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ユダヤ問題のポイント(日本 大正編) ― 第12話 ― 関東軍の独走開始

 新たな年、2021年がスタートしました。昨年までつくづくこの地上世界は、長期間に渡った混濁不透明の光の当たらない世界だったと感じます。新たな年が、光りに満ちた透明な世界へと変貌するスタートになることを願います。
 私が幼少時過ごした家、その前の家の主人は私の父の先輩であり、確か学徒動員からのシベリア抑留者でした。帰国後その方は私が通う小学校の教員となっていたのでしたが、クラス担当になったこともなく、あまり話を聞く機会はなかったのです。それでも少ない機会の話の内に抑留中の飢餓と極寒の苦しみは感じ取れました。
 シベリア抑留者の辛酸もありますが、終戦時、関東軍に見捨てられた満洲移民の悲惨さはとてつもないものでした。少し調べればレイプと惨殺と自殺の山だったのです。誰がどのようにしてこのような大惨事を引き起こしたのか? 日本の大きな問題は、日中戦争から太平洋戦争の総括がなされず、その責任が問われないままで、今日までその体質が維持されてあることでしょう。「過ちは繰り返さない。」、このような言葉は責任の所在を明らかにしない限りは全く信用できないものです。
 日本と米国の国力差は、当時約10倍だったことが孫崎享氏の『日米開戦の正体』の中で指摘されています。この無謀な戦争に舵を切ったのは日本陸軍だったようで、「日本の政府は実質は軍部に乗っ取られ、軍部の独走暴走が日本を地獄に突き落としていった。」こういう話はよく耳にします。
 しかしそうだとしても、なぜ?どのようにして?軍部が日本を乗っ取り、独走暴走していったのか? 軍の暴走の背後には何があったのか? これらのことが明らかにならないと、悲惨な戦争の総括と責任の所在が明らかになりません。私達が透明な社会を、まともで豊かな日本を築く方向に向かって進んでいくには、過去の負の遺産の総括が必要なのです。
 昭和天皇の戦争責任が話題になったこともあります。確かに昭和天皇に戦争責任がなかったわけではないでしょう。しかし事実を洗い直していくと、日本の軍部が暴走し、軍事行動を中国大陸からアジアへと広げていく背後にあったのはやはり八咫烏、堀川辰吉郎を裏天皇に奉じる五龍会の動きが浮彫りになってくるのです。
(seiryuu)
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ユダヤ問題のポイント(日本 大正編) ― 第12話 ― 関東軍の独走開始


中国国内での闘争 〜日本の権益拡大派と協調派


袁世凱が1916年に急死し、中国では群雄割拠していた軍閥の激しい権力争いとなります。時あたかも第1次世界大戦の最中でした。

その第1次世界大戦は1918年に終結し、パリ講和会議のベルサイユ条約締結となります。この会議を取り仕切ったのがロスチャイルドだったのは近・現代編の特別編3で見たとおりでした。

日英同盟にあった日本は連合国側として参戦、講和条約ではちゃっかりと中国の山東省の権益を得ていました。1915年に中華民国の袁世凱に突きつけた「21か条の要求」と併せて、これら日本のふるまいに強い反感をもった中国民衆、1919年5月4日、北京から抗日と反帝国主義を掲げる学生運動、大衆運動が広がります。「五四運動」です。この抗日運動を受けて、孫文が中心となって10月に中国国民党を結成します。

抗日と反帝国主義を掲げる五四運動(天安門広場)
Wikimedia Commons [Public Domain]

また、1921年7月にはコミンテルン(国際共産主義組織)の主導により、各地で結成していた共産主義組織を糾合する形で中国共産党が結成されます。

このような中国国内の状況下、奉天軍閥を率いる張作霖が中国全土の掌握を目論んで奉直戦争(奉天派 vs 直隷派)が引き起こされました。この対応をめぐり、日本では海外での権益拡大派と内政不干渉の協調派との間で紛糾します。

