ぴょんぴょんの「『世界史の原理』より(2)」 ~シベリア抑留者60万人はソ連が一方的に拉致したのではなく、大本営の承認のもと、ソ連側に「引き渡された」

 以前の記事で取り上げた、「日本人が知らない!世界史の原理」の続きです。「第5章〈現代〉アメリカの世紀と共産党の野望」を元に、瀬島龍三氏とフランクリン・デラノ・ルーズヴェルト大統領の二人に焦点を当てました。二人の共通点は共産主義者でソ連と親密であったこと、日米戦争で日本の不利になる働きをしたことです。
 著者の茂木先生と宇山先生によると、日本を共産化するために日本・アメリカ・ソ連の共産主義者らが手を組んだのが、日米戦争だったということです。
(参考:渡辺惣樹著「誰が第二次世界大戦を起こしたのか? フーバー大統領『裏切られた自由』を読み解く」、茂木誠著「増補版『戦争と平和』の世界史」)
(ぴょんぴょん)
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ぴょんぴょんの「『世界史の原理』より(2)」 ~シベリア抑留者60万人はソ連が一方的に拉致したのではなく、大本営の承認のもと、ソ連側に「引き渡された」

ソ連が満州に侵攻してきた大義名分


エ〜ン、エンエン。

おい、どーした?

プーチンさんの日本へのメッセージ、読んで泣いちゃったよ。「日本は我々の当然のパートナーです。我々は隣同士ですからね。…ロシアは日本が好きなのです。日本の文化が大好きで、日本料理も大好きです。我々は何も破壊していません。自身の為の結論を見出してください。」(時事ブログ

Author:President of Russia[CC BY]

う、う、目がウルウルしてきた。

未だに、ロシアを悪者扱いして、プーチンさんを悪魔のように思ってる人たちに教えてあげたい。

だが、ソ連が終戦直前の満州に侵攻してきたことを、日本人は今だに根に持ってるからなあ。おれの母ちゃんなんか「ソ連コワい教」の熱心な信者で、ちっちゃい頃から洗脳してくれたよ。「日本との約束を破ったソ連軍が満州に攻め込んで、たくさんの人がシベリアに連れて行かれて死んだのよ」ってな。それを信じて、ロシアはソ連と同じでコワい、KGB出身のプーチンは「悪魔」だと信じて疑わなかった。

洗脳が解けない日本人の多いこと、多いこと。学校もマスコミも、ホントのことを教えてくれないからねえ。

アメリカに都合のいいことしか教えねえからな。真実を知るには、「世界史の原理」みたいな本を買って読むしか道はなし。

たしかにソ連軍が、満州で虐殺やレイプをやったのは事実と思うけど、戦争だから、どの国も同じようなことをしてたしね。

それに、ソ連には「ヤルタ会談の密約」という大義名分があった。1945年2月のヤルタ会談で、ソ連のスターリンは、対日参戦の時期を打診し、参戦の見返りを要求した。それに対して、アメリカのフランクリン・デラノ・ルーズヴェルト(FDR)とイギリスのチャーチルが合意したことで、「密約」が成立した。

(前列左から)チャーチル首相、ルーズベルト大統領、スターリン書記長
Wikimedia_Commons[Public Domain]


なんで、公にせず、密約にしたのかな?

理由の一つは、1941年4月に調印された「日ソ中立条約」。これには、5年間の中立が定められていた。つまりソ連は、法律上、1946年4月まで日本と戦争することはできなかった。(誰が第二次世界大戦を起こしたのか199p)

ソ連が満州に侵攻したのは1945年8月。と言うことは、ソ連が日本との約束を破ったのはまちがいないのか。で、ソ連参戦の見返りは何だったの?

日露戦争で日本に奪われた南樺太、旅順、大連の利権、満州における鉄道利権の返還と、全千島列島のソ連への引き渡し。(戦争と平和の世界史389p)」

北方領土問題はここから始まったんだ。密約通りに実行したソ連と、密約を知らなかった日本が今もいがみ合っているのは、英米の作戦通りだね。


大本営はソ連が満州に侵攻するのを知っていた


ああ、ロシアと日本が仲良くなっちゃ困るからな。だが、「密約を知らなかった日本」というのは違う。茂木先生「あのシベリア抑留問題っていうのは何か僕らはね、突然攻め込まれて、だまし討ち受けて逃げ遅れて捕まっちゃったというふうに教わってます。違うんですよ。日本陸軍のトップがもうソ連とツーカーになっていた話があったんですよ。そういうふうな資料いっぱいありますよ。」(akm48

大本営は、ソ連が満州に侵攻するのを知ってたんだよね。

そうだ、「東京の参謀本部にこの極秘情報を打電した情報将校がいたのです。あのストックホルム駐在武官、小野寺信(まこと)です。(戦争と平和の世界史390p)」

小野寺信
Author:Unknown[CC BY-SA]

思い出した! おのでらまこと!

