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トルコ南部の大地震は明らかに人工地震 〜 アメリカ大使館がテロの危険性を警告し、“オランダ、ドイツ、フランス、スウェーデン、スイス、イギリスの6カ国の領事館が一斉に閉鎖された”タイミングで発生した大地震

竹下雅敏氏からの情報です。
 先の記事で、2月6日の早朝に起きたトルコの大地震を予測していた研究者がいたわけですが、カバールは天体の配置を元に破壊活動を行うことが知られているので、今回の大地震も人工地震ではないかという疑念がぬぐえません。
 2022年11月15日の記事で、トルコの最大都市イスタンブールの繁華街でのテロ事件に対して、トルコのスレイマン・ソイル内相が、「この事件(テロ)がどのように調整されたかを知っている。どこが調整したのかも知っている。これは我々への明確なメッセージだ、もう一度強調するが、我々はアメリカからの弔意を受け入れない、拒否する」と発言したことをお伝えしました。
 スレイマン・ソイル内相は、アメリカ外交団が何十年にもわたって反トルコ政策を追求してきたと信じており、駐トルコのアメリカ大使ジェフ・フレークに対し「私ははっきりとあなたに言います。トルコから汚い手を離してください!」と罵倒しています。
 トルコはスウェーデンのNATO加盟を拒否しており、スプートニクの1月25日の記事によれば、“トルコ中道右派政党「祖国党」のエテム・サンチャク副議長は、トルコのNATO脱退は「必要」であるとし、今後5-6ヶ月のうちにそれが実現するだろうと述べた”とのことです。
 アメリカ大使館がテロの危険性を警告し、“オランダ、ドイツ、フランス、スウェーデン、スイス、イギリスの6カ国の領事館が一斉に閉鎖された”というタイミングで大地震が起きているのです。
 「地震により、トルコ南部のカフラマンマラシュ市近くのガスパイプラインが爆発」というニュースに対し、酒本正夫氏は、“アメリカはやりたい放題だな。これでロシアからのガスも供給されない”とツイートしています。
 最後の記事は2017年のものですが、驚いたことに2017年2月6日にトルコ西岸でマグニチュード5.2の地震が発生翌日7日には、トルコ海岸でマグニチュード5.3の地震が発生していたのです。
 この地震に対して、トルコの首都アンカラのメリヒ・ギョクチェク市長は、“国外の勢力が高度な技術を使って人工的に地震を引き起こそうと試み、トルコ経済に損害を与えようとした可能性があると警告した”ということです。
 私の直観では、今回のトルコの大地震は明らかに人工地震です。しかし、今のところ明白な証拠となる事実は出てきていません。
(竹下雅敏)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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トルコ、米国大使を色彩革命の準備で非難
引用元)
(前略)
トルコのスレイマン・ソユ内相は、エルドアン大統領の長年の同盟者でもあり、米国の外交団が数十年にわたって反トルコ政策を追求してきたと信じている。
「アメリカの大使は皆、“どうすればトルコを傷つけられるか”と考えている。これは、長年にわたるトルコの最大の不幸の1つである。他の大使を集めて、アドバイスしようとするのです」と、大臣は憤慨した。
(中略)
「あなたが何をしてきたか、どんな手を打ってきたか、どのようにトルコを煽りたいか、はっきりとわかっています。汚れた手と、にやけたマスクの顔をトルコから遠ざけろ」と、RIAノーボスチがトルコ内相の発言を引用している。
(中略)
オランダ、ドイツ、フランス、スウェーデン、スイス、イギリスの6カ国の領事館が一斉に閉鎖されたのである。閉鎖のきっかけは、アメリカ大使館がテロの危険性を警告したことだった。しかし、アメリカ人自身は、なぜか閉まらなかった。
欧州各国でコーランが公開焼却された後、テロの可能性が高まったと大使館は見ている。
(中略)
最近、半官半民の雑誌「フォーリン・ポリシー」(ワシントン)が、こんな予測記事を出した。

もしエルドアンがトルコの選挙に勝てば、トルコは「血の池」になるだろう。この出版は、アメリカ大使館がテロを「発表」する1週間前に出たものである。

これらはすべて、アンカラがスウェーデンのNATO加盟を拒否していることを背景に起きていることである。
(以下略)
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配信元)


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トルコ南部ガジアンテプ県付近で2月6日、マグニチュード7.8の地震が発生 〜 東アナトリア断層に沿って、長さがおよそ250キロに及ぶ大規模な岩盤の破壊が起きたのではないか?

