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ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 特殊稿3 ― 聖婚儀礼(1)

豆粒のような小さな種があります。
これが愛に育つか、野心になるか、そのどちらかなのです。
実は、この種は性欲です。
この単なる性欲を愛に昇華することができるのです。
夫婦の愛というのは、調和した性生活でしか育ちません。
セックス自体を根本的に悪・罪と否定していたら、育ちようが無く、
全て野心になってしまいます。
それは名誉欲や支配欲に化けてしまうのです。

 『ぴ・よ・こ・と2』のこの一文がやはり全てだろうと思えます。

 性欲とは、性エネルギーで生命エネルギーに他なりません。性エネルギーと宗教は実は切り離せないのですが、不幸なことに、現在まで人類は誤った性エネルギーの取り扱い方しか教えられてきませんでした。
 一つは、性エネルギー・生命エネルギーである性欲を始めから悪・罪と否定する姿勢です。これは仏教やキリスト教、そしてヒンドゥー教のある程度の勢力がそうで、こちらは顕教になります。
 そしてもう一つがこれは秘教になるのですが、性を利用対象にするが故に、それを非常に不浄で醜悪にしてしまう扱いです。
 エネルギー自体には善悪も美醜もありません。しかしどんなエネルギーでもそうですが、その取り扱い方次第では、それは幸福をもたらすもの、逆に不幸をもたらすもの、どちらにでも化けます。
 性エネルギーも同様です。慎重に大切に扱い育てれば、それは崇高で極めて美しくもなり、逆に誤った扱いは、性エネルギーを極めて穢れた醜悪なものにもさせます。残念ながら私たちの文明は、その最初から性の扱いを間違えたようです。
 今回は近・現代編の枠からは全く外れているので(しかし現在に直結もしていますが)、特殊稿として誤りの起源を追ってみます。
(seiryuu)
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ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 特殊稿3 ― 聖婚儀礼(1)


最初の文明メソポタミア文明 ~「死と再生の儀礼」である「聖婚儀礼」


私たち現人類の文明は、四大文明のメソポタミア文明・エジプト文明・インダス文明・黄河文明から開始されたとされています。この四大文明で僅かに早く、最初にスタートしたのがメソポタミア文明で、都市が形成されたのが紀元前4000年期とされます。この文明とその宗教の影響はその後の人類の歴史に対して甚大だったのです。

pixabay [CC0]

ウィキペディアで「メソポタミアの神話」の記事の中に「メソポタミアの宗教は後の宗教に多大な影響を与えていると考えられている。その影響はカナン人、アラム人、古代ギリシア人、フェニキア人の宗教、さらにユダヤ教、キリスト教、マンダ教、イスラム教などの一神教にも及んでいる。」とある通りです。

メソポタミアの宗教の何がそれほどの大きな影響を後に与えたのか?
色々ありますが、その一つは、ユダヤ教やキリスト教への絶大と言っていいほどの影響を与えた「ノアの方舟」でしょう。「ノアの方舟」は『旧約聖書』のオリジナルではありません。古代メソポタミアの神話である「ギルガメッシュ叙事詩」から来ていて、起源はこちらなのです。メソポタミアの古代の伝承を『旧約聖書』が取り入れたのです。

編集者註:ギルガメッシュ叙事詩の場面。(左上)暴君としてのギルガメッシュ。(左下)切り倒した杉を持ち帰るギルガメッシュ。(右)若返りの海草を見つけるために海に潜るギルガメッシュ(大洪水伝説)、だと思われます。

しかし、影響の意味では「ノアの方舟」以上に全ての宗教だけではなく、人類全体に、そして現在にも直結している影響を秘かに与えたのが、現文明上では最初にメソポタミアで行われていた「聖婚儀礼だと思えるのです。

