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ごぼうの党代表の奥野卓志氏「全てのメディアが…本当のことを伝えないっていうような状況で、まず正しい判断ができるのかな…この西側諸国が言ってること、その報道をまず私は信じることができない」 / 日米地位協定の改正すらできない日本が憲法改正を行なえば、日本は「米軍の一部に組み込まれて動かされるだけ」

竹下雅敏氏からの情報です。
 「憲法改正しなあかん」「自分達は自分達の手で守らなあかん」「9条改正しなあかん」という議論に関して、ごぼうの党代表の奥野卓志氏は、“全てのメディアが…本当のことを伝えないっていうような状況で、まず正しい判断ができるのかな…皆さんは中国のこと悪く言うしね、ロシアのことよくないって言うけど、その考えってどこから来たんですかと。…この西側諸国が言ってること、その報道をまず私は信じることができない。それで中国が敵、ロシアが敵っていうことで、戦いましょう喧嘩しましょう、憲法改正しましょう、武器持ちましょうっていう議論は、私は恐ろしいなと思います。…今ある危機っていうのは、ウクライナにならないことです。これはウクライナ対ロシアの戦争じゃないですよね。後ろにウクライナを支援してね、プーチンをやっつけようとしてるユダヤ金融資本というものがあるわけじゃないですか。だから中国をやっつけたいって思った時に、彼らは今度日本に戦争させようとするから。…統一教会がCIAってのを私言いました。CIAが作ったカルト教団が、今自民党が通そうとしてることと、同じことを言ってたとしたら…”と言っています。 
 チャンネル桜の水島総氏も、“今1番アメリカが望んでるのは、日本が戦場になること…武器は売れるし石油の管理もできる。必ずアメリカや中国は、日本が平和でみんなで仲良くいるような状態を全然望んでない。ウクライナの様になってもらいたい”と言っています。
 日米地位協定の改正すらできない日本が憲法改正を行なえば、日本は「米軍の一部に組み込まれて動かされるだけ」です。
 ジャパン・ハンドラージョセフ・ナイの「Bipartisan report concerning Japan(対日超党派報告書)」には、“1.東シナ海、日本海近辺には未開発の石油・天然ガスが眠っており、その総量は世界最大の産油国サウジアラビアを凌駕する分量である。米国は何としてもその東シナ海のエネルギー資源を入手しなければならない。2.そのチャンスは台湾と中国が軍事衝突を起こした時である。当初、米軍は台湾側に立ち中国と戦闘を開始する。日米安保条約に基づき、日本の自衛隊もその戦闘に参加させる。中国軍は、米・日軍の補給基地である日本の米軍基地、自衛隊基地を「本土攻撃」するであろう。本土を攻撃された日本人は逆上し、本格的な日中戦争が開始される。3.米軍は戦争が進行するに従い、徐々に戦争から手を引き、日本の自衛隊と中国軍との戦争が中心となるように誘導する。4.日中戦争が激化したところで米国が和平交渉に介入し、東シナ海、日本海でのPKO(平和維持活動)を米軍が中心となって行う。5.東シナ海と日本海での軍事的・政治的主導権を米国が入手する事で、この地域での資源開発に圧倒的に米国エネルギー産業が開発の優位権を入手する事が出来る。6.この戦略の前提として、日本の自衛隊が自由に海外で「軍事活動」が出来るような状況を形成しておく事が必要である。”と書かれているらしい。
 「はたして、この報告書は本当なのであろうか?」というのが問題ですが、ハッキリとはしないようです。しかし、今のウクライナの惨状を見れば、こうした計画があると見た方が辻褄は合います。
 “続きはこちらから”をご覧ください。「ここ3年の様々な騒ぎで、日本国は独立国ではないことにようやく気付いた。…今の憲法がある限り、米国の言いなりに派兵したり、武器供与ができないのであれば、せめてもの反逆精神で日本国憲法を維持すべきなのかなと思った。」という意見に賛成する人が増えているようです。
(竹下雅敏)
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ユダヤ問題のポイント(日本 平成編) ― 第5話 ― 裏切られた総理大臣

 近頃は高市大臣の振る舞いに見られるように、安倍政権以降は見るに耐えない光景が連続するようになりました。
即ち、
  • 「ウソしか言わない。」
  • 「ウソがバレて明々白々となってもどこまでも白を切る。」
  • 「(意図的な)あやまちをすべて有耶無耶にして決して責任を取らない。」
こういった振る舞いです。
これが日本のトップたちです。「恥ずかしい」という概念を全く置き忘れてしまった連中の醜悪さです。

