調和純正律で遊ぼう ~第10回【発展編】調和純正律で演奏する様々な方法

 竹下氏が開発した音律「調和純正律」で曲を演奏する方法を紹介してきました。
 前回までは、LMMSを用いて調和純正律で曲を演奏する方法を紹介してきました。今回からは、理屈の説明や調和純正律サウンドフォントの作成過程などを、数回前後書いてまいります。電子音楽のことに関心のある方向けですが、前提知識がなくてもそれなりに読めるような形にしていきたいと思います。
 これまでの回を読んで、なぜただ音律を変えるために、わざわざサウンドフォントという方法を選んだのか、疑問を持たれる方もいると思います。そこで、今回はこの連載の目的と調和純正律の特徴に照らした上で、様々な方法を紹介します。
(るぱぱ)
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第10回 【発展編】調和純正律で演奏する様々な方法


どこに手を加えるか


電子音楽の構造

電子音楽という枠を取り払って、調和純正律での演奏を実現するには、どんな方法が考えられるでしょうか? 具体的には、演奏において、どこにどのような手を加えればよいでしょうか。

例えばピアノの様な鍵盤楽器であれば、調律師に楽器を調律をしてもらいます。これは弦の部分に手を加えるということになります。バイオリンの様なフレットの無い弦楽器であれば、指を押さえる場所を変えるだけですが、「演奏時の指の位置」に手を加えているということになります。

ピアノの調律の様子
Author:PlayMistyForMe [CC BY-SA]


では、電子音楽の場合は、どこに、どのような手を加えればよいでしょうか。実は手を加えることができる箇所はたくさんあります。次の図をご覧ください。


これは電子音楽において、どのように音が作られるかを簡略に示した図です。(音律を変えるのに関係のない部分を省き簡略にするため、あえて誤解を招く形にしています。詳しくは本記事末尾の付記をご覧ください。)

電子音楽で音を作る過程

図に基づいて電子音楽の音が作られる過程を説明すると、次のとおりです。

 1.第8回で説明した、楽譜に相当する「a. MIDIデータ」に記されている制御信号を、奏者に相当する「b. シーケンサー」が読み込みます。
 2.「b.シーケンサー」は制御信号をもとに、楽器に相当する「c.シンセサイザー」に、音のON/OFFや、鳴らす音の高さを指示する制御信号を送ります。
 3.「c.シンセサイザー」は、「b.シーケンサー」の指示をもとに、音を合成します。
   〇 この音を合成する目的のために、シンセサイザーは、あらかじめ用意された「d. サンプル(音の素材)」を使うことがあります。第7回で登場した「サウンドフォント」はこのサンプルにあたります。
   〇 サンプルを使うシンセサイザーは「PCM音源」、使わないシンセサイザーは「FM音源」「物理モデル音源」として通常知られています。
 4.「c.シンセサイザー」が合成した音のデータをもとに、「d.スピーカー」が空気を振動させることで、人間の耳に聞こえる音が表現されます。



DAW(音楽制作ソフトウェア)との関係

現代では、「b.シーケンサー」と「c.シンセサイザー」はいずれも、パソコン上で動くソフトウェアとして提供されているのが一般的です。

電子音楽を制作するには、通常、LMMSのようなDAW(音楽制作ソフトウェアのこと、 Digital Audio Workstation の略)と呼ばれるソフトを使います。このDAWは、通常「b.シーケンサー」を内蔵しています。加えて、DAWに部品(プラグインという)として「c.シンセサイザー」を差し込むことで、様々な音を出せるようになっています。


DAWの一つ「SONAR」に
部品として「Pianoteq」というピアノのシンセサイザーが
組み合わさって動いている様子。


以上を念頭に、調和純正律で演奏を実現するための様々な方法を見ていきましょう。

方法1)シーケンサーやシンセサイザーに手を加える



最初の方法は、「b.シーケンサー」または「c.シンセサイザー」に手を加える方法です。具体的には、こうしたソフトウェアが提供している、音律を設定する機能を使用するものです。これは最も直接的で、王道といえる方法です。

DAWソフト「 Logic Pro 」の例

例えば、DAWであるApple社の Logic Pro というソフトには次のような設定箇所があります。


下に、ピアノの鍵盤に数字が振られたような入力欄があります。ここに、 C4 から B4 までの周波数値(Hz)を入力する様です。「様です」というのは、私自身がこのソフトを持っていない上、マニュアルを見ても一体何の数字なのかがよくわからないためです。辛うじて、LogicProでソルフェジオ周波数の音楽を作ろうとしているある動画から、どうも周波数値らしいということがうかがえます。ともかく、この設定欄を用いれば、独自の音律で演奏ができることが分かります。