「聖婚儀礼」とは、ウィキペディアで「聖婚は、象徴的な意味を持つ古代の儀式であり、一般的に春に行われる。これは冬が生命活動に乏しく死を象徴するため、春はそれからの蘇りと考えられたことによるもので、死と再生の儀式の一環である。」とあるように、「聖婚儀礼」は 「死と再生の儀礼」の一環であり、実はこれがクリスマスとイースター(復活祭)の起源になってもいます。

太陽活動が冬至に最低下(死)し、その太陽が月の働きによって春に再生復活する。この復活祭と「聖婚儀礼」が重なるわけです。

12月25日は、元をずっと辿ると古代メソポタミアで建設されたバビロンの大安息日で、バビロンで太陽神になぞらえられたある人物の誕生日とされています。イースターも太陽神を復活させた月神になぞらえられたある人物の名前がその由来です。クリスマスとイースター、これらはそれぞれがイエス・キリストの誕生と復活を祝う祭典などではなく、むしろキリスト教にとっての異教の祭典「死と再生の儀礼」なのであってメソポタミアがその起源なのです。

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ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 外伝20 ― 地下のロイヤル・アーチ

 映画「ダ・ヴィンチ・コード」で、主人公のラングドンとヒロインのソフィーが最後に訪れた場所、それがロスリン礼拝堂でした。このシーンが象徴するように、研究者や歴史家にとって、非常に重要な建造物がロスリン礼拝堂であり、その建造は彫刻を含めて秘かに研究者たちを唸らせます。
 しかし反面、彼らが頭をひねってしまう問題もロスリン礼拝堂には多々あります。その一つが礼拝堂の巨大な西の壁です。これが建物全体からは不調和でこの建物が未完成のままに見せるのです。
 これについての大方の見方は、マイケル・ベイジェントとリチャード・リーの著書『テンプル騎士団とフリーメーソン』での次の記述が代弁しているでしょう。

「あたかも建築者が見事な技量と素材を手間暇も資金も惜しまず注ぎ込みながら、あるとき突然、作業を中止したかのようである。資金が尽きたのである。現存する西壁には巨大な石の塊が突き出たまま放置され、これを完成する石は二度と到着しなかった。」

 ダン・ブラウンの著書『ダ・ヴィンチ・コード』の種本である『レンヌ=ル=シャトーの謎』を著した彼らをしても、「ロスリン礼拝堂は資金が尽きて未完成のまま」との評価なのです。
 しかし『封印のイエス』の著者であるクリストファー・ナイトとロバート・ロマスは、その探求と詳細な調査で、この評価が全くの見当違いであることを明かしていきます。
 今回は『封印のイエス』の記述を追いながら、実はロスリン礼拝堂は、未完成に見えるままで完全に完成しており、それがそのままテンプル騎士団と石工組合(メーソン)、そしてフリーメーソンを繋ぐ要石でキーとなっていたその驚くべき事実を主体にして見ていきます。
(seiryuu)
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ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 外伝20 ― 地下のロイヤル・アーチ
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ロスリン礼拝堂の巨大な西の壁

ヘロデ神殿の地下構造 ~ロイヤル・アーチの「トレーシング・ボード」


ウィリアム・シンクレアが、設計と監督、そして石工たちに施工指導までも施し、40年以上の年月をかけて完成したロスリン礼拝堂1486年に完成したこの礼拝堂の外観は、老学僧ランベールが1120年に模写した絵画「天上のエルサレム」にそっくりです。

この絵画のもとは、ユーグ・ド・パイヤンら9人のテンプル騎士団創設期の騎士たちが、ヘロデ神殿跡の地下から発掘したであろうクムラン宗団の重要文書(聖杯)です。
クムラン宗団の重要文書の発掘に関して『封印のイエス』は次のように記述しています。

「1894年、チャールズ・ウィルソン中尉率いる調査隊が、ヘロデ神殿跡の地下室を学術調査した。その結果、その地下室は要石を使ったアーチ構造になっていることが確認された。のみならず、彼らはその地下の広間で、740年前の聖堂騎士団の遺品を発見したのである。・・・これらは現在、スコットランド聖堂騎士団関係の記録係官ロバート・ブラインドンのもとにある。」

