ままぴよ日記 69 「協調性って何?」

 来年度の子育て広場のシフトを考えるミーティングで1人が「今後、後世の育成のためにも、セミナーの担当者を交代制にしませんか?」と言いました。「色々な事情で休む時もあるから、誰でもできるようになった方がいいね」と流れができました。
 新しい担当者を合意の下で決めたのですが、あるスタッフの顔が曇りました。
 「本当にいいの?無理する必要はないよ」と言っても「いいです」というばかり。でも、他の人は気づいていなかったけど、目に涙が・・・。
 「向き不向きもあるし、苦手な事はしたくないって言える会議にしよう」と、言いました。
 そのスタッフは「嫌だと思う自分がダメだ。頑張らなければみんなに迷惑かける」と思ったらしいのです。
 日本に蔓延している「自分さえ我慢すれば」「自分の本心に蓋をして皆に合わせる」ウイルス感染症です。
(かんなまま)
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主体性と協調性は相反するものじゃない



15年前から月に1回、ママ達と子育てや自分の事を話す「ままぴよ会」を開催しています。

ママ達と「子どもの主体性を大事に育てたいね」と話していたら、あるママが「えっ?でも、主体性を大事にしすぎると、協調性が育ちませんよね」と言いました。こちらの方がびっくりして「どうしてそう思うの?」と聞いたら「例えば、皆が右を向くときは右を向く。自分を捨てて人に協力するのが協調性ですよね。社会で生きていくためには必要なことだし、学校でも協調性のある子に育てましょうって言われます。子どもに「自分勝手な事をしないで合わせなさい」と教えているのに、主体性が大事と言われたらわからなくなります」と、言うのです。


「主体性と協調性は相反するものじゃないと思うよ。主体的に協調するんだよ」と言って、その場で意味を調べました。「協調性とは異なった環境や立場に存する複数の者が互いに助けったり譲り合ったりしながら同じ目標に向かって任務を遂行する素質」とウィキペディアに書いてありました。

「だから右に倣えと従うのではなく、何かを達成するために、お互いに違いを認めた上で主体的に合意形成しながら協力していく事だよ」と言ったら「えーーー!!。勘違いしていました!」とひっくり返りそうになりました。他のママも次々に「私も子どもの頃から誤解していました!」と言い出したので又びっくり。

何という事でしょう!!一斉にみんなと同じことをしながら学ぶ教育の弊害かもしれません。

それは1歳前から預かってくれる保育園から始まっています。園側も集団で預かるので、まとめて保育しないと一日が回りません。一斉に朝のご挨拶をして、皆と同じ遊びをして、トイレに行って、手を洗って、昼ご飯を食べて、歯を磨いて、お昼寝をして、お散歩に行って、絵本を読んで、お迎えを待つ組とバスに乗る組に分かれて帰ります。

保育者は「あ~、今日も無事でよかった」と、滞りなく安全に保育できたことに安堵します。保育園は子どもを見守るところなのです。でも、子どもにとってはどうなのでしょう?

子ども達は無意識のうちに集団に合わせる事を学びます。同じような絵を描きます。真似っこしながら育つ時期なのでいい影響も与えます。「汽車ポッポ~」と、行列してトイレに行き、皆でパンツを脱いでトイレに座る事でトイレトレーニングができます。



保護者は我が子がみんなと同じようにできる事を喜び、それが成長の基準となります。でも、なんか変。トイレは生理現象なのに。小学生になっても「トイレに一緒に行こう」と誘い合うのは、そのせいでしょうか?やがて、子どもも、何でも一緒にするのが仲良しの証拠になります。

確かに、人間は、動物としては弱い存在なので、昔から狩猟や農耕などでも集団で助け合って生き抜いてきました。そして今でもコミュニケーション能力を磨いて協力し合うことが求められています。

でも、一緒にしたくない子もいます。一緒にしたくても色々な個人の事情で、できない子もいます。残念ながら、こういう子が集団生活の中で苦しくなっていきます。


人と同じことができない子は問題児?


