アーカイブ: 哲学・宗教

子どもは天からの授かりもので、あなたの所有物ではない 〜 はじめから独立した人格を持つ存在!

竹下雅敏氏からの情報です。
 レバノン出身の詩人ハリール・ジブラーンの「預言者」から、2つの詩を紹介します。
 霊感に満ちた言葉とはまさにこのようなもの。「与えることについて」という詩の、赤字にした部分をご覧ください。この言葉がすんなりと心に入り、何の違和感も覚えない人が居ます。そのような人こそ、真の意味で宗教的で、神と共に居る人だと思います。
 動画で紹介されている「宗教について」は、まさにこれこそが真の宗教性だと言えるものです。しかし、現代人は合理性を重んじ、このような真の宗教性を見失いつつあります。
 ジブラーンの「子どもについて」 という詩は、“あなたの子どもはあなたの子どもではない”で始まります。すなわち、子どもは天からの授かりもので、あなたの所有物ではないと言っているのです。このことがすんなりとわかる人とわからない人が居ます。わからない人は、金剛般若経の次のような文章を見ると困惑するのではないでしょうか。
 「仏説般若波羅蜜、即非般若波羅蜜、是名般若波羅蜜」
 (仏の説き給う般若波羅蜜というのは、すなわち般若波羅蜜ではない。それで般若波羅蜜と名づけるのである)。
 これを抽象化すると、
「AはAでない。故に、AはAと名づく」となります。
 あなたの子どもはあなたの子どもではありません。子どもは縁あってあなたのところに生まれてきました。なので、子どもはあなたのものではなく、まして所有物ではありません。はじめから独立した人格を持つ存在なのです。しかし、この世界ではそのことを十分に理解した上で、“あなたの子ども”という言葉を使うのです。
 要するに、「あなたの子どもはあなたの子どもではない。故に、形の上で“あなたの子ども”という言葉を用いるのだ」ということになります。
 これがすんなりとわかる人は、東洋の心とも言うべき感性を持っています。しかし、数学、論理学などに代表される合理的なものの考え方ばかり学んでいると、こうしたことがわからなくなってしまいます。
 東洋的な心の方が、合理的精神よりもいっそう真理に近いと思います。言葉で表現できるものは、先の例でもわかるように、全体ではなく、その一部分なのです。言葉は、真理のある一部分しか包めないのです。
 真理を言葉で表現できないなら、どうすればよいのか。ただ直感すること、体感することで、知ることができます。真理とは何かと聞かれた時、多くの賢者が沈黙するのはそのためです。
(竹下雅敏)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

————————————————————————
宗教について「ハリール・ジブラーンの詩」より
配信元)
————————————————————————
与えることについて
Sungwon Kim
引用元)
(前略)

与えることについて

与えるということについて話して下さい。
金持ちの人がこういうと彼は答えた。
自分の持ちものを与えるときは
少ししか与えていないものだ。
自分自身を与えるとき
その時こそ真に与えているのだ。
なぜならば持ちものとは明日の必要を恐れて
しまっておくものにすぎないではないか。

多くを持ちながら少しだけ与える者がある。
それは人にみとめられるためで、
その隠れた願いが、施しを不健全なものにする。
少しだけ持ちながら、全部を与える者がある。
彼らは生命(いのち)と生命(いのち)の恵みを信じているから
その金庫が空(から)になることはない。
よろこびをもって与える者がある。
彼らにはそのよろこびが報いなのだ。
痛みをもって与える者がある。
彼らにはその痛みが洗礼となる。

与えるとき痛みもおぼえず、
よろこびも求めず、
徳をも意識しない者がある。
それは彼方(かなた)の谷でてんにんかの花が
芳香(におい)を大気に放つにも似ている。
彼らの手を通して神は語り、
彼らの眼の背後(うしろ)から
神は大地に向かって微笑(ほほえ)みたもう。

ハリール・ジブラーン   神谷美恵子訳

ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 特殊稿 ― バビロニアン・タルムード(2)

