困難に遭った時の最初の思いが、その後を決定します。
「しめた!これから何かが動くぞ。自分の人生を生きられるぞ。いいことだ」と思うか、「とんでもないことだ、どうしよう」と思うかで、その後の方向性が変わってしまうのです。
悪いことが起きた時にネガティブな想いを抱くと、後でキャンセルしないといけません。悪い事が起きたと思わず、自分にとって必要なことが起きたと考えるのです。
出典:「ぴ・よ・こ・と2」竹下雅敏(著)
私を支えてくれた平和の祈り
ただの主婦が1冊の本に感動して講演会を企画しただけなのに、なぜここまで大きくマスコミに取り上げられるのか?感動を共有するために参加くださる人になぜ「人種差別だ!」と抗議しなければいけないのか?それもわざわざアボリジニの人達が外国から押しかけて来るのか?
訳が分からないままキャンセルの電話に丁寧に応対しつつ
現実を受け入れるしかありませんでした。
「それでも開催するのですか?」という、まるでこちらが人種差別の片棒を担いでいるような質問を受けながら『もしも
私達の会場にも抗議団体が押しかけて参加者に迷惑をかけたら・・』と不安がよぎったのも事実です。
でも、私の気持ちは変わりませんでした。本の中に書いてあった『神様、私に変えられないものを受け入れる平和な心と、変えられるものを変える勇気と、その2つの違いがわかる知恵を与えてください』という平和の祈りが私を支えてくれました。
キャンセルや抗議は私には変えられない事だから平和な心で受け入れ、今私に何ができるかを見極めて最善を成そうと思いました。会場を変更するのは大きなリスクがありました。もうチラシは独り歩きをしています。来ると言ってくださる方にもアナウンスしなおさなければいけません。
無理です。どうしたらいいのか、ぼっーっと会場を見ていたら、
ふっと考えがよぎりました。『そうだ!この広い会場を使って楽しもう!』と思ったのです。
舞台を使うのは辞めました。アリーナホールなので体育館のようにも使えます。
客席の半分の椅子を片付けて500席にします。前の
空いた空間をブッシュにしようと思いついたのです。
そこを歩きまわりながらお話ししてもらえば面白いかも!と思いました。
さて、そのレイアウトを誰がやってくれるのか?
友人がNさんを紹介してくれました。Nさんはギャラリーを経営しながら
イベントのレイアウトも手掛けている方でした。聞くところによると、
この本を読まれて大いに賛同してくださっているとの事。すぐに「喜んで協力します」という返事を頂きました。
嬉しい助っ人です。さっそくお友だちと一緒に会場に来て、
和紙でオーストラリアのブッシュを再現してくださいました。見事でした。
何だか面白くなってきました。もう
こうなったら楽しもう!自分の中の直感を信じて大切にしていることを大切にしよう!これが自分を生きるという事だと思いました。
もう当日は落ち着いていました。むしろ
この会場を見たらみんなびっくりして喜ぶだろうなと思うと嬉しくなりました。
ところが、
朝一番に館長から呼び出されました。行ってみると固い顔の男の人が2人立っています。館長も怖い顔をして「
昨日の新聞を読みました。他の会場は抗議団体が押しかけてきたと書いてあります。
この会場でそんなことがあったら困ります。念のためにこの2人の私服刑事を付けておきます。何事もないように
万全の注意を払ってください」と申し渡されました。
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そうした中、死亡が診断された状態(瞳孔散大、脈拍停止、心停止)においても、肉体の細胞や遺伝子はまだ生きていることがわかった!との驚きのニュースが世界を駆け巡りました。様々な調査の中で、特定の動物細胞にいたっては死亡診断の後も数週間生きていることを発見したとのこと。さらに、死後新たに活性化する遺伝子が存在することも判明したとのこと。そうした遺伝子は、発生遺伝子(誕生後まもなく機能を停止する胎児の発達に関わるもの)が多かったそうです。そして、死亡が診断されてから10分未満の間、深い睡眠時における脳の電気活動であるデルタ波が検出され続けた例もあったといいます。肉体は一度に死ぬのではなく、どうやら異なる速度で各部分が徐々に死んでいくようです。これらの発見は、死亡の診断や死後の世界への認識を根底から見直すこととなり得るのではないでしょうか。
知人にこうした話をしたところ、そういえば90過ぎの祖母が亡くなった際に、白髪の毛の根元から黒い毛が生えてきていた!そして皺くちゃだった顔もすべすべになっていた!と納得していました。いわゆる死後のストレスフリーな状況において、まだ生命ある細胞はのびのびとそれも若々しく活動していたのではあるまいかと。
「チベット死者の書」による死後の世界観では、死後の四十九日は次なる生の舞台への旅路である!とされています。これらのことから、死後の肉体を火葬や土葬などする前には数日か?少なくとも三日?は安置しておいた方がよいのかもしれません。肉体を拠り所とした意識の旅立ちは、死後もまだ続いているのかもしれないのですから。
映像配信、宗教学講座・初級コース・第250回・秘密伝承(チベット死者の書2)では、"チベット死者の書"の四十九日とされる死後の旅路においての、意識が辿る階層の移動が明確に解説されています。しかし実際には、顕在意識とエーテルダブルとの波動が合致した階層へと辿り着くまでの旅路が"死後の49日間"といわれているものだそうです。(ちなみに、"チベット死者の書"の所属レベルは国津神第三レベル、現在の地球の宗教は国津神第五レベルとのこと)この旅路する階層の範囲については所属レベル、進化段階によっても異なるということで、こうした所属レベルと進化段階に対応した階層等のお話は今後の中級講座で解説されていくとのことです。
死後は謎!?とされて真実が霧と闇に覆われている現代において、このように肉体の死後における意識の旅路が"霊的な科学"として開示されてくると、生と死の境界線は今でいう肉体の死亡診断とはかなり違ったものになってくるとおもわれます。