愛情要求がしっかり満たされている子は、絶対に問題のあるような遊びはしません。
甘えることに対して十分な愛情が与えられていない子どもは、この遊びが危険なものになります。
本当は愛が欲しいのだけれど、その見込みがなければ、叱られてでも親の関心を欲します。一番怖いものは、無関心です。自分がほっぽりだされたような無関心が怖いのです。叱られることでもいいから、親の関心が欲しいのです。
出典:「ぴ・よ・こ・と」 竹下雅敏(著)
学級崩壊と問題を抱えた子ども達
20年前は学級崩壊という言葉が出始めた頃で す。それは
先生の力量のなさと評価され、 出世に傷がつきました。一方で
子どもや親に問題があると判断される ことも多いのですが、
カウンセラーなどの支援体制も法的支援もないまま親子が置き去りにされていました。 ひどい場合は親が子どもに手を焼いて警察に連れていってくださいと言うケースもありました。親もまた不幸な育ちをしている人でした。これでは根本的な問題解決になりません。
さて、
前回 の続きですが、担任の先生は校長先生に話し、私はクラスの保護者ひとり1人に電話をかけました。当事者の親もいます。家庭の問題に介入することはできませんが、何か問題があることは確かです。でも、
私はその親を責める気にはなれません でした。
問題を抱えた子どもを救うためにもその親を排除したり孤立させてはいけないと思い ました。だから、その親にも同じように電話をして荒れていることを伝え、
協力をお願いし ました。まずは
皆でお楽しみ会をしたいと思った のです。
ほとんどの親は理解してくれて新たな情報も教えてくれました。
その子が母子家庭で あること。
別の子も貧困で あったり、
家業が忙しくて親が放任 であること等です。その中には我が家に遊びに来る子も何人かいました。
親の顔は知りませんが、いい子で す。その子が
あんな態度を見せるなんて信じられないくらい でした。
だから子どものせいではないと確信していました。 先生もまじめな先生で、話をすればわかる先生だと思いました。
お楽しみ会の開催
前もって参加できる親だけ集まり、趣旨を共有して何をするか決めました。先生も
校長先生にお願いして日曜日に学校を開けてもらう許可を取り ました。当事者の親も3人くらい参加してくれました。
朝から子ども達と一緒に準備し ます。家にある材料を持ち寄り、
皆でゼリーを作り、ゲームをして、本の読み聞かせも しました。
「ラブ ユー フォーエバー」という 絵本です。
「どんなにヤンチャで不良のようなことをする子でも、親はいつでもいつまでも愛しているよ」というメッセージの本です。子ども達も真剣に聞いてくれました。
VIDEO
読んだ後にその子がやってきて「うちの母ちゃんはそんな事一回も言ったことない」と言いました。その日も不在 でした。「それは寂しかったね。でも、大丈夫だよ。親は忙しいし、
子どもにそんな言葉を言うのが恥ずかしいだけ よ。
子どもの事を好きじゃない親は1人もいない よ。
きっと寝てしまってからこっそり言っているのよ。 おばちゃんもそうだよ」と言いました。「うちの母ちゃんも言ってるかなあ?」「言ってるよ!」と言ったら
嬉しそうに走って皆の所に行きました。
こんな時はみんな仲良く遊んでいます。
説教するのではなく、親も関わり続けて「子ども達の事を大事に思っているよ」と伝えようと話しました。
その後、そんな
会を何回かして、先生とも密に連絡を取り続けました。 やはり先生は
校長先生から指導が入り、毎日その子達の観察日誌をつけて、子どもの問題行動を徹底的に記録し て、どう対処したか、反省点、次回に向けてどう取り組むかを
毎日チェック されるようになりました。
通常の仕事プラスこの作業で疲れ切っているようでした。 子ども達にも毎日反省ノートを書かせます。これはきちんと対応していますという証拠であり、監視でもあります。
校長先生の指導は、 時として
現場とのギャップがあり、子どもを信じていないと感じる ことが多々ありました。