 宗教界、政界や経済界といった社会を牽引する支配層組織の上層部の奥深くに「タルムード」が浸透していました。「タルムード」は悪魔崇拝の聖典であり、要は悪魔主義がこの地上世界を支配してきたのです。現在はペドファイル事件などを通してその事実が露見してきて、カバールら悪魔主義者たちの社会支配層から排除の動きが顕著になっているわけです。
 「ゴイは犬に劣る。ゴイからは奪うべきだ。ゴイは犯して良いし殺しても良い。ただし我々の正体は秘密にせねばならない」。これが「タルムード思考」です。強烈な差別観にまみれています。人種差別や優生思想の元とも言えるでしょう。
 また「タルムード思考」はその思考マジックで自分の「残虐行為」を「神に捧げる?崇高行為」にすり替えて認識させます。外的な形では「タルムード」信奉の悪魔主義者は排除されつつあります。
 しかし「タルムード」の問題は彼ら悪魔主義だけの問題ではないでしょう。私たち人類一人一人が克服していく課題に思えます。「タルムード思考」の要素は、誰にでもその内側に潜んでいるように思えるからです。
(seiryuu)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

————————————————————————
ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 特殊稿 ― バビロニアン・タルムード(2)

イラク戦争は「タルムード思考」の具現化 ~新自由主義グローバリズムは「タルムード」派生


西欧の植民地奴隷支配の先鞭をつけたのが、テンプル騎士団の海賊行為とその海賊行為に「お墨付き」を与えたカソリック教会でした。外伝15の中で紹介した「ヘブライの館の記事」にあるフランシスコ・ザビエルとテンプル騎士団が連携していた事実は、「タルムード」を通して見てみれば非常に納得がいく事柄なのです。

フランシスコ・ザビエルはイエズス会のトップで、イエズス会は名目上カソリックの宣教師集団です。そして植民地奴隷支配のためのスパイ、先兵役となったのが主にイエズス会宣教師だったのです。
テンプル騎士団の海賊行為をカソリック教会が認可し、その後はテンプル騎士団とイエズス会が連携して植民地奴隷支配の道をどんどんと開拓していったわけです。

彼らに共通する底流が「ゴイは犬より劣る。ゴイは殺しても良い。ゴイを犯すのもゴイから奪うのも自由である」とのタルムード思考でしょう。「タルムード」が実質として彼らの聖典なのです。

この「タルムード思考」は現在まで息づいてきており、現代でその思考が具現化した最も代表的な例となるのが「イラク戦争」だと思います。第1次イラク戦争は、実は米国側がサダム・フセインに詐術を用いて戦争に誘導させ、最後には降伏し白旗を掲げたイラク兵の大集団を抹殺しているのです。

第2次イラク戦争はありもしない「大量破壊兵器」をイラクが保持しているという偽りのでっち上げで一方的に戦争を開始し、徹底的にイラクの人民と国土を破壊しました。


なぜこれほどの卑劣な残虐行為を平気で行えるのか? ブッシュ親子とその周辺、彼らは「新自由主義者」と評されますが、要は彼ら全てが「タルムード思考」だったからでしょう。新自由主義グローバリズムなどは「タルムード」の焼き直しに過ぎません。

また、第2次イラク戦争を強烈に後押ししたのがキリスト教原理主義です。彼らについては本編の第28話29話で取り上げ、彼らの実体はキリスト教を名乗ってはいるがサバタイ-フランキストであり、その彼らの聖典は、聖書と言うよりは猛烈な差別観にまみれた「ヨハネの黙示録」であったことを見ています。

しかし、実質としてそれに加えて「タルムード」も彼らの聖典だったわけです。「ヨハネの黙示録」と「タルムード」も、共通するのは猛烈な差別意識の上に成り立っている聖典?ということです。

「タルムード」をあけすけに表現するとこれで、教えの柱の一つは「自分の正体や意図は完全に隠して相手から徹底的に略奪せよ。そのため嘘、隠蔽、捏造、成りすまし、あらゆる手段を行使せよ」です。