その遺品の発見から、ユーグ・ド・パイヤンら9人の騎士たちが、ヘロデ神殿跡の地下室に入り、調査したのは間違いないでしょう。そして、このヘロデ神殿跡の地下室での重要な点は、その構造が「要石を使ったアーチ構造になっている」ことです。

実は、このヘロデ神殿跡の地下室を絵図として収めているものが存在しているようなのです。「トレーシング・ボード」と呼ばれるものです。

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編集者註:フリーメーソンの第13階級「ロイヤル・アーチ」のトレーシング・ボードが示す神殿の発掘の様子

フリーメーソンには、「彼らにとって「完全への道のりをシンボリックに示す霊的案内図」とでも言うべき「トレーシング・ボード」というものがある」(「to C 別館」)ようで、その中でも、ロイヤル・アーチ階級独自の「トレーシング・ボード」が、神殿跡地下室を表現しているようです。

更にロイヤル・アーチ階級では、その儀礼の中に、ユーグ・ド・パイヤンら9人の騎士たちが、神殿跡地下室で発掘を進めている様子を取り入れたようなのです。

『封印のイエス』では、ロイヤル・アーチの「トレーシング・ボード」を、「示されているのはまさしく神殿の発掘の様子にほかならない。背景に見えるのは崩壊したエルサレムと神殿の遺跡であり、前景にはその地下にある小部屋が描かれている。中央パネルには、発掘に使う道具とともに、発掘された秘密文書が置かれているのだ。」と指摘しています。

そして、ロイヤル・アーチ儀礼には、騎士たちの発掘の事実が次のようにはっきりと描かれている。としています。

《・・・瓦礫を取り除くと、堅い岩のようなものがあり、これを鉄の梃で打つと、鈍く響く音がしました・・・さらに瓦礫を取り除くと、それは堅い岩では無く、アーチの形に組み上げられたいくつもの石の一つであり、かつてこの構造物を作った建築家たちの計画には、何ひとつ無駄なものはなかったということがわかりました。》

テンプル騎士団の神殿地下の秘密文書発掘が、丸々フリーメーソンの中に儀礼として取り込まれているのです。

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ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 外伝19 ― 建築されるエルサレム

 「イシヤの仕組みにかかりてまだ目覚めん臣民ばかり・・・」。これは『日月神示』に出てくる一節のようです。この一節の影響か、日本では、陰謀話になると石工組合(メーソン)が出てきて、「世界的な陰謀を働いている。」などの説が多くありました。
 昔、それらの説に私自身は???の連続でした。イシヤ?外国人の名前か?いや石屋か・・・、石工の組合がメーソンとかいうらしい、でもなぜ石屋か、石工の組合が世界的な陰謀を? そんな知識や力が石工組合にあるの?と言った具合に、です。
 様々な憶測や噂がついて回る謎の組織フリーメーソン、フリーメーソンを表すシンボルともなっているのが定規とコンパスの組み合わせです。そして、それには定規とコンパスはつきものですが、フリーメーソンの一つのキーワードになっているのが「建築」です。彼らが一体何を「建築」しようとしてきたのかが理解できれば、フリーメーソンの姿が、その起源が見えてきます。
 実はフリーメーソンには2つの流れがあり、その一つが古代メーソンとよばれるものです。今回はこれを見ている余裕はないので、もう一つの流れ、テンプル騎士団からフリーメーソンの流れを見ていきます。
(seiryuu)
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ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 外伝19 ― 建築されるエルサレム

近代フリーメーソン発足 ~フリーメーソンには2つの流れがある


謎の結社フリーメーソン、著書『ヘロデの呪い』の訳者である林陽氏は、その解説として次のように記されています。

「近代フリーメーソンは、1717年6月24日に社会的名誉職として当時特権階級を成していた、行動的メーソン(ようするに石工)の組合を統一する、英国大ロッジの結成をもって発足したといわれている。この新メーソンは、自由、平等、博愛に基づく理想の精神的神殿(世界普遍宗教の理想世界)の建築を究極目標とし、それまでの石工の組合とはまったく異質な思想宗団として、思弁的メーソンを名乗った。変化の中心的役割を果たしたのがバラ十字。結社には多くのオカルティスト、錬金術師、学者、文人、貴族、新思想に傾倒する宗教者が加入した。」