ロシア語ペラペラの小野寺は、駐スウェーデン大使館に配属されていた。彼は、ミハール・リビコフスキーというポーランド軍将校から、ソ連の情報を入手し、代わりにドイツの情報を渡していた。

陸軍にも優秀なスパイがいたんだね。

小野寺は、随所で大本営に適切な情報を送っていた。たとえば、日米開戦の直前にソ連に侵攻したドイツ軍が、苦戦していることを知らせたのも小野寺。この情報に従っていたら、日本軍はアメリカと戦争せず、満州の守りを固くしたかもしれない。

日本が満州から攻めれば、日独伊三国同盟のドイツを助けることができて、ドイツと日本でソ連を挟み撃ちできたはず。

そうなるのを一番恐れていたのがソ連だ。茂木「日本とドイツに東西から挟撃されることを恐れたスターリンは、ゾルゲ機関を通じて日本政府の動向を探り、日本を対ソ戦ではなく対中戦、対米戦へと誘導したのです。(世界史の原理354p) 」

そういうことだったのか。

だから、「日本が真珠湾を攻撃する」情報が、アメリカから流れてくるやいなや、ソ連は満州国境のソ連軍を引き上げて、ドイツ軍に立ち向かわせることができた。


日本人嫌いで共産主義者だったルーズヴェルト


真珠湾攻撃はアメリカからバレていた? でも、アメリカとソ連て、そんなに仲良しだった? アメリカは共産主義に反対してたんじゃなかった?

当時の大統領は、ルーズヴェルトだったからな。

ルーズヴェルト?

ルーズヴェルトと言っても、親日家のセオドア・ルーズヴェルトじゃなくて、フランクリン・デラノ・ルーズヴェルト、略してFDR。前大統領のフーバーによると、FDRは「狂人」だ。(世界史の原理312p)

フランクリン・デラノ・ルーズヴェルト
Author:Leon Perskie[CC BY]

狂人!

FDRの日本人ぎらいは度を越していて、こんなことを言ったそうだ。「インド人やアジア人種を白人と交配させれば、彼らの文明は進歩するが、日本人は白人と交配しても文明は進歩しない」「日本人の頭蓋骨は白人のものより約2000年、発達が遅れている」。(世界史の原理313p)

偏見がひどすぎる!

こうなった原因は、FDRの母親にあったと思われる。フランクリン・デラノ・ルーズヴェルトのミドルネーム「デラノ」は母方の姓で、「デラノ家はアヘン戦争の少し前に広州に渡り、トルコ産アヘンの密輸と苦力(クーリー:中国人労働者)の輸出で利益を得ていたラッセル商会の取締役でした。(増補版「戦争と平和」の世界史 330p)」

アヘン売買のラッセル商会?

ラッセル商会取締役のウォーレン・デラノJr.の娘サラが、オランダ系ユダヤ人のルーズヴェルト家に嫁いで生まれたのがFDR。

ルーズヴェルトはユダヤ人で、アヘン商人の子孫だったのか。

ラッセル商会は中国のアヘン市場で、ライバルの日本を敵視したから、FDRにも反日教育をしたんじゃないか? そのFDRが1933年、大統領に就任して最初にやったことがソ連の国家承認だった。

不自然だね、アメリカは反共産主義だったはず。

そのとおり。「1917年にソビエトが成立してからFDRが政権につくまで、4人の大統領(中略)...と6人の国務長官がいた。誰一人としてソビエトを国家承認しようとしなかった。(誰が第二次世界大戦を起こしたのか46〜47p)」

なのに、ルーズヴェルトは大統領になると、まっ先にソ連を国家として承認した?

その理由は、教科書的には「市場の拡大と日本・ドイツへの牽制の意味から(世界史の窓)」となっているが、茂木先生は「ソ連を国家承認したのもルーズヴェルトでした。ヤルタ会談でソ連の対日参戦を許したのもルーズヴェルトでした。彼の一貫した容共政策の根底には、『ソ連への憧れ』があったと私は見ています。(世界史の原理317p)」

ひええ〜! てことは、ルーズヴェルトは共産主義者だった?

