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関電金品受領問題の「黒幕」は関電に他ならず、追及すべきはその不正と関電マネーの流れ、そして政治家の関与 ~地域と住民の隅ずみまで支配するために「部落解放同盟」を利用していた関電

竹下雅敏氏からの情報です。
 冒頭の示現舎の記事が示しているように、関電の事件が「同和案件」であることは確定しています。ネットを見ていて困惑するのは、“騙されるな!関電事件を同和問題にすり替えようとする奴らがいる”とする論調です。要するに、「関電は同和圧力の被害者」という立場を取り、問題をすり替えようとしているというのです。普段はまともな論評をする人たちまでこのようなことを言うので、驚きます。
 香港デモの日本での報じ方を見ても、「人権」を持ち出すと、いわゆるリベラル系の人たちを簡単に騙せるのだなと思います。こうした人たちは、香港デモの背後にCIAが暗躍している明らかな事実を認めようとしません。
 関電の事件も同様で、「同和」という文字を見ただけで過剰な反応を示すことに驚きを禁じ得ません。事実を事実として見たらどうでしょうか。
 リテラに書かれている通り、“森山元助役が同和団体関係者であったことは事実”です。問題の本質は、関電が、“地域と住民の隅ずみまで支配するため”に、「部落解放同盟」を利用したということです。記事では、“それによって住民を思いのままにできるだけでなく、住民の不満は「解放同盟」に向かうことはあっても、関電に及ぶことはない”と書かれています。
 引用元では、「部落解放同盟」だけではなく、暴力団や悪徳ブローカーなどを用いて、電力会社が土地の確保や原発反対運動封じ込めを行ってきた具体例が書かれています。原発用地取得に関わったゼネコンや建設会社らから、政治家の資金管理団体は政治献金を受け取っていたわけです。
 リテラは、“この問題の「黒幕」は関電に他ならず、追及すべきはその不正と関電マネーの流れ、そして政治家の関与”だとしていますが、この通りだと思います。ある意味で、この事件はあまりにもわかりやすく、闇の全体像がくっきりと浮かび上がってくる類の事件です。
 越後屋(森山元助役)と悪代官(関電)だけではなく、殿様(政治家)、そして水戸黄門(総理)と助さん(検察)と格さん(警察)もすべて共犯という、実にわかりやすい事件なのかも知れません。
(竹下雅敏)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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「同和と関電」高浜町ファクトチェックの旅
引用元)
(前略)
今回の記事のメインテーマは『前衛』(1982年8月号)「原発のある風景」のファクトチェックである。(中略)… その名の通り『前衛』は共産党の理論誌であり『赤旗』と並ぶ党のシンボルだ。
(中略)
森山が部落解放同盟員か否かという点についてはもう結論が出ている。高浜町の郷土誌青郷編纂委員会編『郷土誌青郷』(郷土誌青郷編纂推進協議会)にこんな記述がある。

高浜支部の結成は福井の各地の被差別部落に大きな影響を与え、その後の福井における解放運動の拠点を築いた。結成当時の役員は次のとおりである。支部長 山本惣太、副支部長 田中稔、山下孝次、山本操冶、書記長 森山栄治が三役の任にあたり、この他に若干名の役員で執行部を構成した。田中稔他三役の活躍は目覚ましく、なかでも特に書記長になった森山氏は以前は、解放運動の進んでいた京都府綾部市の職員として勤務していた関係もあり、解放運動にもくわしく支部結成に積極的な役割を果たし、その後四七年まで高浜支部の解放運動の中心的な役割を担った。
(以下略)
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「関電は同和圧力の被害者」はスリカエ! 原発マネー還流させ、同和・政治家・暴力団を利用する電力会社の黒いやり口
引用元)
(前略)
すでに複数の週刊誌も触れているように、森山元助役が同和団体関係者であったことは事実だ。そのことは、原発問題を追及してきたジャーナリスト・柴野徹夫氏が、「しんぶん赤旗」記者時代の1980年代に発表した現地ルポにも記されている。同ルポよれば、
〈高浜町では、関電と直結した浜田倫三町長と森山栄治助役が、町行政の隅ずみまで君臨し、私利私欲をむさぼっていた。少しでも町政を批判する者には、たちまち脅迫と報復で報いた〉。森山氏は〈町政の実質的ボス〉として、町内の部落に〈自ら組織した「部落解放同盟」を指揮して、だれかれ容赦なく“糾弾”を繰り返してきた。町議会までもが町長・助役の脅迫に屈し、その“親衛隊”になりさがっていた〉(『原発のある風景』下巻/未来社)
(中略)
〈地域と住民の隅ずみまで支配するために電力会社は、活用できるものは何でも活用する。「部落解放同盟」の名で住民を組み敷く町行政は、関電にとっては願ってもない“忠臣”であった。それによって住民を思いのままにできるだけでなく、住民の不満は「解放同盟」に向かうことはあっても、関電に及ぶことはない。