解説に記されたその内容は、林陽氏自身がありふれた表の歴史と語られているよう、歴史事実の要約として非常にまとまっています。そして続いて解説で林陽氏が語られるように、メーソン発足にはその起源、裏の歴史があります。

1717年の近代フリーメーソン発足までには、そこに至る大きくは2つの流れがあり、それが合流して発足となっているのです。


その流れの一つは『ヘロデの呪い』のテーマである秘密の力」という秘密組織です。これは約2000年前、当時ローマ帝国の属州であったユダヤを収めていたヘロデ・アグリッパ1世と、その宰相ヒラム・アビウデを中心に結成された9名のメンバー組織です。

古代メーソンとも称される彼らの組織の目的は、イエス磔刑後も勢力を増すキリスト教会の抹殺です。彼らは、厳密に秘密を保持しながら代々存続してきて、現在にまで至っているのです。

もう一つの流れは、テンプル騎士団からバラ十字団、そしてフリーメーソンへ、との流れです。
この流れの原点は、これまで外伝で見てきたようにクムラン宗団です。別名はナザレ教、エッセネ派、原始エルサレム教会、つまりどう見ても「秘密の力」が抹殺対象とした原始キリスト教会です。それがテンプル騎士団からの流れです。

近代フリーメーソン発足に至った2つの流れ、その源流は2つとも約2000年前の同時期に発生、しかも皮肉なことに、この2つの流れは元来仇敵同士になるはずなのです。ところが、それがなぜ結びついたのか? 大きな理由の一つは、どちらもカソリック教会を敵としているでしょう。古代メーソンの件は置いておき、テンプル騎士団の流れを見ていきます。

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ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 外伝18 ― テンプル騎士団「メリカ」の地へ

 今回の記事は、映像配信「宗教学講座 225回」の焼き直しの内容なので、この「225回」をご確認下さいますよう、先ずお伝えします。
 さて、この世界で一度定説として染みついてしまったものを覆すのは、中々困難で厄介なことです。支配層は意図的に実体のない物語を定説としてしつらえて世界に流布します。この様な定説は数え切れないほどあるのですが、その中の一つが「コロンブスのアメリカ大陸の新発見」です。
 実際は、1000年にはノルマン人が北米に到達しているので、この定説は全くの誤りです。そしてコロンブス自身がテンプル騎士団員でしたが、その遙か先輩たちも既にアメリカに到達してもいました。ヘンリー・シンクレアたちです。
 コロンブスがアメリカに赴いた動機は「黄金の獲得」でしたが、同じテンプル騎士団でも、ヘンリー・シンクレアたちの動機は、コロンブスのそれとは全く異質のものでした。アメリカに“新エルサレム”を築き、そこを中心とした理想国家の建設が彼らの目的であり、動機だったのです。
 彼らの元々のスタートとなるルーツが、約2000年前のクムラン宗団であり、宗団はユダヤの独立、エルサレムの再建を目指した活動を行っていたのです。
 そして、約1000年の時を経て、ヘロデ神殿地下から発掘された彼らの秘密文書には、「星の指し示す土地」として「メリカ」が記されていたようなのです。その書の内容に導かれるようにして、シンクレアたちは新世界に向かったのです。
(seiryuu)
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ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 外伝18 ― テンプル騎士団「メリカ」の地へ

アメリカに向かったテンプル騎士団 ~1000年にはノルマン人が北米到達


1307年、一斉逮捕を逃れたテンプル騎士団員は、10月13日ラ・ロシェルの港から二手に分かれて出航。一方はスコットランドへ、もう一方はポルトガルで物資の補給を行った後に「ナザレ教の巻物に「メリカ」と書かれた星の指し示す土地を目指していた。」と『封印のイエス』では記しています。

