ままぴよ日記 13

 宿題って何だろう?そもそも、宿題を出さないと勉強しない?勉強って強いること?そもそも興味のないことを強いられてもやる気が出ないのは当たり前。無理やりやらされるとますます嫌になるというおまけ付き。親もその片棒を担いでる?みんな子ども心を忘れたの?宿題さえなければ天国だって思っていたことを!
(かんなまま)
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失敗は恥ずかしいこと?


かつて、子どもは自然の中で遊び、邪気を浄化してもらいながらエネルギーを発散・吸収していました。私も子どもの頃、家の庭先で花や虫、自分の中の誰かさんと遊んでいました。それは誰に制限されることもない手持ちの世界観で遊んでいたのですが、人間も自然の一部であることを体感的にわかっていたのだろうと思います。その時親はいませんでした。何て自由で豊かな時代だったのでしょう!

pxhere[CC0]


日常生活も多様な人がいて、教えられるというより、暮らしの様々な営みの中で人の仕草や心の動きを肌に沁み込ませるように吸収して成長しました。結果ではなく、その過程を丸ごと学んでいたのだと思います。やっと話し始めた3歳の孫が「そういえば・・」と思い出した素振りで話しだしたのには吹き出しました。

やがて真似てみたくなり、やってみます。靴を履く、洋服を着る、お兄ちゃんのように立っておしっこをする・・・初めからできるはずはありません。最初は失敗ばかり。何度も何度もやってみるうちにコツをつかんできます。突然できるようになります。


失敗は当たり前。みんなも身に覚えがあり、1人前になる準備期間だという事を誰でも知っていました。

今の子ども達は多様な人間関係が少ない上に、何をやるにもお膳立てしてもらって限られた時間で効率的に成功することを求められます。結果、失敗は恥ずかしい事になり、学校では好奇心で学ぶのではなく、恥をかかないためにはどうしたらいいかを肌で学んでいます。

そして、主体的な発言や行動を封印してしまい、体の感覚も閉じます。実感がわきません。自分は何をしたいのかもわからなくなります。

今の子ども達の数少ない手持ちの言葉で言えば「まじヤバい!」です。子どもを「効率」の世界観で育ててはいけません。


宿題は魔界への入り口


さて、魔界へと舵を切り始めた孫たちは・・・

忘れているふりをしていた宿題が気になってきました。毎日の音読、漢字の書き取り、算数のドリル、一言日記はもちろん、自由研究、思い出の絵、読書感想文などです。そして、親が見直しをして採点をします。そこまでが宿題です。ママが入院するので早めに終えておきたいのです。

Takamorry[CC BY-SA]



ママが採点する目的は先生の仕事を減らすことと、親が子どもの学力を知り、関心を持たせるための様です。でもほとんどの親は仕事で疲れ、時間に追われ、自分と子どもに課せられた宿題を早く終わらせたいので先生より厳しく鬼のような顔をして横に付いています。「宿題をしないと遊びに行ってはいけません!」と追い打ちをかけるように子どものエネルギーを奪います。

子どもの立場になって考えてみてください。学校で気を使い、頑張り、家に帰ってきたら息をつく暇もなく怒られながら宿題。一旦遊ばせてエネルギーをチャージさせてあげて!と思います。親の役割は子どものご機嫌を保つこと。心配を抱えていないか?いい状態で居るか?いい波動を出しているか?・・・なのに。

逆に勉強を強いられた子どもはやる気が失せ、10分で済むような問題も不満がつのって頭が働かなくなります。結果、先生や親から勉強嫌いな子と烙印を押され、遊ぶ時間も奪われます。

ご褒美作戦もよく使われる方法です。「終わったらゲームしていい」「おやつ食べていい」等・・・。これは本末転倒で問題の先送りです。宿題を義務だと信じている親ほど陥りやすい悲劇です。


私は宿題から解放させてあげたほうが学ぶ意欲につながると思っています。本来子どもは自ら問うて学ぶ好奇心が備わっています。まさに学問です。

孫にも「宿題はしなくてもいいんじゃない?」「ばあばが代わりにしてあげようか?」と言うのですが、そう単純ではないようです。子どもは子どもの社会があります。学校、先生、お友だちのいる環境は自分が大半の時間を過ごす社会なのです。そこでの立ち位置、世間の目(笑)が気になります。気配を察して同調という鎧で身を守ります。確かに、人と違う事をするのにはエネルギーが必要です。

親も子どもが家でダラダラしていると無駄に時間を過ごしているような気がして「先生、宿題を出してください」と頼みます。親自身が学力は学校で身に付けると思い込んでいます。子どもの学力には普段の会話や行動の方がずっと影響を与えていると思うのですが。