 この巧妙な支配構図の裏で、関電の大がかりな建設工事や脱税がすすみ、浜田町長や森山助役、さらに公共事業に巣食う平川土木建設らが利権をむさぼっていた。その陰で、多数の無力な住民たちが人権を踏みにじられ口惜し涙を流していたのである。〉(前掲『原発のある風景』下巻)
(中略)
 もっとも、電力会社が土地の確保や原発反対運動封じ込めのために“利用”したのは、なにも同和団体だけではない。暴力団や悪徳ブローカーなど、使えるものすべてを取り込んで、原発の建設・稼働や地域の“地ならし”に投入してきた。
(以下略)

高浜町の実質的なボスは、同和地区西三松部落に自ら組織した「部落解放同盟」を指揮した森山助役だった ~「同和案件」だった今回の関電の不祥事

竹下雅敏氏からの情報です。
 冒頭のツイートで、「< ルポ>原発のある風景(3) 病める町政」という赤旗記者の告発ルポが4ページにわたって引用されています。この内容が、ものすごいです。できれば文字を大きくして、全文をご覧ください。衝撃的な内容です。
 記事によると、高浜町の実質的なボスは森山助役だったと書かれており、“町内の同和地区西三松部落に自ら組織した「部落解放同盟」を指揮して…町議会までが町長・助役の脅迫に屈し、その親衛隊になりさがっていた”と書かれています。
 3つ目のツイートには、当時の森山助役が、ある女性教師を糾弾し辞めさせたとありますが、先のルポによれば、会議室に呼び出されたこの女性教師は、森山助役の怒声に疲労困憊し、「謝罪文」に署名させられたと書かれています。糾弾は5時間にも及んだとのことです。
 この事件以来、高浜町の教育には、町長、助役が介入するようになり、教師たちは上からの業務命令によって、同和の全国集会に動員させられたと書かれています。
 彼らにとって都合の悪い人間を、人権を理由に排除するのは、常套手段のようです。「差別発言」なるものを捏造し、先の女性教師のように糾弾するのです。記事では、町役場3階会議室で「議員同和研修会」なるものが開かれ、当時の浜田町長の対立候補であった一瀬議長に対する糾弾劇の様子が書かれています。一瀬氏はこの時の糾弾によって卒中で倒れ、再起不能になったとのことです。
 記事で驚くのは、主に1978年当時の状況をルポしているのですが、すでに不正選挙について言及しているのです。高浜町では選挙のたびに不正が起こり、主に3つの不正行為が行われているとあります。
 1つは、役場、保育所、給食センター、教職員への不在者投票の強要で、上司の業務命令として強制されていたと書かれています。不在者投票所では森川助役や教育長が傍を離れず、“投票用紙を入れた封筒には封をさせてくれなかった”とあります。
 2つ目は開票所での不正で、森山助役が開票事務責任者として指揮していたとのことです。開票中に職員が票を持って部屋を出入りする場面さえ見られ、開票作業では2回も停電したというのです。
 3つ目は、選挙の3,4ヶ月前に実体のない転入者が激増し、不在者投票をするという手口です。原発関連の下請け労働者とその家族に転入手続きを取らせていたと書かれています。記事では、“久しぶりの出稼ぎの夫に会いに来た妻達は、交通費、宿泊費、謝礼付きの投票旅行を楽しんで、満足して帰っただろうか”と書かれています。しかも、この方法は、“公明党が創価学会員を使ってよくやる手口である”と書かれているのです。
 このように、少なくとも1980年代前半には、不正選挙の手口を共産党はよく知っていたことになります。ここまで詳しく理解していて、共産党はどうして不正選挙について口をつぐんでいるのでしょう。
 このルポを読むと、今回の関電の不祥事が「同和案件」であることかわかります。関電は原発事業をスムーズに行うために、部落解放同盟を利用したのは明らかです。町長・助役さえ取り込んでおけば、町で彼らに逆らえる者など誰もいません。記事では、“住民は…戦戦兢兢として、自由にものも言えない空気が町を支配していた”と書かれています。
 利用するだけ利用して、事件が発覚すると、関電側はまるで自分たちが被害者であるかのように振舞っています。彼らよりも腹黒いのが政治家だと思われます。この原子力行政の闇は、徹底的に暴かなければなりません。
(竹下雅敏)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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配信元)
 
 
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「解同」の無法はまだ続いているの?
引用元)
(前略)
 同和対策特別措置法が施行された69年以降、行政が「解同」の暴力・どう喝に屈服し、「解同」いいなりの同和行政が強行されてきました。同和事業は、「解同」が牛耳る「府同和事業促進協議会」を通じて実施する、との「窓口一本化」を約束したのです。事実上「解同」の承諾なしにはすべての同和事業が実施できない仕組みにされました。