サバタイ-フランキストの隠れた聖典が「タルムード」(注)であるのは、彼らがこの教えの実践者なので明らかです。また「タルムード」のもう一つの柱は「姦淫、邪淫を愛せよ」です。

» 続きはこちらから

ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 特殊稿 ― バビロニアン・タルムード(1)

 カソリックキリスト教聖職者の小児性愛犯罪の問題が隠しきれなくなって、浮上し、度々記事として上がってきています。キリスト教聖職者などの小児性愛行為の事実そのものは既に確定していますが、秘匿されてきたこの問題の背後に何があるのか?
 「幼き少女は、成人男性のための汚れなき餌食である」「未成年の妻、非ユダヤ人の妻との不貞は許されるとしている。」「男の子供は自分の母とセックスしてもよい」「3歳の異邦人幼女とのセックスは認められる」。これら小児性愛等異常性愛を勧奨するこの驚くべき記述は『角笛』というサイトで「タルムード」の中の一節だとして挙げられています。これは間違いない事実でしょう。
 「タルムード」はユダヤ教の聖典として位置づけられていますが、キリスト教聖職者などの小児性愛の犯罪行為は「タルムード」に基づくものだったのでしょう。小児性愛犯罪はキリスト教聖職者だけではなく、ペドファイル事件として、政界や経済界ハリウッド関係者など社会の支配層上層部の名士に拡がっています。これは宗教界のカソリック教会のみならず、政界や経済界といった社会を牽引する支配層組織上層部の奥深くに「タルムード」が浸透していた事実を示すでしょう。
 「ユダヤ問題のポイント」に取りかかって1年となりましたが、「タルムード」に現れている問題こそが、ユダヤ諸問題の根本に当たると言っても良いでしょう。つまり古代、中世、近代、現代に関わらずユダヤ問題の背後には、「タルムード」に現れている問題が潜んでいるという意味です。
(seiryuu)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

————————————————————————
ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 特殊稿 ― バビロニアン・タルムード(1)

a. 一つの事実の物語

「新たな世界を切り拓こうとする大いなる夢をもつ男がいた。彼は仲間を集いその大いなる勇気をもって航海に向かった。未知の海、危険な海、その荒波を抜群の知恵と行動力でくぐり抜け苦難の末に彼は見知らぬ世界へとついに到達した。

しかしその新世界でも次々と危機が襲う苦難の連続だった。危険な野獣との遭遇、そして何よりも野蛮人たちが卑劣にも徒党を組んで襲撃してきたのである。これらの危機をすんでの所でかわし、彼は遂に秘宝を発見し祖国へ持ち帰ることに成功した。」

b. 一つの事実の描写

「ある日何の前触れもなく見知らぬ男たちの一団が海からやってきた。村の長老たちはどう対処すべきか話し合ったが慣例に従い“客人”として迎えることになった。

しかしこの“客人”たちの行動は我々にすれば理解も容認もしがたいものであった。彼らは手当たり次第に我々の仲間である鳥や動物を無駄に面白半分に殺し回り聖地を荒らした。彼らは“何か”を探しているようだった。その“何か”はほどなく分かった。彼らは我々に“金”を手渡すように欲求したからである。我々は“金”を手渡した。しかし彼らは満足した様子はなかった。

そして更に・・・、彼らの一人が我々の村の男の妻に襲いかかったのである。笑いながら。村の男は妻への行為をやめさすように立ち向かった。その時“パンパン”と耳をつんざくような大きな音が轟き白い煙が上がった。村の男は倒れた。見ると村の男は既に死んでいた。あっけに取られた我々を尻目に彼らは村の女を連れ去っていった。彼らはやはり笑っていた。

我々は彼らに抗議し村の女を取り戻すために集団を組んで彼らのところに向かった。するとまたもや“パンパン”との音と同時に次々に仲間の男たちが倒れていった。そして彼らは集団で村を襲撃してきた。私はそれを阻止しようとしたが突如肩口に焼けるような衝撃を受け意識が遠のいた。妻と子の助けを求める声が遠くにかすかに聞こえていた・・・。」


