注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。
裁判のポイント
この裁判のポイントを一言で書けば、
「私たちの社会は、福島の子どもたちを放射線被ばくから守れているのか」
それを正面から問いただしている点です。
「東電や国が原発事故を起こした責任」を問う裁判はたくさんありますが、事故後の行政の対応を問題にしている裁判は多くありません。そのうち、「“子ども”を被ばくさせない権利」を前面にかかげて闘う裁判は、恐らくこの裁判のみです。
裁判の原告として闘っているのは、親子たちです。
「3・11当時福島県内に住んでいた」もしくは「いま現在福島県内の小中学校に通っている」子どもとその親です。
裁判の論点
国や福島県、県内の市町村に裁判を通じて求めているものは2つ。
①いま現在、放射線被ばくの心配をしなくていい安全な場所で学校教育を行ってほしい。
②3・11当時、子どもたちを無用に被ばくさせた行政の責任を問いたい。
(以下略)
裁判官
— 「子ども脱被ばく裁判」を支える会・西日本 (@kodomodatuhibak) March 1, 2021
数分早口で却下却下
言ってから逃げていった pic.twitter.com/Wf2RA2dwAB
子ども脱ひばく裁判の福島地裁判決は、原告の敗訴に終わりました。裁判長は主文を読み上げただけ。細かい内容はまだ分かりません。法廷はわずか数分で閉じられました。#子ども脱ひばく裁判 pic.twitter.com/6LpBKzPB9K
— 牧内昇平(記者・ライター) (@makiuchi_shohei) March 1, 2021
裁判官が、180度間違えてる pic.twitter.com/uOaiAszgmI
— 「子ども脱被ばく裁判」を支える会・西日本 (@kodomodatuhibak) March 1, 2021
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東電や国に対して原発事故の責任を問う裁判はたくさんあり、仙台高裁や千葉高裁のように原告勝訴が出るかと思うと、東京高裁のように国の責任を否定する酷い判決も出ており、司法の世界も光と闇がせめぎ合っているようです。
そのような中にあって、この子ども脱被ばく裁判は唯一、「大人たちは福島の子どもたちを放射線被ばくから守れているか?」を問うものでした。原告は普通の親子さんです。私たちだったかもしれない方々が、これからの私たちのために戦っていました。
そして出た判決は、原告の問いを足蹴にするような無残な原告全面敗訴でした。通常、判決の言い渡しでは「主文」と、その判断に至った「理由」を読み上げますが、それを全くせずにわずか1分、遠藤東路裁判長は主文を放り出すように読み逃げだったそうです。これまでの審理を顧みることなく被ばくのリスクや行政の不作為を頭から否定する判決に涙と怒りの声が裁判所を囲みました。「ウネリウネラ」さんのブログで分かりやすく判決の解説をされ「福島の親子たちの不安や苦悩を、正面から受け止めていない判決」とまとめておられました。
子どもたちを見捨てるような判決が許されると思ってはいけない。「歴史の裁き、天の裁きが控えている」と書かれた方がありました。本当にその通りだ。