日本の子どもの読解力が低下 / 日本の大学の理系論文数が減少 〜教育に市場原理を持ち込んだ結果の凋落

 PISAという世界の15歳を対象にした学習到達度調査があるそうです。
2019年に発表された調査結果では、日本の読解力が低下していることが問題となり、有識者からはコンピュータ教育が遅れていることを理由に、1人1台のタブレットを導入する提案も出たそうです。
 しかし、以前から日本の子どもの読解力低下を指摘してきた新井紀子氏は、タブレットを導入すると、読解力は「もう終わり」と感じておられます。意外ですが、読解力を上げるには昭和的に板書をするなど書く行為がとても効果的なのだそうです。
今の子ども達は中学校になっても先生の話を聞きながらのノートが取れず、それどころか5年生でも自分の名前を漢字で書けない子も居る、その背景には世代を共通する会話がないことや生活の中の面倒臭い作業が無くなってしまったことが挙げられていました。便利なテクノロジーは、これまで子ども達が当然のように獲得してきた能力を失わせてしまったと具体的に解説されていました。
 しかも「読解力」は学習の目的ではなく、あくまでも学ぶためのスキルで、この力があればこそ、その後、自力で学んでいくことができます。面白いことに数学など理系的な勉強にも読解力が必要なのだそうです。逆に、子ども達の読解力の低下は、必ず社会のコストや税収低下に跳ね返ってくると指摘されています。
 新井氏の素晴らしいところは「恵まれた読解力を持つ人は社会のために、その幸運を使うべき」と考えられているところで、ご自身も「その幸運を社会の格差をなくすために使う」実践をされていました。
けれども少子化ゆえに「子ども」は成長分野とみなされず、メディアも企業も本気の投資をしないのだそうです。

 さて、新年の長周新聞では、学者の島村英紀氏が日本の大学の理系の論文数が止まっていることを述べておられました。「質の高い論文数を示す国別世界ランキング」で、2000年以降、日本は急激に低下しているそうです。従来強いとされてきた分野でも、上位論文が減少しています。
日本は2004年から全ての国立大学が一斉に独立法人になり、大学への予算は年々減少し、自ら稼ぐことが求められた大学は目先のお金になる研究が優先されるようになりました。それは息の長い、そして空振りのリスクはあるがホームランの大きな可能性もある研究がやりにくくなってしまうことになりました。
 島村氏は、日本の凋落の原因は日本政府による予算抑制の影響が大きいと指摘されています。ここでも大事な基礎研究を生産性のないものとした共通点があります。
(まのじ)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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配信元)

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「ノートが取れない」中学生。日本の子どもたちの読解力はなぜ落ちたのか。新井紀子さんインタビュー
引用元)
2019年12月に発表されたPISAの結果で、日本の読解力の低下が大きな話題となった。以前から日本の子どもたちの読解力低下を指摘してきた、国立情報学研究所教授であり「教育のための科学研究所」代表理事・所長も務める新井紀子さんに、この結果をどう受け止めるのか、さらにそもそもなぜ「読解力」が必要なのかを聞いた。
(中略)
新井さんの著書『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』『AIに負けない子どもを育てる』を読むと、むしろ読解力を上げるには、板書をするなど「書く」行為をさせること、つまり「昭和的」な教育の方が効果が上がった実例が書かれています(中略)
(中略)
浜田:そもそも読解力、とはどんな能力なのですか。
新井:「読解力とは何か」については、(中略)PISA調査で目指している読解力は、複数の情報、複数の長文を批評的に読んで、自分の立場を明確にすることが求められている。15歳が今後生き抜いていく上で目指す読解力としては正しいと思います。
ですが、このレベルの読解力に突然持っていくことはできないわけで、その前に基本的な読み書きができないと困るのです。
(中略)
(中略)そういう状態で小中学校に、1人1台タブレットを導入すると、どうなるんでしょう。
新井:これはもう終わりだなと。特に小学生には絶対、タブレットは良くないと私は確信しています
実際、先進的に導入した私立学校や家庭で既に弊害が出ています。小学校からタブレットドリルで学ぶと、紙や長文にはもう戻れないんです。意外なことですけれども、検索すら自分ではできなくなる生徒が出てくる。学びが非常に“消費的”になるのでしょう。 けれども、大学や社会で求められる学びは“生産的”な学びなので、タブレットドリルで育った子は立ち直れないほど挫折してしまう
(以下略)