もちろんその日誌等を見せてもらったわけではありません。でも、その
観察日誌そのものに子どもへの愛を感じませんでした。向いている方向が1人ひとりの子どもの育ちではなく、自分達の保身 のようです。私にはそんな組織に立ち向かう知恵も力もありませんので無視しました。
ただ、先生は励まし続けました。 その先生には愛を感じたのです。
一番問題を抱えた子は時々喘息の発作を起こして入院 していました。息子と一緒にお見舞いに行くと、いつも1人で寝ていました。
病気になって親に構って!と言いたいのかなと感じました。 親側に大いに問題があると思いますが、私が立ち入ることではありません。
せめて子どもを守ってあげたいと思いました。嬉しかったのは誰も子ども達を責めませんでした。
やがて、
その子達も落ち着いて前のようには騒がなくなりました。先生がその日誌を通して子ども達に優しい言葉をかけ続けたのも功を成した ようでした。
5年生になりました。クラス分けがあり、その子達はバラバラになりました。もちろん、担任の先生も変わりました。その先生は1年間学校を離れて異業種体験研修(ほかの企業などで職場体験研修)に行くことになりました。その後復帰して、ずっと子ども達の成長を見守られて成人式にも出席されていました。もちろん私も先生との交流を続けています。
絶大な人気のある新しい先生
さて、
新しい先生は男の先生で子ども達や保護者に絶大な人気のある先生で した。
いつも子ども達の傍にいて、 昼休みも放課後も日曜日も
一緒に遊んでくれました。 特にドッジボールとダンスが得意で、子ども達とチームを作ることになりました。
子ども達はまるで魔法にかけられたかのように、一気に先生の流れに乗り ました。
荒れていた子も楽しそうに仲間に入って踊っていました。 授業も独特で発表の中身は手で合図します。できた子は自由に教室を動き回ってわからない子に教えます。
授業参観でも皆が積極的に授業に参加して いました。ハキハキ発表して、やじる子はいません。
同じ子ども達?と目を疑う様で した。
保護者も安心 しました。
やがて
秋の文化祭 が近づいてきました。
このクラスではダンスを披露することに なりました。ロック調の音楽で
振り付け指導は先生で す。
放課後はクラス全員で練習。土日も先生と遊園地に行ったりダンスをしたりしていました。
その頃から です。あんなに楽しそうにしていた
息子が朝になると食欲がなくなり吐き気を催すようになった のです。
つづく
Writer
かんなまま
男女女男の4人の子育てを終わり、そのうち3人が海外で暮らしている。孫は9人。
今は夫と愛犬とで静かに暮らしているが週末に孫が遊びに来る+義理母の介護の日々。
仕事は目の前の暮らし全て。でも、いつの間にか専業主婦のキャリアを活かしてベビーマッサージを教えたり、子育て支援をしたり、学校や行政の子育てや教育施策に参画するようになった。
趣味は夫曰く「備蓄とマントラ」(笑)
体癖 2-5
月のヴァータ
年を重ねて人生一巡りを過ぎてしまった。
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この現象は、現在行われている肉体レベルでの裁きと無関係でないのは明らかです。時事ブログでお伝えしているように、現在、肉体レベルでの裁きが進行中で、うつ病を発症するタイプの人々が激増しています。具体的には、悪人の波動が、毎月1日午前0時を境にシステムを1つずつ降下していきます。
現在、典型的な悪人のタイプの場合には、(上位)植物システムの波動まで落ち込んでいます。これが、3月1日には鉱物システムまで落ちるという塩梅です。もちろん、神々に対して悪意を持つような連中の場合、この転落のスピードは加速します。私が見るところ、もはや深刻なうつ病を発症している者も多いようです。
憑依に関しては、エクソシストを養成する必要はありません。「ガヤトリー・マントラの除霊と浄化の祈り」によって、自ら取り除くことができます。