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ユダヤ問題のポイント(日本 昭和編) ― 第33話 ― 原爆投下、天皇への告発

  • 原爆製造の過程、その実際
  • 原爆投下の影響とその意味
  • 原爆と昭和天皇の関わり
上の c. に関することを今回は追っていきます。

 「原爆と昭和天皇の関わり」、これについて最も詳細を明らかにして告発した人物が鬼塚英昭氏でしょう。彼の著書『日本の一番醜い日』『原爆の秘密[国内編]』がそれであり、その告発の内容は、日本への原爆投下には戦後工作のため、昭和天皇の積極関与があったというものです。
 『原爆の秘密[国内編]』の前書きでは、原爆投下の米国側の総指揮は時の陸軍長官のヘンリー・スティムソンで、スティムソンはモルガン財閥の一員、つまり国際金融家の代理人だと明かし、このスティムソンと「あるルート」を通して秘密交渉を続けたのが昭和天皇としています。同書では、秘密交渉で原爆投下の日時・場所を指定したのが昭和天皇だと明かしていくのです。日本への原爆投下の日本側の主犯は昭和天皇だったということで、これは目を背けてはならない重要な内容だと思います。
 ただし、この裏には更に「黄金の百合」と同じ構造があると思います。アジアから莫大な黄金をかき集めた「黄金の百合」、これを暴いた方々は、「黄金の百合」は昭和天皇の指示によって行われたとしています。しかし、「黄金の百合」は裏天皇の指示によるものです。原爆投下も同じ構造だと見ています。
(seiryuu)
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ユダヤ問題のポイント(日本 昭和編) ― 第33話 ― 原爆投下、天皇への告発

終戦工作として原爆による第二総軍壊滅


ヒロシマ原爆にて広島市民14万人以上が亡くなったとされますが、ただし、この14万人には軍関係者は含まれておらず、それを含めるとヒロシマ原爆の死者は20万人との説があると紹介しました。こうだとすると、ヒロシマ原爆一発で軍人たちが6万人も亡くなったことになります。

なぜこのような多数の軍人たちが一度に犠牲になったのか?

1945(昭和20)年に創設された第二総軍が広島を本拠として陣取っていたのです。その第二総軍が広島原爆によって、「総司令部以下全組織は壊滅的な被害を受けた。総軍の中枢部が崩壊し諸部隊も全滅に近い状態となり、命令系統不全となる」のでした。

当時、大本営は国土決戦に備えて狂奔していました。本土を二分して、東部を第一総軍(杉山元元帥)、西部を第二総軍(畑俊六元帥)を担当として、米国軍上陸による本土決戦の備えとしていたのです。第二総軍司令官の畑俊六元帥は、天皇の侍従武官長を勤めた経験もある数少ない天皇の側近としての陸軍司令官であり、昭和天皇のお気に入りの将軍でした。

畑俊六元帥
Wikimedia Commons [Public Domain]

原爆によって第二総軍は壊滅的な被害を受けたのですが、司令官である畑元帥は無傷で原爆の災禍を潜り抜けています。このことについての事情やからくりを結論として、鬼塚英昭氏は『原爆の秘密[国内編]』p24に次のように記しています。

私は第二総軍は最初から、すなわち鈴木内閣ができたときから、終戦工作の一環としてつくられたものと思っている。終戦工作とは何か。簡単明瞭に書くならば、原爆誘導および処理のために、天皇が畑を呼びよせつくったものである、と書いておく。

これについては「これから書いていくことを読者が読めば納得すると思っている」とも記し、ここからその証拠となるものを次々延々とあげていくことで本書は構成されています。鬼塚氏が本書の本文最初部に記したこの結論は強烈です。

整理すれば次のことを鬼塚氏は読者に伝えています。
第二総軍は、終戦工作として昭和天皇の意図によって創設。
②創設された第二総軍は、原爆によって壊滅させられることが決定していた。
③終戦工作として原爆による第二総軍壊滅に協力したのが、昭和天皇の意図を受けた畑元帥。

なぜ第二総軍が終戦工作の一環として原爆によって壊滅、軍人たちが犠牲にさせられたのか?

