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渋谷のホームレス女性殺害事件から 〜 「周りにいる困っている人にどう声をかけたらいいか」現場を知る人のツイート

 東京渋谷区のバス停で、ホームレスの女性がいわれもなく殴られて死亡した事件がありました。加害者は近くに住む46歳の男性で、NHKの報じるところでは「ベランダの窓から見える世界がすべて」という生活をしていたと言います。見知らぬ女性に対して「痛い思いをさせればいなくなると思った」と語ったところから、気持ちが荒んでいたことがうかがえます。一方女性は、夏からずっと夜間をバス停で過ごしていたそうです。加害者も被害者も日本の追い詰められた人々を象徴するような事件です。コロナ第3波に向かう中、政治が適切な支援をしなかった場合、路頭に迷う人が激増すると予測されています。
 近所の人々はホームレスの女性の存在に気づいていました。「もしも自分が近所にいたら、どうすればよかったのか」と後悔に似た思いを持った人が少なからずいたようで、それに応えるように拡散希望のツイートがありました。とても長いですが、とても参考になりました。ツイートをされた池田幸代・駒ヶ根市議は、ずっと福祉分野で奮闘して来られた方でした。福島瑞穂議員の公設秘書もされていたらしく、まっすぐな福島議員が「まっすぐな女性」と褒めておられました。
 「困っている人に関わることはそれは大変なこと。」と。ウソをつかれたり、約束を反故にされたり、振り回されたり、お金がかかったり、、。それでも本人や周囲の人々がさらに困った状態にならないよう、みんなが少しづつ力を持ち寄って手助けができれば。支え合える世の中は、きっと自分自身も生きやすいです。
(まのじ)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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「痛い思いさせればいなくなると思った」路上生活女性殺害事件
引用元)
今月16日東京 渋谷区のバス停で、路上生活をしていた女性が殴られて死亡した事件で、警視庁は、交番に出頭してきた近くに住む46歳の男を傷害致死の疑いで逮捕しました。調べに対して、「痛い思いをさせればいなくなると思った」などと供述しているということです。
(中略)
「容疑者はいったんは就職したものの、その後、仕事をやめ、実家の酒店で空き瓶の回収などの作業を手伝っていました。最近はあまり見かけなくなりましたが、会えば挨拶などをしてくれる穏やかな男性という印象なので、逮捕されたと聞いて驚いています」と話していました。
(中略)
ことしの8月くらいからバス停に座る女性の姿を見かけるようになりました。深夜の営業が終わり、午前2時ごろに店の片付けをしていると女性がバス停にやってきて、始発のバスが来る前にどこかへいなくなっていました(中略) (以下略)
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配信元)

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このまま政府の無策が続くと年末年始には「社会が一気に壊れる」/ 野党が一丸となって7兆円の予備費を使った支援策の継続と再給付を迫る

 25日は、衆参ともに菅首相出席の予算委員会集中審議がありました。いずれも桜を見る会問題をはじめとする重要案件が並び、野党の猛追求が続きました。その中で、とりわけ党派を超えて一丸となって政府に要求したのは、コロナ禍での経済支援でした。参議院で福山哲郎議員は「社会が壊れだしている」として緊急小口資金貸付の件数や助成金の申請件数、DVや児童虐待、自殺者の増加、解雇・雇い止めの件数を示しながら、各種支援金の期限が年末年始に切れることから、このままだと「年末年始に社会が一気に壊れる可能性がある」「女性不況と言われるほど、ひとり親世帯、非正規の女性などがコロナ禍での一番の犠牲になっている」として、未だ使われていない予備費7兆円をすぐに使って、支援金、助成金を再交付すべきだと強く迫りました。菅首相はGoToの素早さとは違って、のらりくらり逃げています(1:25:51〜1:30:13)。また、言葉が矢のように通る田村智子議員も、医療や経済や暮らしを第3波の中でどう支えるのか、7兆円の予備費をどう使うのか、野党は一貫して具体的な支援策を提示している、年が明けてからの第三次補正予算では間に合わない、今すぐ使途を示すべきと猛烈な勢いで迫りました。「これ、諦めるわけにはいかないんです私たち。命かかってますから!」(2:47:30〜2:52:00)。今ですら「生活困窮者支援の現場は野戦病院のようだ」という状況なのに、政府は7兆円もの予備費を出さずにどうするつもりなのでしょう。上級国民のお小遣いと思ってないか?
休業支援金が必要な人々に届いていないボトルネックを粘り強く訴えて来られた塩村あやか議員達は、申請条件の緩和を実現されました。事業主の協力を得られなかった方も再確認を。
(まのじ)
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配信元)
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【国会中継】参院予算委 菅首相ら出席し集中審議(2020年11月25日)
配信元)