孫崎享氏は『日米開戦の正体』にて、日露戦争以降の権益拡大派(積極介入派)には山形有朋、小村寿太郎、後藤新平、松岡洋右、大隈重信の名を、逆に内政不干渉主義(協調派)に伊藤博文の名を挙げています。そのうえで、1920年台前半になると「積極介入派の代表が田中義一協調派の代表が幣原喜重郎」と指摘しています。

積極介入派の田中義一
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協調派の幣原喜重郎
Wikimedia Commons [Public Domain]

田中義一を支持していたのが関東軍でした。1921年時点での日本の閣議では「日本は張作霖が満洲や蒙古を支配するには協力、しかし中国全体の支配を求めて動く場合は助けない。」としていました。

満洲国首都(新京)の関東軍司令部(総司令部)
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1922年の第1次奉直戦争ではこの方針が取られます。張作霖は敗走しました。1924年の第2次奉直戦争では張作霖は日本に軍事支援を求めました。日本ではこの対応を巡って権益拡大派(積極介入派)と内政不干渉主義(協調派)との間で大いに紛糾したのです。

結果としては、当時の幣原喜重郎外相の踏ん張りなどで内政不干渉が取られ、軍事協力は避けられました。日本の軍事協力は得られなかったものの、第2次奉直戦争自体では張作霖が勝利して、直隷派は壊滅となりました。

一方、この1924年には国民党と共産党が協力する第一次の「国共合作」が成立し、国民革命軍は華北に進撃。北京入りを果たしますが、しかし孫文は翌年1925年に病没します。孫文の後を引き継いで国民党を率いるのが蒋介石でした。


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ユダヤ問題のポイント(日本 大正編) ― 第11話 ― 中国動乱の震源

 ドイツ関連のことは、①世界への甚大な影響、②現代日本に繋がっている、このような点からも非常に重要なのです。
 ただし、ヒトラーがドイツ首相に就任したのは昭和期だったので、大正編ではドイツ関連のことは一旦離れ、地域としては日本、満洲、中国、アジアのところに戻ります。

 アヘン戦争以来、中国は動乱の渦の中に巻き込まれますが、大正期も中国はやはり更なる動乱の渦の中にありました。
 満洲族が建国したのが清朝ですが、中華革命で清朝が打倒され中華民国誕生。しかし中華民国が誕生しても、中国大陸は群雄割拠の状態で大きく激しく複雑に揺れ動きます。この中国大陸を当時揺り動かしたいわば震源の中心にいたのが堀川辰吉郎です。
 「堀川辰吉郎の娘」を自称の中丸薫氏は、最近の著書の著者紹介欄には «中国生まれ。北京の紫禁城で幼少期を過ごす。» とあり、これは事実だった模様です。中国において、堀川辰吉郎は自分の娘を紫禁城に住まわすことのできる人物だったということになります。
 しかし、紫禁城は皇居で、満洲皇族の住まいであるのになぜ堀川辰吉郎が? 落合氏の「疑史 第71回」(読書日記)によると、清朝末期の満洲皇族の中心が醇親王であり、その満洲皇族との対応を担当したのが堀川辰吉郎であり、醇親王と堀川辰吉郎は «見識相通じて、爾後の満洲経略を練った。四十二年に中島比多吉が紫禁城に入って溥儀の傳役となり、翌年には辰吉郎が紫禁城の小院に寓居を構えるが、すべて醇親王の計らいであることは言うまでもない。» としています。
 実際に紫禁城に堀川辰吉郎の部屋があり、その後の満洲国建国、また中丸薫氏のことを考慮しても、堀川辰吉郎と満洲皇族が密接な関係を築いていたのは事実でしょう。
 一方、清朝を打倒したのは中華革命でしたが、堀川辰吉郎が「中国革命の父」と呼ばれている孫文と昵懇の間柄であったことはすでに見ています。打倒される側の満洲皇族と清朝打倒側の孫文、この両者に堀川辰吉郎は深く通じていたことになります。
 更には、やがて満洲の覇王となる張作霖とも堀川辰吉郎は、落合氏によると「昵懇を通じていた」とのことで、これも事実と見受けられます。
(seiryuu)
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ユダヤ問題のポイント(日本 大正編) ― 第11話 ― 中国動乱の震源


中華革命の背後にはやはりホワイト・ロッジ 〜トライアドとは?


