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アーカイブ: 軍事・戦争

[The Saker]連邦総会でのプーチン大統領の演説:嫌気のさしたロシアがアングロ‐シオニスト帝国との対話を打ち切る

 12月4日に開催された連邦総会でのプーチン大統領の演説からの抜粋です。ヴァルダイでの演説に続き、今回も大演説だったようです。The Sakerという“一目置かれている事情通”が4つのポイントを抜書きしてくれています。文末のこの記事に対する読者のコメントも秀逸だと思いました。
 一方アメリカでは、米下院で“宣戦布告”とも“対露戦争への事実上の青信号”とも言われてるH. Res 758議案が通過するなど、表面的には緊張が高まっているように見えます。さらに、先日CIAの拷問が明らかになったことで、逮捕を逃れる為の偽旗作戦も懸念されています。英語記事ですが、ロシアを嵌めるための核を用いた偽旗作戦がウクライナで進められているという指摘もあり、現在翻訳検討中です。
(編集長)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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嫌気のさしたロシアがアングロ‐シオニスト帝国との対話を打ち切る
記事配信元)
本記事文章は現在公開を停止しております。 (2016/4/23)
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[ラジオイラン他]CIA、尋問での違法な方法の採用を認める/CIAは9.11がイラクと無関係であることを知っていた

竹下雅敏氏からの情報です。
 CIAの拷問に関する報告書が、何故この時期に一部とは言え公開されたのか、多くの人が不可解に感じています。
 しかし下の記事を見ると、どうも、9.11を引き起こし、イラク戦争を行なった連中を逮捕する準備が整いつつあるのではないかという感じです。時の政権にとって都合の悪い書簡が公開されています。
 こうなると、逮捕を免れるために彼らは、高高度核爆発の偽旗作戦を実行して、それをロシアかイランの仕業にして、戦争に突入する破れかぶれの行動を取る可能性があります。以前、12月半ばに、太陽フレアによる巨大災害が地球を襲うということを、ロシアの声が記事にしていました。しかも、チェイニーはEMP兵器による核テロを警告しているのです。これは偽旗テロを警戒する必要があるということだと思います。
(竹下雅敏)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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CIA、尋問での違法な方法の採用を認める
転載元)
003a4398ed2b2b00c04399ec54c215ad_LアメリカCIAのブレナン長官が、CIAの関係者が、尋問の際に違法で忌まわしい方法を採用していたことを認めました。

イルナー通信によりますと、ブレナン長官は、11日木曜、CIAの尋問に関するアメリカ上院情報特別委員会の報告には歪曲があるとしながら、「この報告の一部の内容は、CIAの調査に合致したものだ」と述べました。

また、CIAの成功のためにも、過ちを認めることが必要だとし、「尋問の際、承認されていない手法を使ったCIA職員もいた」と述べました。

ブレナン長官のこの発言は、アメリカ議会上院の情報特別委員会が、CIAによるテロ容疑者への残虐な尋問について報告書を公表したことを受けて行われました。

同委員会は、この報告の中で、この方法の中には拷問に近いものもあり、アメリカの安全保障には役に立たなかったとし、政府と議会を惑わせたとして、CIAを非難しました。

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CIAは9.11がイラクと無関係であることを知っていた
転載元より抜粋)
© Photo: en.wikipedia.org

© Photo: en.wikipedia.org


CIAが木曜公開した情報によれば、2001年9月11日のテロとイラク(のち2003年に米国は侵攻を開始した)が関連していることなど、CIAは当初から信じていなかった。 

今週、かつてカール・レヴィン上院議員の求めに応じて書かれた書簡が公開された。書簡には、テロ首謀者モハメド・アッタ氏がプラハでイラク諜報当局と会合していたとの説に関するものだった。この説が当時のチェイニー副大統領の口から何度も繰り返され、イラクに大量破壊兵器が存在する、との主張(これものちに反証された)と並んで、イラク侵攻の有力な根拠として使われた。CIAは2003年時点でアッタ氏とイラク諜報当局が会った事実に「深刻な疑義を呈して」いた。このように、CIAのブレナン長官からレヴィン上院議員への書簡に記されている。CIA書簡は2001年9月11日の一連のテロの首謀者と政権の指導者であるサダム・フセインが会談した事実を否定した。

データによって異なるが、米国はイラクで10万人以上の犠牲者を出した。うち4500人が米兵。

[TBS他]大統領許可の下 水責めなど、CIA拷問の実態公表へ

竹下雅敏氏からの情報です。
 さすがにこの記事の報道を見ると、アメリカが“ならず者国家”だと思う人が多いようです。実際問題として、こうした拷問はテロを防ぐ手段としてはまったく役に立ちません。CIAがこの残酷な行為を行っている理由は、無実の彼らを拷問によって多重人格者にして、マインドコントロールを施し、本物のテロリストとしてISISなどの部隊に送り込むことなのです。
 本当のことを知れば知るほど、人々はその悪の残虐さに驚くと思います。
(竹下雅敏)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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大統領許可の下 水責めなど、CIA拷問の実態公表へ
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全裸で監禁、水責め、直腸から栄養…CIAによる拷問の実態
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[YouTube]ユダヤ支配構造 日本編①