[桜を見る会問題] 公職選挙法違反、政治資金規正法違反、安倍前首相の事情聴取を視野についに検察が動き始めた

 23日から突然「桜を見る会」前夜祭問題がメディアに溢れかえりました。読売新聞のスクープを追うように、あのNHKまで詳細に安倍晋三事務所の費用補填を解説するという、ほとんど前代未聞の珍事に思えました。今騒がれている内容は、本当は1年前に大騒ぎになるはずだったのに、なぜ唐突に検察が動き出したのだろうとそちらの方が不思議です。「特捜部は安倍前首相の事情聴取も検討」と報じられ、まあ、がんばってくれ給え。国民としては、これまで散々「詰んだ」状態をズルズルとなし崩しにされ、検察への信頼は崩壊しています。リテラでは、今回の展開について、官邸の守護神・黒川弘務・前東京高検検事長が居なくなったことで、現場での捜査がやりやすくなったことと、安倍前首相の復権を封じ込めたい菅首相の思惑とも示唆していました。しかし、ゆるねとにゅーす管理人さんは、桜疑獄は菅首相も一蓮托生で、わざわざ再燃させることに「あんまりいいことがないような」との、ごもっともな見解です。今国会での姑息な陽動作戦か、あるいは菅現政権や安倍前首相の権力争いごときではない、もっと深いレベルでの地殻変動が起こっているのではないかという気すらします。ただ確実に言えることは、桜を見る会問題はもとより森友改ざん問題、加計問題など数え切れないほどの国民への背信を忘れ去ることなく抗議し続けることが、これからの道を決定すると。
(まのじ)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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「予防接種法改正案」衆院通過、けれども世論を受けて有望な付帯決議が 〜 学校や職場でのワクチン強制を拒むことができます

 19日、衆議院で「予防接種法改正案」が通過しました。「国民にはワクチン摂取の努力義務があること」「費用は全額国費負担」という内容から、ワクチン接種が強制となる懸念が繰り返し指摘されていたものです。17日に参考人として国会に立った宮坂昌之・大阪大学名誉教授は「製薬会社の言うワクチン90%〜94%の有効率への誤解」と「日本での第3相試験を飛ばしたワクチンの安全性には懸念がある」ことから、「希望者から摂取することが大事で、努力義務は倫理的に問題」「このワクチンに関しては医療従事者から優先摂取するのは疑問」「安全が確認されることと、個人の意思が何より大事」(8:10〜26:54)と発言されていました。またご自身も「当面私は打たない」とも言われていました。そこに加えて、加藤官房長官まで「俺は射たねーよ」と言ったとか、語るに落ちたり。
 衆院通過に至るまでの厚労委員会では、立民、共産の議員が次々とワクチンの有効性や安全性、そして学校や職場などで想定されるワクチン摂取の強制や義務化への懸念を取り上げました。事実、日本独特の同調圧力の結果、医療現場でのワクチンを打たない労働者への異動や解雇、学校でのいじめ、また高齢者施設に入所時の差別まで、すでに起こっている具体的な問題に国が応えるよう訴えました。こうした奮闘の成果でしょう、法案通過に際して、重要な付帯決議が付きました。
摂取するかしないかは、国民自らの意思に委ねること
摂取しない者への差別、いじめ、職場や学校等における不利益取扱い等は決して許されるものではないことを周知徹底させる
とあり、これはなかなか心強い味方です。法律家によると「例えば職場でワクチンを指示された場合は、それを断る十分な理由になる」そうです。ワクチンを必要と思う国会議員さん達も、多くの国民の心配は無視できません。私たちも諦めずにしっかり調べて、政治に声を届けましょう。
(まのじ)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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配信元)
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米コロナワクチン「当面は私は打たない」 免疫学の第一人者が憂慮する「禁じ手」
引用元)
 免疫学の第一人者、宮坂昌之・大阪大名誉教授が17日、毎日新聞の取材に対し、新型コロナウイルスのワクチンを開発中の米製薬大手2社が競うように「90%超の有効性確認」との驚異的な治験結果(初期データ)を示したことに絡み、「このワクチンが使えるようになっても、当面は私は打たない」と明言した
(中略)
間違えて理解しがちだが「100人にワクチンを打ったら、90人には効く」という意味ではない。「有効性」とは、ワクチンを打たなかった人(非接種者)の発病率を1としたときに、接種してその発病率がどのぐらいの割合に下がるかを推定したものを言う。「9割の有効性確認」を言い換えると「ワクチンを打たずに発病した人の9割は、ワクチンを接種していたら発病しなかったはず」ということを表している
(以下略)
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厚生労働委員会 予防接種法及び検疫法の一部を改正する法律案の附帯決議
引用元)
予防接種法及び検疫法の一部を改正する法律案に対する附帯決議

