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神社本庁と日本会議と「大本教」系神道宗教、その共通の宗教的ルーツは、岡本天明が自動書記で記した預言書「日月神示」 ~自らを「国之常立神」と偽って、この神示を降ろした霊の正体

竹下雅敏氏からの情報です。
 カレイドスコープさんの大変面白い記事を紹介します。神社本庁と日本会議と「大本教」系神道宗教との関係についてです。彼らの宗教的ルーツは、岡本天明が自動書記によって記した預言書「日月神示」だと言うのです。これは非常に納得できます。
 岡本天明に神示を降ろした霊は、自らを「国之常立神」と名乗ったとのことですが、明らかに偽りで、この霊の正体は、かつて天海大僧正として転生に入っていた者で、ハイアラーキーの覚者となって、光の銀河連邦を指導していたと思われます。
 なので、全く神を名乗る資格のない者ですが、なぜ彼が「国之常立神」を名乗ったかというと、彼を祀る「天日津久神社」は、記事に書かれているように千葉県成田市の麻賀多神社内の末社です。この麻賀多神社の御祭神は稚産霊神(ワクムスビ)で、古事記ではトヨウケヒメ(豊受比売神)を生んだとされています。トヨウケヒメは、伊勢神宮外宮に豊受大神として祀られています。
 伝承が混乱していますが、ホツマツタヱによれば、豊受大神は男神で、約3,300万年前に「国之常立神」として地球に初めて転生に入ったホツマの神です。
 “続きはこちらから”のホツマツタヱの系図をご覧ください。「国之常立神」は、その後、「木之常立神」(初代高皇産霊尊)、さらに豊受大神として生まれ変わります。
 系図をご覧になると、神々の名前が書かれている中で、2代、 3代、4代の高皇産霊尊(タカミムスビ)だけが役職名のみであり、個人名が書かれていません。
 これは、私の調べなのですが、実は2代高皇産霊尊は、後に石筒之男神(イワツツノオ)として生まれ変わります。3代高皇産霊尊は、後に迦具土神(カグツチ)として、4代高皇産霊尊は、後に稚産霊神(ワクムスビ)として生まれ変わります。
 要するに、イザナミノミコトの父である豊受大神を生んだ4代高皇産霊尊は、後の転生でイザナミミコトの孫である稚産霊神として生まれ変わるのです。
 麻賀多神社の祭神である稚産霊神は、過去の転生において豊受大神の父であった4代高皇産霊尊なので、末社である「天日津久神社」は子の豊受大神に相当し、豊受大神は、過去世で「国之常立神」だったわけです。
 「日月神事」を降ろした天日津久神(天海大僧正)は、こうした経緯から、自らを「国之常立神」と偽ったものと思われます。
 この例のように、神でないものが神の名を騙り、ハイアラーキーの預言書を降ろし、人心を惑わすということが、どこの国でも起こっています。この手の悪事に加担した者たちは、これが最後のチャンスです。心を入れ替えなければ、根こそぎに滅ぼされるでしょう。
(竹下雅敏)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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日本人の「神の遺伝子」と女系天皇・皇位継承の「罠」
転載元)
(前略)
神社は、安定した収入を確保しようとして、さまざまな“神社メニュー”を用意します。(中略)… 中でも「神宮大麻」(一般に「じんぐうたいま」。正確には「おおぬさ」)の販売には、どの神社も苦労しているようです。
(中略)
「神宮大麻」とは、御神体が宿っていると見なす御真(「ぎょしん」あるいは「ごしん」)と呼ばれる板材に和紙を巻き付けて、表面に「天照皇大神宮」という伊勢神宮内宮の別号を記した伊勢神宮の御神札(ごしんさつ、御札)のことです。
(中略)
この「神宮大麻」から上がる収入は莫大で、この一部が伊勢神宮の式年遷宮に使われるのです。(中略)… 「神宮大麻・代理店制度」は以下のような仕組みになっています。
(中略)
「神宮大麻」を授与する伊勢神宮は、「神社本庁」に「神宮大麻」の販売と集金業務の一切を任せています。しくみは、神社界の頂点に立つ伊勢神宮が、各県の神社に「伊勢神宮の神がかかった神宮大麻」の販売権を与えます。

