい気が流れていて、木々が生命を謳歌しているのがわかるようです。国立市の小学校から移植された桜も、生き生きと静かに息づいています。自然と呼吸も深くなり、鎮まった、そしてどこか懐かしさを感じる空間に、心身が喜びます。
ここは聖地ではあるまいか!
都会で"大地"をリアルに感じようとは!
カフェの縄文杉テーブルにて"大地"に触れながら、風味豊かなドリップコーヒーをいただき、未来の「杜土木」におもいを馳せたのでした。
 その後は、また祭会場へと戻ったのですが、七夕祭りは一段とその輝きを増していました。(実は七夕祭りでは餅つきをしていたのですが、餅つきという瞑想もギアが一段深まったのでした!)
 これが「杜土木」によって、"大地の再生"が成された場なのですね。まさに「命の循環を取り戻す営み」の実顕地だと感じました。

 大地の再生という魂の再生を通じて、地球が心の底から輝きますように。(このカフェのある痩蛙学舎は、環境シンポジウム(9/7)の開催地でもあります)
(しんしん丸)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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配信元)


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第7回環境シンポジウム開催趣旨
引用元)
(前略)

「杜土木」

 「杜土木(もりどぼく)」は、「この場を傷めず、穢さず、大事に使わせてください」と、まず自然に対して誓うことを根本思想としています。そのうえで、その土地、その場にたずさわる人々の深い洞察に基づく観察(五感測定)を元に、「生態系脈循環」すなわち地上と地下における水と空気の流れの状態を渦流機能にならって読み解き、そこにある詰まりや滞りを解消し流れを整える施工です。これが「杜土木」の技術的核心です。(中略)

「0次産業」

(中略)
「杜土木」によって上流域から下流域にかけての一連の流域単位で「生態系脈循環機能」を再生、保全、育成することにより、社会の経済は自然との共存共栄を超え、自然の循環力と再生力によって支えられることになります。桁違いの自然エネルギーからの応援によって持続可能な社会の創造が可能となります。これは、これまでの一方的な自然資源の使い込みに終始する経済・産業のあり方とは根本的に異なるものです。これを「0次産業」として、1次~6次産業を含む基盤的産業と位置付けています。 (中略)

首都圏が変われば、日本が変わる。

(中略)
土の表面を覆いつくしコンクリートジャングルとなった都市空間を目の前にして、自然への畏敬の念を持っていた日本の風土ならではの感覚を今一度思い起こす機会が必要とされています。(中略)

日本の首都・東京が舵を切ることによって、首都圏流域、そして日本社会全体へとその響きが連なり、日本の行動変容は世界各地の大都市へも通じていくはずです。(以下略)

【霊的科学で人生好転】#8 潜在意識を味方にする生き方✦伴侶を求める人必見! 〜あなたの信じるものが現実を作る/心の中を変えて手に入れる本当の結婚/問題は潜在意識が解決してくれる/潜在意識を味方にできる心の状態/欲によって道を誤らないために

 竹下氏による霊的な科学の知識をわかりやすく紹介する動画シリーズの第8弾です。
 今回は潜在意識の活用で有名なジョセフ・マーフィ氏の著作をもとに、潜在意識や祈りの力との正しい付き合い方を取り上げます。「あなたも金持ちになれる」「眠りながら成功する」…氏の著書名は、前回の動画を見ていただいた方にとってはエッ?と訝るようなものだと思います。実際そういう目的でマーフィー氏の伝える“テクニック”だけを利用する人も多いようです。
 竹下氏は本当にマーフィー博士が伝えたかった大切なことを取り出してお伝えします。とりわけ、潜在意識を活用して本当の伴侶にめぐり逢いたいと思っている人は、動画第2章の「心の中を変えて手に入れる本当の結婚」は必見です!
 この動画はジョセフ・マーフィに関する3回の講演、合計4時間からたった30分を抜き出したものです。元の全編には潜在意識を活用できる心のあり方に関して重要な話がたくさん含まれています。潜在意識の力を自分の人生に取り入れたい方は、ぜひ全編をご視聴ください!
 また、この騒がしい現代で「潜在意識を味方にできる心の状態」(動画第3章)を作るために、ピヨちゃんウェアピヨちゃんマーラーをぜひ活用してください。私も毎日お世話になっています。
(シャンティ・フーラ 代表・るぱぱ)
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【霊的科学で人生好転】#8 潜在意識を味方にする生き方✦伴侶を求める人必見! 〜 竹下雅敏氏の講演より
配信元)
00:00 あなたの信じるものが現実を作る
05:00 心の中を変えて手に入れる本当の結婚
12:48 問題は潜在意識が解決してくれる
17:05 潜在意識を味方にできる心の状態
22:55 欲によって道を誤らないために