 政府は、本法の施行に当たり、次の事項について適切な措置を講ずるべきである。

一 新型コロナウイルスワクチンの接種の判断が適切になされるよう、ワクチンの安全性及び有効性、接種した場合のリスクとベネフィットその他の接種の判断に必要な情報を迅速かつ的確に公表するとともに、接種するかしないかは国民自らの意思に委ねられるものであることを周知すること。

二 新型コロナウイルスワクチンを接種していない者に対して、差別、いじめ、職場や学校等における不利益取扱い等は決して許されるものではないことを広報等により周知徹底するなど必要な対応を行うこと。
(以下略)

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*まるっと◎なんくるないさぁ~* あい∞ん在宅看取り介護8

 「身体さん」が心地良くなるよう心を込めて工夫をこらしてお世話をされた、あい∞んさんでしたが、お父様の「魂」さんとはどのように向き合われたのか、ずっと気になっていました。今回は、あい∞んさんとお父様の心もようを伺ってみました。
(まのじ)
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あい∞ん在宅看取り介護8


Q.介護を続けるうちに、次第に先のことを意識せざるを得なくなると思うのですが、「言いにくいこと」を伝える場面はありましたか。

介護を始めて2週目あたり、4/6頃に、ストローを使って自分で飲むことができなくなりました。吸い上げる力が無くなってきたのだと思います。いずれ飲んだり食べたり出来なくなる時がくることを予想して、その時には2つの選択肢があることを父に話しました。点滴をして栄養をとるか、自然に任せるか、です。


その2つのメリット、デメリットを説明して、父に決めてもらおうと思いました。

点滴をするメリットは、自然に任せるよりは、少し長く生きられるかもしれないということ。デメリットで考えられることは、身体が受け付けないのに無理に栄養や水分を入れたりすると、身体の何処かに水分が溜まって浮腫んだり、痰がすごく出たりする可能性があって、思いがけず苦しむ時間が長くなるかもしれないこと。

自然に任せるメリットは、苦しまずスッと逝ける可能性があること。祖母の妹(父にとっては叔母)は延命治療などは一切せず自然に任せていて、最期、急変してからは短い時間で余り苦しむ様子もなく、穏やかにスッと旅立てたことを父も思い出せたかもしれません。デメリットは、もしかしたらすごくお腹が減ってしまうのかもしれない!? 我慢できないくらいひもじい場合には、その時に点滴お願いしたら良いかもしれないよ…と伝えました。


また他にも、医師や看護師さんから何か大事な判断を求められた時、父自身で会話が出来ない、意識がハッキリしない場合、母(妻)と私(娘)と、どちらに決めてもらうことを希望するかも尋ねました。その他、お葬式についてなにか希望がある?母や私で決めて大丈夫?と訊きました。

この時「亡くなった後、3日間は魂のために肉体を焼かない方が良いそうだから、そうしても良い?」「お葬式は密葬で良い?」「御香典は受け取らないけど良い?」と父に問いました。

死に関することを父に直接訊くのは、本人にとって辛いことだろうなと思いましたが、やっぱり避けては通れません。本人の許可無く勝手に決めたり祈ったりすることはヤマ・ニヤマに反する、と学んでいましたし、父と私のカルマにも係わってくることなので…やっぱり本人にきちんと選択して決めてもらううことが重要と思いました。

一生懸命説明をして、どうする?と訊いたら、父は嫌そうな顔で、そしてちょっと怒ったような口調で、「解らん!」と言いました。そうだろうなあ、だけど決めることを避けてはいけない、自分自身のことなんだから。。。。

父に「自分の身体のことだから自分で決めないといけないし、私には決められない。勝手に決めたら私の罪になるから…それは困るよ。」と話して、「点滴を受けるかどうかを先生に訊かれた時には、どうか自分で先生に言ってね。」と根気よく説明しました。
なんとか自分で決めてほしかった。


