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ぴょんぴょんの「挑発するコソボ(5)」 ~「セルビア自治体共同体」をめぐって

2月27日、ブリュッセルで、
暫定コソボ共和国のクルティ首相と、セルビア共和国のヴチッチ大統領、
EU、アメリカの代表をまじえての会談が行われました。
この記事を書いている時点で、会談の様子はわかっていませんが、
10年前の「ブリュッセル合意」(Wiki)ですでに合意された、
「セルビア自治体共同体」の議題が出たと思われます。
(ぴょんぴょん)
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ぴょんぴょんの「挑発するコソボ(5)」 ~「セルビア自治体共同体」をめぐって

セルビアの有名な「モスクワ・シュニッツ」


今日もまた、コソボかあ。

そんなガッカリした顔、するなよー。
今が、いや、これからが正念場なんだから、つきあえよな。

・・でも、もっと、おいしい話がいいな。

よし! じゃあ、セルビアのうまいもんを教えちゃる。
これが有名な「モスクワ・シュニッツ」だ!


へえ、セルビアって田舎だと思ってたら、こんな小ジャレたケーキがあるんだ。
でもなんで、ケーキの名前に「モスクワ」?

セルビアの首都ベオグラードにある、ホテル・モスクワで生まれたから。


うわあ!!
おとぎ話に出てきそうなホテルだね。

なんでも、この建物が建てられたのは1908年。

100年以上経ってる!
でも、ここ、セルビアでしょ?
ロシアじゃないのに、なんでホテル・モスクワ?

1908年と言えば、「セルビア王国」の時代。
貧しかったセルビア王国に、ロシア帝国が投資の目的で建てた多目的宮殿「Rossiya」が、ホテル・モスクワになったのよ。(Wiki

いかにも、ロシアの華やかなりし帝国時代の建物って感じ。

「モスクワ・シュニッツ」が誕生した1970年代、ホテルのパティシエはお客に出すスイーツに頭を悩ませていた。と言うのも、セルビアは貧しくて材料が乏しかったのよ。
そこで、当時高級品のパイナップルに自国産フルーツやナッツを加えて、特製クリームでサンドにしたケーキを考案した。

水増しケーキにしては、おいしそうだね。
ベオグラードに行ったら、食べてみたい。

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ユダヤ問題のポイント(日本 平成編) ― 第1話 ― バブルの破裂

 私はバブルという異様な期間をモロに体験した世代になります。しかし記憶の点でいうと、バブル期ではなく、バブルがはじけた後のことが深く刻み込まれています。企業経営者などが次々と首をくくるなどして、自殺していったからです。彼らは自分が死ぬことで、かけていた保険金を受けて、借財返済の当てにしようとした方が多数いました。一人で企業破綻、返済不能の責任を取り、自殺していくのです。私の知り合いも自殺された方がいます。そういった光景に立会いながらも、私達には為すすべもありません。
  • なぜバブルが発生し、そして破裂したのか?
  • その責任所在は誰にあるのか?
何もわからないのです。どうしようもありません。
 あの事態が理解できたのは、竹下さんに教えていただいたヴェルナー氏の『円の支配者(編集者註:ドキュメンタリー映画「円の支配者」文字起こし記事はこちらの中古本を読み込むことによってでした。この世界のお金が作られるのは、銀行の貸出という信用創造によることもこの時に同時に理解できたのです。2010年の秋のことでした。まるで覆っていた霧や砂がはらされて、隠されていた古代都市が生き生きと現出したような感覚があったのを記憶しています。「よ〜し、これを伝えていかなくては!」、そう思っていた時に発生したのが東日本大震災でした。
 話を戻します。バブルの生成と破裂、それに伴う日本経済の転落と多数の自殺者、これの主犯が日銀「日銀のプリンス」たちです。日銀のプリンスとは日銀生え抜きで、日銀副総裁から日銀総裁になった円の支配者」であり、バブル破裂時にメディアがこぞって「日本経済の正義の執行者、救済者」として称賛していたのが彼らでした。彼らは「同胞殺し」と言えるでしょうし、それの共犯者で、犯罪を強力に幇助したのはいつも通りメディアでした。そして、彼らの背後にはアメリカの支配者たちがいました。これもいつも通りです。