ままぴよ日記 134 「母の人生に乾杯!」

 子どものメディア問題を3回に分けて書くつもりにしていましたが、母が危篤状態になり私の生活が一変しました。
 今を生きることが最優先の私。身も心も母のことが中心になったので、今回はそのことしか書けなくなりました。
(かんなまま)
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どのベッドも絶飲食の寝たきり老人


99歳で特別養護老人ホームに入所した母が救急車で運ばれて市立病院に入院したのは3か月前。102歳でした。その時も覚悟を決めていましたが、誤嚥性肺炎や尿路感染症の治療を受けて生還しました。

でも、誤嚥予防のために絶飲食になりました。酸素吸入、痰除去などが必要なので元の老人ホームには戻れなくなり、医療型の療養病院に転院しました。2ヵ月前です。


転院した時に説明を受けましたが、面会時間は午後2時から5時までの間の30分間。2名まで。15歳以下は不可との事でした。

4人部屋で、どのベッドも絶飲食の寝たきり老人です。人手不足が深刻なのでしょう、スタッフは東南アジアから来た介護実習生がほとんどで、3時間おきに体位交換とおむつ替え、部屋や器具の掃除をしてくれていました。

看護師さんも3時間おきにバイタル検査の見回りをしてくれます。その時に名前を呼んで声をかけてくれますがほとんどの人は応答なしです。それ以外は誰も訪れず黙って寝ている状態です。

時々奇声を発する人や、小さな声で訴えっている人がいますが誰も来てくれません。最低限死なないように管理してくれている病院です。そこに居るだけで胸が詰まりそうでした。

面会時間になっても面会に来ている人の姿はありません。「会いたくない」「こんな姿を見たくない」「仕事があるから行けない」「行っても反応がないから」などの理由で足が向かないのでしょう。まるで姥捨て山です。


今でも面会禁止で孤独死が当たり前


人生100年時代。療養型病院のニーズは増えているのに人手不足で病院が閉院の危機に瀕しています。母の場合は院長先生が兄の知り合いなのでやっと入院できたようです。

先生の回診の時に母の病状を聞くと「お強いですね。頑張っていらっしゃいますよ。耳は聞こえますからたくさん話しかけて手を握ってください」と言われますが、その後に必ず「亡くなるのはたいてい夜中です。死に目には会えないと思ってください」と付け加えられます。

そのたびに私の胸が締め付けられるのです。30分の面会時間が終わって母を1人でこの病院に置いていくのが辛くてたまりません。

兄に「母のそばに居てあげたい。どうにかならないか」と話しても「病院の方針だから」「ここ以外に引き受けてくれるところはない」と逆に私を諭します。

終末期の患者が最期を快適に過ごすために身体的、心理的ケアと支援をしてくれるホスピスがありますが老衰の人は対象外です。

母は88歳になるまで家族の世話をして、2歳上の父を老々介護しました。父が最後に入院した時は父の入院室のソファに寝泊まりして看取りました。

自分の役割をやり遂げた感があるのか、それ以降の母は「あるがまま 今を楽しく生きよう」が口癖で誰にも頼らず、自分ができる範囲で満足し、動けなくなるまで人に頼りませんでした。