各都道府県の神社は、氏子たちに「神宮大麻」を販売し、その売上金の全額をいったん伊勢神宮に手渡します。伊勢神宮は、そのうちの半分の金額を「本宗(伊勢神宮)交付金」として「神社本庁」に交付し、さらに「神社本庁」から各都道府県の「神社庁」に流します。

「神社庁」は、「神社本庁」から流れてきた交付金の何割かにあたる金額を「神宮神徳宣揚費交付金」として、末端の販売代理店として「神宮大麻」を販売した各神社に交付し、残りは「神社庁」の活動費として懐に収めているのです。

つまり、各都道府県の神社から見れば、「伊勢神宮」の名前貸しによるロイヤリティーは100%。それを納めた後、「伊勢神宮」から○○%戻し→「神社本庁」→「神社庁」→各神社と、残った金額が戻されるのです。

まさに、神社界の「重層下請け構造」と呼ぶべき「搾取」の構造があるのです。
(中略)
「神社本庁」が、有名神社だけに肩入れする理由は、有名神社からの収益が上がるからであって、結局「金」なのです。(中略)… いってみれば、「神社本庁」と「神社庁」は、神社界において競争原理を働かせて神社を支配しており、「神も仏もないもんだ」の世界が、日本の神道界を覆い始めているのです。

「神社本庁」の総長は、現在、京都の神社の宮司でもある田中恒清氏が務めていますが(中略)… 田中恆清氏が、このまま総長の椅子に座り続ければ、早晩「神社本庁」は崩壊するでしょう。日本の神社を徹底的に破壊した後で・・・
(中略)
神社本庁と日本会議と「大本教」系神道宗教との関係は・・・
 
さて、疑惑山盛りの田中総長によって半ば私物化されている「神社本庁」と二人三脚で戦前の軍国主義復活のために尽力しているのが「日本会議」です。

「神社本庁」とは、言ってみれば、伊勢神宮の威光を借りて、宗教法人を偽装しながら日本の神社を「集金装置」にしている政治団体のことですが、いっぽうの「日本会議」の場合は、さらにカルト色が強くなります。右派の政治学者や文化人で組織されている「日本を守る国民会議」と、宗教団体が結集してつくった「日本を守る会」の二つが合併して1997年に発足したのが「日本会議」。
(中略)
これらの人々の宗教的ルーツは、岡本天明の自動書記によって記されたという預言の書「日月神示」で有名になった大本教です。つまり、「なにもかもが3分の1になるぞよ。日本がいよいよ絶体絶命の段になったとき、神一厘の救いが現れる」という日本の滅亡の後で本当の神代が現出するという神示を教理の根本に据えている宗教です。

「日月神示」とは「神道版・黙示録」と言われている預言を暗号化したものです。昭和19年(1944)6月10日、成田市の麻賀多神社の社務所で休憩中の岡本天明に降ろされたとされる神示です。

神示を天明に降ろしたとする別次元の高級心霊は「国之常立神」だとテレパシーで名乗ったとのことです。それを祀っているのが、麻賀多神社内にある末社「天日津久神社」です。
(中略)
こうした場所にやって来ると、なぜ「日本会議」が、安倍晋三首相の尻を叩くようにして「改憲」に追い立てているのか、その理由の一端が理解できるのです。

つまり、「外国は一つになって神の国に攻め寄せてくる。アメリカもイギリスは更なり、ドイツもイタリアもロシアも、外国は一つになりて神の国に攻め寄せてくるから、その覚悟で用意しておけよ」という第三次世界大戦の勃発によって、日本がいったんは壊滅的な破壊に導かれるという大本教の終末思想を信じている人々によって運営されているのが「日本会議」であるということです。