大正期の始まりと中華民国の誕生は重なっていました。孫文らの革命運動によって清朝が倒され、中華民国が誕生したわけですが、倒された清朝は満洲族によって建てられた国家でした。当然、漢民族からすればイギリスからの侵略を含め不満が多く、打倒清朝の水面下の動きは秘密結社の結成など中国国内にあったのです。

2020/10/27の竹下さんの記事 «中国をコントロールしていたのは「(裏の)イルミナティ」であり、彼らは「光の銀河連邦」の指示で動いていた» と指摘されています。

清朝を倒した中華革命には、秘密結社が実行部隊として深く関わっていますが、さらにその背後には裏のイルミナティ、そして光の銀河連邦の存在があったということでしょう。

そして、この記事では「ヘンリー・メイコウ氏のブログ記事」を載せられています。
そこには «中国のエリートは、共産党指導部、香港の大物、犯罪者のトライアドの合併です。3つの派閥はすべて、イルミナティの協力からその力を導き出しています。» とあり、 «トライアドとは、18世紀の中国に生まれた清朝打倒を目的とした秘密結社・犯罪集団の総称» と指摘しています。

そのうえで、孫文、そして蒋介石もトライアドのメンバーだったとしています。

孫文(右)とその後継者となる蔣介石
Wikimedia Commons [Public Domain]

トライアドは「三合会」です。『兵頭正俊の優しさ出前』というブログの「『三合会』を従える李家(その2)」記事には次のようにあります。

世界のイルミナティはもちろん深く結束している。香港の李一族が、欧米のイルミナティと違っているのは、三合会と深くつながっていることだ。

中国史は、王朝と秘密結社の歴史である。王朝の権力に対抗するには、基本的に秘密結社しかなかった。日本にゆかりのある孫文は、フリーメイソンの権力者で、王朝の権力に対抗するためにあちこちで「三合会」を創り、その指導者にもなっている。その情熱は世界に拡大し、ホノルル、シカゴ、そして日本でも「三合会」の支部を創っている。ほとんど知られていない孫文の素顔だ。

第1話では、孫文と、打倒幕府の天忠党を率い、五龍会の中央の黄龍会の会長となっている中山一族とは密接な関係にあったこと、堀川辰吉郎と孫文が生死をともにするような活動を展開していたことを見ました。孫文は客家であり、同時に「三合会」の有力メンバーだったと見て間違いないでしょう。

八咫烏は全体としてはホワイト・ロッジ所属の「星の教団」の下部組織とのことでした。裏のイルミナティと光の銀河連邦はホワイト・ロッジの組織であり、その影響下にあったであろう「三合会」はホワイト・ロッジに所属の秘密結社ということでしょう。

「三合会」も「星の教団」に関係するのかは不明ですが、「三合会」と八咫烏は早くから秘密結社ネットワークを組んでいて、中国、アジアからの地上世界の再編を睨んでいたということでしょう。


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ユダヤ問題のポイント(日本 大正編) ― 第10話 ― 地底人になった古代イスラエル人

