ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 外伝55 ― 乗っ取られた米国 〜 暴力支配2

 『ユダヤの告白』という図書があります。反シオニズムのユダヤ人ジャーナリストであるポール・ゴールドスタインとジェフリー・スタインバーグの著であり、日本語版は宇野正美氏が翻訳され、1990年に発刊されています。内容は主にADLの日本への狙いと危険性を警告するもので重要です。著者は自分の身の危険を顧みずに告発しており、図書の性格から内容には一切の意図的な虚偽はないでしょう。それどころか警告に沿うような形にて、この図書の発刊後から日本は「失われた30年」と称される事態となり、現在に至っています。
 米国が金融と情報と暴力の三つによって支配されていることを指摘しましたが、米国がそうだということは、米国に支配されている日本も同様だということです。
 米国の暴力支配の体制が完成していくのは、1800年台の終わりから1900年台の始めのイタリアとハザール・ユダヤの移民から生み出されたギャング団、それが1920年台に「禁酒法」で勢力を拡大し、やがて統一犯罪シンジゲートが設立されていくことを通してです。このシンジゲートのマフィアたちが北米を暴力支配していくのです。ただし、正確にはその新しいマフィアたちは代行者と見るべきです。犯罪シンジケートの設立にはADLが大きく関わっていますが、ADLの元をずっとたどれば、大体はイギリス東インド会社にいきつきます。麻薬取引の古くからの最悪のギャング団の貴族たちです。古株のギャング団が自分たちの代行者として若いギャング組織を育てて利用している。こう見るのが正確だと思います。
(seiryuu)
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ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 外伝55 ― 乗っ取られた米国 〜 暴力支配2

禁酒法が無法時代を到来させた


禁酒法時代、違法となった酒造所に強制捜査が入り、ニューヨーク市警関係者立会いの下、捜査員によって下水道に廃棄される密造酒。
Wikimedia_Commons [Public Domain]

コトバンクの「禁酒法」では次の記述があります。

1919年には禁酒法(ボルステッド法Volstead Act)が連邦議会を通過した(1920年施行)。しかしアル・カポネをはじめとするギャングによる密輸・密造を招き,それに伴う犯罪も増加し,いわゆる〈ロアリング・トゥウェンティーズroaring twenties〉と呼ばれる無法時代を生んだため1933年廃止。

上にある通り、1920年台米国では暗黒街のギャングたちが、禁酒法を利してアルコールの密輸・密造などを通して一気に台頭して勢力を大拡大します。そのギャングたちはシンジゲート化し、米国は無法時代になります。その多くのマフィア・ギャングたちの中で有名になったのがアル・カポネということです。

アル・カポネ
Wikimedia Commons
[Public Domain]
べンジャミン・シーゲル
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[Public Domain]

アル・カポネはイタリア系マフィアでしたが、他に目を引く活躍をしたユダヤ系マフィアがいます。誰でも知る「ラスベガス」、この砂漠の不夜城のギャンブル王国を築いたのがユダヤ系マフィアです。『ヘブライの館2』の「アメリカの暗黒街のユダヤ紳士」記事に次のようにある通りです。

ユダヤ・ギャングの殺し屋べンジャミン・シーゲル(別名バグジー)は、禁酒法時代にウイスキーの密売と麻薬で稼いだ資金を基にネバダの砂漠の中にギャンブル王国を築いた。組織犯罪全盛期に儲けた資金のその他の部分は、ハリウッドの映画制作会社に注ぎ込まれた。

べンジャミン・シーゲル(別名バグジー)は「ラスベガス」を築いたのですが、同時にハリウッドにも資金を注入したということで、ハリウッドがユダヤ系マフィアとは切っても切れない関係にあることが分かります。

このユダヤ・ギャングの殺し屋べンジャミン・シーゲルとは若い時から親しい関係にあり、かつ禁酒法時代から米国の暗黒街を牛耳っていった人物います。ユダヤ系ギャングのマイヤー・ランスキーです。

マイヤー・ランスキー
Wikimedia Commons
[Public Domain]

