ままぴよ日記 40 「介護の波がやって来た!」

毎年、お正月は子ども達が孫を連れて集まるのでとても賑やかです。でも、今年は日本にいる息子家族だけなのでいつもより静かなお正月でした。

ところがそんな平穏なお正月に介護の波がどどーーっと押し寄せてきたのです。

1日目:こ、これは逃げるべきか?
2日目:いや、立ち向かうか?
3日目:いやいや、自分から「いらっしゃいませ~」と言おう!

というお正月に起こった本当のお話です。
(かんなまま)
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自分の道を歩き始めた子ども達


外国で暮らしている3人の子ども達もそれぞれのお国柄のクリスマス、お正月を迎えたようです。

子宝松ぼっくり


オーストラリアの娘家族は、クリスマス直前まで帰省していましたので1歳8か月になる孫の「ばあば、カモーン(come on)」「おっきいダイナソウ(dinosaur)」などのかわいい日本語と英語の混じったおしゃべりを楽しみました。すぐにお別れが来るのがわかっていたので「今」を心に刻みました。

ちょうど言葉を覚え始める時期です。言葉を使う状況とイントネーションまで丸ごと覚えて直ぐに使いこなすのには驚きました。見送りに行った飛行場のレストランで朝食を食べていたら女性の高い声で「いらっしゃいませ~」と聞こえてきました。ミニカーで遊んでいたはずの孫が即座に全く同じ声色で「いらっしゃいませ~」と言ったのには噴き出しました。


そして「またね~」と、覚えたての日本語で手を振りながら搭乗口に消えていきました。私は孫を見失わないように目で追いかけましたが最後は涙で見えなくなってしまいました。ああ、やっぱり泣いてしまった!(笑)。

帰国した娘は真夏のクリスマスとお正月をパートナーの両親や兄弟家族と一緒に過ごしたようです。家族に囲まれて幸せそうにしている娘を見ていると嬉しくなります。ただ、今年は森林火災の規模が大きすぎて東側の広範囲が煙で覆われて呼吸器系の病気が増えているそうです。野生動物の被害も深刻だと心配していました。

アメリカで暮らしている娘家族は本物のもみの木を飾ったようです。友達の家に招待されたり、家族でのんびり過ごしたとのこと。子ども達も雪遊びが面白くて、1月2日から始まる学校にもソリで行くと張り切っていました。



フィンランドの息子は今年はガールフレンドの家でクリスマスを迎えたようです。やっとやりがいのある仕事を見つけて自分の足で歩き始めた息子。全く知人もいない土地でよく頑張ったと思います。

このように、子ども達は私達の手を離れて自分の道を歩き始めました。1つの役割を終えたかな?と夫と安堵していたら・・・新たな問題が起きました。


次々に押し寄せてくる介護の波


去年の年始は義理の母の骨折で明けましたが、今年は近くに住んでいる夫の、とおーーい親戚(義理の父のふた従姉妹)が家で突然、圧迫骨折の症状が悪化して動けなくなり緊急入院しました。91歳、一人っ子、独身。全く身寄りがないので、なぜか頼られてお世話をすることになってしまいました。

いつまでも元気でいるという願望にしがみついて何も準備してこなかった義理父のふた従姉妹。「早めに老後の事を考えましょう」とケアハウスをアドバイスした時も「私は大丈夫」と断られました。

動けなくなってしまった今ではどうすることもできません。「あなたが頼り。お願いします」と訴えるような声で言われ、周りからも男は仕事で忙しいから「あなたしかいない」と当然のように言われて・・・笑えない自分が居ました。


心のモヤモヤ発生!身の回りのお世話、手続き、家の事、今後の事・・・私がなぜ?

でも、先の事を憂いても何の解決にもならないのは何度も経験しました。そのモヤモヤはどこか来るの?と、自分に問いました。そして、世間の常識や他の人の価値観には惑わされないで、必要な時にその場その場で最善の選択をするだけ・・・と思い至りました。あとは神様にお任せするしかありません。腹をくくって「必要な時はお知らせください」と、私の潜在意識にもお願いしたので他の事をしている時は忘れることができています。

ところが、近くに住む夫の叔母も92歳になり、体が思うように動かなくなってきました。ストーブの灯油を抱えて入れ替えるなどの日常生活が大変になってきました。転んで入院したこともあります。同じ敷地に息子家族が住んでいるのですが、どこでどうこじれたのか口も利かない関係です。

でも隣に子どもがいるという理由で介護認定がもらえなくて週に1回のサポートしか受けることができません。最近は高齢者の一人暮らしでも介護の認定を受けるのが難しくなりました。

ということで、誰も住んでいない義理母の家のソファとテーブル式こたつを叔母の家に運んで生活環境を整えました。叔母なりに息子家族との不仲を受け入れて自立しようと頑張っているので応援するしかありません。

義理母も91歳。今年は落ち着いていますが、認知症のグループホームに入所して3年が経ちました。留守の家の庭木が茂り、お隣の家や道路にまで枝を伸ばしています。草も生えます。このお正月に友人に手伝ってもらって枝を選定しました。家の中も黴臭くなって大事なものは我が家に運びましたが、この先どうすればいいのか?私達が動くしかありません。