 同和事業は、02年3月に国の法律が失効しましたが、府市とも行政としての主体性を放棄し「差別ある限り同和行政は継続する」との立場で「府同促」を「人権協会」と名前を変えただけで同和行政を継続しています。

 日本共産党以外の各党は、「解同」に特別の利権を与える同和行政のあり方に、異論をはさまず予算に賛成してきました。「解同」の暴力・どう喝に屈せず、同和行政の終結こそ、同和問題解決の確かな方向であることを一貫して訴えているのは、日本共産党だけです。(嶋)

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思想家の内田樹氏「原発の多くは賊軍とされた地域に立地されている」「政治的な意図をもって、政府のどんな要求に対しても断ることができないくらいに貧しい地域が作り出されている」

竹下雅敏氏からの情報です。
 冒頭の記事は昨日知ったのですが、原発問題にこのような視点があるのかと驚きました。思想家の内田樹氏によると、“原発の多くは賊軍とされた地域に立地されている”というのです。記事には、17カ所54基ある原発のうち、13か所46基の原発が「賊軍」地域に所在するとあります。
 “続きはこちらから”では、各地の原発に対する具体的な記述があります。原発が貧しい地域に集中して建てられていることがわかります。
 内田樹氏の「東北論」では、“政治的な意図をもって、政府のどんな要求に対しても断ることができないくらいに貧しい地域が作り出されている ”とし、福島も地元が原発を誘致したが、それは地元に産業がないから。しかし、産業がないのは努力が足りないのではなく、“戊辰戦争以来150年間の、東北に対する政治的・経済的な制裁の結果”だとしています。
 靖国神社に賊軍を合祀しないことを見ても、確かに、“政治的な意図を持って…貧しい地域が作り出されている”というのは、正しいのかも知れません。
 記事の引用元では、安倍政権は「グローバル化推進政権」であり、グローバル企業には国土も国民もなく、“金儲けにしか興味がない”と言っています。“守るべき国土、扶養すべき国民という概念が空洞化…どうやって自分たちの私的なビジネスを税金で支援させるか、どうやって私用のために公務員を使うか”という方向に向かっていくと言っています。
 これは2013年の4月の記事なのですが、モリカケ問題を例に挙げるまでもなく、安倍政権は、まさにこの通りのことをやっています。
 原発再稼働を要求しているのはグローバル企業であり、彼らは儲けのことしか考えていない。長期的に見れば、原発は取り返しのつかない損害をもたらす可能性があり、「割に合わない」。しかし、グローバル資本主義者は、“日本列島がどれほど汚染されようとも、個人資産が増えるなら、全然問題ない”。しかし、金儲けにしか興味がないこうした連中が、“国民国家の政策決定に深く関与”していることが問題だとしています。
 大変優れた見解だと思います。「反グローバリズム、反竹中平蔵」「上級国民殲滅」が正しい道筋だということかわかります。
(竹下雅敏)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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内田樹氏が指摘する「賊軍地域に原発集中」は本当か?
引用元)
(前略)
思想家の内田樹氏は2013年4月、ブログで「白熱したインタビュー」の内容としてこんな自身の発言を紹介している。

〈戊辰戦争ですよ!  決まってるじゃないですか。戊辰戦争で、奥羽越列藩同盟【注】が賊軍になって、それからあと150年間、中央政府によって有形無形の差別を受けてきたからですよ〉

【注:戊辰戦争中に、東北・北越の諸藩が結んだ反維新政府による軍事同盟】
(中略)
内田氏は東京をはじめ、関東で消費される電力が福島など、関東以外の地域にある原発から供給されることを「賊軍差別」の表れだと断言し(中略)… 原発の多くは賊軍とされた地域に立地されていると主張した。
(中略)
◆17か所13か所が賊軍地域
 現在、日本国内に原発は17か所54基ある。現在原発が置かれている場所と、戊辰戦争で賊軍とされた旧幕府軍側だった藩のある県を照らし合わせると、実に13か所46基の原発が「賊軍」地域に所在する。
(中略)
 明治の藩閥政治においては、賊軍地域出身者は政官財のどの世界でも出世の道が閉ざされていた。
(以下略)
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東北論
引用元)
(前略)
―原発の話にもどるんですが、原発って、東京で消費する電力を、福島で作ってたわけですよね。東京の犠牲になっていたわけですよね。なんでそういうシステムが生まれてしまうのでしょう。
 