シンセサイザー「Pianoteq」の例

一方、DAWソフトに部品として差し込まれる「シンセサイザー」に手を加える方法があります。

例えば、Pianoteqというリアルなピアノの音を奏でることで有名なシンセサイザーは、任意の音律を設定することができます。

出典: Modartt社の画像を
「微分音のメモ帳 -microtonal memo-」経由で引用


上の画像の、左の "Scale" の箇所に、Scalaというソフトで作った音律ファイルを指定すれば、その音律で音を奏でてくれます。なお、すでにこのソフト用の5000以上の音律ファイルがあるようなのですが、まだ調和純正律のファイルは載っていないようです。

メリットとデメリット

この方法のメリットは、何といっても簡便であることです。しかしそれならなぜ、この連載で採用しなかったのでしょうか。実は現状はデメリットの方が多いのです。

1)無料ではない

本連載の目的は読者の皆様に、調和純正律の演奏を楽しんでいただくことでした。そうなると、

 ①どんなプラットフォーム(Windows/Mac/Linux)でも使えて
 ②無料で
 ③ある程度の手順を説明すれば誰でも使える

という方法を採らないといけません。

残念ながら、上で紹介した Logic Pro は24,000円、 Pianoteq というシンセサイザーで音律変更が可能なグレードのものは32,400円と、必要なソフトウェアが高価です。電子音楽を仕事か趣味にしている人でなければ、簡単に買えるものではありません。


2)経脈に作用する正しい周波数が出るかどうかわからない

調和純正律の最大の特徴は、基準音高 A4 = 440Hz とこの音律から計算された各音の周波数が、経脈に作用するというところにあります。

しかし、目的の周波数ピッタリの音を出すというニーズは、そもそも音楽では異端です。ピアノの調律の知識について解説しているサイトがあるので、一部を引用します。

音楽研究所 研究テーマ「調律」の「調律師の職人的側面」より】

ピアノの音を調律するということは、ある音を弾いたときに、音律で定められた周波数で音が鳴るようにすることと同義です。とすると、「チューニングメーターを使用して、理想値にあわせれば良いのでは?」という疑問が生じるかと思います。

しかし、88鍵すべての音を理想値にすることには無理があります。たとえば、同じ弦をたたく場合でも、たたく強さによって多少、音の高さが違って 感じられますし、楽器の大きさ、材質 、弦の貼り具合などからくる倍音の変化と、弦同士の共鳴なども考慮しなければなりません。 このため、たとえ理想値に設定したとしても、楽器全体の響きとしては、イマイチ、ということになってしまうのです。

調律の目的は、各音の高さをできるだけ音律の理想値にあわせることではなく、複数の音を同時に弾いたときにうなりという形であらわれる 歪みをできるだけ分散させ、聞いたときに不快感がない状態、心地よい響きにすることです。前者の視点とは異なり、後者の視点には正解がありませんから、ここに、職人的な技が入り込む余地があるわけです。

このように、楽器の調律は、測定装置あるいは音叉などを"用いる"ことはあっても、音律の計算から導かれる周波数を出すことを目的に行うものではありません。


実のところ、シンセサイザーであっても、例えば「本来は440HzであるA4の音を、450Hzで出せ」と指示しても、それは必ずしも450Hzの音が出ることを意味しません。あくまで、"440Hz用に作られた"A4の音を、相対的に高くして出すだけです。

最終的にどのような周波数の音が出てくるかは、ソフトウェアが行う処理方法やサンプル音に委ねるしかありません。中には音律設定機能を持ちながら、バグにより、正しく周波数を計算しないシンセサイザーもあります。

このような問題があるものの、出てくる音の周波数をきちんと調べた上で用いるのであれば、簡便であるというメリットは大きいものです。周波数を調べる方法は後の回で紹介します。


方法2)サンプルに手を加える(=サウンドフォントによる音律変更)



もう一つの方法は、上図の「d.サンプル」の部分に手を加える方法です。これが本連載で用いたサウンドフォントによる方法となります。

サンプルを用いるシンセサイザーの仕組み

前述の『電子音楽で音を作る過程』において、『シンセサイザーは、あらかじめ用意された「d. サンプル(音の素材)」を使うことがあります。』と書きました。具体的には、次の図のように、シンセサイザーは、あらかじめ用意された幾つかの音の高さを変えることで、様々な高さの音を作り出します。


上の図は、D4(中央のレ)の音を鳴らせという指示を受けて、シンセサイザーが、サンプルの中からD4に最も近いC4(中央のド)の音を取り出し、この音の高さを変えて出力する様子を表しています。

通常は、上図のように、サンプルに全ての高さの音を用意するということはしません。音声データの量が膨大になってしまい、不都合が起きるからです。そのため通常は、飛び飛びにいくつかの高さの音を用意しておき、その音の高さを変えることで、データ量を節約しています。

