アーカイブ: アメリカ

スコット・リッター「敵と友だちになること」 ~今までずっと憎しみを持つように教えられてきた私の敵が突然、私の友だちになったのです

竹下雅敏氏からの情報です。
 父と母の影響で、子供のころから「G」を憎むことを学びました。大好きな昆虫は殺すことができません。殺すことができるのは心の底から憎んでいる「G」だけです。ところがひょんなことから、私が心の底から憎んでいるその「G」が夢の中に現れたのです。私は「G」の家に招待されて、彼の家に行かなければならなくなりました。私は「こいつが我々の家を、こそこそと這い回っているのだな」と思いました。その彼が私を家に招待し、私に彼の妻を紹介し、彼の子どもたちを紹介したのです。私たちは今まで経験したことがないほど楽しい一夜を共に過ごしました。私の目を覆っていた鱗が剥がれ落ちた瞬間でした。私は「G」も全く私たちと同じなのだということに気づいたのです。彼は彼の妻を愛している。彼は彼の子どもたちを愛している。その単純な事実が私にとっては大変な驚きであり、大発見だったのです。その晩、私は「友だち」「友情」「平和」という非常に重要な三つのG語を学びました。今までずっと憎しみを持つように教えられてきた私の敵が突然、私の友だちになったのです。どうしてそんなことが可能なのか、と私は考え始めていました。それから私は「G」が子供を育てる様子を観察しました。そして普遍的な事実を悟ったのです。人間であろうと「G」であろうと、私たちは生命なのだという事実でした。ところが成長の過程で何かが起こります。子供の頃持っていた無垢な自然の人間性が大人になった時変わっている。どうしてそんなことになったのか。私は社会的にそして習慣的に「G」を憎むように、「G」を殺すようにプログラムされていたのでした。そして憎しみは無知からくるのです。
 私は夢から目覚めました。私を普遍的な愛へと目覚めさせてくれたあの「G」は、ひょっとしたら定規とコンパスの中に描かれている《G》なのかもしれないと思いました。私がロイヤルアーチという位階で教えられた「ジャーブロン」です。「ジャーブロン」は黒い神です。《G》の地上における化身が「G」なのかもしれない。そう考えると、《G》を崇拝する私たちが、隠れてこそこそしているのも、人々に不気味だと思われるのも納得できるのです。
(竹下雅敏)
————————————————————————
配信元)
 
 
 
 
 

» 続きはこちらから

米軍の堕落の原因は「自由と多様性」というポピュラリティを採用したためではなく、「本当の問題は、第二次世界大戦後、アメリカが戦った夥しい数の戦争のうち正義の戦争がただの一つもないということです。」

竹下雅敏氏からの情報です。
 ダグラス・マクレガー元米陸軍大佐は、軍が自由、多様性のイデオロギーを採用し続けた結果、「私たちはもう私たちが希望するレベルの人材をリクルートできなくなっているのです。」とし、「かつて決して採用しなかったような低レベルの人材を採用することが今では普通になってしまいました。必要とされるIQに遠く及ばない低脳、犯罪常習者、深刻な麻薬中毒者、…なんでもありです。それは実際に起きていることです。」と米軍のレベルの低下を指摘し、「私たちの耳に入ってくることとは途方もない件数の横領と腐敗ばかりですよ。」と将軍クラスの腐敗を嘆いています。
 しかし、The Sun Snores Pressさんは、米軍の堕落の原因は「自由と多様性」というポピュラリティを採用したためではなく、「本当の問題は、第二次世界大戦後、アメリカが戦った夥しい数の戦争のうち正義の戦争がただの一つもないということです。」と言っています。
 第二次世界大戦後の戦争は、全てがアメリカによる侵略戦争だったと言っても過言ではないのです。近いところではアフガニスタン、イラク、リビア、シリアの例を挙げることができます。「動くものはみな撃たれた」と言われたファルージャ虐殺は、“罪無き多数のイラク・ファルージャ住民の犠牲を当初から折り込んだ、前代未聞の蛮行であり、まさに「米軍による無差別住民虐殺作戦」であるとの指摘は免れず、許しがたい。”ものなのですが、当時の小泉純一郎首相はファルージャでの住民大量虐殺を支持したのです。
 また、この時の司令官は、トランプ政権で国防長官になったジェームズ・マティスです。アメリカが行う侵略戦争は、「テロとの戦い」と美化されるのです。
 The Sun Snores Pressさんは、「誰がそんな邪悪な戦争のために命を落としたいと思うでしょうか? そういう戦争ばかりしておきながら、立派な人を募集しようとして立派な人が来るはずがありません。それと知って集まってくる人間は人間の屑ばかり。そうでなければ他に選択の余地がないほど切羽詰まった人々」だと指摘します。
 これほど本質を突いたツイートは見たことがありません。
(竹下雅敏)
————————————————————————
配信元)
(中略)
 