戊辰戦争ですよ!決まってるじゃないですか。戊辰戦争で、奥羽越列藩同盟が賊軍になって、それからあと150年間、中央政府によって有形無形の差別を受けてきたからですよ。
(中略)
六ヶ所村ってあるでしょ。あれは昔の斗南藩の領地なんです。会津藩が戊辰で負けた後に、改封されて極寒の下北半島の原野に移された。不毛の荒地に。吹雪が吹いて、食べるものもろくに採れないところに会津藩士たちは追いやられ、そこでずいぶん餓え死にした。その斗南藩のところに今六ヶ所村の再処理施設があるわけですよ。
(中略)
―ということはそのシステム自体は、たとえば自分たちがそのシステムを認知したとしても、そうそう変わらないということですか。
 
だって150年かかって作り込んでいるんだから。福島とか新潟とか福井とか、原発があるのは戊辰戦争で負けた藩のところばかりでしょう。戊辰戦争で勝った側にあるのは・・・玄海が佐賀にあって、それから川内が鹿児島にある。佐賀も佐賀の乱で中央政府に反抗してるし、薩摩は西南戦争で反抗しているから。だから、長州には原発がない。今、一つだけ上関に計画だけあるけれど、地元の反対運動で結局まだできていない。調べればわかるよ。戊辰で勝った側と負けた側の原発設置比率は。歴然とした差がある。要するに、賊軍にされた地域は貧しいままにとどめおかれたということですよ。

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[竹下雅敏氏]八咫烏及びその関係者と同族の千利休とその末裔


竹下雅敏氏からの情報です。
 これまで何回か、八咫烏及びその関係者と被差別民との関連について記事にしました。今回は、千利休が彼らと同族であるという主張が正しいことを示す内容です。
 茶道具に茶筅がありますが、これは空也上人が行動を共にした念仏聖たちに由来があるということでした。彼らは全国を遊行し、中には町の境に住む者たちも現れ、次第に差別されるようになったということでした。
 柳田国男によれば、“鉢叩きというヒジリがいる…彼らがハチ屋と呼ばれるのは、町や村のはし、すなわち境に住んでいたからだ”ということでした。千利休が茶聖(ヒジリ)と呼ばれ、堺の町に住んでいたというのも、納得できるのではないでしょうか。
 “続きはこちらから”以降の記事をじっくりと読めば、千利休、そしてその末裔が同じ一族であるという理由が、よくわかると思います。
(竹下雅敏)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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千利休
転載元より抜粋)
千利休像 (長谷川等伯画、春屋宗園賛)

千利休像
(長谷川等伯画、春屋宗園賛)

千利休(せん の りきゅう、せん りきゅう、大永2年(1522年) - 天正19年2月28日1591年4月21日))は、戦国時代から安土桃山時代にかけての商人茶人

わび茶(草庵の茶)の完成者として知られ、茶聖とも称せられる。また、今井宗久津田宗及と共に茶湯の天下三宗匠と称せられ、「利休七哲」に代表される数多くの弟子を抱えた。子孫は茶道三千家として続いている。
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表千家の歴史
転載元より抜粋)
成立

茶の湯の大成者である千利休(せんのりきゅう)の没後、千家は2代・千少庵(せんしょうあん)、3代・千宗旦(せんそうたん)と続いた。3代宗旦の三男である江岑宗左は、宗旦の隠居に伴い継嗣として不審菴を継承した。宗左は千家の直系を継いだわけであるが、宗旦は屋敷の裏に今日庵を建てて隠居所とした。宗旦の死後、今日庵を四男の仙叟宗室が受け継いで独立し、裏千家となった。また次男の千宗守が養子先から出戻ってきて別に一家を起こし武者小路千家となった。こうして表・裏・武者小路の三千家が成立した。
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千家の系図
転載元より抜粋)
実線は実子、点線(縦)は養子、点線(横)は婚姻関係。

senke-keizu

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記事配信元)
本記事文章は現在公開を停止しております。 (2016/4/23)
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[中西久夫氏]二人の空也上人 〜天皇と被差別民という対極にある存在が、なぜかくも強い親近性をもっているのか〜

竹下雅敏氏からの情報です。
 私の直観では、空也上人は醍醐天皇第五皇子です。彼が“親しく交流したのは被差別民とされる「念仏聖」たち”だったとのこと。空也上人は“弟子たちに「茶筅」の作り方を教え、それを売り歩くことをすすめた”とのことです。記事では、“天皇と被差別民という対極にあると信じられる存在が、なぜかくも強い親近性をもっているのか”という疑問と共に、茶道会の千家と華道会の池之坊家に対して、“両家ともに姻戚関係などを通じて天皇家に接近しようとする”のはなぜなのかという疑問を呈しています。
 昨日の柳田国男氏の論考に対するコメントを見ればわかると思います。皆一族なのです。
(竹下雅敏)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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二人の空也上人
記事配信元)
本記事文章は現在公開を停止しております。 (2016/4/23)
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