ままぴよ日記 18

 セピア色の子ども時代。
 覚えているのは道端の氷を踏んだ時の音、雪の日の全校生徒でした雪合戦、ランドセルを放り出して堤防を滑り降りた草スキー、梅雨の日の長靴の中の水の感触、手ですくったカエルの卵、蝉しぐれ、毎日泳ぎに行った川のメダカ、水の匂い、雷、隠れて飼った子犬、担任の先生の家でみんなと食べたチキンライス・・・ああ、ちっとも勉強していたシーンが出てこない。でも私はそんなもので作られている。
(かんなまま)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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多忙を極める先生


前回まで孫の学校生活を通して先生の資質の話をしてきましたが、実は学校の先生も又、悩み、落ち込み、学校に行けなくなってしまった事例を何度も見てきました。

Author:Ict.fuji[CC BY-SA]


教科が得意、子どもが好き、教えるのが好きという理由で先生になったのでしょうが現場はそんなに甘くありません。生徒が減った分先生も少なくなりました。でも組織としての仕事は変わらないので担任という仕事のほかに○○委員会などの担う役が多くなりました。

毎年学校の重点課題と目標を作り、それに沿った年間計画を作ります。特に研究指定校になれば学校挙げてそのテーマに沿った研究をしなければいけません。教育事務所からの指導が入り、研究実践していくわけですが最後に公開授業を行い、発表して成果が求められます。先生は本当に多忙です。

夏休みに先生方と先生が抱えている問題について懇談したことがあります。授業参観だけでは見えてこない部分です。そこには先生の苦悩がありました。学級経営のための資料、報告書、週案、成績簿づくり、採点などの仕事で手が回らない。保護者対応が半端ない。子どもが落ち着かない。病欠の先生が増えてフォローだけで大変。生徒に向き合う時間が持てない、中学校の先生は部活の問題等も深刻でした。



そんな忙しさの中でも「先生の力量は授業で示せ」と授業に頑張るのですが様々な背景をもった子どもたちが教室にいて、いろいろな場面で子どもらしい問題を起こしてくれます。初めから授業に集中できない子がいます。それに対応しているとほかの子がざわざわしておしゃべりを始めます。先生は全部をうまく収めて計画通りに授業をしようと焦りますが時間ばかり過ぎていきます。

現場には授業力だけではなく子育て力も必要です。人生経験も少ない新米の先生がいきなり担任になったら子どもの心と行動が読めるでしょうか?今は団塊の世代の先生が一気に定年になって新米の先生や講師の先生が多くなりました。

あの手この手で落ち着かない子ども達を勉強に向かわせようと頑張るのですが、こんな時に親からのクレームが来たりします。「先生はいつも○○君に気を取られて隣のクラスより授業が遅れています!」「うちの子が○○君にいじめられました」たいてい1時間以上の電話です。中にはとても重要な相談もあります。でもいつも同じ親からだったりします。その後で報告書を書き、明日の準備、掲示物、研究テーマの勉強・・なかなか帰れません。

先生も人間です。困難に向き合うためには自分のエネルギーが枯渇していてはできません。次々と厄介なことが起これば、自分こそが被害者だという気持ちが生まれ、あなたたちのために私は苦しめられていると思い始めたらどうなるでしょう?「計画通りにしないと困る」「どうしてできないの?」「聞いてない子は出ていきなさい!」という感情になるのは簡単です。

逆にうまくできないのは自分が至らないせいだと思い込み、人に頼ることも自分を許すこともできずに頑張ってしまった結果、鬱になってしまう先生も増えました。

Author:ajari[CC BY]


ベテランの先生の悩みもあります。新米の先生を指導するという役割があるのですが対人関係が苦手で、あまりにも学級運営ができないということで指導に入り、頑張って生徒や保護者の対応をしたり先生にアドバイスをしていたら逆に新米の先生からパワハラを訴えられてしまったというケースがありました。こんなことでまじめな先生が壊れていきます。でも、一方で新米の先生がわからないのは当たり前。いきなり担任ではなく研修のシステム作りが必要だと思います。もっと教員を増やしてほしい!

今はスクールカウンセラーが配置されていて子どもの相談、親の相談にのってくれますが、先生の相談も増えているそうです。


自分を生きられない学力至上主義社会


保護者の要望でもあり、学校の大きな目標である学力向上。そのために時数と補講を増やして頑張っている先生が疲弊、子どもも壊れていく・・・・前回は子どもの育つ環境から見直さなければいけないと書きましたが、学校体制そのものにも大きな問題があるような気がします

学校は学力至上主義社会です。目的はいい成績を収めていい学校に入るため。そしていい仕事について成功するためです。学力が上がれば子どもの選択肢が増えるし自信が付くということでしょうか?そのために学力を上げるための体制が作られています。


でも誰が教える内容を決めたのでしょうか?子どもじゃないことは確かです(笑)。子どもの発想では絶対に出てこない難問が中学受験に出てきます。そこで学力がテストという形で評価されて振り落されて生き残った者が成功するのです。こうなると子どもにとってはテストの成績を上げるための勉強になってしまいます。