それは明らかだ。ルーズヴェルトのやったニューディール政策も、「スターリンの5カ年計画」がモデルだった。また、アメリカ国家安全保障局(NSA)が1995年に公開した、ソ連暗号の解読記録「ヴェノナ文書」によれば、ルーズヴェルトは共産主義の共謀者で、政権中枢部にいたスパイや協力者がソ連・コミンテルンと通謀し、日本敵視政策を主導し、アメリカの反日世論を煽っていたと言う。(世界史の原理〜313p)

う〜ん、ルーズヴェルトは何がしたかったんだろう?


ソ連有利に働いた共産主義者 瀬島龍三


「日本を共産主義国にしたかった」というのが、茂木・宇山両氏の見解だ。実は日本にもルーズヴェルトのように、ソ連有利に働いた共産主義者がいた。小野寺氏の情報を握りつぶした瀬島龍三前にここで話したことがある。

瀬島龍三
Wikimedia_Commons[Public Domain]

覚えてるよ! あんなキャラ、忘れろったって忘れられないからね。

瀬島龍三について、茂木先生は「工作員としても財界人としても、きわめて有能な人物でした(増補版「戦争と平和」の世界史407p)」と書いている。

イヤミ、イヤミ!

いやいや、ホントに優秀だったのよ。「瀬島は陸大51期を主席で卒業し、大本営作戦課に配属されました。大東亜戦争の作戦参謀として、マレー作戦、ガダルカナル撤収作戦、インパール作戦、台湾沖航空戦、本土決戦、対ソ防衛戦の立案に関わったのが、この瀬島です。(増補版「戦争と平和」の世界史396p)」

どれもこれも、人がいっぱい死んだ作戦ばっか。ぼくの記憶によれば、ルーズヴェルトが、日米開戦の直前に天皇にあてた親電を、天皇に渡すのを遅らせたのもこの人だった。

それだけじゃない、1944年10月の台湾沖航空戦の大本営発表は、「アメリカの空母11隻撃沈、戦艦2隻撃沈、巡洋艦3隻撃沈」だったが、実際は「空母2隻、巡洋艦2隻に軽い損害を与えただけ」。その戦果が水増しだと訴えた電報も、瀬島は握りつぶした。そして、この偽情報をもとに立案したレイテ海戦によって、日本の連合艦隊は壊滅し、フィリピンに取り残された日本兵を餓死させることになった。(戦争と平和の世界史 397p)

レイテ沖海戦にて日米両艦隊の戦闘
Wikimedia_Commons[Public Domain]

はあ〜、なんてこと、やってくれたんだ。

しかも終戦間際に、ソ連の対日参戦を知らなかったのではなく、知っていてその情報を握りつぶし、ソ連に仲介役を求める和平交渉を続けていたのです。まるでソ連軍に対日参戦の準備期間を与えるかのような、奇怪な行動です。(増補版「戦争と平和」の世界史392p)」

日本はソ連に、仲介役を頼むつもりだったんだ。

そうだ、「独ソ戦争中、日独伊三国同盟があるにもかかわらずソ連を攻撃せず、日ソ中立条約を守り続けた日本。その恩義にスターリンが報いると考えたのです。(世界史の原理361p)」

まあ、なんとお花畑な。

そして、瀬島の部下、種村佐孝(さこう)大佐が作成した「今後の対ソ施策に対する意見(1945年4月)」には、こうある。「対米英戦を遂行するためには、日ソ戦を回避する。そのためには、ソ連の言いなりになって目をつむる」。(世界史の原理361p)

種村佐孝大佐
Author:Yamatonadesiko1942[CC BY-SA]

「ソ連の言いなりになって目をつむる」? !

さらに、満州、樺太、千島列島をソ連に割譲し、中国の占領地も、毛沢東政権にすべて明け渡すと言う。(世界史の原理361p)茂木先生「中国から撤退できずにハル・ノートをつきつけられて対米戦争を始めたはずなのに、『対米英戦の完遂のため、支那の占領地を毛沢東に明け渡す』というのです。(増補版「戦争と平和」の世界史399p)」

驚いたね、ソ連はすでに日本参戦を決めているのに、それを知ってて、ソ連に和平交渉の仲介を頼むとか、ソ連と毛沢東におみやげをあげるとか、信じられない。

だろ? 茂木先生「このタイミングで瀬島は大本営作戦課を離れ、関東軍参謀の肩書きで満州へ渡ります。その直後にソ連軍が満州へ侵攻する(1945年8月9日)と関東軍は総崩れとなり、停戦交渉にあたったのが瀬島でした。(世界史の原理362p)」

満州に渡ったのも、最初からそのつもりだったんだ。

そして、満州に残された人々を保護するのではなく、「満州はソ連に明け渡すと、それどころか満州に日本の開拓民がいますね。その開拓民をソビエトに委ねると、労働力として使ってくださいと。akm48)」

ありえない!

