ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 第13話 ― ナチスとシオニズム、コインの裏表 ―アイヒマンの処刑―

 ご覧のように奇妙なコインがあります。表がナチスのハーケンクロイツの紋章、裏が六芒星シオニスト・イスラエルの紋章が刻印されています。幾つかの情報では、ナチス宣伝大臣ゲッペルズによって作られたメダルもしくは発行されたコインです。
 1933年1月末にヒットラーが政権を握って早々に、ドイツシオニスト協会のリーダーがナチ親衛隊員、後のSSユダヤ局の主となるミルデンシュタインに接触して、共に半年間パレスチナに滞在します。ミルデンシュタインは、ナチスの機関誌にその体験記親シオニズムの記事を連載、その記念として、宣伝大臣のゲッペルズが表示のコインを作らせたのです。
 ヒットラーが政権を握るやいなや、シオニストたちはその勢力をたちまち拡大させました。そして世界シオニスト機構はナチ政権誕生同年の1933年に、ナチスとの秘密協定を早くも締結させています。ドイツとパレスチナ間のユダヤ人と物資の移送に関する協定で、「ハーヴァラ協定」(シオニスト=ナチ通商協定)と称されます。ナチス政権発足からたちまちの出来事です。事前の計画と準備なしにはあり得ません。「偽ユダヤ」によって計画と準備は施されていたのです。ヒットラーのナチス政権自身が「偽ユダヤ」の計画のもとで発足に至っているのです。
 前回見たように、シオニストによって建てられたイスラエルは事実として「鉄の壁」のファシスト国家です。優生学の差別思想、他民族排他主義、武力暴力手段行使による統治のナチス・ファシズムと全く同質です。表と裏、相手によって見せる顔は異なりますが本質としては文字通りナチスとシオニズムはコインの裏表でした。表裏は一体だったのです。
(seiryuu)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 第13話 ― ナチスとシオニズム、コインの裏表 ―アイヒマンの処刑―


知りすぎた男アドルフ・アイヒマン


アドルフ・アイヒマン
1961年のエルサレムでの裁判にて [Public Domain]


1962年5月末イスラエルでアドルフ・アイヒマンが処刑されました。1961年4月にエルサレム地裁で始まった裁判と死刑判決によるものです。敗戦後アルゼンチンに潜んでいたアイヒマンは、モサドによる超合法的手段(つまり犯罪)でイスラエルに拉致され裁判にかけられたのです。死刑判決の主たる罪状は「人道に対する罪」なる不明な名目によってです。

人道に対する罪? 誰が定義できるのでしょう? 確たる罪状名目が立てられなかったのです。「人道に対する罪」が公平に全ての人間に問われ、アイヒマンの行為が死刑に値するならば、過去から現在に至る米英やイスラエルなどの支配層で、死刑を免れる者はほぼ皆無でしょう。アイヒマン処刑は“見せしめ”でした。

拉致される前にアイヒマンは自らの果たした役割についてのインタビューに答えていました。そのナチスとシオニストの関係が暴露されたインタビュー記事がイスラエル当局の手に渡りその内容の正確さに慌てた当局が、モサドに拉致を命じたのです。(アイヒマンの足跡を執拗に追いかけモサドに通報した「ナチ・ハンター」が、ガリチア出身のサイモン・ヴィーゼンタールで、これらの功績で1977年米国に「サイモン・ヴィーゼンタール・センター(SWC)」が創設。SWCが「ホロコースト博物館」を運営しています。)

アイヒマンはSSユダヤ局の主であったミルデンシュタインから、後継としてその座を受け継ぎ任務に当たりました。1937年彼は「(初代首相となる)ベングリオンとベルリンで会談。この時に2人は合意に達し、アイヒマンは書面で「ドイツのユダヤ人を代表する組織は、ドイツを去るユダヤ人がパレスチナにのみ移住するように圧力をかけるものとする」と約束していたのである。