本来、子ども達は自分の今までの経験を使って今を生きているだけです。そして今の自分の体験を重ねて自分の世界観を広げ、興味のあることの扉を開けてチャレンジしていきます。自分の感覚と思いを積み重ねていって初めて「自分はどう思っているのか」「やりたいことは何か」が見えてくるのではないでしょうか?それを飛び越えていきなり将来の目標や設計と言われても実感がわきません。だから「勉強したら偉くなるよ」と言われたら「そうかなあ」と思いながら親や先生が喜ぶから頑張ります。期待が子どもを苦しめます。

自分から出たやる気ではないので面白くありません。でも、ぐずぐずしていると怒られて、評価が落ちます。学校では自分を生きられないのです。ここが一番の問題だと思います。

字を読めるようになったら今まで気が付かなかった看板の字が読めた!本が読めた!覚えた字で子どもの世界が広がります。子どもは学ぶことによって自分の世界が広がっていく感動が必要なのです。ということは勉強は子どもの生活と結びつく必要があります。特に低学年のうちは。


そして、子どもの内側で広がっている身に着けた総合力を評価できるものではありません。もしも大人がそれを垣間見たら驚くことでしょう!夢中になって体全体を使って興味のまま新しいことを獲得していきます。試行錯誤して何度も繰り返し、何度も失敗しながら自分のものにしていきます。それには子どもの総合的な力が結集されているのです。そこにタイミングよくちょっと先を行くモデルがあったらそれは飛躍的に伸びるでしょう。

子どもに夢中になる時間を与えてあげてほしい!小学校の先生は「何も知らない子ども」に教えるという目線で子どもを見ています。子どもはミラクルです!子どものよき理解者であってほしい!今を楽しめる人、失敗も笑える人であってほしいのです。ちょっと先を教えてくれる人であってほしい!

でも今の親や先生は「将来のために勉強しなさい。」「いい学校に行っていい仕事に就くために必要です。」嫌だと言えば「社会はそんなに甘いもんじゃないよ、努力が足りない」というばかりです。

そう考えたら…今の子ども達はよく耐えているよな~。机にじっと座って学び続けます。小学1年生でも8時半から15時までです。子ども達は次第に「学校というところは。授業を受けて宿題をして、確認のテストがあり、いい点を取ったらいい評価がもらえるところ」だとわかってきます。大きなシステムの中で抵抗しようがありません。勉強嫌いな子は自信を無くすばかりです。


親も入学前から緊張しています。うちの子はついていけるだろうか?スタートが肝心だから劣等感を持たずに学校に行ってくれるように準備をします。遊ぶ時間を削って字を勉強したり計算をさせたり・・・。人よりいい成績をとれるようにという親心でしょうが、そんな子はいつも先を学ばされていき続けます。親も学校システムに取り込まれて大いなる勘違いをしています。自分たちもそのシステムの中で育ったから仕方ありません。

まさに、今の世の中はすべてその価値観で動いています。

思春期ごろになって自分を意識するようになった時、いったい自分は何のために勉強して何を目指しているのだろう?何のために生きているのかわからなくなってしまいます。今まで学んだことが自分を生きることにつながっていないからです。

就職しても本当にしたい仕事なのか?いわれた通りのことをするだけで精いっぱいです。誰かを喜ばせるための仕事と言われるけど実際は?顧客を増やせと言われてひたすら勧誘の日々。ケーキを売れと言われて親戚中に協力してもらってひたすら売りまくる日々。それは会社の利益のため?なんか変だぞと思ってもそれに抵抗できません。


そして家のことは何もしなくていいから勉強しなさいと言われ続けて社会人になったら生活力、家事力を身に着けていない自分にびっくりします。結婚して子どもができたら大変です。そのツケがどっとやってきます。

家庭を持っても仕事優先。子どもを朝早くから預け、帰宅したら「早く早く」とせかせながら眠らせる。また明日が来ると同じことの繰り返し。そんな親を見て子ども達は将来の夢が描けるでしょうか?

みんな悪循環で苦しんでいます。学校以外の道もあっていいはずです。もっと原点に立ち返り、多様な価値観があって当たり前だよ、個性があって当たり前だよ、と認め合い共生できる生き方ができないものでしょうか?
ありのままの自分でいいよ!失敗していいよ!と子ども達に言ってあげたい。先生達にも雑用を減らして子ども達と過ごす時間を増やしてあげたい。

今の世界は悪循環の流れの中にあります。この混乱は生まれた時から始まっています。わけのわからない経済優先の効率主義の世界を生き抜くためにシステム化された生き方です。子育てをこのシステムに乗せて子どもを評価してはいけません。迷路はここから始まります。

Author:ajari[CC BY]



Writer

かんなまま様プロフィール

かんなまま

男女女男の4人の子育てを終わり、そのうち3人が海外で暮らしている。孫は8人。
今は夫と愛犬とで静かに暮らしているが週末に孫が遊びに来る+義理母の介護の日々。
仕事は目の前の暮らし全て。でも、いつの間にか専業主婦のキャリアを活かしてベビーマッサージを教えたり、子育て支援をしたり、学校や行政の子育てや教育施策に参画するようになった。

趣味は夫曰く「備蓄とマントラ」(笑)
体癖 2-5
月のヴァータ
年を重ねて人生一巡りを過ぎてしまった。
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