茂木先生「つまりシベリア抑留者60万人はソ連が一方的に拉致したのではなく、大本営の承認のもと、ソ連側に『引き渡された』ことになります。大本営はソ連の対日参戦を知りながら、むしろ積極的にこれを受け入れたのです。(世界史の原理362p)」

明らかに、ソ連の回し者だね。

その後、瀬島ら将校は、ソ連軍の捕虜になってシベリアに連れて行かれ、スパイ教育されたが、瀬島は特別待遇だったそうだ。日本に帰っても、裁かれることもなく、伊藤忠の会長に収まり93歳まで長生きした。笹川陽平氏は言う、「昭和史のいくつかの重要な疑問点について、瀬島氏は沈黙を守られた。そして、その沈黙は永遠のものとなってしまった。(笹川陽平ブログ)」

「真実は墓場まで持っていく。」中曽根さんと同じだね。

中曽根康弘

瀬島は、中曽根政権のブレーンも務めていたからな。(Wiki)同じ秘密を抱えた、お友だちだったのだろう。

日本の視線をソ連からそらせて、日米戦争に向かわせる。瀬島とルーズヴェルトは、同じことをやってたんだね。まるでグルみたい。


「共産主義化」は将来のニューワールドオーダーの実験にすぎなかった


そう、グルだったと思う。前の大統領フーバーは、ルーズヴェルトが日米戦争を望んだ理由を、「ソ連の要望を満たし、共産主義を実現するため」だったと言う(世界史の原理314p)。茂木先生も「そもそも日本を泥沼の戦争に引きずり込んだ『昭和維新』の思想とは、天皇をいただく国家社会主義(中略)...であり、そのモデルはソ連型社会主義でした。(中略)...彼らは日本が敗北し、ソ連軍に『開放』されることが『昭和維新』の近道だと信じていたのです。(増補版「戦争と平和」の世界史407p〜408p)」

つまり、どちらも、日本の共産化を目指してたと言うんだね。でも、第二次世界大戦には、もっと深い秘密があったよね。1921年に裕仁親王が欧州外遊し『国家間条約』が締結されています。日本、英国、仏国、米国による第2次世界大戦のあらましがここで合意。而もその裏には裏天皇・堀川辰吉郎、ウォルター・ロスチャイルド、エドゥアール・ド・ロチルド、ジョン・ロックフェラーの合意があったことが明かされています。」(ユダヤ問題のポイント

1921年、イギリスの首相ロイド・ジョージらと会う皇太子裕仁親王
Wikimedia_Commons[Public Domain]

となると、「共産主義化」は目的じゃなくて、将来のニューワールドオーダーの実験にすぎなかったことになる。

そう、「いわゆる大東亜戦争の真の目的は、裏天皇の堀川辰吉郎のために莫大な金銀財宝を略奪することで」、それは「日本中心(地域としては満洲でしょう)のNWOを実現させるためのもの」だったらしい。ユダヤ問題のポイント

日米戦争は日本の共産主義化が目的じゃなくて、日本中心のNWOが目的だった。となると、「握りつぶし」の瀬島は裏天皇の命令で、「狂人」のルーズヴェルトはロックフェラーの命令で動いていたことになる。

はあ〜、こんな「狂人たち」の犯罪につきあわされて、多くの人間が犠牲になったんだねえ。


Writer

ぴょんぴょんDr.

白木 るい子(ぴょんぴょん先生)

1955年、大阪生まれ。うお座。
幼少期から学生時代を東京で過ごす。1979年東京女子医大卒業。
1985年、大分県別府市に移住。
1988年、別府市で、はくちょう会クリニックを開業。
以後26年半、主に漢方診療に携わった。
2014年11月末、クリニック閉院。
現在、豊後高田市で、田舎暮らしをエンジョイしている。
体癖7-3。エニアグラム4番(芸術家)

東洋医学セミナー受講者の声

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