同書によると、フランス人であるテンプル騎士団員は「この星を「ラ・メリカ」と呼んでいた。そしてこの名は、のちに「アメリカ」に転じた」とし、続いて「1308年初頭、彼らはニューイングランド州(註:マサチューセッツ州の間違いだと思われる)のケープ・コッド、もしくはロード・アイランド州あたりに到着した。」としています。

一般には、「アメリカの発見」はコロンブスの1400年代末の仕事とされていますから、これだとコロンブスよりも200年近く前に、テンプル騎士団がアメリカに到達していたことになります。

実際はどうだったのか?といえば、コロンブスがアメリカ大陸の最初の発見者で到達者という定説は全く違っていそうです。無論、人類初の意味では、先住民がいるのですからコロンブスの発見は誤りなのですが、ヨーロッパ人最初の発見でも間違いのようです。

ヴァイキングの航海。緑色はヴァイキングの居住地(植民地)、青線は経路、数字は到達年。黒海やカスピ海、北アメリカ大陸のニューファンドランド島にも到達している。
Wikimedia Commons [CC BY-SA]

この「世界史の窓」の記事等を読んでもらえば分かるように、日本ではバイキングの名称で知られるノルマン人が、少なくとも1000年には北米に到達し、現地の人々と交易を行い、更に失敗はしていますが、幾度も植民も試みているようなのです。1000年といえば、ノルマン人であるウィリアム征服王がイングランドを征服し、王朝を開いたのが1066年ですから、その70年ほど前になります。

ウィリアム征服王は、ノルマン人北米到達の知識は当然持っていたと見るのが自然でしょう。そして、それはシオン修道会、テンプル騎士団にも伝わっていたでしょう。ウィリアム征服王は、別名ギョーム2世、つまりマグダラのマリアの血流「王家の血流」であり、「王家の血流」を守護するのがシオン修道会とテンプル騎士団なわけですから。

シオン修道会の創設は1090年代で、その枝分かれでテンプル騎士団が創設されたのですが、その創設までのルーツ・前身があり、それは「王家の血流」とずっと絡んできているのです。

また、テンプル騎士団に関して、キーワードになる海賊、蛮勇、戦闘能力の高さ、フロンティア精神、地中海レバント貿易と並べてみると、これらはノルマン人とテンプル騎士団に共通した事柄です。

1130年頃までにノルマン人が征服した地

アメリカに帆を向けたテンプル騎士団はフランス人ですが、フランス北西部にノルマンディ公国があったこともあり、どうもテンプル騎士団員は、ノルマン人系が多かったのではないか?との気がするのです。

ともあれ、テンプル騎士団が1307年10月にアメリカに帆を向けて、翌年に到達していたとの説は全く不自然ではなく、事実だったでしょう。

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1300年頃のヨーロッパにおけるテンプル騎士団のサイト

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ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 外伝17 ― 聖杯の持つ真の意味と作用

 この世界の歴史は「強者(勝者)側の歴史でしかない。」との評があります。「勝てば官軍、負ければ賊軍」で「敗者は沈黙を強制される」のは事実でしょう。
 テンプル騎士団の逮捕劇は、フィリップ4世の一方的蛮行犯行の文脈で語られますが、善悪は別として、この文脈が世界に流布しているのは、テンプル騎士団の末裔がフィリップ4世の末裔よりも強い力を有し、世界支配層にあることを意味します。
 そして同様に現実世界で力を有するが故に、都合の悪い事実から身を隠せている存在もいます。フィリップ4世の影に隠れたカソリック教会です。
 テンプル騎士団が発掘・発見し守護することとなった「聖杯」、それは権力争いを演じる者たちにとっては「(世界)王権」をも意味する代物でした。
 同時に「聖杯」は、カソリック教会の当時では、約1000年間にもわたるその教義の「虚構」を証明し、教会の命脈をも絶ちきる作用を有するものだったのです。
 絶対的権力保持のため、カソリック教会がこの超危険物をその守護者を抹殺したいとの動機を持つのは当然だったと思えます。聖杯を通して見ることで、テンプル騎士団逮捕劇の表に出ていない真相、そして隠れた存在も垣間見えても来るのです。
(seiryuu)
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ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 外伝17 ― 聖杯の持つ真の意味と作用