 旧約、イスラエル・ユダヤ人と契約を結んだ神とは、サナト・クマーラの代理人のエノクでした。エノクは死後に大天使に変容し、シャンバラ(楽変化天)の存在となっていきます。
 契約の民の古代イスラエル人たちは、紀元前720年頃に国が崩壊し離散します。世界に離散した彼らは「失われたイスラエル10支族」と称されますが、彼らの姿は日本の山伏の姿そっくりでした。山伏は日本に来訪した古代イスラエル人の一部で、山岳修行の山伏が八咫烏の原型なのです。
 そして、他にも同様に山岳修行する一団がありました。チベットのラマ僧グループです。ラマ僧のある一団はやはり古代イスラエルの末裔なのです。
 そして…、古代イスラエル人が離散した先は地上世界だけではなかったようなのです。彼らのごく一部はアガルタネットワークなどとも呼ばれる地下世界に移住したようなのです。
 地球で地下世界を形成していったのはアガルタ人が最初で、彼らが築いた地下帝国の首都がシャンバラと呼ばれます。古代イスラエル人のごく一部であっても彼らが地下世界に迎えられたのは、彼らとの契約の主のエノクがシャンバラの存在であったからだと思えます(ただし、シャンバラなどの地下世界は噂されていたような理想郷などでは決してありませんでしたが…)。
 アガルタの地下帝国はホワイト・ロッジの帝国でしたが、古代イスラエル人が移住した地下世界はホワイト・ロッジだけではなく、ブラック・ロッジの地下帝国もありました。古代イスラエル人は地上世界と地下世界、それもホワイト・ロッジとブラック・ロッジの両側に移住とバラバラになったのです。
 しかし、彼らはバラバラになっても交信はしていたように思えます。彼らは独自のネットワークを形成した上で離散していったように思えるのです。
(seiryuu)
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ユダヤ問題のポイント(日本 大正編) ― 第10話 ― 地底人になった古代イスラエル人

墜落死したエイリアンの正体


映像配信「宗教学講座 第265回」の講義の題材に『失われたエイリアン「地底人」の謎』という、三神たけると飛鳥昭雄共著の本が取り上げられています。その本には以下のような内容が記されています。

1947年7月、ニューメキシコ州の砂漠にUFOが墜落
そのコックピット内に、外見は地球人と全く同じの死亡した3人のエイリアンが。
*その死亡したエイリアンは「本」を持っていた。
*解析するとその文字は古いヘブライ語の変形で、彼らがもっていた本は『旧約聖書』だった。
エイリアンの正体は「失われたイスラエル10支族」。彼らは地底世界アルザル(アガルタ)を安住の地に。

編集者註:米放送局「History」チャンネルの特別番組「ロズウェル:最初の証人」の番組予告。1回目:12/12、2回目:12/19、3回目:12/26。

アガルタ人は3000万年前に宇宙から入植してきて地下王国を築いた民で、その後も様々な宇宙人が地球の地下に入植。一方、アガルタと同一視されたアーリア人種は10万年前に地球で創造された若い魂の人種で、アガルタとアーリア人種は全くの別種であることをこれまで見てきました。

一方リットン著の『来たるべき種族』には、「地上のある部族が地下世界の住人『ヴリル・ヤ』となりヴリル・エネルギーを発見開発し、サイキック能力と超科学を獲得していった。」とあります。『失われたエイリアン「地底人」の謎』の上記の内容によると、リットンの示した「ヴリル・ヤ」になった部族というのは「失われたイスラエル10支族」となります。このことに関して講義で竹下さんは以下の見解を示されています。

イスラエルの10支族というのは行方不明になっています。どこに行ったかわからないです。そのうちの一部はチベットに、そして日本にたどり着いていると思われるんですね。他にも10カ所ぐらい、イスラエルの人がたどり着いて、ここで暮らしたと思われるような場所というのが知られています。
ここに書いてあるように、ほんとうに一握りの一部の人間は、北極の方まで行って、所謂、そのアルザル、アガルタとも言いますよね。 アガルタ・ネットワークというそういう地下の方の基地の中に迎え入れられたと考えられるわけで、確かにその通りのようです。

「失われたイスラエル10支族」の一部はチベットに、日本に、またごく一部は、アガルタ人などの地下帝国に受け入れられて、そこの住民の一部となっていたようなのです。そうして地下帝国の住民(アルザル人?)となった彼らは、クンダリニー・エネルギーに相当するヴリル・エネルギーを開発して、サイキック能力と超科学技術を獲得したようなのです。

また講義の中で竹下さんは次のようにも語られています。

同じ古代イスラエル人で、地底世界に入った人間なんだけど、一方はハイアラーキー側の相対的な光の側、一方は闇の側なんですよ。

ここで言われる「闇の側」とはブラック・ロッジです。地下世界の住民には、アガルタ人の他にも多くの宇宙から移植者がいました。更にその地下世界の住人には、ホワイト・ロッジとブラック・ロッジそれぞれに所属する住民がいました。地下世界に移住した「失われたイスラエル10支族」は、ホワイト・ロッジ側とブラック・ロッジ側の住民とに分かれていたということです。