同書p101にその理由となる事実が記されています。

ここに第二総軍の配下の上級指揮官のほぼ全員が死んでしまうのだ。その結果はどうなるのか? 日本の国土の西半分から「終戦反対、徹底抗戦」の声が消えていくのである。神の名のもとに戦争を始めた日本は、神の名のもとに終戦を迎えねばならない。皇軍の旗を振り続けた上級指揮官が消えてしまえば、なんと都合のいいことであろうか。


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ユダヤ問題のポイント(日本 昭和編) ― 第32話 ― 原爆投下の全体像

 ハルマゲドン計画とは簡単には、地上世界にて最終戦争(ハルマゲドン)が勃発、この終末に救世主が降臨、最後の審判などを経て、最終的は新エルサレムが成立し神の王国が完成するというものです。しかし、ハルマゲドン計画とは、地上世界の統治の組み換えに終わるものでは全くありません。物質界と霊的世界の転換も含めた「天界のクーデター」の計画がハルマゲドン計画です。
 そのベースとなっているのは『マイトレーヤの使命』で言うところのサナット・クマーラの『大計画』です。これの実質的な中身は「スミワタルタカキホシノヒメミコ様の通信文」に明かされています。ホツマの神として高い地位にあったサナット・クマーラは、自身のその反逆行為の代償としてホツマの神から神霊に降格され、地球に叩き落とされます。これに対しサナット・クマーラはホツマの神々への復讐を誓い、全宇宙を自分の支配下に置こうとしたのです。これが『大計画』の実質です。
 ハルマゲドン計画は、基本的には地球の破局を利用して『大計画』を実現させるものです。このためには地上世界と銀河世界をつなげる必要性があり、そのためのプログラムが秘密の宇宙プログラムだったのです。地上の人類は、秘密の宇宙プログラムによってUFO技術と核兵器を保有することになります。核兵器は宇宙に影響を与えるものだから、地上の戦争が銀河世界にも繋がることになるのです。
 秘密の宇宙プログラムのバックにいたのはホワイト・ロッジのハイアラーキの覚者たちで、彼らは「人類の進歩を促すため」にとの文言を用いていましたが、秘密の宇宙プログラムは人類を進歩によって豊かに幸福にさせるためではなく、人類を犠牲にして彼らの野望を成就させるためのプログラムだったのです。
(seiryuu)
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ユダヤ問題のポイント(日本 昭和編) ― 第32話 ― 原爆投下の全体像


人体実験された被爆者


  • 原爆製造の過程、その実際
  • 原爆投下の影響とその意味
  • 原爆と昭和天皇の関わり
上のb.を今回は追っていきたいと思います。

1945(昭和20)年の8月6日にヒロシマ、8月9日にナガサキに原子爆弾が投下されました。これにて広島市民約35万人のうち、半数近い14万人以上が亡くなったとされます。ただし、この14万人には軍関係者は含まれておらず、それを含めるとヒロシマ原爆の死者は20万人との説もあります。ナガサキでは7万人以上の市民が死亡との結果になっています。

爆心地では瞬時に人間も建物も全てが蒸発、その周辺では地獄絵巻が現出させられました。原爆は「地獄爆弾」とも称されます。


被爆者の苦痛苦難は原爆による被害だけでは終わりませんでした。原爆投下直後からヒロシマ・ナガサキに医師グループが駐在しますが、それは被爆者の治療のためではなく、データ収集のためでした。被爆者は被爆の苦痛と共に人体実験にも利用と、人間の尊厳を傷つけられ差別にも苦しめられます。

原爆関連のウィキペディア記事には次の記述があります。

東京帝国大学が、1945年8月6日の広島と9日の長崎の原爆による被爆者を使って、戦後2年以上に渡り、日本国憲法施行後も、あらゆる人体実験を実施したことを、NHKが2010年8月6日放映のNHKスペシャル『封印された原爆報告書』にて調査報道した。

この実施した人体実験の具体として番組ナレーターは次のように語っていたとのことです。

被曝者にアドレナリンと言う血圧を上昇させるホルモンを注射し、その反応を調べていました。12人の内6人は、わずかな反応しか示さなかった。山村さんたちは、こうした治療とは関係のない検査を毎日行っていました。調べられることは全て行うのが、調査の方針だったと言います。