(seiryuu)
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ユダヤ問題のポイント(日本 平成編) ― 第1話 ― バブルの破裂

日本が米国の敵国に


私は「日本の○○年」と表現しますが、近頃は「日本の失われた30年」と表現される「日本の失われた○○年」、この起点は一般には1991年(平成3年)とされます。外伝にて見てきたように、1991年は1月に湾岸戦争が起こされ、同年12月の年末にはソ連が崩壊・解体した年です。この年、日本ではその2月にバブルがはじけた年でもあります。

第2次世界大戦後の世界の構図となっていたのが東西対立米ソ冷戦でした。ところが米ソ冷戦は終決し、ソ連自体が解体されてしまうのです。こうなると米国の敵国は、経済でさんざんしてやられてきた日本と明瞭になったのです。アメリカにとって日本は、はっきりと「奪い・潰す」対象となったのです。そういった事情を『戦後史の正体』p323では、次のように記載されています。

冷戦時代、米国の敵はソ連でした。しかし1990年代初頭になり、日本が米国の経済を脅かす敵として、CIAから位置づけられることになったのです。
この時代に私は、米国のテレビが首脳会談のためワシントンに到着した日本の首相一行を報道していた場面を見ていたことがあります。着陸した飛行機から、ある通産審議官が降りてくるのを見て、テレビのコメンテーターは「彼はエネミーだ」と決めつけました。当時日本の人びとはそれを冗談と思っていたのですが、実はそれが本音でした。米国は日本を「米国経済をおびやかす敵」とみていたのです。


日本は現在に至るまで、アメリカの支配者たちから徹底的にその富を簒奪されていくのですが、日本を敵国とみなしたのはアメリカの支配者たちだけではなく、米国民衆もそうだったようです。こうなるとアメリカの支配者たちは、日本から「奪い・潰す」のはよりやりやすい作業となっていたでしょう。

ほとんど全ての国家の権力者・支配者は、自国民衆に対して外部に敵を作り出して注視させるようにします。実際に民衆の富や権利を奪っているのは、外国の人びとではなく支配者たちなのですが、その実態を民衆に知られないように、民衆の不満や関心を外部にそらすために外の敵を見せかけるのです。

米国もしかりでした。米国はもとは冠たる工業国家で、分厚い中間層が国家の形態でした。その米国の中間層はその富を消失して貧困層となっていくのですが、それはアメリカの支配者たちの仕業によるものです。民衆はメディアなどによって容易に騙され本当の敵を見失うのです。

ともあれ1991年(平成3年)はソ連が解体された年で、その代わりの敵国とされたのが日本であり、そしてその日本がアメリカの敵国とされたのと連動しますが、1991年はバブルがはじけて、目に見えて日本経済が坂道を転がるように転落していく年になってもいます。こういった観点から、「日本の失われた○○年」の起点は1991年との見方は成立していると言えるでしょう。しかし実際に日本の○○年の起点は、1991年より前の1985年だというのが私の見立てです。


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ぴょんぴょんの「解禁!常温核融合」 ~環境負荷のないエネルギーを無尽蔵に生み出す

 泰子さまから、「常温核融合」の現在について情報をいただきました。
 これまで、どちらかと言うと、冷ややかな目で見られてきた「常温核融合」が、なんと今! 解禁されようとしています。
 調べながら感じたのは、「おもしろすぎる!!」
 環境に負荷のかからない、理想的な再生可能エネルギーを産出するだけでなく、元素転換によって放射性物質の無害化、希少なレアメタルの生産。
 鉱物、動植物でもふつうに行われている「常温核融合」は、農業、畜産業、医学、建築物の維持などに、いくらでも応用できるのです。
(ぴょんぴょん)
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ぴょんぴょんの「解禁!常温核融合」 ~環境負荷のないエネルギーを無尽蔵に生み出す

原発みたいな大量の放射能が出ない「核融合発電」


ねえねえ、EUは、2035年にガソリン車などの新車販売を禁止することを、事実上決定したらしいよ。(YAHOO!ニュース

はあ〜〜? まだやる気かあ〜??
電気代は上がり、電気自動車(EV)も高価になってるし、EVの欠点もますます明るみに出てるってのに。

日本なんか、EV走らせるために原子力発電を再開するとか言い出すよ。


はあ〜? 原発はやめてくれ〜!!