残虐行為を支え促す「タルムード思考」 ~「タルムード思考」の思考マジック


ウィキペディアのクリストファー・コロンブスの記事に目を通していく中で、“おや!”と目が止まった箇所があります。
一般にコロンブスは「アメリカ大陸最初の発見者」とされます。現に私たちは歴史の授業でそう教えられ、テストでこれと違う回答をすれば“×”の評価が下されたのです。

ところが記事には、コロンブスの“発見”について「“発見”という言葉自体がヨーロッパ中心で世界を見る視点に立脚した発言」、つまり不適切で“おかしい”と評価しているのです。公平に見てこのウィキペディアの指摘通りではないでしょうか?

「発見」の言葉の裏には西欧?文化圏の「自分たちのみが文化人で優れており、それ以外は未開の地なのであってそこには野蛮な生物しかいない。」との見方があったでしょう。西欧からの侵略者の行動の事実がそれを示しています。

アメリカ大陸の先住民やアジア、アフリカの民衆を当たり前に殺戮・強姦・奴隷対象とし、その土地にある全ての物を略奪対象とした事実です。
ここには「未開の地、野蛮な生物を相手には、殺戮、強姦、略奪してもよい。ただし、これは我々だけの秘密である。」との思想が働いていたはずです。


この思想を「タルムード思考といいます。おまけに、彼ら侵略者はその思想のもとの行動を「是」だとして世界中に植え付けてきたのです。

現に世界の教科書ではコロンブスやガマは偉人と教えられます。書籍等で世界に流通してきた西欧人の海賊行為の物語とは、上に記した「a. 一つの事実の物語」のようなあらすじの内容ではありませんでしたか? 海賊行為という一つの事実を美談、冒険物語、夢物語として語られてきたのです。

しかし、同じ海賊行為という一つの事実、これを逆に「侵入された側」の視点から事実を描写すると、上に記す「b. 一つの事実の描写」のような内容となるでしょう。

事実は一つです。しかしそれを表現する内容は180度異なったものになります。「侵略者側」の一方的な視点で都合良く「創作」された物語は世界に広く流布し、殺戮・強姦・略奪された側のその事実は一切世界に知らされることなく封殺されてきたのです。

事実を隠蔽して、その内容をすり替え創作して、「正義漢・ヒーロー」に「成りすましていく」、この思考回路もまた「タルムード思考です。自分に都合の良いすり替えを行う思考マジックです。