父の決断は「そのままで、自然に委せる。重要なことは娘(私)に決めてもらう。お葬式も一切任せる。」という答えでした。

この答えを聞いて、今度は母にも同様の説明をしました。父の出した答えを伝えて「お母さんはどうしたい?」と訊きました。母も父と同様の選択でした。


Q.あい∞んさんに一切を任せると決められたのは、最善を尽くしてくれるはず、というご両親の信頼でしょうね。

介護を始めて6週目くらい、4/26頃から父の呼吸がしばしば止まりそうになりました。その時期は身体の変化が著しかったです。胸からゴロゴロ音がしたり、シャックリが何日も止まらなかったり、体温計のエラーが続いたり、右脇、左脇で体温差があったり。左側の瞼と目の下のところが、ずっとピクピク動いていたり、尿の汚れが強く量も多くなりました。便が大量に出たり、ストーマの袋もガスで直ぐにパンパンに膨らんだりしていました。


その頃、父が、目をパッチリ開けて何処かをじっと見ていることや、上に手を伸ばして何かを掴もうとしていること、誰かとはっきりと話をしていたことがあり…。

あぁ…死が近いのかもしれないな…と感じました。

「シャックリが三日続くと死ぬ」とどこかで聞いたことがありますが、確かにシャックリは身体にとってかなり負担のかかることだと、後から思い至りました。呼吸も、マラソンをしている時の様な、2回づつ吸う吸う、吐く吐く、みたいなリズムでした。寝たきりでも、ずっと走り続けている様な大きな負担が身体にかかっていたのではないのかな…。

呼吸が止まりそうになったり、気づくと呼吸が止まっていた時は、父の目がパチパチっとなって、「あれ?」というビックリ顔になっているように見えました。手を握ってあげたり、胸を撫でてあげたりして、しばらくすると呼吸が戻ることが続きました。

父の眼がとても澄んできていたので、お迎えも近いのかもと感じました。父が穏やかに神様に意識を向けて旅立ち出来そうかも…と、ちょっと、ほっ…とするような気持ちにもなりました。その時期、娘も学校から帰省中でしたので、みんなが揃っている時に穏やかに見送れたらと思って、娘と一緒に父の手をさすってあげたり握ってあげたり、「今まで、ありがとう。」とか、「あんまり優しくしてあげられなくて、ごめんね。」とか話しかけながら、ずっと傍に居て見守っていました。


本当に何度も呼吸が止まり、しばらくそのままなのですが、必ず息を吹き返して、ちょっと、ほっ…とした顔をしている様に見えたので、「あれ?何かちょっとおかしいな…、もしかしたらまだ逝きたくないのかも?」という考えが浮かびました。

「三脈を測ること」を、ぺりどっと通信で教えていただいていたので、自分なりに父の三脈をとってみると…あら?どうやら脈がすごく元気かも!?ドクドク元気な血流で、ズレていないかも!?私の脈と比べてみよう…と自分の脈を測ってみたら、すごく弱々しくて…余りよく解らん…私の方が死にそう?!な脈やん!! と、コントみたいなことが発覚して、娘と顔を見合わせてしまいました。

父に、「もしかして、死ぬの嫌なん?」と聞いてみたら、こくんと頷きました。「死ぬのが恐いん?」と聞いてみたら、また頷きました…。

旅立ちを怯えながら死ぬのは良くないかも…と感じたので、父に、死ぬのは恐くないから大丈夫、と伝えました。以前にも一度伝えていたことをもう一度、竹下先生の講話で教えて下さっていること、教えて頂いた内容を、父にも伝えました。

もしも誰かがお迎えに来てくれるなら、一体誰が来てくれるのか私なら楽しみだし、もしかしたら父の親友キンちゃんが迎えに来てくれたりしたら楽しみじゃない?と父に話すと、表情が柔らかになりました。

死ぬ時には、神様が迎えに来て下さって「痛いのをよく我慢してがんばったね」と、きっと褒めてもらえるね、と父に言うと、頷きました。死ぬ時には、神様に「良いところに連れて行って下さい」とお願いして安心していたら良いよ~、幸せになれる場所に行って、幸せにならんとね♪と父に言うと、顔と心がほころんだ様に見えました。


きっと心の深いところに、届いたかも…安心したかな…と思いました。呼吸が止まっている時は痛くないの?と訊いてみたら、痛くはないのだそう。

痛くないなら良かったな…と、私も安心しました。


「なんくるないさー」は、挫けずに正しく歩むべく努力すれば、いつか良い日が来る、という意味だそうです。生きている中で沢山の色々な事が起こるし、沢山挫折もするけど、「まるっ」と今を受け入れて、「なんくるないさぁ~」を心の杖にして生きれたなら良いな~♪
(あい∞ん)