 今更ながら、小出裕章氏の語ったことが思い出されます。東日本大震災の数カ月後、「日本の未来を開くには?」との設問にこう答えたのです。
  • 「まっとうな生き方の尊さ」
  • 「まっとうな生き方とはウソをつかないこと。そして人間はどうしても過ちを犯してしまうもの、その時気づけばその過ちを認めて謝ること。これができている人はどんな人でも職業や性別・年齢関係なくまっとうな生き方をされていて、これが尊い。」
今でも本当にこの通りだと思います。
 現在の日本のトップたちは、醜悪な行動で「日本の未来を閉じている。」のです。しかし、経済悪化の苦境にあった90年代の日本のトップたちは、小泉政権や安倍政権から現在までのトップたちとは異なっていました。今に比べればずっと「まとも」だったのです。
 その一人となるのが橋本龍太郎首相です。彼は誤った政策を実行し、国民を大いに苦しめてしまいました。しかし、それは「良かれと思ってやったことが逆だった」のたぐいだったのです。そして、彼は率直にその過ちを認めて国民に謝罪もしています。今では決して見ることができなくなった光景です。
 ただし、こういった「まっとうな人」は邪魔者として消されていったのも事実です。そして愚かにも、それに加担していってしまったのは…。そうとは知らなかったでしょうが…。
(seiryuu)
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ユダヤ問題のポイント(日本 平成編) ― 第5話 ― 裏切られた総理大臣

デフレ化での緊縮財政の結末


現在にまで続く平成大不況が続いていた1990年代の日本、それまでどうにか持ちこたえていたのに、とうとう堰が切れたようになったのが1997年(平成9年)から1998年にかけての日本でした。日本の自殺者数が 1997年から1998年にかけ急増し、それまで2万人台であった自殺者が、1998年には3万人を大きく超えたのです。この当時、倒産・自殺の山が築かれました。


また、1997年11月に北海道拓殖銀行と山一證券破綻、1998年10月には日本長期信用銀行が破綻、1998年12月には日本債券信用銀行破綻、このように大手金融機関が破綻、それに失業率も大きく上がったのです。



この1997年頃に何があったのか?
日本では緊縮財政がひかれ、「消費税3%から5%へ引き上げ」「公共投資の削減開始」「新規国債発行停止」などが実行されました。当時1996年11月から1998年7月は橋本龍太郎首相の橋本内閣でした。橋本内閣は1997年1月に「行政、財政、社会保障、経済、金融システムに教育を加えた六つの改革」を掲げ、緊縮財政の実施に走ったのでした。「六つの改革」とは要するに「日本の構造改革」です。アメリカ側が欲求してきた「構造改革」に橋本内閣は舵を切ってしまったのです。



見たようにその結果は惨憺たるものでした。すでに日本はデフレ期に入っていました。その状況での「消費増税」「公共投資削減」「新規国債発行停止」この実行などはいずれも狂気の沙汰です。

まず①「消費増税」ですが、増税は経済活況で景気が加熱した状態であればクールダウンの効果はありますが、不況時の増税などはお金の動きを止めて、いよいよ経済状況を悪化させます。

次の②「公共投資削減」、確かに第2話で見たように、当時のブッシュ大統領の脅迫の「日米構造協議」から、日本は全く無意味無駄なものにGDPの10%以上を公共投資に費やされました。浪費の公共投資は悪ですが、しかし公共投資そのものを無くせば、それでもなくても民間事業は大停滞しているのに、日本から仕事そのものがなくなってしまいます。失業率が大きく上がった一大要因です。

そして③「新規国債発行停止」、たしかに「国債発行」そのものは国家をゆっくりと破綻させるものです。しかし根本のお金の発行の仕組みが銀行の貸し出し、つまりほぼすべてのお金が債務以外には作れない仕組みである以上は、国債をなくすとこの日本の市場からお金そのものが消失することを意味していました。当時において民間への銀行の貸し出しは絞りに絞られていたのですから。

デフレ下で実行された橋本内閣による緊縮財政は、
  • ① 日本国内におけるお金の動き回転を大きく停滞させ、
  • ② 仕事をなくさせ失業者を大量に生み出し、
  • ③ 日本の市場からお金そのものを消失させる、
こういうものだったわけです。