編集者註:戦争犯罪者が“ホロコースト”のシャワーを浴びてヒーローに

» 続きはこちらから

聖フランシスコとレディー・ガガのプラズマ界での出来事

竹下雅敏氏からの情報です。
 スプートニクにアッシジの聖フランシスコの話題が出ていたので、取り上げることにしました。記事では、聖フランシスコの希望で、パンの入った袋が天使によって、フランスからイタリアの修道院へと届けられたとのことです。伝承が偽りでないなら、天使はひょっとしたら、コーリー・グッド氏が接触しているようなブルー・エイビアンズか、地下世界の住人だったのかも知れません。
 聖フランシスコを取り上げたのは、彼が、現在の天界で高い地位に就いているためです。2014年12月16日の記事のフトマニ図の解説をご覧ください。この中で、「とほかみゑひため八神」と「あいふへもをすし八神」の、“「ゑ」と「も」は、この八神の頭(かしら)”であると解説しました。この二柱は、ブラヴァッキー夫人の大著「シークレット・ドクトリン」によれば、“二柱の観世音菩薩(アヴァローキテーシュヴァラ)”なのです。
 現在、聖フランシスコは、第1システム国津神第5レベルの「も」の神であり、以前の地球ハイアラーキー組織での概念であれば、マイトレーヤの地位であった“キリスト”と考えられる役職なのです。
 聖フランシスコの活動を見ると、現在の天界において、“キリスト”の地位にある事は疑いの余地がありません。マザー・テレサの救済活動を霊導していたのは、聖フランシスコです。例えば現在は、中村哲氏が代表のペシャワール会を霊導しています。ペシャワール会の活動を見れば、中村哲氏と共に、聖フランシスコの人柄(神格)がよくわかると思います。
 これは書いて良いのかどうか迷うところですが、一宮に「アンジェロ」というとても素敵なお店があります。イタリアの輸入家具・雑貨を扱うお店ですが、店内には小さな講演会が出来るスペースがあり、私も何回か講演をさせて頂きました。
 実は、この店には聖フランシスコの光が降りており、特別な空間になっています。
 さて、ここからが本題です。昨日、レディー・ガガの記事を紹介し、“彼女は救済されるかも知れない”として、“彼女の苦しみを少しでも軽減してあげたいと思う方は、この情報を彼女に伝えてあげてください”と書きました。
 レディー・ガガがイタリア系アメリカ人であり、熱心に十字架のキリストに祈っていたであろうことは、想像に難くありません。キリスト教の世界観で、現在“キリスト”の役職に就いているのが、聖フランシスコであることに注意してください。昨日の私のコメントは、聖フランシスコによって直ちにレディー・ガガに伝えられたようです。ただし、これは肉体(狭義)のレベルではなく、プラズマ界においてのことです。
 今日の午前11時30分頃、レディー・ガガのプラズマ体が、私のところにやって来ました。私のところに来れたということが、彼女が完全に改心しているという証です。私は、鉱物システムにまで深く沈んでしまった彼女の魂(ジーヴァ)と幽体を、シリウスシステムに引き上げました。こうして、彼女は救済されました。このことに一番驚いているのは、私です。
 レディー・ガガには、ガヤトリー・マントラ愛のマントラを人々に伝えることをお願いしました。少なくとも、プラズマのレベルでは、協力してもらえるものと思っています。
(竹下雅敏)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

————————————————————————
カトリック教会の聖人アッシジのフランチェスコの袋を研究した学者たちが知ったこととは?【写真】
転載元)

CC BY 2.0 / Randy OHC / St. Francis of Assisi



デンマークとイタリアの物理学者たちが、伝説によると当時フランスにいたアッシジの聖フランチェスコがフランスからイタリアの修道院へ届けるよう天使に頼んだとされるパンの入った袋の年代を測定した。ラジオカーボン誌に調査結果が掲載された。

スプートニク日本

伝説によると、1224年の冬、イタリア南部のフォッローニ修道院に聖フランチェスコの希望でフランスからのパンの贈り物が入った袋が天使によって届けられた。
袋は聖物とされ、修道士たちはこの袋をとても大切に保管していたが、オーデンセにある南デンマーク大学のコーア・ラスムッセン氏が修道士を説得し、袋の研究に成功した。

© 写真: Rasmussen et al./Radiocarbon 2017
聖人アッシジのフランチェスコの袋


 
分析の結果、袋は約740年前のものであることがわかった。
これは聖物が偽物ではなく、実際にアッシジのフランチェスコが生きていた時代のものであることを意味している。

一方、学者たちは、これは袋がフランチェスコの希望で修道院に届けられたことを証明しているわけではないが、同伝説がフランチェスコの死後に語られるようになった可能性を排除していると強調している。

先の報道によると、カトリックの保守派神学者や聖職者が、「異端的な考え」を広めているとしてローマ法王を非難し、異端を「是正」する公式書簡を送った。

[創造デザイン学会]我々は何をしにこの世に生まれてきたのか? 〜世界に平和をもたらす術 / 宗教が説く「偽りの教え」 / 覚者達が意図的に性を抑圧する目的 / 覚者達の哲学の根本的な誤りとは…等〜