かと言って、他に方法はないし、このままガソリン車で行けるとも思えないし、
どうすりゃ、いいんだろう?

実は、パータさんからいただいた情報によると、「量子水素エネルギー」の時代が来てるようだ。

え? 「量子水素エネルギー」?

「量子水素エネルギー」とは、「水素を使って、都市ガスの10,000倍以上という莫大なエネルギー密度をもたらす次世代のクリーンエネルギー技術」のことだ。
「水素原子が融合する際に放出される膨大な熱」に「量子水素エネルギー」という名まえをつけたのが、新エネルギーベンチャー企業の「クリーンプラネット」。
MIURA

水素で、都市ガスの10,000倍以上?!
要するに、水素ガスを燃やしてできるエネルギーのこと?

ちゃうちゃう! 燃やさないの!
「微小な金属粒子に水素を吸わせて、一定の条件下で刺激を加えて核融合を起こす、その時に出るエネルギー」。(メガソーラービジネス

水素原子が融合する時の「核融合エネルギー」のこと?

そうよ、「核融合反応による発熱エネルギー密度は、理論的にはガソリンの燃焼(化学反応)の1000倍以上になり、実用化できれば人類は桁違いのエネルギーを手にできる可能性がある。 」(メガソーラービジネス

核融合って、水爆でしょ?!
放射能が出るよ! 危ないよ!

たしかに、「核融合発電」は水爆の技術を応用している。
日本をはじめ7カ国が共同開発している、熱核融合実験炉「ITER(イーター)」というのが、これだな。


「堀潤が伝える3.11 “夢のエネルギー”核融合発電」(2022年3月16日放送)

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ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 外伝83 ― ソ連の解体

 1991年は湾岸戦争に続きソ連崩壊となり、世界はアメリカの「一極体制」「一極支配」が始まっていました。しかしアメリカの一極体制と言っても、アメリカ国家の内部は根本的に腐り破壊されてもいたのですが…。
 「ユダヤ問題のポイント」の連載の最初期に紹介した「元ソ連外交官が語る『ロシア-ユダヤ闘争史』の全貌」は、1993年夏に来日されたアレキサンドル・イワノフ氏の講演録です。1991年末にソビエト連邦が解体され、元ソ連に大混乱と経済崩壊が生じ、この1993年頃は、その国富がさんざんとオルガリヒと呼ばれる新興財閥の食い物にされていた時期でした。ソ連崩壊に伴う混乱やオルガリヒのことは当時のメディアでは盛んに取り上げられており、オルガリヒはロシア内のユダヤ人が中心で、アメリカの資本家ユダヤ人とも連携している様子も見て取れていました。その困難のロシアから来日されたイワノフ氏は講演の最後に、ユダヤ人たちは再びロシアの権力を握ったと思っているだろうが、しかしそれは続かないだろう、「やがてロシア人の解放運動が巻き起こるだろう。私(イワノフ)は固く信じている。」と締めくくられています。
 そしてその予言は事実となりました。その後も「闇の支配」を払い除け続けてきたロシア、現在、そのロシアが世界の光の存在になっているとも言えるでしょう。
 ちなみにソ連崩壊当時の報道では、「現在のソ連では食料も民衆に行き届かいない状況だ。」とされました。しかし、実際に映像に写っているロシア人のおばさんたちは揃ってコロコロと太ったお姿だったのです。「本当に食料がない?」と私は当時に疑ったものでした。
 このソ連崩壊の大危機の民衆を救ったのがダーチャでした。郊外の菜園付き小屋のダーチャでのじゃがいもなどの食料自給にて、民衆は危機を乗り切っていったのでした。
(seiryuu)
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ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 外伝83 ― ソ連の解体

「建国の精神」の完全死


1991年、1月17日の多国籍軍の攻撃によって始まった湾岸戦争は、2月28日にブッシュSr. 大統領の戦闘終了宣言にてその戦闘は終了しました。これは前回に見た死のハイウェイ殺戮の終了に伴う戦闘終了宣言でした。

記者会見で、湾岸戦争に関する質問に答えるブッシュSr. 大統領
(1991年2月5日)
Wikimedia Commons [Public Domain]

