子供の頃、牛を近くで見たことはあったけど、こんな風に間近で見て、触るのは初めてかも。子供の頃はべこ(仔牛)でもこわかったけど、今は牛と話ができそうなくらい親近感を感じてためらいなく牛を撫でていた。
大きな優しい目が印象的でした。
実は牛の穏やかな優しい目を見て号泣しそうだった。
こんな綺麗な目をした牛を人は食べてるんだよな・・。みんな知らないんだよな。パックになった牛のお肉を見て、誰がこんな綺麗な目を想像できるのか・・・いろんな生き物の本当の命の姿を知って食べてる訳じゃないんだよ、きっと・・・。
牛や豚と触れ合える環境など滅多にありませんし、あったとしても、パックのお肉と牛や豚まで意識が及ばない、途切れているのですよね。
子供の頃、我が家も牛を飼っていたから、牛肉は食べなかったよ。匂いでわかるから牛が怒るって言ってた。ひいおじいさんだけはもらったかなにかで、家の外の離れた所で、七輪で焼いて食べてることがあったそうだけどね。
私も大人になって1度だけ、出された食事に牛肉があって食べたことがあるよ。するといつの間にか舌の真ん中に一筋の切れ目が入っていて血が出ていたんだよ。やっぱり食べちゃいけなかったんだって思って、それからは二度と食べなかった。
以前コンビニのうどんについていた生玉子を見た時、玉子がとても苦しんでいるのがわかって、食べる気にならなかったことがある。親鳥が苦しんでいると玉子も苦しいんだと思った。養鶏場の身動き取れないゲージの中で、夜昼なく玉子を産まされ、玉子を産まなくなると、自動的に金属棒が出てきて刺し殺すシステムになっていると聞いたことがある。
ウサギの目に口紅とかを入れて実験したりする動物実験や、生きたまま皮を剥がす革製品など、どんなに苦しんでいる動物がいても実態を知らないから平気な面もあるのでしょうけれど、 竹下先生のお話にありましたが、潜在意識はわかっているのですよね。
実態を見ようとしない、知ろうとしない余所事でいることが動物だけでなく、福島原発事故後の放射能被曝の問題や戦争などいろいろな社会全体の不幸にもつながると思います。
まして、それを隠し、報道しないさせないなど・・・。
れいわ新選組の「政権とったらすぐやります・今、日本に必要な緊急政策」の中に動物実験や畜産動物、ペットなどについても取り上げられている。
山本太郎さんは弱者のことも真正面から見据えておられますね。
花田植えの始まりは、神主さんがお祈りをされて、榊を持った男性が田を清めて回って、飾り牛1頭にその榊をつけていた。飾り牛がまず田んぼに入って水調べ?をして田の中を1回りして、次に鋤きをつけて田をまんべんなく鋤いていたよ。
牛が田に入る時、長くつながれて水ものんでいなかったので、最初の1頭がしばらく田の水を呑んで動かなかった。よほど喉がかわいていたんだ。つながれ方も鼻繰りと竹の棒がくっつくくらいに結ばれていて、いつもは自由にしているだろうに動けず気の毒だった。
金の輪っかの鼻繰りは、鼻に穴を開けて通してあるんだよ。それに手綱をつないで、牛を思い通りに動かすんだよ。
動かない牛は細い木の枝でお尻を叩いていたね。牛によって叩いてはダメだったりするけど、優しく叩くと話されていた。昔はどの農家も牛で田を鋤いていたから、安い牛は思い通りに動いてくれなくてあずって(苦労して)いたとか。
人と牛の関係が少しわかる気がします。昔は日本では牛肉を食べなかったのですよね。腸の長い日本人は肉食は合わないと言いますね。腸の中に長く止まらせることになるから酸化が早い肉はがんの原因でもあると聞いたことがあります。
花田植え保存会の人たちが、牛を飼って、牛を使って田を鋤く練習をして、牛飾りや昔の田植えを伝えておられるようだ。
稲を植えるのは昔から女性がしていたのですね。
タスキをかけた早乙女が1列に並んで植えて、歌を歌いながらみんなのテンポを揃える男性や稲を渡す男性と後ろで太鼓を叩いて時折バチを投げ上げたり、篠笛を吹く男性もいたね。田んぼの左右で綱を動かす綱引き役や飾り牛を操るのも全部男性だった。
途中で休憩がありましたが、田んぼから出ないでそのまま泥のついた手でも食べられるように朴の葉に包んだむすびが配られていましたね。
地方によって朴の葉に包んだグリンピース豆ご飯や塩あずきを乗せたご飯を何枚もの朴葉を組んで包んで、サンバイサンと言うらしいけど、サンバイサンというのは田の神様のことらしい。
https://kotobank.jp/word/さんばい-278285
私たちも余ったむすびをいただいきました。朴の葉を開けると黒豆を薄い塩味で煮て数粒入れてありましたね。この豆が縁起が良いのだとか話されていました。豆の甘みが出ていて朴葉の風味とご飯がよくあっていました。
昔の田植えはさげさんが太鼓を叩きながら歌を歌って、早乙女が1列に並んで一緒に歌を歌いながら田植えして、苗を投げる男性もいて、毎日組合中の田植えが終わるまで続いたんだ。最後の花田植えの時の牛の飾りも、木の鞍に綿を入れたタスキで飾りを作ってつけた素朴なものだったよ。所によって違っていたけどね。歌も何種類もあってさげさんはよく覚えていたね。
日本中こんな田植え風景が繰り広げられていたのでしょうね。
「田楽」を調べると田植えの時に田の神を祀って歌い踊ったのが原型で、平安時代に農耕で歌舞伎を奏した民族芸能で、広島県や島根県の花田植えや囃し田も田楽のようですね。
https://kotobank.jp/word/田楽-102108
木の芽をのせた田楽が食べたくなった!!
そういえば筍と一緒に木の芽を入れて煮ると、筍のあく抜きしなくても全くエグミがなくて美味しくて、毎日食べたよ。
筍はとても栄養があるのですが水溶性で、あく抜きするとカスを食べてるようなものだそうですね。山椒(木の芽)と一緒に煮るとフキもあく抜きしなくても苦味が和らいで美味しくて、山椒(木の芽)にはアクを消す作用があるのでしょうか?
山椒はもともと山野に自生していて昔から日本人に親しまれてきた薬味で、薬効は消化不良、腹痛、虫刺されや水虫など、実を焼酎漬けにすると芳香健胃、整腸、腸内ガスの放出、解毒などや、一粒づつ毎日食べると元気になるそうですね。
http://www.e-yakusou.com/sou/sou230.htm
七味にも山椒の実を入れていたんだ。唐辛子、山椒、胡麻、麻子仁(ましにん・麻の実)、陳皮(みかんの皮)、けしの実、紫蘇子の7種類。
ひいおじいさんが囲炉裏端で竹の筒に入れてのみでトントンとついて七味を作っていたのを子供ながら覚えているよ。一年中味噌汁などにふってたね。ひいおじいさんは元気でお相撲が強くて、勝って旗を担いで歌を歌いながら遠くから帰ってきていたそうだよ。相撲取りの四股名もあって、東京の相撲部屋にも誘われたけど、長男で親を見るからと断ったらしい。
毎年元旦には尺に汲んだ若水を歌を歌っていただいていたそうだよ。
昔の日本人の暮らしぶりが、何だか素敵です。
広場の立派な牛に近づくと、向こうを向いていた牛がこちらを向いて目と目が合ってご挨拶。カメラを向けると、他のカメラマンたちも寄ってきて、牛さん大人気。
林につながれている牛さんたちにもご挨拶。すると・・・。