そして、大人社会の勘違いで、人と同じことができない子は問題児になります。だから先生から保護者に「みんなと一緒にできるように家でも頑張ってください」「ついていけないので特別支援が必要かもしれません」と、まるでそれが悪い事のように注意されます。

あるママが幼稚園の面談で、「お宅のお子さんは皆と一緒に活動してくれません。そしてハグをして回って邪魔をします。」と注意されました。だから「家庭でハグをするのを控えてください。1つの事に取り組む訓練をして下さい」と言われて悩んでいました。そのママは「我が子が周りに迷惑をかけている」だけでショックを受けていました。夫が園に怒っているので夫婦で冷静に話し合えないまま「ちゃんと育てられなかった自分が悪いのでは?仕事をしているから?」と、自分を責め始めていました。

逆に、あるママは我が子が何をするのもゆったりで、言葉もゆっくり、給食も遅いのを園から指摘されて悩んでいました。ボストンにいる孫にそっくりなので、胸がキュンとなって思わず、「あなたは何て素敵な子なの?あなたの存在が宝物」と、私が言ったら、それを見ていたママが「そうですか?そうですよね。いい子なんです!!」と、嬉しそうでした。そう、社会の狭い了見ではなく「我が子そのものを見てあげて!こんなにかわいいのにもったいない!」と思いました。

そういう意識の社会だから、園も親も、子どもが年長さんになると、「うちの子は小学生になったら勉強に付いて行けるだろうか?」「給食をちゃんと食べられるだろうか?」と心配するのです。園によってはママ達の安心を満たすために、45分間座って勉強する練習を始めています。

小学校の先生もカリキュラムに縛られています。授業数の余裕もないので「幼稚園で字を教えるなら、書き順まで教えてもらわないと困ります」と園に要求します。給食時間も20分なのでゆっくり食べる子がいると困るので魚は骨抜きの切り身です。宿題や提出物が出ないと評価ができないので厳しくチェックします。自分勝手なことをされると授業が進まないので答えを誘導したり、模範を示します。


持ち物も、制服や靴、カバンまで指定されて、鉛筆の数まで細かに決められています。どんなに寒くても半そでの体操服で体育をします。自由にさせると、人と違う事でややこしくなるからです。

つくづく、園や学校の都合だなあと思います。そして、預ける親の都合です。でも、子どもの問題行動が増えて、この方法は間違っているのでは?と、思いながらも、今まで積み上げてきた体制を崩す勇気がありません。

ボストンに住んでいる娘の話ですが、子ども達が通っている学校から連絡が来て、「日本人の生徒が、いつまでもでもシャイで発言もしないし、保護者も面談で意見を言わないのはなぜか?」と相談を受けたそうです。先生の会議に参加して、日本の学校とアメリカの学校の違いを説明したら先生方が驚いていたとの事。

「どうしたらいいか?」と聞かれたので、初めてきた日本人の子どもに現地の子どもを1人、学校生活のサポート役で付けてほしいとお願いしたそうです。そして娘が個人的に作っていた翻訳ガードを学校側に見せたら、さっそく5か国の翻訳カードを作ることになったそうです。

このように学校側も多様性を尊重する方策をオープンに聞いて対処してくれる姿勢が日本にかけていると思います。


皆と同じでないことが不安になるママ


新米ママ達のセミナーでも、まだ3か月の赤ちゃんなのに1年後の保育園の心配をしているママ達。人に預ける時にミルクに慣れさせていないと困るから、母乳が出るのに「哺乳瓶を嫌がります」と悩みます。

仕事を辞めて育児に専念しようと思っているママも、他のママが仕事復帰する話を聞いて焦り始めます。皆と同じでないことが不安になるのです。

そして、一旦、預け始めると、親の都合で回り始めます。

子どもの保育時間は週に66時間まで可能です(親の労働時間より長い)。土曜日も預かってくれます。親はその制度を利用して、仕事が休みの日も子どもを預けるのが定着してきました。