『新版 300人員会(下)』のp30には、イラク兵はジュネーブ条約に従い、白旗を揚げて撤退中だったとあります。この卑劣で完全な戦争犯罪の攻撃は300人委員会の意向に基づき、ブッシュSr. 大統領の指令によって行われたようで、この攻撃実施された湾岸戦争での影響に関して、同本のp144は以下のように指摘しています。

タヴィストック人間関係研究所は、かつて大国であったアメリカのプライドを破壊することに成功した。湾岸戦争に勝利したとわれわれは聞かされた。しかし大部分の国民が気づいていないのは、戦争に勝ったことによって、自国のプライドと名誉を損なったことだ。クウェートとイラクの砂漠の中で、クウェートとバスラから正式に退却しながら殺されたイラク兵の遺体とともに国家のプライドは死んでしまった。

1991年2月、クウェートから撤退するイラク軍が多国籍軍の手によって壊滅的な損害を受けた「死のハイウェイ」の空撮映像。1,400〜2,000台の車両が破壊されたり、放置されたりした。

そしてp146には、「かつての誇り高きアメリカ合衆国という共和国は単なる犯罪組織に」とした上で、以下のように記載しています。

こうしてタヴィストック人間関係研究所とウィリス・ハーモンは、われわれの反応をプログラミングした。われわれは抵抗することなく、精神を捨てていく。国民の精神と知性が破壊されてしまったのだ。

多国籍軍の中心であった米国は、湾岸戦争で一方的な勝利を収めたとされます。反対に湾岸戦争以降、イラクは徹底的に破壊されていきます。…しかし破壊されたのはイラクだけでなく、米国も破壊されたとの指摘です。アメリカという国家を形成する根本部分、国家としてのプライド、国民の精神と知性が破壊されてしまったという指摘であり、これはその通りでしょう。下にあるアメリカの建国の精神などは、死のハイウェイの殺戮によって見る影もなく失われてしまっています。

すでにアメリカは「闇の権力」からの波状攻撃により、とっくの昔に共和国から「株式会社アメリカ」に成り果ててはいましたが、湾岸戦争によって更には「ゾンビ国家」にまで転落していったと言えるのでしょう。その国民が精神と知性を放棄してしまったならば、その国家は「ゾンビ国家」です。

湾岸戦争の与えた影響、米国への、イラク中東への、世界への、その影響はとても深いものだったのです。地上世界を破壊の方向へ向ける…。


独立宣言
(中略)
われわれは、以下の事実を自明のことと信じる。すなわち、すべての人間は生まれながらにして平等であり、その創造主によって、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられているということ。こうした権利を確保するために、人々の間に政府が樹立され、政府は統治される者の合意に基づいて正当な権力を得る。
(ウィキソース「アメリカ独立宣言」より)

アメリカ独立宣言の署名の様子
Wikimedia Commons [Public Domain]

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まみむのメモ(55)〈食べられる野草図鑑・冬〉

ジャノヒゲの実

 今年も庭のピラカンサや野ばらの実など、鳥たちの冬の間の食べ物としてほぼ完食状態です。鳥達が食べていく順番は、好みもあるのでしょうが、実のなる環境が大きいだろうと思います。地面ギリギリに葉っぱの陰のような所に実をつけるジャノヒゲ(リュウノヒゲ)の実は、いよいよ食べるものがなくなってから食べるようです。
 一昨年になりますが我が家の雄猫が、鳥を獲って食べました。見つけた時にはもう頭だけになっていました。ジョウビタキでした。そのくちばしの中には、大小3粒の青い実が入っていました。毎年くる人懐こいあのジョウビタキかと、ショックでしたが、今年もジョウビタキが来ています。もしかしたらつがいのメスのジョウビタキだったのかもしれません。あの時ずっと鳴き声がしていて探していた感じでした。あれから、鳥が地面に降りてこないように、実を集めて高めの場所に置いています。ですが、雄猫は昨年11月に愛しさの中で他界しました(昆虫食をしていた)ので、家猫は雌猫1匹です。

イタチ

雌猫はハントはしますが食べません。スズメを獲って来た時は、無事窓から逃がしてあげました。イタチを獲ってきた時も無事逃がしてあげれました。はやく気が付けば甘噛みで傷つけていないのですが、戯れて遊んでいるうちに死んでしまっていることもあります。ネズミだけは食べますが・・・