橋本内閣は、日本民衆を地獄に突き落とすような政策を実行してしまった。では、橋本首相が意図的に国民を苦しめるための政策を選択したのか?といえば、全く違って逆だったようです。


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宗主国アメリカに楯突く議員が日本にいた 〜 2023年山本太郎議員、2019年原口一博議員が日米地位協定を批判

読者の方からの情報です。
国会中継が打ち切られ、5時から大相撲の中継に切り替わりました。
(深夜から再放送されるようですが・・)
  
「日本はアメリカの植民地ですか?」で始まる山本太郎議員の質疑です。
「どの区域や施設を米軍が使用するかは日米合同委員会で決めようねってことになってるんですけど、日本には断る権利ごさいません。不透明、ブラックボックス、憲法より上の存在『日米合同委員会』でございます。」

犬HKにとって夕方のテレビでは流せない内容のようです。
(まゆ)
 山本太郎議員が「日米合同委員会」「日米地位協定」を俎上に乗せて閣僚を固まらせました。日本に主権がないことは明白です。しかしそれを日本の首相に面と向かって問うとは面白い。「日本はアメリカの植民地ですか。」「北方領土は日本の領土ですか。」「北方領土が返ってこない、その理由を教えてください。」「米国が間違った戦争を進めるときに日本側は止められるんですか。」「イラク戦争は間違いだったと考えますか。」これらの答えを繋ぐと主権のない日本の惨めな立場が見えます。それを変えていくパワーのあるリーダーが必要なんだと見えてきます。
 山本太郎議員の質疑が注目された影響か、日米合同委員会に言及した2019年の国会質疑がネット上に上がっていました。国民民主党時代の原口一博議員が「主権国家に他国の軍隊が駐留するのはレアなんですよ。」「なぜ日本の空は彼らが自由に飛べますか?」「我が国の主権の上にあたかも米軍の自由があるかのような記述をするのはやめるべきだ!」と厳しく政府に迫っています。
彼らの舌鋒は、売国政府を飛び越えて宗主国の怒りを買うものです。しかし、こうした勇敢な議員を国民が後ろで支えて応援しなければ日米地位協定に風穴を開けられません。
(まのじ)
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山本太郎の国会質問!参議院・予算委員会(2023年3月23日 16:49~)
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米軍が予定していた沖縄県宮古島市の下地島空港での軍事訓練を取り止め 〜 理由は「沖縄県に自粛を求められたから」?/ 一方、神奈川県は寝耳に水の横浜ノース・ドック米軍配備