竹下雅敏氏からの情報です。
 トルコ南部ガジアンテプ県付近で2月6日午前4時17分(日本時間10時17分)ごろ、マグニチュード7.8の地震が発生しました。震源の深さは17.9キロでした。この壊滅的な地震の後、マグニチュード7.5(震源の深さが10km)の余震を含め、少なくとも 120 回の余震が発生、1,000 棟以上の高層ビルが破壊されたということです。 
 東アナトリア断層に沿って、長さがおよそ250キロに及ぶ大規模な岩盤の破壊が起きたのではないかと見られています。
 驚いたことに、“オランダの研究者フランク・フーガービーツ氏が、トルコで発生した地震を3日前に予知していた”ことが分かりました。
 “続きはこちらから”をご覧になると、フランク・フーガービーツ氏は天体の配置から地震を予測しているようなのですが、どのような理論に基づいているのかは分かりません。しかし、2月3日午後9時3分のツイート「遅かれ早かれ、この地域(トルコ中南部、ヨルダン、シリア、レバノン)で M7.5 の #地震 が発生するでしょう。」は的中しました。
 フランク・フーガービーツ氏は動画の2分15秒の所で、“地球の約 4/5 が太陽、木星、金星と整列し、別の日に太陽が水星と天王星と同じ線上にあると言っています。 6日に両方のシナリオが発生し、月の引力とともに影響を及ぼし、地球に地震、つまり地震活動を引き起こす(@nneehhaa115577)”と言っているようです。
 これに対し、「壊れた時計でさえ、1日に2回は本当の時刻を示す。この研究は、あまり期待できそうにありません。(@zztalkerTube)」というコメントもありました。
(竹下雅敏)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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7.8、7.5、6.0、さらに 120 回の地震が 1 日でトルコとシリアを襲った!
配信元)
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トルコの地震を3日前に予測したオランダの専門家
引用元)
オランダの研究者フランク・フーガービーツ氏が、トルコで発生した地震を3日前に予知していたことがわかった。


オランダの研究者が、トルコの地震を3日前に予言していた。太陽系幾何学調査(SSGEOS)のFrankHoogerbeetsというオランダの研究者は、3日前にTwitterでトルコを「遅かれ早かれ」巨大地震が揺らすという警告を発した。彼の予言は月曜日、トルコとシリアを襲ったマグニチュード7.8の地震で的中し、その地域の1,300人以上が死亡する事態となった。
(中略)
「遅かれ早かれ、この地域(トルコ中南部、ヨルダン、シリア、レバノン)でM7.5程度の地震が発生するだろう。#deprem,」
フランクは1月3日、ツイッターにそう書き込んだ。
(中略)
(以下略)

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ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 外伝80 ― 東西対立米ソ冷戦の終焉