そうこうしていると、97歳で一人暮らしをしている私の母が「もう家を守るのに疲れた。早くお父様のところに行きたい」と言い出しました。かつては祖母、叔父家族と従業員の住み込みや入院患者さんまで合わせると20人以上が暮らしていた大きな家に1人で住んでいます。その家で働き続けた母。最後までこの家を守り、自分の人生を全うしたいと思っていますが、体が思うように動かなくなり気力が萎えてきたようです。

「どこかが痛くても、体が動かなくても年を取ったのだから当たり前。自分でできる範囲で生きるのみ」と、娘の私にも一切甘えない母。「癌です。治療をするために入院してください」と先生に言われても「私はいつ死んでもいいです。病院は死ぬ時だけお世話になります」と言ってさっさと帰ってきた母の覚悟は本物です。

でも、自分で作ったおかずをもったいないからと冷蔵庫の中にため込み、傷んでいるのも気づかずに食べて夜通し下痢をしたり、転んで起き上がれなくなったり・・・心配していた現実が来たようです。


そんな母の意思を尊重して、なるべく自立しながら少しでも長く家で暮らせるようにするためにはどうしたらいいのだろうか?と考え込んでしまいました。

すると突然・・・。
これは母の問題ではなく、母との別れを後悔したくない私の問題なのだと思い至りました。早速、夫と二人で母の家に行き「私の安心のために家の模様替えをさせて」と頼みました。

「このままでいい!触らないで!」と制止する母に「ダメだったら元に戻すから!」と言いながら身の回り品であふれていた居間を整理して母の動線を考えながらソファとベッドを移動して母が転ばないで歩けるようにスペースを確保しました。

掃除機が全然ゴミを吸わないので調べてみたらゴミパックが掃除機の中で満杯に膨らんで取り出せない状態になっていました。途中で兄夫婦も参加しました。怒っていた母も次第に納得し始め、きれいになっていく居間に驚き、最後には感謝してくれました。


私が強引に片付け始めたので母が「こんなに人の言うことも聞かない娘だったかしら?家でもこんなですか?」と夫に同情して謝ったそうです(笑)。

ああ、今年は介護の波が押し寄せてくる年かなあ~?

悲観的に考えれば、私は仕事をしていないと思われているので、いつも自分の事は二の次で誰かのお世話ばかりしなければいけない役回り。子育てが終わったら今度は介護。一見、自分の自由がない生活。別の言葉では犠牲的生活かも。私だって自分のやりたいことをする権利がある!と言いたくなるでしょう。

例えば「子どもがいるから自分の夢を追えない。仕事を辞めなければいけない」「子どもが熱を出したから会社を休まなければいけない」というママの苦しい言葉も同じ匂いがします。

自分に不利益なことが降りかかったら問題発生!でも、子どもが不利益の原因?何かおかしいなあ~。ずっとそんな社会だったっけ?


いつも自分を生きている


そもそも人は人の中で助け合いながら生きていく存在です。赤ちゃんは何もできない状態で生まれ、子育ても一人ではできません。暮らしそのものが生きることで、年老いて死ぬ時も一つずつできないことが増えて、助けてもらいながら死を受け入れてきました。


そう、昔から人は自分の夢を実現するために生きてきたのではありません。想定外の事に翻弄されながらも皆で助け合い、目の前の現実に向き合って生きてきたのです。その中にこそ思いもしない気づきや出会いがあり、チャレンジしたり挫折しては祈り、結果的に自分を成長させて愛をはぐもうとしてきたのです。

そう思い至ったら・・・私は人のお世話ばかりして自分の人生を犠牲にしたのではなく、人間として当たり前の生活を生きているだけ。自分の目の前に来た想定外の事をどうすればいいのか自分の事として自分に問うて、自分で選択して行動していけばいいのだと改めて思いました。

そもそも、私は初めから「〇〇になりたい」と思ったことがなかったなあ~。

だからいつも自分を生きているのです。いいかえればこんな自由はありません。想定外の事ばかりで冒険に富んでいます。奇跡も起きます(笑)。

そうか!いよいよ、子育て支援と同時に自然の流れで人生の第3楽章が始まったというわけか~と思っていたら・・・

「第3楽章、いらっしゃいませ~」という孫のかわいい声が重なって聞こえてきました。胸がキュンとなりました。これが私の人生なのです。


Writer

かんなまま様プロフィール

かんなまま

男女女男の4人の子育てを終わり、そのうち3人が海外で暮らしている。孫は9人。
今は夫と愛犬とで静かに暮らしているが週末に孫が遊びに来る+義理母の介護の日々。
仕事は目の前の暮らし全て。でも、いつの間にか専業主婦のキャリアを活かしてベビーマッサージを教えたり、子育て支援をしたり、学校や行政の子育てや教育施策に参画するようになった。

趣味は夫曰く「備蓄とマントラ」(笑)
体癖 2-5
月のヴァータ
年を重ねて人生一巡りを過ぎてしまった。
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