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ホームランが打てなくなった日本の科学 島村英紀
転載元)
しまむら・ひでき 1941年東京都生まれ。東京大学理学部卒業。北海道大学地震火山研究観測センター長、国立極地研究所所長を経て武蔵野学院大学特任教授。世界に先駆け海底地震計を開発し、海底の地下構造や海底地震の解明につとめた。著書に、『「地震予知」はウソだらけ』(講談社文庫)、『人はなぜ御用学者になるのか』(花伝社)、『「地球温暖化」ってなに? 科学と政治の舞台裏』(彰国社)、『多発する人造地震―人間が引き起こす地震』(花伝社)など多数。
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 日本の大学の理系の論文数が、2000年ごろから伸びが止まってしまって、その後、落ちてしまっていることが分かった。

 世界では、質の高い論文の本数がこの20年で世界的に増加していて、米国や中国の論文数が飛躍的に伸びている。「質の高い論文数を示す国別世界ランキング」で日本は2000年の4位から2016年は11位と、急激に落ちた

 その間に、中国は2015~2017年の「質の高い科学論文の国別シェア」で、理系の151研究領域のうち71領域で首位を占めた。

(中略)

 米国は中国に追い抜かれた領域も多い。しかし、生命科学分野の大半などで首位を堅持しているなど、約20年前から一貫して全領域で上位5位以内に入っている。

 この間、日本は約20年前は83領域で5位以内だったが、最近は18領域に減少。首位はなく、2領域での3位が最高という現状なのだ。がん研究と洗剤や医薬品などに幅広く応用されるコロイド・表面化学の3位が最高だった。

 従来、日本が強いとされてきた化学や材料科学でも徐々に上位論文の割合が減少している。


 日本では2004年から、すべての国立大学が一斉に独立法人になった。経営陣を大学外部から招き、国の予算を効率的に使うことや、大学自身で金を稼ぐことが求められることになった。学内の教官たちによって選ばれた学長候補をさしおいて天下り官僚が学長になったところもある。

 国立大学を運営する予算である運営交付金も年々減らされ、10年間ごとに13%も減額された。自分で金を稼ぐこと、つまり外部資金を導入することが大学にとって不可欠になってきているのである。

 国の予算を効率的に使うことや、自分で金を稼ぐことなど、改革の中身は「一見、合理的」に見える。しかしじつは、大学で行われている研究にとっては、話はそう簡単ではない。

 たとえば理学部などに多い基礎科学にとっては大きな危機を迎えることになってしまった。独立法人では、数年以内に成果が出るような業績、もう少しありていに言えば、「明日のゼニになる研究」だけが優先されることになるからである。

 一方、工学部など応用科学では、もともと外部の会社や国の外郭団体と連携して研究資金を得て、共同で研究することが多かった。「明日のゼニを得る」研究がしやすい環境にあると言える。

 科学の内容を分野外の他人が判断することは、とても難しい。それゆえ、求められる「成果」は、結局は論文や発表の数で数えられるしかない。この道は、ある意味では、研究者にとってやさしい道だ。大物を狙わなければいいのだ。

 つまり、三振かホームランかというバットの振り方はしなくなって、研究者の主な仕事は、内野越えの確実なヒットやバントといった研究ばかりを狙うことになる。

 息が長い、そしてリスクはあるが大きな成果が出るかも知れない研究は、以前と違って、とてもやりにくくなってしまったのである。

 しかし、これらのバットを大きく振った研究、もしかしたら空振りになるかも知れない研究こそが、20~30年後、あるいはもっと将来に、人類のために花開く学問である可能性が高いのである。その結果が早くも現れてきているのが、最近の日本の凋落ぶりなのである。

 「明日のゼニになる」研究はある意味ではたやすい。研究目的がすぐ近くにあって明確なものだから、研究資金が豊富で多くの研究員を雇えるならば、材料や手法を替えながら大量の実験を繰り返すことによって「研究」が進むからだ。つまり研究にとっての革命的な進歩である研究の質的な向上をしなくても、目の前でできる研究だからである。

 しかし研究の革命的な向上がなければ、いずれ、必ず技術は枯渇する。いま、いろいろな分野で使われている技術は、20~30年前の基礎的な研究の質的な革命ゆえになり立っているものがほとんどなのだ

 現在の研究全体のありようは、過去にはあった研究の質的な革命を生み出すことを止めてしまって「明日のゼニになる」研究だけに注力しているのが問題なのである。

 ノーベル賞の受賞者は70歳を超えていることが多い。つまり20年以上も前の業績のことが多い。日本は近年こそノーベル賞の受賞者を比較的多く輩出しているが、それが、今後大幅に増大するとは思えない。

 日本の凋落は、日本政府による研究予算の抑制の影響が大きい。つまり、日本の凋落は根が深く、これから長く続く。近年の日本政府の科学技術振興の方針が裏目に出たことを示している。

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