 第2次世界大戦後の地上世界を型どってきたのが、東西対立米ソ冷戦体制でした。この冷戦体制は1980年代をもって終了していきます。
(ブッシュSr. は1989年12月)地中海におけるマルタ会談で、ソ連のゴルバチョフ書記長と会談し、冷戦の終結を宣言した。これを標語的に「ヤルタからマルタへ("From Yalta to Malta")」という。
(ウィキペディア「ジョージ・H・W・ブッシュ」より)
とある通りです。
 東側諸国の共産主義体制が崩壊し米ソ冷戦が終了していく際に、西側のメディアは「平和な世界が到来」と吹聴しました。しかしその平和とは、普通の世界民衆の持っているイメージ、つまり私達一人ひとりが豊かで安心して暮らせることのできる平和な世界とは全く異なっていたのです。彼らの指す平和とは「新世界秩序」つまり「NWOによる平和」を意味していたのです。
 実際にウィキペディアの「新世界秩序」記事の冒頭には「新世界秩序(しんせかいちつじょ、英: New World Order、略称:NWO)とは、国際政治学の用語としては、ポスト冷戦体制の国際秩序を指す。」として次のようにも記載しています。
イギリス首相ウィンストン・チャーチルが、破滅的な第三次世界大戦を避けるには国民主権国家を廃絶し世界政府の管理による恒久的な平和体制の実現が不可欠であるとして、この言葉を使った。
そして次のように記してます。
この用語が一般にも広く知られるようになったのは、1990年9月11日に時のアメリカ大統領ジョージ・H・W・ブッシュが湾岸戦争前に連邦議会で行った『新世界秩序へ向けて(Toward a New World Order)』というスピーチであった。
 冷戦体制の終了から「新世界秩序(NWO)」へ、これが彼らパワー・エリートの計画だったのです。NWO実現への手始めの生贄となったのがサダム・フセインのイラクということだったのです。
(seiryuu)
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ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 外伝80 ― 東西対立米ソ冷戦の終焉

ペレストロイカの中の原発事故


ミハイル・ゴルバチョフ

日本では「123便事変」「プラザ合意」があった1985年、ソ連はミハイル・ゴルバチョフが書記長に就任し、ペレストロイカが始まりました。ペレストロイカとは「再構築(再革命)」「建て直し」の意味で、グラスノスチ(情報公開)とともに行われたソ連の政治を民主的な方向に進める政治体制改革です。

1987年1月27日、ゴルバチョフはソ連共産党中央委員会の全体会議で、ブレジネフの任期を「停滞の時代」と呼び、「グラスノスチの時代」とペレストロイカというソ連の新時代の幕開けを宣言した。
その4年後、ソビエト連邦は消滅した。

これは西側メディアにも非常に好意的に報じられていました。当時の何も知らない私は、このニュース報道で米ソ冷戦が緩み、平和の方向に進んでいると思ったものでした。実際ゴルバチョフは、世界の政治家の中でもかなりまともな人物だったはずで、本当にソ連の政治体制を良いものにしようとしていたとは思います。

ただ…そのような中の翌年の1986年4月26日に、チェルノブイリ原発事故が発生してしまいました。それまでの原発事故で史上最悪のレベル7の深刻事故です。

Author:D5481026 [CC BY-SA]

当時私はソ連が原発事故を起こしたことに対して憤慨していたことを思い出します。
「古臭い技術しか有しない国家が無理して原発など稼働し、とうとう世界中に迷惑をかける最悪事故を起こしてしまった。」
「ソ連はその最悪事故をすぐには発表せず隠そうとした。バレてから発表する、やはり隠蔽国家だ。最悪の国家だ。」
「最悪国家は当初は事故がバレルまで住民を保護しなかったし、保護の仕方も…」
といった具合でした。

しかし、2011年3月11日つまり福島原発事故以来、ソ連が日本より遥かにマシな国家だったことを思い知らされました。どのような面をとってもです。事故対応と後始末、事故内容の報告、住民の保護など、どれをとってもソ連は当時の力の許す限りの誠実な対応をしたのでしょうし、福島原発事故の日本はソ連に比べてもあまりに不誠実でお粗末でした。隠蔽と嘘しか能力のないお粗末国家は日本の方でした。悲しい現実です。しかしソ連の原発事故対応も、褒められるようなものではなかったのも確かだったでしょう。

とどのつまり、現在の人類の状態では核・原発技術に手を出してはいけないということになるでしょう。「トイレのない住居」つまり核廃棄物の後始末さえできないのが現実なのですから。


それに現在の人類では、素晴らしいテクノロジーを手に入れてもそれを活かすことができるのかは甚だ疑問です。過去の例を見ていけば、人類は高い技術を獲得すれば戦争での殺人技術といった他者を支配する道具などに、自分の野心を満足させるツールにしてしまうことがあまりにも目立つのです。素晴らしいテクノロジーを手に入れても、現状では自分と他者そして世界を豊かに、幸福にしていける方向に使用できるかは甚だ疑問なのです。逆に用いてしまう可能性の方がずっと高いな、と。