また同年、アイヒマンはパレスチナに招待されており、彼の帰途の報告によると、「シオニスト・ユダヤ人たちは、ドイツのユダヤ政策に非常に喜んでいる。その理由は、それによってパレスチナのユダヤ人口を数倍に増大させたから」であった。ゲシュタポとパレスチナのユダヤ人(シオニスト)の協力関係は、アイヒマンの努力によって緊密になったのである。」(「ヘブライの館2」)。

アイヒマンはその任務上、ユダヤ人移送に関する全ての情報を把握していました。欧州のユダヤ人取り扱いに関するナチス首脳と米国や英国高官らとの会議の書記、パレスチナのシオニスト指導者たちとの折衝、全てアイヒマンが担い、各国の高官やシオニストの代表者たちが「いつ、どこで、どのような」発言をしたか克明に記録していたのです。

これらが表に出ることをイスラエルは(英・米国も)絶対に容認するわけにはいかなかったのです。アイヒマンは事実を明かしかけたため、見せしめとして公開処刑されたわけです。


ホロコーストの実際


少し脱線しますが、ナチスとシオニストの関係の言及上は避けて通れないのでホロコーストについて。

前述のSWCが主体となって「ナチに『ガス室』は無かった」との記事を掲載した日本の雑誌を攻撃し廃刊に追い込んでいます。SWCらが提唱するホロコーストの要点は次のようです。

「ユダヤ人廃絶の絶滅収容所があった。(アイヒマンらによって)絶滅収容所に送り込まれた600万人のユダヤ人は主にガス室で毒殺された。その遺体は焼却炉で焼かれた」。

この定説ですが、①数年で600万人を主にガス室で毒ガスにて殺害②その600万の死体を焼却、全くありえません。

まず毒ガスとガス室ですが、毒ガス兵器を最初に開発使用したのはドイツです。第1次世界大戦で使用の毒ガスは臭いが似ていたのでマスタードガスと呼ばれます。大変な威力の細胞毒でした。

この毒ガス兵器は“薬”に転用されています。「抗がん剤」です。現在でも多くの抗がん剤に入っています。抗がん剤は殺人兵器の毒ガスを薄めた薬剤と解釈しても間違いではないのです。当然医療関係者は吸入や皮膚付着の“被曝”を避けるため細心注意を払います。注意書きには「皮膚に微量でも付着すれば、ただちに大量の水で洗い流すように」とあります。

このような代物を患者に薬物療法と称し体内に注入する狂気の沙汰はさておき、毒ガスの取り扱い非常な危険困難と大変な手間がつきまといます。絶滅収容所のガス室で使用されたとされる青酸ガスも同様です。専用の密閉された堅牢なガス室以外で毒ガス使用すると使用する側が“殺られ”ます。本来の目的が異なる収容所はそのような設計では建設されていません。専用ガス室に転用するのは無理です。

しかし定説ではアウシュビッツでは毎日6000人が毒ガス処理されたとのこと。あり得ませんが、譲って仮に本当だとするとこの全身致死量の毒ガスまみれの6000もの死体どうするのでしょうか?


死体に下手に近づくと毒ガスを吸い込み“殺られ”ます。もちろん触れません。また毎日6000の死体を焼却できる焼却炉?? 無いです!! 焼く大量のガソリンは? ドイツは石油を産出しません。当時戦争中です。石油がなければナチス自慢の飛行機も戦車も潜水艦も「張りぼてのトラ」巨大なガラクタです。定説の大虐殺、あり得ないのです。詳細は映像配信の宗教学259回(神智学「エスタンジア」)をご視聴ください。

それにしても奇妙な話ではあるのです。ホロコーストとはギリシア語の「火刑」が語源の、ユダヤ教の「神に捧げる丸焼きの犠牲生け贄」の意味です。

確かに強制収容所で多数のユダヤ人が絶命してはいます。ただしそれは伝染病やドイツを覆った飢餓による餓死によってでしょう。伝染病や餓死はもちろん、彼らの定説に従った「毒ガスによる大量虐殺」これでも「火刑」「丸焼き」ではありません。ホロコーストの語には該当しないのです。