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ひな祭りは、その起源が紀元前約300万年前の出来事に遡る日本古来の伝承! ~真の歴史が書かれたホツマツタヱ~

竹下雅敏氏からの情報です。
 ひな祭りの起源を知っている人は少ないのではないでしょうか。実は、ひな祭りは日本古来の伝承なのです。ホツマツタヱにそのことが書いてあります。
 “続きはこちらから”をご覧になると、地球に最初に生まれたホツマの神はクニトコタチで、今から約3,000万年前になります。冒頭の、“三千年前のお話”というのは誤りです。
 こちらのブログの年表をご覧になると、「鈴木暦の開始」から西暦までの詳しい年代がわかります。ただし、冒頭の紀元前3億年は計算間違いで、紀元前3,000万年が正しい数字です。また、「紀元前300万年前の大濡煮命から」の年代はほぼこの通りですが、ところどころ計算間違いをしているようです。
 いずれにしても、ひな祭りの起源は、大濡煮(ウヒヂニ)尊、少濡煮(スヒヂニ)尊の時代である、紀元前約300万年前の出来事に遡ります。
 ホツマツタヱによると、男女の御子が生まれ、二人は生まれた時に木の実を握っていたといいます。種を育てると、3年目の3月3日に百個の花と百個の実がなったことから、百(もも)の木、すなわり「桃の木」と名付けられたとあります。また、男の子をモモヒナキ、女の子をモモヒナミと名付けました。
 二人は成人し、結婚することになり、婚礼が執り行われます。この時、神酒(みき)の語呂に合わせ、名前の最後に「ミ」がつくモモヒナミから飲むことにしました。桃は3年目の3月3日になったので、三・三・三の数字から“三回で飲み干し、それを三度繰り返す”ことになりました。これが三三九度の盃の始まりだということです。
 翌朝、二人は体が火照っていたため、禊をします。この時に、着物の袖が大少(ウス)に濡(ひ)じたので、二人はウヒヂニ、スヒヂニと名を改めたとのことです。
 これらのエピソード以外にも、より多くのことが書かれていますので、ぜひ原文をご覧ください。
 ホツマツタヱの伝承を見ると、ひな祭りは日本古来のものであり、ひな人形は、大濡煮(ウヒヂニ)尊、少濡煮(スヒヂニ)尊の二柱を表していることがわかります。しかも、これは約300万年前に遡る伝承なのです。
 ホツマツタヱには鈴木暦とキアエ歴が記されており、年代を正確に特定出来るのです。
 ただ、この記事のように、ひな祭りの起源が約300万年前、クニトコタチが生まれたのが約3,000万年前という数字になり、多くの人は、これをそのまま受け入れることができないでいます。
 しかし、「スミワタルタカキホシノヒメミコ様からの通信文2」をご覧になると、人類は、約4,000万年前に出現したことがわかります。また、通信文3では、“それから約500万年経った頃、天界から神々の転生が始まりました。今から約3500万年前の事です”書かれています。
 国津神が約3,500万年前に転生に入り、準備が整った段階で、ホツマの神が約3,000万年前から転生に入り始めたと考えると、辻褄が合います。
 日本はこのように、シュメール文明、アトランティス文明、レムリア文明をはるかに超える超古代からの伝承を持ち、しかもそれが文献として残っているのです。また、ホツマの神々が制定した数々の儀礼が伝えられており、そのホツマの神を祀る極めて珍しい国なのです。そして、その皇統は孝明天皇の代までずっと続いていたのです。
 こうした真の歴史を知られると困るのが、イスラエルの末裔と言うか、旧約聖書を信奉している人たちだということです。彼らは、真の神が存在するのを知られると、自分たちが信奉しているのが実は堕天使たちだということがばれてしまいます。
 彼らがホツマツタヱを頑なに否定するのは、このためだと思われます。
(竹下雅敏)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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園児がお澄まし顔で「生きびな」に きょう桃の節句(19/03/03)
配信元)
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ほつまつたえ 天の巻2 あめななよとこみきのあや【天七代 床酒の文】
 (要約) 
【原文カタカナ訳】        【漢字読み下し】
アメナナヨトコミキノアヤ     天七代 床酒の文
   
