産経新聞は5月21日付けの紙面で広島大学で教鞭を執る「韓国籍の男性准教授」を攻撃する記事を掲載したが、
この准教授を広島大学は擁護していないようだ。
「演劇と映画」と題された講義で「慰安婦」の問題を取り上げ、韓国映画「終わらない戦争」と題されたドキュメンタリー映画を上映したという。
准教授をダイレクトに攻撃せず、『慰安婦募集の強制性があたかも「真実」として伝えられたことに疑問を呈し、「何の説明もなしに、あの映画を流すのは乱暴だ」と指摘する』男子学生を登場させている。
第2次世界大戦の前からアメリカの巨大資本はメディア支配に熱心で、1980年代には制圧に成功した。次いで熱心なのが大学の支配。
ネオコンの強い影響下にある日本もそうした動きを追いかけている。
『
日本軍は前線に淫売婦を必ず連れて行った。朝鮮の女は身体が強いと言って、
朝鮮の淫売婦が多かった。ほとんどだまして連れ出したようである。日本の女もだまして南方へ連れて行った。酒保の事務員だとだまして、船に乗せ、現地へ行くと「慰安所」の女になれと脅迫する。おどろいて自殺した者もあったと聞く。自殺できない者は泣く泣く淫売婦になったのである。
戦争の名の下にかかる残虐が行われていた。』(高見順著『敗戦日記』)
『あえて言いますが、
ほとんどの男は、とても自分の家族、自分の女房や子供たちに話せないようなことを、戦場でやっているんですよ。中国戦線では兵士に女性を●姦することも許し、南京では虐殺もした。そのにがい経験に懲りて、日本軍は太平洋戦争が始まると、そうしたことはやるな、と逆に戒めた。』(
むのたけじ著『戦争絶滅へ、人間復活へ』岩波新書、2008年)
『
そこで、出てきたのが「慰安婦」というものです。その主体は朝鮮から来た女性たちでした。日本の女性も来ましたが、これは将校専用です。』(前掲書)
『女性たちにここへ来た事情を聞くと、だまされた、おどされた、拉致された、というように、それは人によってさまざまだった。』(前掲書)
『何人もの女性たちを船に乗せてインドネシアまで連れてくるためには、軍の了解が絶対に必要です。・・・やはり、
慰安婦は軍部が一つの作戦としてやったことで、まったく軍の責任だった。」(前掲書)
1945年に20歳だった人は1975年でも50歳代。その頃の日本はまだ戦場の記憶が鮮明で、荒唐無稽な話はできない。戦争中に残虐な行為をしなかった日本兵もいたわけで、そうした人びとの目を意識せざるをえない。せいぜい「南京大虐殺のまぼろし」、つまり
「南京大虐殺」の話には疑問な箇所があるとしか言えなかった。「南京事件は捏造」ということが口にできるようになるのは、社会の記憶が薄らいでからだ。
ちなみに、「南京虐殺」の責任者は上海派遣軍の司令官として南京攻略戦に参加していた
昭和天皇の叔父にあたる朝香宮鳩彦であり、中支那方面軍司令官兼上海派遣軍司令官だった松井石根ではないと考えられている。松井は師団長クラスの退廃ぶりを嘆いていたとも言われている。
負けたとも降服したとも言わない
天皇の「玉音放送(終戦勅語)」があってから3日後、日本が降伏文書に署名する半月前に
日本の内務省は「外国駐屯慰安施設等整備要項」という指令を各都道府県へ出し、予算も捻出されて8月26日には警視庁の音頭とりで
特殊慰安施設協会(RAA)が設立され、皇居前で結成式が行われたとされている。
最初の慰安施設が大森でオープンしたのはその2日後だったという。
つまり、日本の支配層は日本人であろうと外国人であろうと、庶民の女性をその程度の存在だと考えていた。おそらく、今でも変化はない。1980年代以降、ひどくなっているような気がする。
しかし、本人や家族が「合意」してのことだとしても、「慰安婦」的なものが許されるわけではない。
1923年に関東大震災が起こり、その復興資金を調達する際に
頼ったJPモルガンはその後、
日本に大きな影響力を持つようになり、
現在の表現を使うならば、新自由主義化を求めてきた。
その結果、日本から金が流出して不況は深刻化、東北地方では娘の身売りが増え、欠食児童、争議などが問題になった。
支配層は裕福になるが、庶民は貧困化が進んだわけだ。そうした
庶民を苦しめる政策を推進するグループを排除しようとして引き起こされたのが1932年の血盟団による井上準之助や団琢磨の暗殺、
五・一五事件、そして1936年の
二・二六事件だ。
庶民を苦しめているグループを排除すれば天皇による「善政」で日本は良くなると彼らは考えたのだろうが、これは大きな間違いだった。天皇も仲間だったのである。そして決起した将校は切り捨てられて「悪役」にされた。この将校たちから見れば、拉致や奸計は勿論、貧困で身売りせざるを得ないような状況を作ること自体が犯罪的なのである。
(注)●は楽天の検閲
時間の無い方は、この映画の白眉と言える“41分からの数分間”だけでもご覧ください。大変面白い映画で、あまりにも本質を突いているので、こういう映画が賞をもらうことは無いのだと思います。