竹下雅敏氏からの情報提供です。
 “戦後の日本史を語るうえでの最重要売国奴”として、児玉誉士夫、笹川良一、岸信介が出てきます。児玉誉士夫と笹川良一がクローズアップされている部分は、以前に紹介したものと同じ内容なので、ここでは割愛してリンクのみにしています。
 今回の動画で明らかにされているのは、児玉機関を通じてアジア諸国から略奪された物資(天皇の金塊)の一部が、自民党の設立資金に使われていたこと。また2代目裏天皇・堀川辰吉郎の直接の部下・岸信介にも光があてられ、“児玉の資金やCIAの資金を使って、自民党の政治家を買収し、党内でのし上がった”とあり、その権益を受け継ぐ者として安倍首相が出てきます。
 本当の歴史を知るだけで今回の選挙も「#とりあえず自民以外で」というふうになるのではないでしょうか。
(編集長)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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ユダヤ支配構造 日本編
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[櫻井ジャーナル]泥沼化していた東アジア侵略を無視、真珠湾攻撃で米国と戦争を始めたことを無謀だと言う怪説

竹下雅敏氏からの情報です。
 日本が東アジアを軍事侵略した経緯が、簡潔にまとめられています。文中で南京大虐殺について、“目撃した人々が少なくなると、この虐殺を否定しようと必死な人たちも出てきたようだが、世界では通用しない”とあります。奇しくも本日のイランラジオで、“中国で、「南京大虐殺公文書抜粋」が公開”という記事が出ていました。
 これまで日本が太平洋戦争に突入して行った経緯がよくわからなかったのですが、ようやくその道筋がおぼろげに見えてきました。この記事の最後にある“指揮していたのは…昭和天皇の叔父、朝香宮鳩彦”ですが、彼は堀川辰吉郎に仕えていた人物です。どうやら満州国は2代目裏天皇・堀川辰吉郎の命によって作られた国家のようです。こうした事実を考慮すると、太平洋戦争における最大のA級戦犯は堀川辰吉郎であると断言してよいのではないかと思います。
(竹下雅敏)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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泥沼化していた東アジア侵略を無視、真珠湾攻撃で米国と戦争を始めたことを無謀だと言う怪説
転載元)
 1941年12月7日午前7時48分(現地時間)にハワイの真珠湾に対する奇襲攻撃を日本軍は開始した。いわゆる偽旗作戦とは違って実際に日本軍が攻撃したのであり、例えばベトナム戦争へ本格的に介入する口実になったトンキン湾事件とは本質的に違う。野村吉三郎駐米大使らがアメリカのコーデル・ハル国務長官に最後通牒を伝えたのは攻撃開始から1時間後のこと。この攻撃で日本はアメリカと戦争を始めたわけだ。

 当時の生産力、科学技術力を比較するだけでも日本がアメリカに正規戦で勝てる可能性はきわめて小さく、無謀な行為だったと日本ではマスコミに登場する「専門家」も口にする。日本はアメリカと戦争するべきでなかったというわけだ。

 この主張を否定するわけではないが、その時点で日本が東アジアを軍事侵略していたことに触れない「専門家」が多い。アメリカと戦争したことは間違いだが、1872年の琉球藩設置に始まる東アジア侵略を肯定している、少なくとも否定していない。侵略戦争が泥沼化、真珠湾攻撃につながったことから目を背けている。

 この辺の流れを振り返ると、1871年7月に廃藩置県、同年10月に宮古島の漁民が難破して台湾に漂着、何人かが殺され、72年に琉球王国を併合して琉球藩を設置したことに行き着く。明治政府の何者かが漁民殺害を口実に台湾を侵略することを思いつき、宮古島を日本領だと主張するために琉球藩をでっち上げたということだろう。

 台湾に軍隊を送り込んだのは1874年、その翌年には李氏朝鮮の首都を守る要衝、江華島へ軍艦を派遣して挑発、紛争化に成功、「日朝修好条規」を結ばせて清(中国)の宗主権を否定させた。1894に朝鮮半島で甲午農民戦争(東学党の乱)が起こると、「邦人保護」を名目にして軍を派遣した。その一方で朝鮮政府の依頼で清も出兵、日清戦争が勃発している。

 1840年から42年にかけてイギリスと戦争、敗北して「半植民地化」していた清との戦争に日本は勝つ。言うまでもなく、清とイギリスとの戦争は貿易で敗れたイギリスが清に麻薬のアヘンを売りつけようとして引き起こされた。資本主義は経済的に優位な仕組みではないということでもある。

 1895年4月に「下関条約」が結ばれて日本は中国大陸での利権を獲得しているが、その半年後に三浦梧楼公使たちは朝鮮王朝の中で「親露派」と見られていた閔妃を暗殺している。そして1910年、日本は韓国を併合した。この年、幸徳秋水を含む社会主義者や無政府主義者が逮捕された。そのうち24名に死刑判決が出され、12名が処刑されている。いわゆる「大逆事件」だが、冤罪だった可能性がきわめて高い。

 事件の翌年、1911年に警視庁は特別高等課を設置、1923年の関東大震災を経て25年5月に普通選挙法を公布されるが、6月には治安維持法が成立、思想統制の仕組みが出来上がる。震災の復興資金の調達を頼った先のJPモルガンはウォール街の巨大金融機関で、それ以降、日本はその強い影響下に入る。

 その後、1927年に第1次山東出兵、翌年に第2次山東出兵、張作霖爆殺、31年には満鉄の線路が爆破された。関東軍参謀の石原莞爾中佐(当時)と板垣征四郎大佐(当時)が立案、今田新太郎大尉が用意した爆弾を河本末守中尉を中心とするグループが仕掛けたと言われている。これを切っ掛けにして「満州事変」が始まり、その翌年に日本の傀儡国家「満州国」の建国が宣言された。

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