でも時代は大きく変わり、コロナ禍以降人の分断が加速しました。

赤ちゃんを産むのも計画分娩が主流になり病院主導の安全管理が優先です。妊婦健診も産後の面会も制限があり、もう出産は家族のイベントではなくなりました。

今回、もっとひどいのは老人施設や看取りの病院だと思いました。コロナの集団感染で大変な目にあった施設や病院は今でも面会禁止で孤独死が当たり前になっているようです。


母を慕っている叔母が家で転倒して特別養護老人ホームに入所しました。最近面会に行きましたが、殺風景な部屋にひとり。10分間、ガラス越しの面会しかできません。声も聴きとれません。差入れ禁止。お花も持っていけませんでした。まるで無罪刑務所。生きる気力が萎えてしまいます。ここまで一生懸命に生きてきた人に対しての尊厳はどこに行ったのでしょうか?
https://www.yomiuri.co.jp/yomidr/article/20230410-OYTET50007/

厚生労働省が面会制限を解く様に指導していますが、施設としてはその方が楽なのでしょう。なかなか改善されません。
https://vmed.jp/7806/

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[映画カンタ!ティモール] 広田奈津子監督の語る東ティモールの人々 〜 インドネシアの苛烈な軍事侵攻に対して自分たちの自由を保つために行ったこと

読者の方からの情報です。
私たちに今必要なことは、
ひとりひとりの心の癒しと
誤ちへの謝罪と
許しなのだと思いました。
(ほおほおどり)
 2025年の初頭から、大西つねき氏がしばしば「カンタ!ティモール」という映画を勧めておられました。「日本はそろそろ本当に独立しないといけない。」東ティモールの人々が自分たちの自由を保つためにどんなことをしたのか、それを伝える映画が「今こそ効いてくる」と。
 東ティモールは1974年にポルトガルから独立を宣言しましたが、直後に親米スハルト政権のインドネシアが軍事侵攻を開始します。東ティモールの海底油田が狙いでした。人口65万人ほどの小さな東ティモールは「一日あれば陥落する」と言われましたが、住民が抵抗し続けて血みどろの殺戮が続きました。
24年後の1999年やっと国民投票による暫定政権が圧倒的多数で可決された後、さらにそれを潰しにかかるかのように一斉攻撃の大殺戮が行われました。国連はインドネシア軍撤退の決議を8回出しましたが、その決議に反対してまでインドネシアの軍事侵攻を支援する国々がありました。それがアメリカ、イギリス、オーストラリア、日本など西側諸国で、中でも日本は先進国の中で唯一8回全てに反対票を投じました。「海底油田、地下資源の確保や市場の拡大というメリットのために非道な行為を黙認した」のが日本でした。
 軍を撤退させるまでの24年間、この島の人々が取った戦略は、敵方のインドネシア兵を捕えると、殺すのではなく自分たちのキャンプに連れ帰り、治療を施し、自分たちが平和を望んでいること、戦いを望んでいないことを伝えて対話をし、無傷のまま元の軍にそっと返す、というものでした。インドネシア軍の中には、軍に身を置きながら、東ティモールの独立を助ける人も現れたそうです。こうして少しずつ仲間を増やして平和を勝ち取っていきました。
広田奈津子監督は「でも相手は自分の家族を殺したり、自分の娘をレイプしたような人たち、そんな相手と対話ができるでしょうか。」と疑問を感じます。
 広田監督は、東ティモールでの瞑想体験がきっかけで「ある時、自分の体が畦道に溶け込んだような瞬間がありました。体の境目が解けて無限に広がっていくような感覚です。(中略)畔に溶け込んだ身体から世界を見てみると、あなたと私の境界も曖昧になっていきます。」「現地の言葉で『あなた』は『私たち』という意味もある。彼らと生活していると『あなた』と『私』を分ける意味があまり無いことに気づいた」そうです。
 大西つねき氏は「東ティモールの人々は、戦ったというより、自分たちの自由を保つために命がけで抵抗した。服従しなかった。」「日本人の考える、ただ戦わないこと、争わないこととは全然違う。強い力に対してひたすら服従する、盲従することは逃げているだけ、事なかれ主義を貫いているだけだ。」その日本人のあり方が回り回って、東ティモールを加害していたことに気づきます。
(まのじ)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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絶望の24年を終わらせた“平和的革命”の記録  カンタ!ティモール 広田奈津子監督
配信元)

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カンタ!ティモール全国同時上映会
配信元)


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