ハーヴァラ協定下のナチスとシオニストの蜜月
ナチスが支配するドイツに、白地に青の線で描かれた六芒星の旗がひらめく場所がありました。ユダヤ人がパレスチナに移住し、キブツ(共産村、開拓共同農園)で生活していくための40もの開拓訓練キャンプ場がそうです。
それはナチスの全面協力の下、1930年代を通してシオニスト団体によってドイツ国内に設立されたのです。
ナチスとシオニストの移送に関する秘密協定ハーヴァラ協定の下、ドイツからはパレスチナに向けてシオニストタイプのユダヤ人たちとドイツ製品
が盛んに送り込まれました。1935年ドイツの港からパレスチナ移住者を輸送する「テル・アビブ号」は、シオニストがドイツ客船を購入した船で船長はナチス党員、船尾にはヘブライ語で船名が書かれ、マストにはナチスの鈎十字の旗がひらめく代物でした。このナチスによるユダヤ人の移送に関しては驚愕します。
『アウシュヴィッツ/判事の証拠調べ』では、次のような驚くべき事実が紹介されている。「1944年(ドイツ敗戦前年)という遅い時期に至ってさえ、ドイツ海軍の援護の下に数隻の船がルーマニアから黒海をぬけて、ユダヤ人移住者を運んでいた。」(「ヘブライの館2」)。
いかにナチスがハーヴァラ協定を重視していたかが窺えます。物品面ではパレスチナにはドイツ製品があふれ、シオニストはその製品を他国に転売するというような状態となっていました。ハーヴァラ協定下のナチスとシオニストの関係は蜜月関係以上ともいえます。
このナチスの協力がイスラエル建国のための決定的要素でした。
1922年では、委任統治を開始した英国の調査によると、パレスチナ人67万人、ベドウィン7万人に対して
ユダヤ人は6万人であった。そして
ヒトラー政権の誕生以降に移民のラッシュが始まる。1933年に3万人、34年に4万2千人、35年には6万1千人の入植者が新たにやって来たのである。そして第2次世界大戦が開始する
1939年にはパレスチナのユダヤ人人口は44万5千に膨らんだ。イスラエル建国の1948年のユダヤ人人口がほぼ65万人であるので、この時期の移民がいかに重要なものだったのか容易に察しがつく。(
童子丸開氏)。
ナチス無しにイスラエルの建国は無かったのです。これは二重の意味があります。この欄で見たように蜜月関係でのナチスの協力。そしてもう一つはホロコーストです。
シオニストはナチスによるユダヤ人大虐殺ホロコーストを叫び、被害者に成りすまし、ナチスに極悪非道のレッテルを貼り利用することでイスラエル建国につなげたのです。ユダヤ人被害とナチスの悪名、これは現在まで最大限利用しています。
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なんじゃそりゃ?と不勉強なまのじ。「原子力発電の使用済み燃料からウランやプルトニウムを取り出す過程で発生する高レベル放射性廃棄物を長期間にわたり隔離するため、地下300mより深い安定した地層(岩盤)に埋設する最終処分方法」、これを「地層処分」と言うそうです。その地層処分を行う場所を選ぶ際に科学的特性を考慮した日本全国の分布図、これが「科学的特性マップ」で、早い話が「核のゴミをどこに埋めるかマップ」ということのようです。その候補地になった地域に、NUMO:原子力発電環境整備機構がシンポジウムや説明会を順次行なっているということでした。
そもそも地層処分で本当に大丈夫なのか、「火山活動や断層活動といった自然現象の影響や、地下深部の地盤の強度や地温の状況」を科学的特性を総合的に判断するものらしいですが、誰がどんな責任で判断するのでしょう。
候補となった自治体の首長には、世耕経済産業大臣から直々の書簡が送られたそうです。
そう言えば先ごろ、核のゴミの意見交換会で、東電が謝礼を出して学生などを動員していたというニュースがありました。それがまさに、この科学的特性マップの議論の場だったのですが、同様の説明会に、ぴあQ様が直接参加されたというのですから、どんな様子だったのかを伺いました。
ぴあQ様の見たところ、NUMOの職員さん、そして説明にあたった専門家のお二人、共に、大変感じの良い方々だったそうです。「住民と対立しないように、和やかに進行するように、とても気を配っている感じがしました。」と伝えていただきました。一方、参加している市民は皆、危機感を持って、不安を抱えて、忙しい平日の昼間に参加しているわけですから、自ずと「みな拍手ひとつせず、厳粛な感じでジッと彼らを見据えている」様子になり、「“威圧されてる!”と感じたのはむしろ主催側の人達かもしれません。」と笑っておられました。しかし、説明される内容の重大さからすると、主催者側の、その一方通行の和やかさが浮いていた、という参加者ならではの空気を伝えて下さいました。
なるほど、こういった説明会であれば、NUMOとしては原発容認の意見を持った市民をたくさん参加させ、和やかに進めたくもなるでしょう。
住民が知らないうちに「説明会を済ませました、大勢の方に納得して頂きました」という既成事実を作らせないためにも、実際に参加し、見聞きされた意義は大きいと感じます。