先日、子ども子育て会議がありましたが、園からその事に対する意見書が出されました。
①保育者の勤務時間の確保
②子どもの立場から、親と一緒にいる時間の確保
③質の高い保育と教育を提供するために保育現場の負担となる過度の保育サービスは避けたい
という理由で、親のどちらかが休みの時は家庭保育を原則とする方針を市に出してほしいというものでした。

特に、お父さんだけが休みの時は園に預けているようです。お父さんの子育てに対する意識が進まないのも問題ありです。でも、働くママ達も疲れ果てています。自分を調整するために1人の時間が欲しいという気持ちもわかります。

もう社会に合わせる歯車が回り始めて、子どもの都合を考えてあげるより、ママの疲れが上回っているのかもしれません。それと、皆も預けているという安易な理由。

最近開催した複数の子どもを育てているママ達のセミナーでは、4月から職場復帰をする人が何人もいました。子どもが学校生活について行けるだろうか?という心配の他に、仕事中心になる生活の中で家事や子育ての両立ができるだろうかと、不安で押しつぶされそうになっていました。そのうちの半数は子どもが発達障害と診断されたママ達なので朝、時間通りに送り出すだけでも大変です。

自分に余裕がなくなるのはわかっています。そのしわ寄せが子どもに行くのもわかっています。でも、自分のストレスをどう解消したらいいのか?見えません。パートナーである夫も単身赴任や残業ばかりであてにはできない。でも、実際に家に居てくれても自分の不安や気持ちを話す時間がない…などなど、涙がポロポロ出てきます。


今は人生の中でも一番ピンチの時かもしれない。それなら今の自分にとって何が大切なのか優先順位を決めよう。そして、働く前に「子どもがいるから残業はできません。土日は休みます」と言おう、という話になりました。それが親の責任でもあるし、それをしないと自分が壊れてしまう。後輩のママが働きやすくなるためにも意思表示することが大事だと、皆で励まし合いました。

実はその中に、職場の急な要請で介護施設に復帰したママがいました。保育園が空いていなかったので子連れ出勤を条件に出したそうです。2歳のやんちゃな子で、身体能力は高いけれど、多動傾向があり、皆と一緒の事をするのが難しい子です。

仕事復帰した当初は、環境の変化でママから離れなかった子が、周りの大人やお年寄りから声を掛けられるうちに皆のアイドルになり、毎日リュックを背負って出勤するのを楽しみにしているらしいのです。土日も行きたがるから困っていますとの事。

ママも働く事で自信を持ち、子どももかわいがられて多動などの問題もなく、施設の高齢者も元気になっていく・・。これなのです!

生きていく中で、それぞれが関わりながら関係を作っていく。老いも若きも、個性も凸凹同志!この原点を忘れてはいけないと思いました。

今の日本は、子どもの頃から人の中で問題を起こさないように育ち、自分を捨てて人に合わせるのが美徳になっている気がします。やがて、協調性をはき違え、自分の自由意思さえ分からなくなってしまいました。

社会は集団生活を尊重するように制度や慣習が作られているので、人と違う事をすると敷かれたレールから外れ、いばらの道です。支援も行き届かないし、孤独になります。自分に正直に生きるためには勇気と覚悟とエネルギーがいるのです。


でも、自分に正直に生きていると、心の深いところで「これでいい」という安心感が生まれます。自分を信頼できる事ほど強いものはありません。

本来は、全ての人が生きやすい時代になってほしいと思います。やはり「愛」の出番です。


Writer

かんなまま様プロフィール

かんなまま

男女女男の4人の子育てを終わり、そのうち3人が海外で暮らしている。孫は9人。
今は夫と愛犬とで静かに暮らしているが週末に孫が遊びに来る+義理母の介護の日々。
仕事は目の前の暮らし全て。でも、いつの間にか専業主婦のキャリアを活かしてベビーマッサージを教えたり、子育て支援をしたり、学校や行政の子育てや教育施策に参画するようになった。

趣味は夫曰く「備蓄とマントラ」(笑)
体癖 2-5
月のヴァータ
年を重ねて人生一巡りを過ぎてしまった。
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