原爆投下直後から日本政府と米国政府が原爆による傷害の実態を詳細に調査記録するため、日米合同調査団を編成、調査団はABCC(原爆傷害調査委員会)という機関となり、多数の学者や医師らが参加して、被爆者への治療を施すわけでなく被爆者の体で研究をしたのです。


日本側で当初からこの調査団に加わっていたのは陸軍医務局、東京帝国大学医学部でした。被爆者は米国が投下した原爆の被害という甚大な苦痛だけではなく、自国の日本政府からも冒涜の被害を受け続けたのです。

ABCCは1947年に広島赤十字病院の一部を借り受けて開設、1948年には、日本の厚生省国立予防衛生研究所が正式に調査プログラムに参加しています。

陸軍医務局東京帝国大学医学部、そして国立予防衛生研究所、お気づきでしょう。原爆被爆者の人体実験にも731部隊関係者が関連してもいるのです。彼らが戦後の日本医学界をリードしていったのです。


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新型コロナウイルスが武漢研究所から故意に流出された経緯とそれに関わる国々 ~トランプ元大統領がシッポを出した一連のやり取り

竹下雅敏氏からの情報です。
 非常に重要な動画です。消される可能性があるので早いうちに、1.5~2倍速でご覧ください。
 私の調べたところでは、ウイルスは武漢研究所から故意に流出されました。動画では、武漢ウイルス研究所は、“フランス人によって建設されたもので、協力協定が結ばれています。つまり、フランス人科学者が武漢の研究グループに加わり、2014年末までにこの生物学的研究を共同で行うというものでした(②の8分33秒)”と言っています。
 また、Alzhackerさんのツイートには、“アンソニー・ファウチは、機能獲得型研究を推進していた政府高官の一人ですが…この研究所に中国軍や人民解放軍がこれほどまでに深く関わっていたという事実を見れば、「なぜアメリカが資金を提供していたのか」と問わざるを得ません”とあります。
 また、“アメリカだけでなく、オーストラリアもこの研究所や科学者たちに関わっています”とあるのですが、中国をはじめとしたこれらの国は、ワクチンパスポートを含む国民への強い弾圧を行っているところばかりです。
 ④の動画の4分18秒~6分50秒で、トランプ元大統領は、“ファウチは彼らと取引をしていて、ある種の研究のために支払いもしていたようです。これも、彼がオバマ時代に行っていたことがわかった時点でやめました。それを知ったとき、私は、「アメリカが中国の研究室にお金を払っているなんて想像できるか」と言いました”と言っているのですが、オーストラリアのジャーナリストのシャリー・マークソン氏は、“しかし、オバマ時代は機能獲得研究を停止していましたが、それはあなたの監督下で解除されました。なぜ、機能獲得研究を許可したのですか?”と問いかけています。
 これに対しトランプ元大統領は、“最終的に私たちがしたことは、それを止めたこと、全てを止めたことです(6分10秒)”と言い訳をしましたが、“オバマ政権下では禁止されていましたが、それが2017年、あなたの監督下で開始されたのです”とさらに突っ込まれると、“ええ、違います。ワクチンとオペレーションワープスピードの間で、私たちは素晴らしい仕事をして来たと思います…人々は私たちがした仕事の素晴らしさに気づき始めています(6分40秒)”と話をすり替え、聞かれてもいないワクチンの素晴らしさに話を逸らすのです。
 この一連のやり取りは、トランプ元大統領がシッポを出した瞬間だと言えるでしょう。武漢研究所からのウイルスの流出と、ワクチンの大量接種に関して、予めトランプ元大統領は習近平と合意があったのです。こうした眼で、このやり取りを見れば矛盾は何もなくなります。
(竹下雅敏)
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2019年夏、なぜ武漢でPCR検査機器が急増したのか ー What Really Happened in Wuhan ①(日本語字幕)
配信元)
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武漢で何が起こっていたのかーWhat Really Happened in Wuhan ②(日本語字幕)
配信元)
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ラボリーク説は陰謀論なのか ー What Really Happened in Wuhan ③(日本語字幕)
配信元)
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武漢ウイルス研究所の正体 ー What Really Happened in Wuhan ④(日本語字幕)
配信元)

