2019年7月9日 の記事

張基元氏(大室寅之祐)の血筋に当たるAnn(伴野優子)さん 〜 酷い迫害を受けている背景は、莫大な金塊の所有権・運用権を巡る権力争いによるもの!

竹下雅敏氏からの情報です。
 Eriさんとフォギライザーさんの一連のツイートから、Ann(伴野優子)さんの系図を作ってみました。それが系図Aです。系図は、張勝植氏の本を参照しています。
 ただ、系図Aには疑念が残ります。張基元(大室寅之祐)氏は、睦仁親王にすり替わって明治天皇になった人物です。明治天皇は1852年生まれということになっています。張基元氏の誕生年ははっきりとしませんが、仮に1850年生まれということにしておきましょう。そうすると、張基元氏の長男の張仁錫氏は、68歳の時の子だということになります。だとすると、伴野優子さんの実の父は、もっと年を取ってからの子だということになります。
 ツイートによると、伴野優子さんの父方の祖父・渡会与十氏は、陸軍中野学校関東軍特務機関に在籍していたとのことです。中野学校は、1937年末に創設が決定され、1940年に「陸軍中野学校」と改名されています。そうすると、戸籍上は渡会与十氏の子である伴野優子さんの父は、1940年以降に生まれたと考えてもよいのではないでしょうか。仮に1940年生まれだとすると、伴野優子さんは30歳の時の子で、78歳で亡くなったということになります。しかし、これだと伴野優子さんの父は、張基元氏の90歳の時の子だということになってしまいます。
 ありえないとは言いませんが、考えにくいことは確かです。そこで、系図Bを作ってみました。この系図では、張基元氏の長女である張一令氏が伴野優子さんの父の「実の母」とするものです。直感的には、こちらの系図の方が正しいのではないかと思っています。
 ツイートを見ると、伴野優子さんが張基元(大室寅之祐)氏の血筋である証拠はないようです。あくまで、張勝植氏の画像を見た時、“親族ではないか?”と気づいたということのようです。しかし、伴野優子さんは母方の血筋から、特殊な能力を持つ女性のようで、直感力が優れているようです。
 私は、彼女の直感が当たっていると見ています。確かに、彼女は張基元氏の血筋に当たるように思います。この辺のことは、張勝植氏に直接接触しなければ、はっきりしたことは断定できないでしょう。
 さて、伴野優子さんが酷い迫害を受けている背景には、張基元氏が、BIS、FRBに入れた準備金(ゴールド)があるようです。要するに、莫大な金塊は誰のものかということが、争いの原因になっていると考えてよいのではないでしょうか。
 さて、そうした金塊にまったく関係のない我々一般庶民から見ると、その莫大な金塊の所有権や運用権を、特定の血筋の人に主張されても、困惑するばかりです。
 張基元氏(大室寅之祐)は、睦仁親王にすり替わって明治天皇になった人物ですが、日本を代表して金塊をBIS、FRBに預ける文書にサインしただけです。その金塊の所有権、運用権を、彼の子孫が主張するというのは、理解できません。
 張基元(大室寅之祐)氏は明治天皇として即位し、皇后は一条美子ということになっています。皇室には戸籍がないので、一般庶民にはわかりませんが、側室との間に男の子が生まれている可能性はかなり高いと思います。
 張基元氏は半島に移り、68歳前後で長男をもうけたことになるわけですが、これだけ絶倫な人物に、他に子供はいなかったと考える方がどうかしています。張基元氏の子孫である張勝植氏が金塊の所有権、運用権を主張するのであれば、張基元氏の子孫は、すべてその所有権、運用権を主張する権利があるということになります。
 はっきり言って、特定の一族が金塊の所有権、運用権を主張すること自体が馬鹿げています。しかも、すべてが秘密裏に、国民には何も知らされないまま、背後で権力争いが起こり、殺人まで起こっているのです。
 もう、こうした馬鹿げた争いを止めようというのは、張勝植氏も同じ考えではないでしょうか。なので、隠し事をせずに、誰が権力を握るかなどという馬鹿な争いも投げ捨てて、ありのままの事実をすべて公開し、未来を人民の手に委ねるべきではないでしょうか。
(竹下雅敏)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

————————————————————————
伴野家系図


————————————————————————
配信元)




» 続きはこちらから

参院選後に、廃止したはずの「議員年金」を復活させるつもりの自民党!〜党首討論の場で、年金不安がデマだという印象操作のために、根拠のない数字を出した可能性の高いあべぴょん!