失われたイスラエル10支族の移住先
地上 日本(八咫烏)、チベット(ラマ僧グループ), etc.
地下 ホワイト・ロッジ側(アガルタ, etc. )
ブラック・ロッジ側

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ユダヤ問題のポイント(日本 大正編) ― 第5話 ― ナチスの形成

 大本教の印の○十字とは薔薇十字であり、ナチスのハーケンクロイツも薔薇十字であったことを前回に見、緑龍会(大本教)がナチスの創設に大きく関わっていたと指摘してきました。
 全体としては、ナチスとは結局グノーシス ≒ ミトラ教 ≒ カバラ ≒ 神智学の流れの上に作られていたのです。ナチスもやはり秘教徒(グノーシス)組織の一つであり、この秘教徒のシンボルがカバラの中核の「性錬金術」のマーク、薔薇十字だったのです。
 「国家社会主義ドイツ労働者党」つまり「ナチ党(ナチス)」のウィキペディア記事には以下のようにあります。

1919年1月に(ナチ党の)前身のドイツ労働者党(DAP)が設立され、1920年(ナチ党)に改称した。1921年に第一議長に就任したアドルフ・ヒトラーは、党内でフューラー(独:Führer、指導者、総統)と呼ばれるようになり、指導者原理に基づくカリスマ的支配を確立していった。

 ナチ党(ナチス)となったドイツ労働者党(DAP)とは、トゥーレ協会の内部の政治部門、つまりトゥーレ協会がナチスの母体です。そして、最終的にはそのトゥーレ協会はヒトラーによって解散命令が出されてナチスに一旦は吸収されています。このトゥーレ協会はアーリア人種至上主義を広げていた組織ですが、神智学をベースとした秘密結社だったのです。
 またトゥーレ協会とは別にナチスの形成に大きく関わっていたのが、ブリル協会であり、ブリル協会の創設者ともされるカール・ハウスホーファーです。
 トゥーレ協会と同年の1918年に創設されたブリル協会は、未知のエネルギー「ヴリル・パワー」の探索・獲得、その駆使を目的として創設された組織です。これはブリル協会創設者ともされるカール・ハウスホーファーが「ヴリル・パワー」を探索していたことによります。
 「ヴリル・パワー」とはインドで言う「クンダリニー・エネルギー」、つまり非常に簡単に言うと「性エネルギー」とも言えます。当然、薔薇十字の「性錬金術」と重なります。
 カール・ハウスホーファーは地政学者でしたが、それ以上にオカルティストで秘教徒だったのです。ヒトラーに甚大な影響を与えたカール・ハウスホーファーは「緑龍会」の会員でもありました。
(seiryuu)
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ユダヤ問題のポイント(日本 大正編) ― 第5話 ― ナチスの形成


ナチスの母体となったトゥーレ協会 〜トゥーレ協会のアーリア主義


ナチスの結党に直接的に繋がる組織がトゥーレ協会とブリル協会です。先にトゥーレ協会ですが、ウィキペディア記事によると以下のような組織です。

*1918年1月に右翼政治結社・ゲルマン騎士団の委託を受けたルドルフ・フォン・ゼボッテンドルフにより、騎士団の非公式バイエルン支部として設立された。
鉤十字(ハーケンクロイツ)と剣をシンボルマークとした秘密結社

トゥーレ協会の紋章
画像はシャンティ・フーラが挿入

*設立の目的には、ゲルマン騎士団員ギド・フォン・リストが提唱した神智学を元にしたアーリア主義が大きく関わっていた。
*具体的には民族主義と結びついた異教的神秘主義・人種思想・反ヴァイマル共和国的扇動、反ユダヤ的プロパガンダを広めることだったとも言われている。
*また秘密のセクションを設けて、そこに集めた学者達に騎士団の依頼でアジア(インド北方から中国南西部にかけて)の古代遺跡や古記録保存所から発掘した文献類を分析・研究させていたとも言われている。