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ぴょんぴょんの「悪魔と握手」 〜『なぜ、世界はルワンダを救えなかったのか』

 「なぜ、世界はルワンダを救えなかったのか」を読みましたが、消化不良で、これじゃ記事にできないとあきらめかけました。
 が、NHKの「元PKO部隊司令官が語るルワンダ虐殺」が、YouTubeにあったおかげで、全体を把握することができました。
 そうだったのかー!! やっと、意味がわかったー!!
(ぴょんぴょん)
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ぴょんぴょんの「悪魔と握手」 〜『なぜ、世界はルワンダを救えなかったのか』

PKO司令官としてルワンダに送り込まれたロメオ・ダレール将軍



「あれは邪悪な悪魔との戦いでした。」

――ロメオ・ダレール




おーい、くろちゃん。
ぼくが貸した本、読めた?

「なぜ、世界はルワンダを救えなかったのか」、
何度もギブアップしそうになったぞ。
国語の「読解」赤点のおれには、もっと読みやすい本を勧めろ。

ごめんねえ、日本語訳がちょっと。
でも、全体はつかめたでしょ。

まずは、ルワンダ虐殺の直前、カナダ軍人が、PKO司令官としてルワンダに送り込まれたんだよな。

そう、ロメオ・ダレール将軍。

Author:Enzolamine[CC BY-SA]

1993年8月、ルワンダ政府軍(RGF)と反乱軍(RPF)の停戦中、和平交渉までの間、ウガンダから反乱軍に武器が入らないように、ルワンダは国連に監視を申し入れた。
それがロメール率いる「国連ウガンダ・ルワンダ監視派遣団(UNOMUR)」で、後の「国際ルワンダ支援団(UNAMIR)」。


そうそう、ちゃんと、理解してるじゃん。

う〜ん、だいたいこの本は、UNAMIR、RGF、RPFとか略語が多くて、ややこしいわ。人名もめっちゃ多い上に、同じヤツがあるとき苗字、あるとき名前で出てきて、しょっちゅう「こいつ、誰?」状態で、固有名詞に溺れそうだったわ。

わかるわかる、ぼくも、巻末の人名辞典が頼りだったよ。

それと、ツチ族とフツ族を覚えるのも、大変だった。
どっちが背が高くて、色白さんだっけって。

背が高くて、肌色が薄いのがツチ族で、牧畜で生活している。
背が低くて、肌色の濃いのがフツ族で、農業で生活している。
「土」にまみれてない方が「ツチ族」って覚えるといいよ。

Author:Sarel Kromer[CC BY-SA]

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ユダヤ問題のポイント(日本 昭和編) ― 第31話 ― ナチス原爆の真の所有者

  • 原爆製造の過程、その実際
  • 原爆投下の影響とその意味
  • 原爆と昭和天皇の関わり
以上の3点から原爆の実際についての洗い直しを今回も続けますが、a.原爆製造の過程、その実際、先にこれについての結論を示します。
「ナチス・ドイツがブラック・ロッジの協力による秘密の宇宙プログラム進展の一環として原爆を完成。ただし、これらは全てがホワイト・ロッジのコントロール下にあった。」
こうなるでしょう。

 さて、高橋五郎氏は「ベラスコの告白」記事などを通して「ナチスが原爆を完成させ、そのナチス原爆が米国に渡されて日本に投下された。」と示しています。これに多くの方が疑問に思うであろう点は「ナチスが原爆を完成させたにしてもなぜそれを米国に渡したのか?」でしょう。
 「ベラスコの告白」記事では、ロンメル将軍がナチス原爆を米国側に渡したとありますが、これには多くの人間たちが複雑に絡んでいます。ナチス側、連合国側の軍人たち、ユダヤ人科学者、そして国際金融家などです。
 この複雑な絡みがある「ロンメル将軍の裏切り行為」、これに最も重要な役割を果たした人物がカナリスです。公的には「裏切り者」として処刑されたナチス諜報部トップのカナリス、彼がナチス原爆引き渡しの裏で「橋渡し役」を担ったようです。
 これは無論、ヒトラーへの大変な裏切り行為の筈です。しかし、その「裏切り者」カナリスは、実際は死を偽装して地下に潜り、ナチスの第2代総統になっているのです。
これはどういうことか?
 ナチス原爆引き渡しはヒトラーも…、と見るしかないのです。そして、これら非常に複雑な地上の人間の動きなどを全てコントロール下に置いていたのがホワイト・ロッジ、そこに属する覚者たちや宇宙人グループだったということです。
(seiryuu)
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ユダヤ問題のポイント(日本 昭和編) ― 第31話 ― ナチス原爆の真の所有者