コノトキハ ミコオシヒトノ    この時は   皇子オシヒトの
 
トツキマエ タカキカミキノ    とつぎ前   タカギが酒の

アヤコエハ カミノヲシヱハ    謂 乞えば   神の教えは
 
(中略)
       
マサカキノ ウヱツキヰモニ    真榊の    植え継ぎ五百に(3000万年に相当)
 
ミツルコロ ヨツキノヲカミ    満つる頃   代嗣の男尊
                        
ウヒチニノ スヒチオイルル    ウビチニの  スヒヂを入るる
 
サイアヒノ ソノモトオリハ    最愛の    その基は
 
(中略)  
 
メカミマツ ノミテススムル    女尊まず    飲みて進むる
                                              
ノチヲカミ ノミテマシワル    後 男尊    飲みて交わる
 
トコノミキ            融の酒
                                 
      ミアツケレハヤ           身 熱ければや
 
アスミアサ サムカワアヒル    明三朝    冷む川浴びる
 
ソテヒチテ ウスノニココロ    袖 浸ぢて   多少の和心
                               
マタキトテ ナモウヒチニト    全きとて   名もウビチニと
                                              
スヒチカミ            スヒヂ尊
 
(中略)                                   
   
コノトキニ ミナツマイレテ    この時に   皆 妻入れて
 
ヤソツツキ モロタミモミナ    八十続き    諸民も皆
                                
ツマサタム アメナルミチノ    妻定む     陽陰和る道の      
 
ソナワリテ タクヒナルヨリ    具わりて   類成るより
 
トシカソエ ヰモツキアマノ    年数え     五百継ぎ天の
 
マサカキヤ            真榊や
 
(以下略)

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[日刊ゲンダイ]政治学者・中島岳志氏 「政治と宗教の接近」を強く危惧 〜政治的工作を行う八咫烏の下部組織が認めなければならないホツマツタヱの事実〜

竹下雅敏氏からの情報です。
 私も、この記事と同様のことを危惧していました。そのために先手を打つ形で、八咫烏の一連の記事を掲載して来たのです。なぜなら、彼らを頂点とする組織こそ、陰謀の中枢だからです。最上部の八咫烏については、ある程度説明をして来ましたが、彼らは政治には手を出しません。政治工作は彼らの直属の下部組織が行っています。これらの組織についてはいずれ記事を掲載したいと考えています。
 今回取り上げた記事の懸念は、未だに払拭出来ているとは言えませんが、何とか最悪のケースは免れているのではないかと思います。というのは、組織の中核である八咫烏は正気を取り戻しているからです。ただ、政治的工作を行う下部組織が未だに問題です。彼らの非常に狭い世界観が問題を引き起こしています。
 孝明天皇は天照大神、神武天皇、応神天皇という一連の天皇の血筋を継承する人物で、彼らは全員「ホツマの神」です。ところが、明治以降の天皇は神々ではありません。裏天皇も同様です。むしろ、明治以降、血筋が入れ替えられたと言って良い事態です。本物の睦仁親王、堀川辰吉郎、前田ゴロウは、いずれも古代イスラエル人の末裔だからです。
 万世一系として国体護持を謳うのであれば、現在の皇室も裏天皇組織も存続し得ないでしょう。孝明天皇の男系の血筋が生き残っているのであれば話は別ですが、それにしても、過去の様々な謀略は全て国民の前に明らかにしなければなりません。
 憲法を改正して皇室典範を改めるというのなら、話は別です。しかし、いずれにせよ、真実を明らかにした上での国民の同意が必要です。
 様々な政治工作をしている者には、まず神と人の違い、天照大神は男性で実在した神であり、日本の歴史は超古代に遡るということ。そして孝明天皇までの天皇の血筋は、その大部分が天照大神の血を引く存在であったということを理解しなければなりません。
日本という国は古代イスラエル人が作ったのではありません。まずホツマツタヱをきちんと読んで、そこに描かれていることが事実であると認めることから始めて下さい。
(竹下雅敏)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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注目の人 直撃インタビュー 政治学者・中島岳志氏 「政治と宗教の接近」を強く危惧
記事配信元)
本記事文章は現在公開を停止しております。 (2016/4/23)
記事の提供元にてご覧ください。