トゥーレ協会はゲルマン騎士団によって設立された組織で、アーリア主義(アーリア人種至上主義)を広めることがその目的にあった様子です。そのアーリア主義は神智学から取り入れたようで、トゥーレ協会には神智学が強い影響を与えていたことが見えます。

しかし少し注意が必要です。ブラヴァッキー夫人が興した神智学は、確かにアーリア人種のことを記し、また神智学には人種差別の要素も濃いのです。しかし、元々の神智学でのアーリア人種とは、地上の人間がレムリア人種、アトランティス人種、そしてアーリア人種という順番で出現したとするもので、優劣を明確に主張しているものではないということです。

神智学では、地球上に、第一根幹人類に始まって、将来第七根幹人類までの七つの根幹人類が現れるとしています。それぞれの根幹人類は、七つの亜人種に分かれるとしています。
現在は第五根幹人類で、これをアーリア人種としています。
(中略)
第五根幹人類(アーリア)は、現在の地球人の8割を占めます。亜人種は次の通りです。
1.ヒンドゥー族
2.アーリヤ・セム族
3.イラニヤ族
4.ケルト族
5.チュートン族
6.世界の各地に出現開始
7.未だ出現していない
2016/08/16 時事ブログ)
現在の地球人の8割方は、神智学で言うところの第5根幹人類(アーリア人種)です。彼らは約10万年前に初めて人間として転生に入りました。彼らが生命体として高次元の私たちの太陽系に入って来たのは、約122.9億年前です。膨大な時間をかけて、約39.6億年前に鉱物として初めて物質次元の太陽系に転生に入りました。
2016/08/11 時事ブログ)

そのアーリア人種を「新たな文化を創造できる優れた人種」としたのがギド・フォン・リストであり、トゥーレ協会が展開したアーリア人種至上主義、それが後のナチスによるユダヤ人排斥に繋がったのが見て取れます。

ヒトラーとトゥーレ協会の関係ですが、「世界史の窓」に以下のようにあります。

戦争から復員したヒトラーは、1919年9月、軍司令部から与えられた任務としてミュンヘンの小さな極右の政党だったドイツ労働者党の活動を観察するために参加、まもなくその指導的役割を演じることになった。

ヒトラーは第1次世界大戦時に志願してドイツ軍に入隊、勇敢なドイツ兵として幾多の実際の戦闘に臨み叙勲を受けています。そのヒトラーが「活動を観察するため」参加したというドイツ労働者党は、トゥーレ協会の中の政治部門です。つまり、ヒトラーは軍からの命令でスパイとしてトゥーレ協会に潜入したのです。

そして、そこでヒトラーが「その指導的役割を演じることになった」と頭角を現し、ドイツ労働者党がナチ党へ。それによってトゥーレ協会が変質し、やがてトゥーレ協会全体がナチスに取り込まれていったのです。

ヒトラー入会後、トゥーレ協会はゆっくりと変質を始め、事実上、ヒトラーに乗っ取られていく。霊的な視点で見ると、本物の悪霊たちの秘密結社になってしまった。トゥーレ協会がナチ党のバックであることを知られたくなかったため協会は解散。その後合法的に政権を獲得し、ヒトラーは総統に就任する。

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ユダヤ問題のポイント(日本 大正編) ― 第2話 ― 大日本皇道立教会の設立目的