 
(中略)
 
 

» 続きはこちらから

なぜアメリカはここまで中国を挑発するのか?誰の指示なのか?〜 ナンシー・ペロシに台湾を訪問するよう指示を出した米宇宙軍、その宇宙軍大将ジョン・レイモンドに指令を出しているイエズス会、全ての戦争の背後にいるイエズス会

竹下雅敏氏からの情報です。
 ウォールストリート・ジャーナルが2022年8月2日未明に、「ペロシ米下院議長、台湾訪問決行へ=関係者」と報じました。
 ウォールストリート・ジャーナルの11時38分の記事では、“この段階に至ってペロシ氏は、中国の脅しに屈したと見られるのを避けるため、台湾訪問に踏み切らざるを得なくなった。脅しに屈するという弱みを見せれば、中国の瀬戸際政策にお墨付きを与えることになり、その影響は周辺地域全体、特に米国の友好国・地域である日本と台湾に広がるだろう。”としています。
 “続きはこちらから”のスプートニクの記事によれば、「7月30日、中国は台湾の海岸からわずか100キロしか離れていない南シナ海での大規模な演習開始を宣言した。」ということです。
 中国の王毅外相は、“米国が台湾海峡で意図的に事件を起こそうとしていると非難”しており、華春瑩(か しゅんえい)報道官は、“米台が結託して挑発したのが先にあり、中国の正当防衛がその後にある。中国側が如何なる対抗措置を取っても正当且必要なことだ。”と言っています。
 宋文洲氏は、“ペロシが台湾訪問。戦争悲劇にならないことを祈る。朝鮮戦争直前、「38度線を超えてはならない」と中国が再三に渡って米国に警告した。「恫喝だ」と米国が決め込んだから三年間の勝てない戦争に嵌り、結局38度線で停戦。今回も中国の警告を無視するだろうか…”とツイートしています。
 なぜアメリカは、ここまで中国を挑発するのか、誰の指示なのかですが、ナンシー・ペロシに台湾を訪問するように指示を出したのは米宇宙軍です。ジョン・レイモンド宇宙軍大将は、イエズス会からの指令に従っているのです。ウクライナ戦争もイエズス会の指示によるものでした。全ての戦争の背後には、イエズス会がいます。
(竹下雅敏)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

————————————————————————
配信元)



» 続きはこちらから

ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 外伝71 ― ケネディ大統領暗殺1

 7/25のフルフォード情報記事「スイス銀行の金庫にあるすべての金塊がアジアの王族(ゴールドの所有者)に返還」との見出しに「ほほ〜」と唸りました。本当に金塊が返還されたとすると、その金塊の多くは、1930年に設立されたBIS(国際決済銀行)に移されてあった金塊のように思います。この金塊は主には裏天皇の日本軍からの掠奪をおそれたアジアの王族たちがアメリカに移送したもので、FRBで管理されていたのがBISの設立に伴い、その金塊は(他の使用もあったでしょうが)スイス・バーゼルのBISに移されていったようなのです。
 コールマン博士は『99年度版 300人委員会』のp365に、1933年に米国下院銀行委員会の議長を務めていたルイス・T・マクファデンの次の言葉を引用します。
「アメリカの権利を奪った1931年7月のロンドン七大国会議調印以来、連邦準備銀行制度は国際決済銀行の支配下に...(以下略)
「1933年3月5日、ほかならぬその彼(註:時のルーズベルト大統領)がアメリカ国民の財産を奪った…彼は連邦準備銀行と、金貨あるいは同額の金を本位とする合法的通貨とを切断したのだ。アメリカ国民は今、金と交換されないただの紙切れの「お金」を使っている。財務省はその紙を、金にも銀にも交換することができない。」
この上でp365~366に以下の内容を指摘しています。
1931年9月30日に英国が金本位制を停止させ、それでアメリカ内の欧州からの投資は精算され証券市場は恐慌が深まった。アメリカの金の備蓄が大量に流れ出し、それをBISが吸い上げた。
 コールマン博士の説によれば、アメリカFRBが発行するドルは、1933年時点で既に金本位制を喪失した不換紙幣になっていたとのことです。見せかけのお金です。このような状況下、ケネディ大統領は莫大な金塊の管財人でもあるスカルノ大統領との協定で、金を本位とする政府紙幣発行の準備を進めていました。
 金兌換の本物の政府紙幣と私有中央銀行発行のFRB不換紙幣、どちらに信用あるかは一目瞭然です。FRBの所有者たちはケネディを生かしてはおけなかったでしょう。
(seiryuu)
————————————————————————
ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 外伝71 ― ケネディ大統領暗殺1