調律済みの全ての高さの音を用意してしまう

ところで、上の図で、もしシンセサイザーが「C4の音を鳴らせ」という制御信号を受けたらどうするのでしょう。この場合は、C4の音のサンプルをそのまま出力します。音の高さを変える必要はないからです。

この性質をうまく利用することができます。調和純正律に調律された全ての高さの音を、あらかじめサンプルとして用意すれば、シンセサイザーが出す音はすべて調和純正律の音になるのです!この方法で作られたサンプルが、調和純正律サウンドフォントということになります。

調和純正律サウンドフォントには、
飛び飛びではなく、すべての高さの音が収められている


メリットとデメリット

この方法のメリットをまず紹介します。

メリット1:有料無料を問わず、多くのソフトで使える

この連載で使用したLMMSをはじめ、サウンドフォントに対応したDAWソフトやシンセサイザーは、有料・無料をとわず、非常に多く存在します。そのため、高価なソフトを購入しなくても、調和純正律による演奏を楽しむことができます。

メリット2:正確な周波数が出せる

前述のシーケンサー・シンセサイザーに手を加える方法は、正確な周波数の音が出ることが保証されない問題がありました。このサウンドフォントを用いる方法であれば、調和純正律の周波数の音を用意しておけば、それをそのままシンセサイザーが出してくれることが保証されています。


一方、デメリットもそれなりにあります。

デメリット1:サウンドフォントの作成に大変な手間がかかる

調和純正律用サウンドフォントを作る手順は、次回以降で紹介しますが、実のところ手作業では大変な手間がかかります。

おそらく非常に優れたツールを作れば、ネット上にある平均律用のサウンドフォントを調和純正律サウンドフォントに、ほぼ自動的に変換することは可能だと思います。しかし、現状はそのようなツールはありません。どなたか作っていただけないものでしょうか。

デメリット2:データ量が多く、パソコンの性能によっては演奏に支障が出ることも

前述の通り通常のサウンドフォントは「飛び飛びにいくつかの高さの音を用意し…データ量を節約」しています。調和純正律サウンドフォントはすべての音を収録するため、大変なデータ量となります。

そのためパソコンの性能次第では、いくつもの楽器を同時に演奏した場合に演奏が滞ったり、そもそも1つの楽器ですら満足に演奏できない可能性も出てきます。

デメリット3:リアルな演奏を追求するには不向き

サウンドフォントが属する「PCM音源」という手法は、あらかじめ楽器の音をサンプルとして録音することで、音を作り出します。

リアルな演奏を再現しようとするほどに、このサンプルの音が大量に必要になるという欠点があります。例として、リアルさを追求した有名なピアノサウンドフォントSalamander Grand Piano には、打鍵の強さ(ベロシティという)に応じて約480のサンプルが収録されていますが、この調和純正律サウンドフォントを作る場合、その約3倍のサンプルが必要です。

一方、このような問題を解決するため、計算によってリアルな演奏音を再現する「物理モデル音源」の開発も一部で進んでいます。現在はPCM音源の手法が電子音楽の主流ではありますが、いずれは物理モデル音源に取って代わられるのかもしれません。


以上、2つの主要な方法を紹介しました。

実のところ、他にも次のような方法が紹介しますが、マイナーかつ難解な方法であったり、あるいは有料のソフトが必要な方法となるため、紙面の都合上紹介しません。


・ 「a.MIDIデータ」の中の、一音一音の高さを「ピッチベンド」という方法で微調整する。
(参考:DTMと音律とよもやま話

・ 「e.スピーカー」へ送られる音声データを解析・修正し、音の高さを変える。
(参考:論文「平均律音楽の純正律化―ピアノソロでの試み― 」

・ その他、1オクターヴを12を超えて分割する「微分音」と呼ばれる音楽の分野があります。これを実現するための様々な方法があり、これは音律の変更にも応用できます。
(参考:微分音の鳴らし方・再生法 - 微分音のメモ帳 -microtonal memo-

次回は、調和純正律サウンドフォントの制作過程を紹介します。

◇ 付記:電子音楽の構造図について ◇

・ 本来、DAWソフトは a.MIDIデータ を扱うわけではなく、そのかわりにこれに相当する独自の内部データ表現を扱います。また、このデータを編集するインターフェイスをユーザーに提供することで、楽曲を制作する機能を実現します。
・ 本来、c.シンセサイザーとd.スピーカーの間に、「エフェクト」や「オーディオ出力インターフェイス」が入ります。このうち音声データを加工する「エフェクト」もまた、通常はDAWが提供しています。


この記事は、シャンティ・フーラによる執筆記事です。音楽の分野に詳しい方におかれましては、もし間違いや説明上改善すべき点などがありましたら、ご指摘やご意見をいただければ幸甚です。ぜひ、こちらのコメント欄にフィードバックをお寄せください。



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