しかし彼らは盛んにホロコーストの語を喧伝します。なぜか? どういう意味での喧伝か? それはユダヤ人の犠牲によってイスラエルの建国が成立したとの意味があるでしょう。

神に捧げる犠牲、犠牲とは本来非常に血生臭い文字です。牛偏で成り立っているよう、生きた羊や牛を定め通りきれいに解体して捧げる姿を文字にしているのです。そして最上の生け贄はもちろん人間です。悪魔的ですが彼らは「ユダヤ人の生け贄犠牲が神への最上の捧げ物で最大の効果を得た。」と言外に喧伝しているように見受けられます。

そして更に喧伝の意味は秘められた目的がありそうです。それは、ホロコーストとは単に過去の出来事では無く、未来に起きる事実だとの世界の人々の潜在意識下へのすり込みです。この点についてはいずれ詳しく・・・。


ナチスのユダヤ人の選別


強制収容所で万人単位でのユダヤ人が命を落とした大きな悲劇があったのは確かでしょう。問題はユダヤ人の中でパレスチナに移送された一群強制収容所に移送された一群に分かれていることです。この選別はどのようになされたのか?

ナチスによるユダヤ人のパレスチナへの移送、これは強制的にされた、とのイメージがあるでしょうが事実は違います。秘密協定により、ナチス政権発足年1933年から多数のユダヤ人のパレスチナ移送が始まっています。これはそのユダヤ人が全財産を保持し、さらにナチス政権からの「餞別金」も受け取った「祝福された移住」だったのです。

この祝福された移住は少なくとも1933年から1938年まではそうだったのです。パレスチナのシオニスト支配層は、国家建設のため欧州のユダヤ人のパレスチナへの移住を求めており、その欲求にナチスは応えていたのです。しかもシオニスト指導層は単にユダヤ人なら誰でもいいのではなく自分たちの眼鏡にかなった都合の良いユダヤ人の移送を求めていたのです。この我が儘ともいえる欲求にもナチスは誠実そして繊細に応えたのです。ドイツシオニスト協会と協力してユダヤ人の選別を行ったのです。


簡単に記すとSS高官たちは、ユダヤ人をシオニストタイプと非シオニストタイプに分けたのです。そしてシオニストタイプを優遇し、非シオニストタイプを迫害したのです。

強制収容所に移送されたのは、無論非シオニストタイプのユダヤ人たちです。このタイプは「同化ユダヤ人」と呼ばれますが、その代表はシオニズムに反対する正統ユダヤ教徒でしょう。このナチスの選別と移送方策はシオニスト支配層には「願ったり叶ったり」です。仲間同朋となるシオニストタイプはパレスチナに移住、敵である正統ユダヤ教徒たちシオニズム反対派は強制収容所行きですから。

この選別移送の責任者がアイヒマンだったのです。ナチスとシオニストは一体となってパレスチナでのユダヤ国家建設の道を切り開いていったのです。

裁判でアイヒマンは「私はナチスの構成員に過ぎず、我々の働き無しにはイスラエル建国は無かった」と語ったようですが、その通りです。人道上はともかく、アイヒマンはナチスの一員としてシオニストの欲求に誠実に応えたのです。その欲求した主体が欲求に応えた功労者を見せしめ処刑した。「用済みで危険となった存在は消せ。たとえそれが功労者でも。」です。それも自らの罪を全て負わせて。それがアイヒマンの処刑だったのです。


Writer

seiryuu様プロフィール

seiryuu

・兵庫県出身在住
・いちおう浄土真宗の住職
・体癖はたぶん7-2。(自分の体癖判定が最も難しかった。)
・基本、暇人。(したくないことはしない。)
・特徴、酒飲み。アルコールには強い。
・歯が32本全て生えそろっている(親不知全て)原始人並み。

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