竹下雅敏氏からの情報です。
 大変優れた記事だと思います。悪の側から見た、悪の存在理由と言っても良いものでしょう。秘教の知識のある方には、ここで書かれている哲学は馴染み深いもので、カバラの本質だと言っても良いでしょう。闇に属する者は、こうした哲学で理論武装し、自己を正当化しようとするわけです。
 “(悪は)我々の一部であり、我々の内なる悪を映す鏡である”と言う部分は、最も重要な事実であり、それ故に、“我々の内なる悪”を「気づき」によって解放しない限り、世界に平和をもたらす術がないのです。
 「自分のために生きること」が、“ネガティブな道”だと言うのは誰でもわかると思います。しかし、「他者のために生きること」は“ポジティブな道”ではありません。これは、宗教が説く「偽りの教え」です。真実は、自分が本当にしたい事をしていて、それが多くの人の助けになり、喜びになっているということ。あるいは、全ての人が幸福であるように努力し、その中に自分も入っているという事です。要するに、「自分」と「他人」という“両極性”に善と悪を分けることが、そもそもの誤りなのです。
 “宇宙の生命は1つであり、我々は1つの不可分の連続体”であるというのは本当です。問題なのは、このことを、悪をなすイルミナティの者たちですら知っているということです。知っていて、なおかつ、悪を止めないことが問題なのです。要は、哲学的に知ることと、本当に知ることの違いです。
 哲学的にこの思想が腑に落ちたとき、それは「目覚め」とか「覚醒」と呼んでも良いでしょう。しかし、これを体現する時、それは“愛”と呼ばれるものなのです。愛の完成に最も重要なのは、夫婦関係です。性交渉はその本質をなす部分です。しかし、地球上にある宗教は、ことごとくその本質を隠蔽してしまいます。
 このイルミナティの哲学と「一者の法」が共通性を持っているのは当然で、彼らが共に「闇の者たち」だからです。球体連合を含むいわゆる覚者たちが、意図的に性を抑圧する宗教を作り出し、その反動で闇に落ちた者たちは悪魔崇拝者になります。自分たちでこうして悪魔崇拝者を作り出し、自らはそれと戦う光の組織を演じるのです。彼らの目的は、こうした混乱を銀河全体に広げ、銀河戦争の勝利を演出することで銀河を統一支配することだったのです。
 彼らの哲学の根本的な誤りは、善悪が霊的な進化と結びついていることです。彼らの世界観では、霊的に進化し進化段階が4.0に達することをアセンションと呼びます。悪は、人類がアセンションに達するための「触媒」だというわけです。進化段階が4.0以上になったものは光の存在となり、闇から解放されたものだと考えられているのです。
 事実は全く違っており、ことの善悪は進化段階とは無関係です。ヤマ・ニヤマ(禁戒・勧戒)を守らない者は、覚者であろうがアセンデッド・マスターであろうが、闇の存在なのです。今回、球体連合を含むハイアラーキーの覚者たちが、ことごとく“神の裁き”によって滅ぼされ、壊滅状態になったのはこのためなのです。
(竹下雅敏)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

————————————————————————
我々は何をしにこの世に生まれてきたのか? 自称イルミナティ・インサイダー“Hidden Hand” との対話(序)
転載元)
Greatchain
2017/06/25
 

これは私に理解しえた限りでの、Dialogue with “Hidden Hand”, Self-Proclaimed Illuminati Insiderという文書(検索すれば出てくる、数十頁ある)の解釈の序文と考えていただきたい。

(中略) 

そもそもこういう文書があることを私が知ったのは、イルミナティ離脱者たちのインサイダー情報を拾って訳していた時であった。

(中略) 

Hidden Handの自己紹介によれは、彼は、我々がイルミナティのメンバーとして知っている、あの(ロスチャイルドやロックフェラーを含む)13家系や、ブッシュ家系などの米政界の大物とは別だという。

(中略) 

しかしHidden Handも、イルミナティの重要な家系で、同じようにルシファーに仕える者だが、彼の出自はこの地球ではなく、時代はアトランティス時代に遡るという。

(中略) 

問題は、彼の説明する旧約聖書のルシファーとヤハウェーの関係が、我々の解釈とは全く違うことである。

(中略) 