 「ハルマゲドン計画」とは、地上レベルでは基本としては最終戦争ハルマゲドンを勃発させ、その大艱難の中で救世主(マイトレーヤ)が降臨し、新エルサレムを構築。そのエルサレムの城内から絶対世界王とともにその世界を統治するのはイスラエル・ユダヤの12氏族。こういったもので「ヨハネの黙示録」の内容です。
 そして、その計画には天界レベルのものがあり、それは唯一神サナト・クマーラが天界の天照政権を転覆して絶対神として全天に君臨するというものです。これら全体を「大計画」としていたのです。
 地上レベルでの「ハルマゲドン計画」は、時代とともに変遷したり、幾つかのヴァージョンがありました。八咫烏が進めてきたのが日本を中心とするハルマゲドン計画でした。
 明治維新はそのステップであり、「大政奉還」の日は、地上に降臨していた神団の中心である大君の色上姫浅子様から、タケミカヅチ尊がその大君の座を奪取した天界のクーデターと重なります。
 また、日本では長年に渡り、有名神社から各神社まで多くの神社の祭神が、ホツマの神からハイアラーキへの入れ替えがあったと竹下さんは指摘されています。これなども「大計画」成就の準備であり、「大計画」成就の際には、民衆には「大計画」がクーデターであることを隠し、「本来より唯一神であるサナト・クマーラがホツマの神々の上位にあった。」と説明し、信じさせるつもりであったと思えます。
 八咫烏が本格的にアジアを再編し、ハルマゲドン計画を進めていくため組織されたのが大日本皇道立教会でしょう。大日本皇道立教会の名称にその目的と活動の内容が込められています。
(seiryuu)
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ユダヤ問題のポイント(日本 大正編) ― 第2話 ― 大日本皇道立教会の設立目的

アジアでもハルマゲドン計画が 〜太平天国の乱は明治維新遠因


前回、八咫烏と客家が秘密結社ネットワークで古くから繋がってきた密接な関係(おそらくは古代イスラエル出身の同根)にあったと指摘しました。

客家の関連で日本にも極めて強い影響を与えた中国での大事件がありました。「太平天国の乱」です。日本と中国はともに同時期に「英領」にさせられています。それはアロー戦争が原因となっています。

イギリスが清朝に対して1856年にでっち上げのいちゃもんにて卑劣に仕掛けた戦争が「第2次アヘン戦争」のアロー戦争でした。イギリス軍を率いる司令官はテンプル騎士団末裔のジェイムズ・ブルース(エルギン伯爵)、清朝を蹂躙し1858年に清朝にとって屈辱の天津条約を締結。これで英領中国が成立です。

北京に入城するエルギン伯
Wikimedia Commons [Public Domain]

この締結直後にジェイムズ・ブルース(エルギン伯爵)が返す刀で艦隊を率いて江戸に襲来し、日本側に締結させた条約がいわゆる日英修好通商条約だったのです。

ところが、実はこの条約は本当は日英修好通商「講和」条約でした。つまり「英領日本」の条約だったのです。

アロー戦争が「英領中国」「英領日本」を成立させる直接的原因となったのです。このアロー戦争には前段があり、それが「太平天国の乱」だったのです。

太平天国の乱 ➡ アロー戦争(第2次アヘン戦争)➡ 天津条約( = 英領中国)➡ 日英修好通商講和条約( = 英領日本

「太平天国の乱」は明治編第12話で見ましたが 、洪秀全という青年がキリスト教系の「拝上帝会」を組織したのを始めに、大農民反乱の蜂起から1851年には「太平天国」の国号で独立国家を樹立させたのです。1853年には南京を占領して首都としています。

清朝にとっては致命的な痛手となった大事件で、イギリスはこの「太平天国の乱」による清朝の弱体化を絶好の機会と捉え、アロー戦争を仕掛けたのです。

さて、この「太平天国の乱」の洪秀全ですが、ウィキペディアの「客家人の一覧」には“いの一番”に次の名が上がっています。

  • 洪秀全 - 太平天国の天王。
  • 楊秀清 - 太平天国の東王。
  • 石達開 – 太平天国の翼王。

  • つまりは、「太平天国の乱」は客家のグループが起こさせた大事件で、これがアロー戦争、英領中国、英領日本へと繋がっていったのです。言うなれば「太平天国の乱」は明治維新の遠因でもあり、辛亥革命にも繋がってもいっているのです。

    これらの全てのベースにあったのは「ハルマゲドン計画」で、その流れの中でアジアの再編が図られ、それに伴って八咫烏は朝鮮へ、満洲へ、中国へと進出していったわけです。

    こういった八咫烏の動きは日本の裏天皇を世界天皇へと君臨させることを見据えたものだったでしょう。日本を中心としたハルマゲドン計画です。


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