ケネディ大統領暗殺令が発動


1963年11月22日12:30、テキサス州を遊説中のジョン・F・ケネディがダラス市内をパレード中に銃撃され死亡。

視聴注意※ログインして視聴する場合はこちら

白昼衆人注視の中の公開処刑ともいうべきケネディ大統領暗殺、これへの最後のトリガーとなったのがへンリー・キッシンジャーのホワイトハウスからの追放だったようです。『新版 300人委員会』には以下のような記述がされています。

何がキューバ・ミサイル危機における大失敗につながったのか。ケネディは再調査を命じた。その結果、元凶は側近、とりわけへンリー・キッシンジャーだと判明した。のちにケネディは、「キッシンジャーは狂人だからホワイトハウスから追放した」とジャクリーン夫人に告げている。キッシンジャー追放は、300人委員会の計画に重大な影響をおよぼした。キッシンジャーは300人委員会の最高執行機関であるRIIAからの“助言”を装った指示を大統領に伝える主要なパイプだったからだ(ついでながら、キッシンジャーがのちのリチャード・ニクソン大統領失脚で主役を演じたことも付け加えておく)。キッシンジャーの追放は、明らかにイギリスとアメリカの間の「特別な関係」に亀裂を走らせるもので、300人委員会が許容できるものではなかった。
(p207〜208)

「ケネディを暗殺せよ」との命令がくだったのは、キッシンジャーがホワイトハウスから追い出された直後であり、またベトナムへのアメリカの関与を終わらせ、連邦準備銀行による(米国通貨発行権の)独占を打破する意志をケネディが明らかにしたあとだ。
(p222)

ヘンリー・キッシンジャー(1973年)
Wikimedia Commons [Public Domain]

“闇の権力”の地上世界での実行部隊主力が300人委員会でした。300人委員会の「指示」を米国大統領に伝える役割であったのがキッシンジャー(キッシンジャー自身がどこかの時点で300人委員会のメンバーになっている)で、キッシンジャーのホワイトハウスからの追放は、300人委員会がケネディ大統領のコントロール機能を完全に失ったことを意味します。これが最後のトリガーとなって「ケネディ暗殺令」が出されたようです。

この暗殺令を発したのは、300人委員会の長であるエリザベス女王でしょう。ただし、その前の時点でエリザベス女王は、ロスチャイルドからのケネディ暗殺の司令を受けてのものだったでしょう。コールマン博士が記しているように、ケネディ大統領は連邦準備銀行、つまりFRBの通貨発行権独占を米国政府に取り戻す決定を行っていたのです。ケネディ大統領が1963年6月4日に署名した「行政命令11110」がそうで、これは事実上のFRBの解体を意味します。

ロスチャイルド一族、そして国際金融家にとってFRBはアメリカ支配の命綱、これを失えば権力の全てを失うのです。ロスチャイルドたちがこれを許すはずがないのです。しかし、ケネディは本気だったのでした。