野ばらの赤い実

 雪が積もるとジャノヒゲの実や万両の実は雪の下になり、木の実も無くなっていましたので、雪が積った時はテラスのテーブルの上に野ばらの実を置きました。今年の野ばらの実はたくさんあってたくさん採ってありましたが見事に完食しました。リースにして家に掛けていたものも提供しました。最近は保存してあったキゥイフルーツを切って置くと毎日完食しています。
 植物からすると鳥が実を食べて糞とともに種を拡散してくれます。
(まみむ)
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まみむのメモ(55)〈食べられる野草図鑑・冬〉

スイカズラ・ニンドウ(忍冬)


時期 常緑で春新芽が出て花が咲き、秋に実がつく。
場所・環境 日本全国(北海道の南部・本州・四国・九州)のほか、朝鮮半島・中国など東アジア一帯に分布し、各地の平地から山野の林縁や道ばたによく見られる。品種改良された園芸品種も多く、庭や垣根にも植えられる。欧米では観賞用に栽培される。夏季に乾燥しない場所で、日当たりの良い場所を好むが、耐日陰性もある。

スイカズラ属には180種あり、日本には20種ばかりあるが、多くは低木である。蔓性のものとしてはハマニンドウ L. affinis とキダチニンドウ L. hypoglauca がある。いずれも分布が限られ、より南部に生育するものである。
花期は5〜7月で、葉腋(葉と茎とのまたになった部分)から花が2個ずつ並んで咲き、夕方から甘い香りが漂う。つぼみは薄紅色、咲咲き始めの花は白色や薄紅色をしているが、受粉するなどして徐々に黄色くなる。そのため、一つの枝に白い花と黄色い花が同居することが珍しくない。花弁は細い筒状で、漏斗形の花冠の長さは3〜4 cm、先の方は上下2枚の唇状に分かれ、上唇はさらに浅く4裂し、下唇はへら状である。花冠の筒部に、甘い蜜がある。雄しべは5個で長く突き出しており、雌しべの花柱は1個で長く突き出て、受粉前の柱頭は丸く緑色である。花の基部には、葉のような苞がつく。

葉は対生。葉身は長さ3〜7cm、幅1〜3cmの長楕円形。縁は全縁で、先端はあまり尖らず、基部は切形または広いくさび形。表面は毛が少なく、裏面は多毛。冬になると内側に巻く。


葉形は変異が多く、まれに粗く羽裂する葉もある。葉柄は3〜7mm、開出毛が密生する。

果実は液果。直径5〜6mmの球形で、2個ずつ並んでつく。9〜12月に黒く熟す。種子は暗褐色で、長さ約3mmの広楕円形。

一箇所から何本もつるが出る部分の分枝根と、つる性の地下茎が伸び、節根がヒゲ状にのびる。地上を這うつるからも節根を下ろし、勢い良く広がる。

見分けるポイント 花には芳香があり「官能的」とも「爽やか」とも表現される。花も茎の腋に2つずつ並んで咲き、片方が白色で、もう片方は黄色の場合が多い。このために、金銀花(きんぎんか)という名前でも呼ばれている。また、冬でも茎の先の葉が落葉せずに残っている様子から、忍冬(にんどう)という名もある。
間違えやすい毒草 なし
生え方 常緑または半常緑のつる性低木。 木質のつるで、茎は分岐しながら長く伸びて他の植物に絡みつき、他のつる性植物と比べて穏やかに繁茂してゆき、長さは10メートルほどにもなる。若い茎は細くても丈夫で、毛が密生し灰赤褐色をしているが、2年以降の茎は太くなるとつるの髄は中空になり、樹皮は縦に細く裂けて剥がれて灰褐色を帯びる。つるは右巻きに巻きつく。
学名 Lonicera japonica
科名・属名 スイカズラ科・スイカズラ属
採取方法 棒状の蕾は、金銀花という生薬。金銀花にする花は、春の開花前のつぼみが良く、棍棒状のものを採取して天日乾燥させる。
茎葉は、忍冬・忍冬藤(にんどうとう)という生薬で、秋から冬にかけて、または、花期から盛夏までに葉のついたまま茎を採取し、きざんで天日で乾燥させる。
食用には、花、新芽や若葉をいただく。
あく抜き 下茹(塩茹)でして水にさらす。
調理法 新芽や若葉を摘み取って、軽く茹でたあと水にさらし、お浸しや和え物、油炒めなどに。花と若葉に好みでナツメ、ナッツなどを刻んで混ぜてかき揚げ天ぷらに。花はそのまま酢の物にもできる。