早々に決定していた日本標的の原爆投下


前回は、ナチス・ドイツがUFO開発と並行して原爆を完成していた模様であることを見ました。

ナチス原爆が完成したのはいつか?

「ベラスコの告白」記事には、1942年(『天皇の金塊とヒロシマ原爆』のp160の記述では1943年、こちらが正確と思えます。)4月21日に、チェコのボヘミア地方の原生林にて原爆の段階的実験を大成功、とあります。

また記事によると、その完成したナチス原爆はベルギーに移送。1944年半ばにロンメル将軍側から米国のアイゼンハワー、当時の連合軍最高司令官に引き渡たされたとあります。

ロンメル将軍
アイゼンハワー
連合軍最高司令官
Wikimedia Commons
[Public Domain]

一方、定説では原爆を最初に製造したはずのロスアラモス研究所、そのスタッフの士気の無さと無統率ぶり、そして原爆開発総責任者オッペンハイマー博士のやる気のなさの報告をベラスコは出しており、ロスアラモスでは原爆完成などできていないとしたのでした。

オッペンハイマー博士

他方、このオッペンハイマー博士は、ナチス原爆開発進捗状況を知る一人でもあったとのことでした。このオッペンハイマーのやる気のなさにも関連するであろう重要なことが「ベラスコの告白」記事に記載されています。

1943年5月5日、原爆投下目標地点を決定するアメリカ政府の暫定委員会は、自国の原爆がまだ未完成でしかもヒトラー・ドイツと戦っているにもかかわらず、なぜか早々と最初の原爆投下目標地点を決定した。戦後になってその投下目標地点名を記入した議事録が、「アメリカ国立公文書館」で戦史公開資料として一般公開された。

ロスアラモス研究所が創設されたのは1943年、無論この時点で原爆製造の目途は立っていません。その1943年の5月に米国の委員会では、原爆投下を目標地点と併せて決めたというのです。そして、目標地点が記入されたその議事録が公開されていたのです。(ただし、この公開資料を米国政府は後に回収し、非公開にしたとのこと。)

完成目途もない原爆の投下の標的はトラック島の日本軍でした。この委員会の決定に、原爆開発者たちの非難があがったと記事にはあります。米国原爆開発者の主力はナチス原爆完成を懸念した亡命ユダヤ人科学者たち、彼らの自分たちが完成させる原爆を日本側に向け投下は、いわばお門違いだとの非難は当然でもあるでしょう。

大日本帝国委任統治領時代のトラック島(チューク諸島)
Author:Milenioscuro [CC BY-SA]
Author:Los688 [CC BY-SA]

ただ、問題は、
自国でまだ完成目途のない原爆投下を、米国委員会が決定できたのはなぜか?
しかも、その標的はドイツではなく日本側であったのはなぜか?
この2つの謎です。

謎の解消の一つの鍵は、当時の核研究のトップでロスアラモスのスタッフともなったボーア博士、彼が教え子のハイゼンベルグ博士の訪問を受けた後に出した次のものです。

「オスロ・レポート」を通してチャーチル首相に早急にドイツ原爆製造工場の破壊と完成原爆の奪取を進言した。
(『天皇の金塊とヒロシマ原爆』より)

「完成原爆の奪取」、ここです。

1943年5月5日時点、ナチス原爆は完成しており、そのナチス原爆が密約でドイツから米国に引き渡されることが決まっていたならば…、原爆投下を決定することができます。

また、その投下先は密約した相手のナチス・ドイツではなく、交戦中の日本となるのは当然となるでしょう。

ロスアラモス研究所で原爆を誕生させなくても原爆が手中に…、
オッペンハイマーのやる気のなさも説明がつきます。


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