テンプル騎士団逮捕嫌疑の是非 ~善悪相対的二元論見地の危険
テンプル騎士団を処刑するフィリップ4世
1307年10月13日金曜日、突如
フランス全土で行われたテンプル騎士団の逮捕、命じた主体はフランス王フィリップ4世とされ、
テンプル騎士団への嫌疑はキリスト教異端および悪魔崇拝でした。
現在において、このテンプル騎士団逮捕は、フランス王フィリップ4世によって被せられた一方的な「濡れ衣」だとの評価がほとんどの多数となっています。
莫大な財力と強大な権力を誇っていた
テンプル騎士団から借金を背負っていたフィリップ4世が、“嫉妬”と“強欲”からテンプル騎士団の財力と権力を強奪するためにありもしない「濡れ衣」を被せ、拷問によって虚偽事実を「でっち上げた」との評価です。
この文脈ならば、「濡れ衣」を被せられた側のテンプル騎士団は、一方的に“善”で悲劇の存在、逆にフィリップ4世は一方的に“悪”ということになります。
しかし、実際には、
テンプル騎士団の宗教はグノーシスであり、カバラなのであって、嫌疑の“異端”は当たっています。ただし“異端”が“悪”なのかと言えば全くそうではないでしょう。
カソリック教会の立場からすれば「異端=悪」ですが、そもそも実のところ、
原初のイエス・キリストの教えからは、カソリック教会の教義の方が“異端”なのであって、
テンプル騎士団の宗教の方がイエス・キリストの教えを引き継いだものなのです。
カソリック教会は、自分たちの絶対的権威と命脈を守るため、その脅威となる存在を「異端=悪」としていたのに過ぎないのです。普遍的な意味で「異端=悪」ではないのです。
問題は悪魔崇拝の方です。こちらの方は異端とは質が全く異なり、
明らかな悪です。そしてテンプル騎士団員で明らかに悪魔崇拝であったであろうコロンブスを見れば分かるように、
テンプル騎士団が相当程度、悪魔崇拝に染まっていたのも間違いない事実でしょう。
フリーメーソンの儀式でのバフォメット
つまり、テンプル騎士団への嫌疑は「濡れ衣」でも何でもない事実なのであって、テンプル騎士団は一方的に“善”で、フィリップ4世が一方的に“悪”との文脈は事実と反しているのです。
それでは逆にフィリップ4世が“善”で“白”だったか?というと、これは全く別になります。事実検証なしでの判断はできないのです。
この世界は、片一方が悪ならばもう一方は善であるとの見方でほとんど事柄が判断されています。しかし、このような悪対善などの単純で相対的二元論では、この世界は成り立ってはいないのです。この世界に跋扈しています
二元論的な見方は現実を見誤らせまるのです。
留意すべきは、事実と反するにも関わらず、
テンプル騎士団が“善”且つ悲劇のヒーロー的物語の文脈で評価される点です。
これは、テンプル騎士団の末裔たちが“神話”を創設して世界に広められる地位に現在まであり続けてきたことを意味するでしょう。支配される側ではこうはいきません。
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しれっと出世してたり、臆面もなく汚れた面を公衆の面前にさらしている。
堂々としていれば、罪が消せるとでも思ってるのだろうか。
見ている国民を、甘利にもバカにした話ではないだろうか。