ともあれ、チェルノブイリ原発事故はソ連国家を揺るがし、ソ連国家のより一層の弱体化を招いたのは間違いのないところでした。



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ぴょんぴょんの「カタールを語る」 ~LNG埋蔵量世界第3位のカタールをめぐって

多くの人命を犠牲にして人権問題の批判を浴びながらも、
中東初のワールドカップを成功させたカタール。
中国から中東初のパンダを呼び込み、
史上初の最長期間で、中国とLNG供給の契約をしたカタール。
中東最大のアメリカ軍基地を擁し、
アメリカから「非NATO主要同盟国」に指定されたカタール。
日本人が知らないカタールW杯の闇【長編】」を参考に、カタールについて調べてみました。
ついでに、岸田政権のヤラカシも見っけ!
(ぴょんぴょん)
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ぴょんぴょんの「カタールを語る」 ~LNG埋蔵量世界第3位のカタールをめぐって

アラビア半島の端っこにあるカタールという国


あ〜あ、ワールドカップも終わっちゃったあ〜。


べつに、サッカーに興味ねえ。

どれもこれも中身の濃い試合で、見逃すわけにいかなくて困ったよ。
特に、ドイツ戦、スペイン戦の勝利は、歴史的だった!

ニュースで見たけど、興味ねえ。

だって、あの「ドーハの悲劇」のドーハで大勝利なんだから!

「ドーハの悲劇」? なにが悲劇だったん?

知らないの?!
忘れもしない1994年開催のワールドカップ、アジア最終予選のイラク戦。
試合終了間際まで2-1でリードしていた日本は、初のワールドカップ出場に王手をかけていた。
だのに、ロスタイム残り数秒で同点ゴールを入れられて〜〜〜予選敗退。


「悲劇」ねえ・・・。

なのに、今回はワールドカップ本戦の大舞台で、ドイツとスペインに勝った。

そら、おめでとさんなこった。
で、おめえ、カタールの噂は知ってんだろな。
ワールドカップ開催前から、賛否両論の嵐だったんだぞ。


知ってるよお。
カタールは、おカネで開催権を買ったってね。

でも、そんなの、オリンピックだって同じでしょ?
今や、世界中でやってることなんだから。

おめえの正義はどこ行った?
じゃ、カタールがどこにあるか言ってみろ。

はいはい、ここですよ。


ここ、色のついたとこ。
アラビア半島の端っこにある。

外務省より


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ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 外伝79 ― 悪魔のいけにえとなったサダム・フセイン

 病状を深刻悪化させる、つまり毒であるにも関わらず、新型コロナの治療薬と認可されたのがレムデシベルです。これはタミフルとともにモンサント社の子会社だったギリアド社の製品です。ギリアド社のCEOはブッシュ Jr. の国防長官ドナルド・ラムズフェルドでした。ラムズフェルドはそれまでFDA(アメリカ食品医薬品局)が認可しなかった人工甘味料、毒物のアスパルテーム、これをを食品添加物として認可させた人物です。無論現在では、アスパルテームは日本でも広く多方面に使用されています。毒物のゴミを薬だとか食品添加物だとして売りつけ、暴利を得る手法が取られているのです。ラムズフェルドはネオコンのレジェンドと評される人物であり、日本がこの連中の食い物にされてきたのは明らかです。彼らのやり口は『タルムード』そのものです。
🔯 犬は異邦人より勝れたるものなり。
🔯 ユダヤ人はゴイから奪ってよい。
ユダヤ人はゴイから金を騙しとってよい。
🔯 總べてゴイは月經時の子にして、根絶さるべきものなり。
と言った具合にです。ネオコンは悪魔そのものと表現すべきでしょう。
 このネオコンとナチスが米国を乗っ取っていったのが1980年代といえるでしょう。ナチス第3代目総統であったブッシュSr. は1963年のJ・F・K暗殺後、1976年にはCIA長官、1981年にはレーガン政権で副大統領に、そして1989年についには米国大統領まで上り詰めているのです。このブッシュSr. そしてブッシュJr. と非常に密接に動いていたのがラムズフェルドであり、ディック・チェイニーでした。1980年代は中東ではイラン・イラク戦争が行われていました。彼らはこの当時米国を乗っ取っていくと同時に、サダム・フセインのイラクを散々と食いちぎっていくのでした。
(seiryuu)
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ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 外伝79 ― 悪魔のいけにえとなったサダム・フセイン