 米軍の、とても気になる不思議なニュースがありました。1月17日、米軍が訓練使用のため沖縄県宮古島市の下地島空港を使用すると通告をしていました。米軍機の下地島空港の使用は2006年以来で、軍事目的は初めてのことです。12日に行われた外務・防衛担当閣僚による日米安全保障協議委員会(2プラス2)での協議も踏まえ、これをきっかけに米軍が恒常的に下地島空港を使用する可能性も懸念されていました。それに対して沖縄県は、民間機以外は同空港を使用しないことが確認された「屋良覚書」を根拠に、米軍に使用自粛を口頭で求めていました。
 しかし日本には日米地位協定があります。「日米地位協定第5条は米側が適当な通告をすれば着陸料や入港料を支払わずに、民間の空港、港湾を利用できると定めている。米側はこの規定に基づき、下地島空港を使用する意向を示している。」とあるように、沖縄県の申し入れを受け入れるはずがないとの予想でした。
 ところが1月20日、予想に反して米軍は「下地島空港の使用は見送る」と連絡してきたのです。え?
しかもその理由が「沖縄県が使用を拒否したから」ええ?
かつて米軍が沖縄県の要請を聞いたことがあったか?
米海兵隊政務外交部では、訓練取りやめの決定を知らなかった様子もあり「組織内で対応に混乱が見られる場面も」と報じられました。
 一方、12日の「2プラス2」の共同発表の中には、「閣僚は、日本における同盟の海上機動力を更に強化するため、2023年に予定される、横浜ノース・ドックにおける小型揚陸艇部隊の新編を歓迎した」とあり、それが神奈川県には寝耳に水であったことがIWJの取材で明らかになっています。   
(まのじ)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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配信元)
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米軍、下地島空港の訓練使用見送りを沖縄県に連絡 理由に「県が使用を拒否」
引用元)
 米軍が今月末に沖縄県宮古島市の下地島空港を訓練で使用するため、同空港を管理する県に「空港使用届」を提出していた件で、在沖米海兵隊の政務外交部は19日、県基地対策課に対して「下地島空港の使用は見送る」と連絡した。基地対策課は、同空港を管理する空港課にも情報を共有し、空港課も了承した。
(中略)
 県によると米側は、訓練を見送る理由として「県が使用を拒否した」ことを挙げたという。
(中略)
一方、県には18日時点では米側から訓練取りやめの連絡は入ってなかった。19日午前の段階でも、米海兵隊政務外交部は「訓練取りやめ」が報じられたことについて、県に対し「われわれからそのようなことを話した覚えはない。海兵隊の報道部で報道のように捉えられかねない発表をした可能性があり、確認中だ」と説明するなど、組織内で対応に混乱が見られる場面もあった
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米軍が下地島空港の訓練使用を通告 今月末 沖縄県、軍事目的で使用しない「屋良覚書」基づき自粛要請へ
引用元)
 米軍が今月末に沖縄県宮古島市の下地島空港を訓練で使用するため、同空港を管理する県に「空港使用届」を提出していることが17日、明らかになった。県によると、31日午後0時半~同1時半までの1時間、米軍普天間飛行場との間を行き来するとしている。米軍機の下地島空港使用は2006年以来で、訓練目的は初とみられる。下地島空港は「屋良覚書」で、軍事目的で使用しないと明確に示されており、県は使用の自粛を求める方針だ
(中略)
12日に行われた外務・防衛担当閣僚による日米安全保障協議委員会(2プラス2)では、安保関連3文書も踏まえ、民間用を含む空港・港湾の柔軟な使用を自衛隊だけでなく米軍も含めた2国間協力に発展させることで一致。米軍はその翌13日に使用届を県に出した。恒常的に使用する端緒となる可能性がある。
(以下略)
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■はじめに~地元自治体はおろか、防衛省も外務省も詳細がわからないのに「2+2」で突如発表された横浜ノース・ドックの米陸軍小型揚陸艇部隊新編! 施設返還を求め続けてきた横浜市も市議会も神奈川県も、IWJ記者の取材に、説明できない国への困惑といらだちを表明!! これが安全保障の主権のない国の現実!
引用元)
(前略)
日米安全保障協議委員会(「2+2」)の共同発表が公表された1月12日、神奈川県が黒岩祐治神奈川県知事名でコメントを発表しました。

 黒岩知事は「本日、国から、日米安全保障協議委員会(日米『2+2』)において、在日米軍の態勢の最適化に向けた取組の一環として、横浜ノース・ドックにおける米陸軍小型揚陸艇部隊の新編が合意されたとの情報提供を受けました」とした上で、「国の説明によれば、厳しさを増す安全保障環境に対応するための取組とのことですが、横浜ノース・ドックは横浜港の中心に位置し、都市部に所在していることから、基地周辺への影響をできるだけ少なくするような対策が必要です」と表明し、国からの情報提供や基地周辺への対策を求めています
(中略)
神奈川県政策局基地対策部基地対策課の舘野課長は、IWJ記者の取材に応じて「『2+2』の決定が、日本時間の12日未明だったと思いますが、防衛省の担当職員が説明に来たのが、その日の午前中でした」と述べ、数日前に防衛省から来庁のアポ取りの連絡はあったものの、「ノース・ドックに関すること」という以上の情報は知らされていなかったと、突然の通知だったことを明らかにしました
(以下略)