ダビデ神殿跡地下に秘匿された聖杯 ~イエスたちが所属していたクムラン宗団


前回「聖杯」を以下のように定義し、このうち①と③をテンプル騎士団は探していただろうとしました。

キリストの遺物(遺体の一部)を載せた物質としての
② ユダヤ王の血流をその身に受けたマグダラのマリア(その遺体)
キリスト(ユダヤ王)を生みだす器としての知識文献
④ ユダヤ王とマグダラのマリアの血脈子孫

まず①について少し補足します。
映画や漫画などで髑髏の海賊旗をよく目にします。都市伝説などで多く指摘されているのですが、あの髑髏マークはテンプル騎士団由来なのです。それについては、火あぶりにされたジャック・ド・モレーからその旗のデザインがされたとの記述が多くあります。そしてそれはそうでしょう。

編集者註:スコットランドのテンプル村 Balantrodoch教会(テンプル教会)にある16世紀・17世紀頃のフリーメーソンの墓石。

ただし、それ以前の始めから、テンプル騎士団は髑髏というか人間の首級を重視しており、テンプル騎士団に関係する寺院などには頭像が随所にほどこされています。頭像およびその象徴であるバフォメットが、テンプル騎士団の信仰の対象だったのです。

基本的にはキリストは男性原理であり、キリストを受け入れ包み、且つキリストを生みだす器の「聖杯」は女性原理です。
①のキリストの遺物、遺体の一部とは、ダビデ王の血統子孫でマグダラのマリアのパートナーだった男性の首です。聖杯はその首を載せる杯(大皿)となります。一部の者たちの間では「その首を所持する者は世界を支配する」とささやかれもする代物です。

ヨハネの首を持つサロメ
Wikimedia Commons [Public Domain]

そして更に重大なのが③です。詳述の余裕はないですが、約2000年前、ユダヤはローマ帝国の属州でした。当時イエスそしてマグダラのマリアたちはパレスチナのクムラン宗団に属していたのです。①の人物を含め、彼らは革命を起こし、ユダヤの独立を目指していました。

しかし、その計画はイエスの磔刑後も果たされることなく頓挫します。クムラン宗団は、革命のための金銀財宝を含んだ宗団の膨大な重要文書を幾つかに分けて秘匿します。その最も重要なものは、ヘロデ神殿の地下に強固な建造物が建設されており、そこに秘匿されたのです。

このことはマグダラの子孫である「聖杯家」には秘かに伝えられていたのでしょう。それを受けて、「聖杯家」で十字軍指導者のゴドフロワ・ド・ブイヨンはエルサレムを占拠し、ヘロデ神殿跡を探し、発掘に向かったと推察されます。

ユーグ・ド・パイヤンとゴドフレー・ド・サンオメールにソロモン神殿を与えるボードゥアン2世。第4の人物(右端)は、エルサレム総大司教ヴァルムント。
Wikimedia Commons [Public Domain]

③の秘密文献の内容は多岐にわたり、その中にはイエスの言行録もあったでしょう。そしてその秘密文献の中心は、イエスたちが信奉実践したエジプトからの秘教、いわゆるグノーシスカバラであり性錬金術です。
錬金術とは鉛を黄金に変える秘法ではありません。人間を超人に、つまりキリストへ変容させる技法です。

クリストファー・ナイトとロバート・ロマス共著の『封印のイエス』では、テンプル騎士団がこれらの重要物を1120年に発見したと見ています。聖杯はヘロデ神殿の地下聖所に秘匿されてから約1000年の時を経て地上世界に出てきたわけです。

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