[NHKニュース おはよう日本]分かってきた縄文人のDNA 〜日本人の本質は縄文人のDNAにあり、イスラエル・ユダヤとは何も関係がない〜

竹下雅敏氏からの情報です。
 日本人は他のアジアの人たちとは異なる特徴があり、それは縄文人からのDNAが、われわれに伝わっているからとのことです。
 この記事を読めば日本人の本質は縄文人のDNAにあり、イスラエル・ユダヤとは何も関係がないとわかるでしょう。
 日本の古文書をことごとく焼き捨て、本当の日本の歴史を隠蔽したのは聖徳太子です。その後、聖武天皇の時代にイスラエル・ユダヤの末裔による支配が確立したと言えるでしょう。
 彼らは日本の乗っ取りに成功したわけです。古事記、日本書紀はこの連中の都合の良いように改ざんされた偽りの歴史書です。
 本当の歴史は「ホツマツタヱ」にあります。この連中にとって、もっとも人々に知られたくないのがホツマツタヱなのです。
(竹下雅敏)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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分かってきた縄文人のDNA
記事配信元)
本記事文章は現在公開を停止しております。 (2016/4/23)
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[竹下雅敏氏]ホツマツタヱの下鴨神社・河合神社に関係する伝承 〜地球上で唯一聖典と呼べるホツマツタヱ〜

竹下雅敏氏からの情報です。
 ホツマツタヱの下鴨神社・河合神社に関係する伝承を、とてもうまく要約してくれている記事です。ここに書かれている年代ですが、すべて正確なものです。人々の常識に大きく反するものですが、この年代は真実のものです。
 例えば、ウガヤフキアワセズノミコトが産まれたのは、紀元前898,627年とありますが、これは1の位まで正確な数字です。玉依姫は紀元前178,625年に誕生しています。それから6万年後の紀元前118,625年に、両親の賀茂建角身命(建祇命)と磯依姫が亡くなっています。
 また神武天皇の兄・五瀬尊は、紀元前66,043年に生まれ、神武天皇は紀元前711年に生まれています。したがって神武東征に五瀬尊が加わり、共に戦った時、五瀬尊は6万歳を超えていたことになります。
 しかし、これらのことはすべて事実なのです。上記の年代がすべてこの通りであることは、私自身の直観において確認を取っています。
 ホツマツタヱは、私の双子の魂である伊予津彦命様の作であり、内容はすべて真実のものです。地球上で唯一聖典と呼べるのは、このホツマツタヱだけだと思います。それほど貴重な文献なのです。
 多くの方はこの神話の内容と年代を信じることが出来ないと思いますので、後の記事で少し説明を加えたいと思っています。
 なお、記事に出て来る伊予津彦命三穂津姫磯依姫は、中西征子さんの描いたイラストがありますので、参照して下さい。中西さんのイラストは、肖像画と言えるほどよく描けています。
(竹下雅敏)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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賀茂御祖神社(下賀茂神社)
記事配信元)
本記事文章は現在公開を停止しております。 (2016/4/23)
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