連邦準備制度の創設(オルドリッチ法案)を非難する風刺漫画


» 続きはこちらから

ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 外伝70 ― ケネディ大統領暗殺前夜4

 日本が独立国家でなくなったのが1858年、明治維新の10年前でした。第2次アヘン戦争とも言われるアロー戦争で、イギリス側が中国を蹂躙した返す刀で江戸に向かい、「日英修好通商講和条約」を結ばせ日本は英領となったのです。実態的には、日本はイギリス東インド会社のシマとさせられたということで、以来170年近くになります。最近はようやく自民党と統一教会とのただならぬ関係が認識され、日本民衆も日本が傀儡国家であったことの気づきが広がりつつあるでしょう。
 戦後の日本はCIAの支配下にあってアメリカの姿が前面に押し出され、私たちは日本を支配している者の姿がいよいよ見えないようにされていました。実はCIAの支配下にあったのは日本だけでなく、米国もそうだったのです。CIAはイギリス情報局の支配の道具だったのです。
 米国は、イギリス東インド会社からの支配から自由になるべく、革命(独立)戦争を1775年に起こすところからその歴史が始まっています。その米国は1913年に独立を失い、傀儡国家にさせられてしまいます。1913年にFRB法にサインし、憲法違反の第1次世界大戦に米国を参戦させたウッドロー・ウィルソン大統領以来、米国大統領はロスチャイルド一族らの操り人形となっていました。その中、再び米国を独立国家にすべく動いていったのがケネディ大統領だといえるでしょうが、ケネディ大統領は暗殺され、米国はやはり“闇の権力”の道具に…。
 国家が独立するには、その民衆が自分達の現実をあるがままに認識していくことが肝要なのでしょう。
(seiryuu)
————————————————————————
ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 外伝70 ― ケネディ大統領暗殺前夜4

「暗殺局」パーミンデクスの創設


前回、CIAもモサドも、MI6のサー・ウィリアム・スティーブンソンの手によって創設や再編集されたイギリス情報局の別働隊であったことを見ました。ド・ゴール大統領とケネディ大統領の暗殺の実行本部となることになったPERMINDEX(パーミンデクス)も、MI6ウィリアム・スティーブンソンの采配によって創設されたようです。

ジョン・コールマン博士は『新版 300人委員会』のp215に「ケネディを抹殺する仕事を与えられたのはイギリス超秘密情報機関MI6の元北米局長サー・ウィリアム・スティーブンソンだ。」と指摘した上で、続くp217〜219に以下のように記しています。

ケネディ暗殺を実行するにあたり、スティーブンソンはOSS時代の右腕で、自分と同じカナダ人のルイス・モーティマー・ブルームフィールド少佐という人物を起用した。ブルームフィールドは第2次世界大戦が終結するまで、これまた同姓のブルームフィールドに任命されて、防諜活動を行うFBI第5課を運営する任務に就いていた。(中略)スティーブンソンとブルームフィールドは互いに密接に協力しあいながら、ケネディ暗殺とその後の隠蔽工作を綿密に計画し、実行に移した。(中略)1956年、ブルームフィールドはモントリオールに再び配置され、秘密工作をになう新しい機関を立ち上げた。組織の名称は、常設産業提示社(パーマネント・インダストリアル・エキシビション=PERMINDEX)だ。ブルームフィールドはPERMINDEXをニューオーリンズのワールド・トレード・センターに設立し、同センターを所有・運営するクレイ・ショーを同社の役員にした。

PERMINDEX(パーミンデクス)を創設し、その理事長であったのがルイス・モーティマー・ブルームフィールドであったことは、『ユダヤの告白』『ケネディとユダヤの秘密戦争』の両方でも指摘され、その詳しい情報が記載されています。

ルイス・ブルームフィールド

ユダヤの告白』では、1982年初春のイスラエルによるレバノン侵攻の直前、この計画を実行に移すための一連の秘密会議が開催され、そのメンバーとしてアリエル・シャロンやヘンリー・A・キッシンジャーらと共にルイス・モーティマー・ブルームフィールドの名を挙げ、彼を以下のように紹介しています。

ブロンフマン一家の利権を代表してこの会議に出席したモントリオールの弁護士。

第二次世界大戦中は極秘の英国特殊工作部隊(SOE)のスパイで、戦後設立された北米におけるイギリスの情報工作用出先機関ブリティッシュ・アメリカン・カナディアン・コーポレーションのパートナー。彼は一九五〇年代後半にパーミンデックス(「パーマネント・インダストリアル・エクスポジション(常設産業博覧会)」)・コーポレーションを設立。同社はジョン・F・ケネディ大統領暗殺と、シャルル・ドゴール仏大統領暗殺未遂の両事件に関与したとして非難された。

彼はエドガー・ブロンフマンの弁護士であるほか、国際信用銀行のオーナーであるタイバー・ローゼンバームとも親しい関係にあり、またパーミンデックス社の取締役会を通してユダヤ・ギャングの弁護士ロイ・コーンともつながっていた。


» 続きはこちらから