マイヤー・ランスキーのウィキペディア記事では、

ユダヤ系ロシア人のギャング
当時ロシア帝国領だったグロドノ(現在のベラルーシ、フロドナ)でポーランド系ユダヤ人の両親の間に生まれる。1911年、一家で渡米し、ニューヨークのブルックリンのブラウンズヴィル、次いでマンハッタンのロウアー・イースト・サイドのグランドストリートに住んだ。

とあります。

気をつけるべき点があります。マイヤー・ランスキーは「ユダヤ系ロシア人のギャング」と表記されますが不適切な表記です。彼はロシア人ではなく、ロシア領から米国に移住したハザール・ユダヤ人です。「(ハザール)ユダヤ・ギャング」と表記すべきです。

同様に「凶悪で知られるロシア・ギャング」といった表記をよく目にもしますが、これも誤解を招く表記です。彼らの多くもロシア人ではありません。ロシア・ギャングとは、ほとんどがロシアから移住したハザール・ユダヤ人のギャングという意味になります。


全マフィアをまとめ上げた男


(ハザール)ユダヤ・ギャングのマイヤー・ランスキーは1902年生まれで1983年に死亡。1897年生まれのイタリア系ギャングのラッキー・ルチアーノとは10代なかばで知り合い、友人に。1906年生まれのユダヤ・ギャングのべンジャミン・シーゲルとは二十歳前に知り合いとなり、相棒としてギャング稼業に。1920年台の禁酒法下のニューヨークにてマイヤー・ランスキーは酒の密輸、地下賭博、麻薬取引等にてギャングとしての頭角を現していきます。

ウィキペディアの彼の記事では、1920年台つまり20歳代のランスキーは早くも自分が儲けた資金を使って「地下賭博場の設立や政治家・警官の買収に当てた」とあります。青年期から目鼻のきく人物だったようです。

また酒の密輸では、カナダを拠点とするユダヤ系マフィアであるサム・ブロンフマン一味(ブロフマン一族は暴力支配の世界を理解するのに非常に重要なマフィアです。)と取引していたとあります。

世界的ウイスキー製造メーカー「シーグラム社」を設立した
サミュエル・ブロンフマン

こうやってランスキーは、ニューヨーク暗黒街の若きボスの地位についていきます。そして1931年にランスキーはイタリア系ギャングのラッキー・ルチアーノ、ユダヤ・ギャングのべンジャミン・シーゲルらと共に「殺人株式会社マーダー・インク(Murder Inc.)」を設立します。これについて「アメリカ暗黒街のユダヤ紳士」記事は、

銃を使う名うての殺し屋集団をつくり、それによって北米のすべての都市に、密売酒と麻薬の流通ルートを支配する全国的犯罪連合をつくっていった。

と説明しています。

警察に整列して並んでいるマーダー・インクの最重要人物9人

次いでランスキーは、1934年に「全米犯罪シンジケート(NCS)」を立ち上げたのです。彼はアイルランド系、ユダヤ系、イタリア系ギャングの横の連携に努めたようで、凶悪で知られるシシリーマフィアも全米犯罪シンジケート(NCS)に属し、その支配下にありました。全米犯罪シンジケートの設立によって米国の暴力支配体制は完成したといえるでしょう。

ランスキーは米国最大の犯罪組織の全米犯罪シンジケートの会長に就任し、死亡するまでの約50年間会長職にありました。全マフィアのトップに立ち、60年以上非合法の犯罪世界に身を置いていたのにも関わらず、ランスキーが刑務所で過ごしたのは総計3ヶ月半に過ぎなかったとのことです。巧みに法の網をくぐり抜けたとも言えますが、なぜそれが可能だったのか?