ユダヤ問題のポイント(日本 昭和編) ― 第56話 ― 占領下の“独立日本”4

 11/02のぴょんぴょん先生の記事で、
裏天皇、大本教・出口王仁三郎、日月神示は、一連の流れの中にあるものです。日本を中心とするNWO(新世界秩序)が彼らの野望でした。これはデイヴィッド・ロックフェラーの米国を中心とするNWOと対立します。彼らは互いの野望の実現に向けて、激しく対立し争っていたわけです。
との竹下さんの言葉を引いた上で、
結局、裏天皇が勝ってもロックフェラーが勝っても、NWOのリーダーが変わるだけで、おれたちは家畜だ。
と言及されていますが、全く同感です。
 岸信介の日米安保・行政協定の改定は構想どおりにはいかず、彼らの言う日本の自主独立は潰されたわけです。しかし、もし仮に岸信介の構想がうまく運んで日本が自主独立したとしても、それは日本の民衆の自主独立でしょうか?
違いますね? ぴょんぴょん先生の指摘通り、主人が変わるだけで家畜に変わりはありません。
それでは、日本の自主独立は不可能なのか?
そうは思わないのです。
 そもそもが、米国の日本の軍事占領などはアメリカ憲法に完全に違反した異様な事態なのです。それを日本人が、米国人が、世界民衆が認識すれば、この世界の様相は一変していくでしょう。
 逆に、何もことの事実・真相を知らないままで、世界民衆の自主独立などありえないのです。それぞれが自主独立していくための最初で最大の突破口となるのが、「自分たちは騙され・奪われ続けてきた」、これをはっきりと認識することでしょう。
 これは最難関の作業かもしれませんが、これができれば騙され・奪われることはストップします。全ては人間がやってきたことなのです。人間次第で変えられるのです。
(seiryuu)
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ユダヤ問題のポイント(日本 昭和編) ― 第56話 ― 占領下の“独立日本”4

高度経済成長の時代へ


岸政権の崩壊に伴い、日本の英米からの自主独立の動きは表立っては消失しました。1960年、岸政権と交代・成立したのが池田勇人首相の池田政権です。

第1次池田内閣(1960年7月)
Wikimedia Commons [Public Domain]

『戦後史の正体』p198では、池田勇人は河野一郎、後の首相となる三木武夫とともに岸政権つぶしに動いていたとの見解を示し、p219では、池田政権誕生は米国の意向を踏まえたものだったと指摘されています。自民党内の「米従・打倒岸」グループとなるのでしょう。

池田勇人
Author:Eric Koch
[CC BY-SA]
河野一郎
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[Public Domain]
三木武夫

日米安保・行政協定(地位協定)の検討を棚上げにした池田政権が掲げたのが、日本人の「所得倍増計画」でした。そして、それは現実に実現していくのです。既に1950年代半ばから経済成長の波にのっていた日本経済は、60年代に本格的な高度経済成長の時代を迎えていくのです。日本は米国からの独立を模索する時代から「経済的豊かさ」の時代へと移行していったのです。

ウィキペディアの「1960年代の日本」記事の「経済」には、以下にあるとおりです。

1964年(昭和39年)の東京オリンピック開催に向けて国を挙げて進められた大規模なインフラ整備などによる『オリンピック景気』や1965年(昭和40年)11月から1970年(昭和45年)7月にかけて57か月間続いた『いざなぎ景気』と呼ばれる戦後最長(当時)の好景気により、日本経済が飛躍的に成長を遂げる「高度経済成長」の最盛期となった。

孫崎享氏は、この時代の日本を支えたのがエドウィン・O・ライシャワー駐日アメリカ大使だったと『戦後史の正体』の中で語っています。

安保闘争で危機におちいった日米関係は、池田首相とライシャワー大使のもとで黄金期をむかえます。ライシャワーは日本人の言葉に誠実に耳をかたむけようとした米国大使でした(p222)

ライシャワー大使の「イコール・パートナーシップ」にはふたつの意味がありました。ひとつは米国に対して「占領軍のメンタリティをとりのぞくこと」を求めるという意味でした。
(中略)
もうひとつは、日本人に対して「イコール・パートナーシップという気概をもて」という激励の意味です。
(中略)
ライシャワーの特徴は、「自分がもし日本人の立場だったら米国にどう要求するか」と考え、それが公平であれば、大使として実現のためにつとめたということではないかと思います。(p226)

といった具合です。

孫崎氏のライシャワー駐日大使が米国・米駐留軍に「占領軍のメンタリティをとりのぞくこと」を求めたという記載は、米駐日大使の日本での役割を思えば驚きです。

エドウィン・O・ライシャワー
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そして実際に、ライシャワー大使の写真を眺めてみれば、彼が相当にまともな人物であったように感じ取れます。高圧的で命令支配する米駐日大使ではなく、日本人の声に誠実に耳を傾ける米駐日大使であったという孫崎氏のライシャワー大使への評価は、これはこれで実際にそうであったように思えます。


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