オバマの勝利の背後
米国戦争屋グループであるブッシュJr. 政権の8年間がようやく終わろうとし、このブッシュJr. 政権の
任期満了に伴う米国大統領選が2008年に行われていきました。当初の大方の見立てでは民主党の候補としてヒラリー・クリントンが有力視され、大統領候補の最右翼と見られていました。
ところが実際には、
バラク・オバマがヒラリーとの接戦を制して民主党の候補となり、さらに共和党候補のジョン・マケインを大差で破って大統領選に勝利したのでした。
2008年大統領選挙でのオバマ候補陣営のキャッチフレーズが「イエス・ウイ・キャン(そうだ、私たちはできる)」「チェンジ!」でした。
2009年1月バラク・オバマが米国大統領として就任式を迎えます。米国初の黒人大統領であり、副大統領に就任したのはジョー・バイデンでした。
「チェンジ!」を掲げたこのオバマ政権のスタート時の支持率は驚異の7割台でした。この高い支持率は米国民衆のオバマ政権への期待を表すと同時に、ブッシュJr. 政権の8年間にいかに辟易としていたのかの現れだったのです。
実際のところは、その後段々とオバマ大統領は非常に問題のある人物であったのが表出してきます。しかしそれでもヒラリー・クリントンそしてジョン・マケインが、当時に米国大統領に就任するよりは“ずっとマシ”ではあったのです。
ヒラリー・クリントンにしてもそうですが、特にジョン・マケインが米国大統領に選出されていたならば、第3次世界大戦を阻止していくのは非常に難しいことになっていたと思われます。何しろジョン・マケインは『櫻井ジャーナル』
2016.05.22記事にて、「マケインはロシアとの核戦争へ突入しようという人物だった」と評される人物です。事実として2010年代には、マケインはジハード団に指示して暴れまわらせ、トルコ、シリア、ウクライナなどに軍事介入してきた人物でした。要はジョン・マケインは米国戦争屋グループのネオコンの一員でした。
2013年にシリアに不法に入国し、反政府勢力を訪問した
ジョン・マケイン上院議員。
ヒラリー・クリントンも同類です。2008年の米国大統領選でオバマが勝利していない状況であれば、ブッシュJr. 政権に引き続いて米国戦争屋グループの天下が続き、彼らは世界を荒らし回って、第3次世界大戦の道が引かれていったと思われます。
現に米国戦争屋グループの総帥であるデイヴィッド・ロックフェラーは、統一世界政府樹立に既に手が届く段階に達した旨の発言をしており、その判断に基づいて2001年の911テロを起こさせ、あからさまな統一世界政府樹立への動きを見せていたのです。
しかし、その動きに待ったをかけられたことがオバマの大統領の選出という事象になったはずです。
このオバマが大統領に選出される背後では、日本で言う「リーマン・ショック」が進行していたのです。リーマン・ショックがデイヴィッド・ロックフェラーの野望をくじき、更にはデイヴィッド・ロックフェラーを最高権力者の座から引きずり下ろすことになります。
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孵化したばかりのクロアゲハが、枝にぶら下がって羽を乾かしている。
田んぼは田植えが終わり、水面を渡る風が涼しい。
こんな平和な光景を見ながら、秘密警察に脅かされながら生活している北コソボのセルビア人のことを考える。
尊敬する友人が逮捕され、警察で暴力を振るわれていると聞く。
愛する夫が逮捕され、かわいい我が子が警察にボコボコにされて帰ってくる。
「何があっても心の平静を失わない」修行とは言え、どんなにきつい日々だろう。