一つにはマフィアと政府の関係があります。「アメリカの暗黒街のユダヤ紳士」記事には下記の指摘があり、英米政府と犯罪組織マフィアはずぶずぶの関係だったのです。

  • 1940年アメリカとイギリスの情報部は暗黒街工作を始め、ランスキー、ルチアーノの両人はアメリカ海軍情報局の情報提供員として働いた。
  • 大統領ルーズベルトとランスキーとの間に交わされた密約があり、「ランスキーは、戦争中に東海岸を守り、のちにはフランスの港湾の独占権を社会主義者の手から奪い取ったことと引替えに、ヘロインの密輸を免除。」
  • 「第二次世界大戦を経てマフィア組織は急速にCIAに接近する。政府もまた、各国との裏面工作にマフィア組織を活用するようになる。


ADLとランスキーの関係



(ハザール)ユダヤ・マフィアのランスキーが法の網をくぐり抜けられたもう一つの要因はADLです。『ユダヤの告白』第7章には、「(ランスキーが殺人株式会社を設立した頃)ユダヤ人が不正なやり方でカネを手にするのを取り締まろうとする動きがちょっとでもあれば、ADLはすぐさま「反ユダヤ主義」という叫び声をあげた。」と指摘した上で、次の記述があります。

ADLのトップクラスの諜報員であった弁護士ジョージ・ミンッアー(編集者註:ミンツァーの誤りだと思われる)は、一九二六年から一九三一年にかけて、ニューヨーク南部地区の合衆国検察局の犯罪調査部長を務めていた。

ミンツァーはその立場を活かし、メイヤー・ランスキーの殺人会社(マーダー・インク社)のネットワークを刑事訴追からかばった。公けにされた当時の歴史史料によると、一九二九年にはメイヤー・ランスキーは米国財務省への情報提供者として密かに名前が挙げられており、それゆえ訴追を受けることがないようになっていたという。それが事実かどうかは立証されてはいないが、いずれにしても彼が一九二九年以後一日として刑務所で過ごしたことがなかったのは事実である。

ADLとランスキーたちユダヤ・マフィアは一体だっとも言えるし、ADLがランスキーたちユダヤ・マフィアを育て、北米全域を暴力支配する「全米犯罪シンジケート(NCS)」を生み出し、守り、利用していると言ったほうが正確かもしれません。

ランスキーのウィキペディア記事では、

(ランスキーが) 第二次世界大戦直後、ユダヤ人国家であるイスラエル建国のため、ユダヤ人地下組織に多数の武器を提供したとされる。

とあり、これは事実であり大切な部分でしょう。


ランスキーとイスラエルの関係ですが「アメリカ暗黒街のユダヤ紳士」記事は次の指摘をしています。

マイヤー・ランスキーは大きな夢を持っていた。それは、大犯罪を行っても人目につかぬようまともな体裁を装うことにより、政府のいかなる検察官も手出しができないようにした上で、北米の犯罪地下シンジケートを世界最強のビジネス・金融集団につくり変えることであった。そしてイスラエルを「買収」し、そこを自分の「合法的」組織犯罪帝国の世界本部とすることであった。

近・現代編 第11話で見たように、イスラエルの建国と領土拡大には、ジャボチンスキーの弟子であるハザールマフィアで後のイスラエル首相となるメナヘム・ベギン率いる「イルグン」と、イツハック・シャミル率いる「シュテルン(別名レヒ、スターンギャング)」などのギャング団の残忍非道な数々のテロ行為がありました。イスラエルを「自分の『合法的』組織犯罪帝国の世界本部」にしようと目論むランスキーとその「全米犯罪シンジケート」が、同じハザールマフィアのパレスチナのギャング団と連動するのはごく自然なことです。

ジャボチンスキー
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メナヘム・ベギン
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イツハック・シャミル
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そして、ランスキーの「全米犯罪シンジケート」を受け継いだのがADLであると『ユダヤの告白』では指摘しており、これも事実でしょう。イスラエル建国と領土拡大のテロ行為の裏には、ADLの存在もあったということです。


Writer

seiryuu様プロフィール

seiryuu

・兵庫県出身在住
・いちおう浄土真宗の住職
・体癖はたぶん7-2。(自分の体癖判定が最も難しかった。)
・基本、暇人。(したくないことはしない。)
・特徴、酒飲み。アルコールには強い。
・歯が32本全て生えそろっている(親不知全て)原始人並み。

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