茎葉は2〜3cm程度に刻み、天日乾燥し、香ばしい香りがたつまでとろ火で炒ってお茶に。または3〜4日ほど陰干ししてから乾煎りしてもお茶にできる。花は別に乾燥し、湯のみに入れて、その上に茎葉のお茶を注ぐ。花を麹で作った甘酒に入れる等、色々アレンジして香りを楽しむ。
他の利用方法 染料。香水、精油、アロマオイル。
効能 スイカズラ(以下、忍冬)は、揮発油(リナロールやジャスモンなど)、タンニン、ルテオリンやイノシトール、苦味配糖体、フラボノイドの成分を含む。

忍冬は、皮膚病の特効薬、不老長寿にも良いとされ、鎮徑(ちんけい:痙攣を鎮める)、利尿、緩下、止瀉(ししゃく:下痢止め)抗炎症、抗菌作用があって、解熱、解毒、発熱、血痢、伝染性肝炎、化膿性疾患、ヘルペス,子宮内膜症、神経痛、リューマチなどの関節筋骨の疼痛に有効。1日量、忍冬10~20グラムに0.5リットルの水を加えて、煎じながら約半量まで煮詰めたものをこして、1日3回食間に服用する。腫物や痔には濃煎液を服用し、外用にも。

金銀花も忍冬と同様な効き目があり、忍冬よりも抗菌作用は強いと言われる。解熱効果も茎葉より優れているとされ、中国では良く用いられる。

解熱、解毒薬、風邪の初期の発熱には、1日量金銀花10~15グラムに水0.5リットルを加え、約半量まで煎じて3回に分けて食間に服用する。また、軽度の胃潰瘍の予防効果もあるといわれ、 金銀花10~15グラムを1日量として水0.5リットルを加えて煎じて、約半量まで煮詰めて、3回に分けて食間に服用する。金銀花の煎じ液でうがいをすると、口内炎、歯槽膿漏、扁桃腺炎に有効とされている。

金銀花を酒に浸し、少し温めた後、約1ヶ月間置く。または、煎液に麹を入れて発酵させて忍冬酒を作る。あるいは、2〜3倍量の焼酎を入れて半年以上(お好みで砂糖を入れると1ヶ月以上)の熟成で、美しい、淡黄色の忍冬酒ができる。特有の甘い香りはすばらしいものがある。実を少々入れると紫色のお酒になり、色と香りが楽しめる。忍冬酒はひょうそ(指の化膿性炎症)、その他の皮膚病に効果があり、不老長寿薬となる。また、みりんに浸漬けてもよい。

忍冬や金銀花を浴剤にする。腰痛、打ち身、神経痛、リュウマチや痔の痛み、湿疹、あせも、ただれに用いる。また、皮膚を美しくして、美容にも大変よいとされている。忍冬50~100グラム程度を木綿の袋に入れて、鍋であらかじめ煎じておき、その煎じ液を袋とともに風呂に入れて入浴する。
その他 和名スイカズラの名は「吸い葛」の意で、細長い花筒の奥に蜜があり、古くは子どもが好んで花を口にくわえて甘い蜜を吸うことが行なわれたことにちなむ。砂糖の無い頃の日本では、砂糖の代わりとして用いられていた。スイカズラの英名ジャパニーズ・ハニーサックル(Japanese honeysuckle)も、花筒をちぎって蜜(honey)を吸う(suck)ところから生まれた名前であるといわれる。花が少ない場所では、できるだけ虫たちが蜜を吸った後の花をいただく。
参照サイト・文献 ウィキペディア
イー薬草・ドット・コム
松江の花図鑑 LOVEGREEN
熊本大学薬草園
大地の薬箱 食べる薬草事典 村上光太郎著 / 農山魚村文化協会
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