イラン・イラク戦争の黒幕


イラン-イスラム革命の余波で、1979年末にソ連がアフガニスタンに軍事介入の一方、その翌年の1980年にはイラクがイランに軍事侵攻し、イラン・イラク戦争が始まりました。

🇮🇷🇮🇶イラン・イラク戦争で、イラク軍の攻撃を受けて炎上する石油精製所を見守るイラン兵。1980年9月27日。📷

イラクも世界有数の産油国であり、第1次オイルショック以降は潤沢なオイルマネーが入り込んでいました。イラクのサダム・フセインはその潤沢な資金によって軍備を拡張させており、イラン-イスラム革命にて軍部に混乱が生じているイランに、ここが好機とばかりに軍事侵攻してイラン・イラク戦争が始まったのです。

世界中の国家が隣国との間に紛争の種を抱えています。イラクとイランの間も同様であり、特に中東の国々の隣国との紛争の種は深刻なものでした。国境が意図的人為的に作られたものだからです。

中東の国家群は、第1次世界大戦後にオスマン帝国が解体されて作られていきました。その主導者としてオスマン帝国を破壊していったのは、国家としてはイギリスです。このイギリスにフランスが協力して、オスマン帝国打倒後のアラブ分割について秘密協定(サイクス・ピコ協定)を結んだのです。

サイクス・ピコ協定におけるイギリスとフランスの勢力範囲
 フランス統治領・ フランス勢力圏:レバノン、シリアが独立
 イギリス統治領・ イギリス勢力圏:イラク、クウェートなどが独立
 国際管理地域
Author:Rafy [CC BY-SA]
Wikimedia_Commons [Public Domain]

このあたり、独立を目指してオスマン打倒に協力したアラブを英国が裏切った様子などは、特別編(アラビアのロレンス)で見ています。そうやってオスマン帝国の領地を線引きしていって、イエメン、サウジアラビア、イラク、シリア、ヨルダン、アラブ首長国連邦といった中東国家が成立していきました。

意図的・人為的に引かれた国境線は部族を分断します。「分断して統治せよ。」です。宗教や民族、習俗といった違いを煽って被支配者どうしで対立させるやり口です。

1980年から始まり、1988年にようやく終結したイラン・イラク戦争も全体としてはその文脈上に勃発した戦争です。支配者たちはこの長々ダラダラと続いたイラン・イラク戦争も散々利用しています。

外伝63で見てきたことですが、イラン・イラク戦争にてイラン・イラクの両国に大量の兵器を売却していたのが共産中国でした。その共産中国の兵器ビジネスのバックにあったのがショール・アイゼンベルグでした。

ショール・アイゼンベルグ

アイゼンベルグは、本業が兵器ビジネスの「死の商人」であり、「企業乗っ取り屋」であり、全米犯罪シンジゲートの継承者であり、イスラエルの帝王の座にあった人物ともいえました。全米犯罪シンジゲートは、イスラエルを世界犯罪王国の首都にしようとしていたのです。そして、アイゼンベルグに全ての企業を牛耳られているイスラエル自体が、イラクの侵攻によって窮地に陥ったイランに対して、大量の兵器販売を行っていました。


イラン・イラク戦争において、共産中国とイスラエルを通じての大量の兵器販売で、アイゼンベルグが莫大な収益を手にしたのは間違いがないでしょう。「死の商人」にとっては戦争が勃発し、その戦争が長引くことが「飯の種」なのです。1980年から1988年までダラダラと続いたイラン・イラク戦争は、アイゼンベルグなど「死の商人」にとっては「願ったりかなったり」です。彼らが戦争の決着がつかないように操作していたのだろうな、とは容易に推測できます。


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