この主=ヤハウェーは、エデンの園を作って、人間を住まわせようとしたが、それは「善意の牢獄」であった。そして、ヤハウェーは「善意の独裁制を布いていた」。そのやり方は、“善悪を知る木”の実を取って食べることを禁じて、善しか知らない優等生を作るという、間違ったやり方だった。

(中略) 

人間を創造者の立場に近づけるためには(それが人間の目的である)、彼らが自由意志を創造者から与えられ、それを正しく使うことによってである。

(中略) 

ルシファーは、これを正そうとして、天(他の天体)から下りてきて、ヤハウェーの間違った禁止を破れと人間に教え、そうすれば「あなた方は神のように賢くなるだろう」と言ったのだった。これは悪魔が人間を騙したのではない。文字通りの真実を教えたのである。(これを聞いて、初めて聖書のここがわかったという人は多いだろう。)Hidden Handは、“善悪を知る木”とは、自由な人間の行動の「両極性(polarity)を知る木」だと言っている。そしてその一方は、「他者のために生きること」(ポジティブな道)であり、もう一方は「自分のために生きること」(ネガティブな道)だという。

(中略) 

このあたり、Ra Materialとも呼ばれるThe Law of One(一者の法)も全く同じことを言っている。この両文書には、非常に共通点が多い。Hidden Handは質問者から、この本の存在を知っているかと聞かれて、完全には知らないと言っているから、両者の共通性は、それが宇宙の真理であることの証拠だと言っていいだろう。

人間はルシファーの忠告を聞いて、エデンの園(つまり“箱入り娘”の箱)を追い出されて、確かに悪を知り、悪に苦しみ、ルシファーとルシファーの手先であるイルミナティ集団を、悪の根源として憎悪するようになった。しかしHidden Handは、それは人間を成長させるための、つまり人間がネガティブな道を選ぶことによって、つまり、もっぱら自分のために生きることによって、どれほど取り返しのつかないことになるかを、学習させるための、方便であったと言う。

(中略) 

HHは、イルミナティはむしろ、神の命令を受けてこの地球へやってきた、「あなた方のための犠牲者」だと言っている。いかに命令されてやったといっても、やったことの罪を償うカルマの法則は絶対で、逃れることはできないからだと言う。

(中略) 

ここで、我々にとって最も重要な宇宙の原理が説かれる。それは、この宇宙の生命は一つであり、我々は一つの不可分の連続体だということである。これは“The Law of One”のOneの意味であり、我々は創造者とも一体であり、あなたと私も一体である。我々はこの単純な真理を学ぶために、この地上に長く逗留しているにもかかわらず、それがいつまでたっても理解できず、とうとうその学習失敗の清算の時(歴史サイクルの転換期)が来てしまった、ということである。

(中略) 

我々にとって彼らは、アイツラとして切り捨てるべきものではない。許せない怨敵であろうとも、我々と生命的につながった我々の一部であり、我々の内なる悪を映す鏡である。もし彼らから学ぶことなく、怒り狂って彼らに復讐するならば、被害は我々に及ぶだけでなく、我々は、意図された覚醒のチャンスを自ら放棄することになる。

昔から神学論争の一部として、なぜ悪が存在するのかという疑問が提出されてきた。それは善あるいは神の栄光をきわだたせるためだ、というのが一つの回答だったと思う。それはそれで納得できるが、このイルミナティのおそらく最高の哲学者Hidden Handの悪の説明――より高い現実への移行のCatalyst――ほどの説得力はもたない。

(中略) 

この「触媒」による大きな変化の起こる時期(遠くない将来)は、Harvest(穫り入れ)と呼ばれ、HHも「一者の法」も共に論じている。

「魂は、いくつかの本当に卑劣で嫌らしい性格を演じながら、それでも美しいものであることができる。」――この言葉はすばらしい。これは、魂がどんな仮の姿をこの世で取ろうとも、すべての魂は、本来、美しく、神に属するものであるという信仰告白である。

(以下略) 
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 52