さて、孫に「どうすればいいと思う?」と聞いたら「宿題を済ませる」「じゃあしよう!」というと「いやだあああ!」「学校なんか燃えてしまえばいい!」と「幼稚園が良かった」と言いながら機嫌が悪くなっていきます。人一倍好きなことだけしていたい子です。でも、厳しい先生のようで、学校で注意されるのも嫌なのです。

気楽そうな幼稚園児にチョッカイを出します。お絵描きしているクレヨンを取り上げて折って投げました!弟も泣きながらつかみかかっていきます。お兄ちゃんも勢いが付いて馬乗りになって叩こうとしました。私はとっさにその手をつかみました。私の顔は厳しく悲しい顔をしていたと思います。

pxhere[CC0]


ネガティブなエネルギーがその場を支配して一気に修羅場になります。暴力は簡単です。この中にいるだけで苦しくなります。その勢いに乗って正論を畳みかけて叱りつけても心が閉じています。

もう1つ思い当たるのは、もうすぐ赤ちゃんが生まれるということ。子ども達は不安でずっと緊張しています。いつママが入院するかわかりません。毎晩、夜中に起きてもいいように準備万端して寝ます。ママが赤ちゃんのお世話で忙しくなるので自分の事は自分でしてね、と言われています。今後、上靴も自分で洗い、時間割、宿題、給食道具、水筒の用意もしなければいけません。年齢的に十分できるのですが、やりたくない事をやらされるのは負担感が増します。

お姉ちゃんはとても落ち着いてきたのですが、まだ10歳。イライラした空気に耐えている上に「あっオシッコ!早く連れて行ってあげて」」「あっこぼれた!拭いてあげて!」「おフロに入れてあげて!」「濡れてるじゃない、ちゃんと体を拭いてあげてよ!」…と弟の世話を求められてストレスを重ねます。ママも体が動かないので口数が増えます。

その不満を抱え込んで発散できない状態が続くと爆発します。前のようにいじわるするのではなく自分で下を向いて「ぎゃーーっ」と叫んで鳥かごを2つ抱えて部屋に閉じこもります。

鳥を連れて行くところがナイス!無邪気な鳥が癒してくれるのに気づいたのでしょう。その部屋で鳥に話しかけ、遊び、落ち着いたら自分から出てきて何事もなかったかのように振る舞えるようになりました。私はその成長をしっかり認めてあげたいと思います。


娘も怒らないように我慢するだけで精いっぱいで、無表情になるのも理解できます。私も同じ空間にいて心が乱れます。その邪気を浄化するには自分の至らなさを謝り、ガヤトリーマントラや愛のマントラに助けてもらうしかありません。私は必死でマントラを唱えながら発想の転換をしようと無い知恵を絞ります。

何も思い浮かばなくて「散歩しようか!」と言ってしまいました。言ったものの外の暑さに後悔しましたが、とりあえず外に出ました。さて、どうしたものか・・・「そうだ!まだ通ったことのない道を探検しよう!」と歩き出しました。いろんな小道があって楽しくなってきました。

行き止まり、初めての家、道端の穴に泥蜂がいた!・・・一気に無邪気になりました。明るい声が出てきました。家に戻ってからもご機嫌で、はしゃぎながら皆でお風呂に入りました。子どもって無邪気になるのが早い根のない感情のぶつかり合いだけの喧嘩なら成長と共に解決していくことでしょう。

出典:YouTube


そのためにも小さな邪気はその日のうちに洗い流してしまおう自然の空気、水、木々、虫たち、小鳥さん、ありがとう!…ああ、この子達を守らなければ!と思いました。これは大人社会の責任です。

「学校なんか燃えてしまえばいい!」という言葉に、今は亡き父のエピソードをつい思い出してしまいました。当時小学生だった父の母校が、本当に火事で燃えてしまったことがあったそうなのです。その燃え上がる母校を先生方や児童たちが呆然として眺めている真っ只中、父は「もう学校に行かなくてすむ。バンザーイ!バンザーイ!バンザーイ!」と全力の万歳三唱!!!それに気づいた父の姉がすっ飛んできて、その場で往復ビンタをくらったとのこと。。。
(ぺりどっと)

Writer

かんなまま様プロフィール

かんなまま

男女女男の4人の子育てを終わり、そのうち3人が海外で暮らしている。孫は9人。
今は夫と愛犬とで静かに暮らしているが週末に孫が遊びに来る+義理母の介護の日々。
仕事は目の前の暮らし全て。でも、いつの間にか専業主婦のキャリアを活かしてベビーマッサージを教えたり、子育て支援をしたり、学校や行政の子育てや教育施策に参画するようになった。

趣味は夫曰く「備蓄とマントラ」(笑)
体癖 2-5
月のヴァータ
年を重ねて人生一巡りを過ぎてしまった。
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