竹下雅敏氏からの情報です。
 大手メディアの予想では「与党優勢」とのことですが、万一予想通りの結果になれば、増税、年金、日米貿易交渉など、日本は完全に暗黒時代に突入してしまいます。
 自民党がどれほど酷いのかは、週刊ポストの記事をご覧になるとわかります。参院選後に、廃止したはずの「議員年金」を復活させるつもりだとのことです。老後の安心を自分たちだけの特権とし、国民は見捨てるつもりのようです。
 “続きはこちらから”をご覧ください。党首討論であべぴょんは、“年金運用では運用益が44兆円出ている。民主党時代の10倍だ”と発言したのですが、その数字の根拠を野党が合同ヒアリングで問いただしたのに対し、当の厚労省の担当課長が、その数字の根拠を知らないと言うのです。
 党首討論の場で、さも年金運用がうまくいっており、年金不安がデマだという印象操作のために、あべぴょんは根拠のない数字を出して、国民を欺いた可能性が高いです。問題なのは、IWJ以外でこの問題が報じられていないということです。
 万一、与党が参院選で勝利すれば、大手メディアだけではなく、ネットも完全に支配されてしまうことになってしまいます。
(竹下雅敏)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

————————————————————————
【安倍晋三】増税、年金…参院選後の国民生活に“アベノリスク”直撃必至
引用元)
(前略)

このままメディアの予想通りの結果となれば、国民生活は「アベノリスク」の直撃必至だ。

 まずは消費増税10%引き上げによる家計直撃だろう。(中略)... 景気を大きく冷え込ませるのは間違いない。

 今以上に不安が拡大するのが年金だ。(中略)... 選挙後に示される検証結果は、所得代替率(現役世代の手取り収入に対する年金額の割合)が法律で定められた5割を大きく下回るなど最悪のケースを覚悟した方がいい。

(中略)

〈多く(の成果)は7月の選挙後に待つ。大きな数字を期待している!〉――。そして何と言っても、トランプ米大統領がツイッターにこう書き込んだ日米貿易交渉だ。すでに米国の言いなりの安倍政権のことだ。米農産品に対する関税撤廃、大幅引き下げに加え、これまで以上に米国製の武器を大量購入させられるのは容易に想像がつく。

(以下略)
————————————————————————
廃止された議員年金 政府・与党が参院選後に復活の準備
引用元)
(前略)

国民の痛みを横目に、政府・与党内では廃止したはずの「議員年金」を参院選後に復活させ、国民の税金で議員の老後の生活保障を手厚くしようとひそかに準備を進めていた。

 参院選公示前の6月28日、総務省に新設された「地方議会・議員のあり方に関する研究会」の初会合がひっそりと行なわれた。

(中略)

特権を復活させる動きが始まったのは、前回総選挙(2017年10月)で自民党が大勝した直後からだ。

「若くして国会に出た議員は退職したら全員生活保護だ。ホームレスになった人もいる。こんな国は世界中にない」

(中略)

国民年金では生活を支えられないというのであれば、公的年金制度全体を改めて国民全体にセーフティネットをかけるのが政治というものだろう。しかし、国民そっちのけで自分たちの老後保障に走ったのである。

(以下略)
————————————————————————
配信元)

» 続きはこちらから

[Twitter]ラッコの親子

編集者からの情報です。
どちらもカワ(・∀・)イイ!!
(ぺりどっと)
————————————————————————
配信元)

[れいわ新選組]やすとみ歩さんの馬選挙♬

れいわ新選組から立候補された"やすとみ歩さん"が公約通り?馬選挙をはじめられました!
7/7、阿佐ヶ谷駅前南口のロータリーにて、白馬のユーゴンくんのお披露目です。
選挙活動にホースセラピーとは♪
従来の選挙活動に象徴されるような、記号にとりかこまれた常識を壊したい!というあゆみさん。
あゆみさんのセンスの高さ、これはぜひ国会に持ち込んでもらいたい。
ガチで永田町の常識やら慣例やら忖度をぶっ壊してもらいたい!
おっと、あゆみさん流で優しくね。。
(しんしん丸)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

————————————————————————

 馬選挙

馬と共に参院選の選挙活動をするとおっしゃっていた、れいわ新選組から立候補された、やすとみ歩氏。
ようやく阿佐ヶ谷に牧場が確保できたそうで、阿佐ヶ谷から馬選挙を開始する!とのツイートをみて、早速阿佐ヶ谷駅に向かいます。
ツイキャスの映像からすると、どうやら駅南口のロータリーかな?と探すと、おお!発見。
やすとみ歩さんと白馬です!
(ツイキャスの映像に実体があろうとは。当たり前とはいえ、妙に感動。)


ちょうど到着されたばかりのようで、まだ人もまばらです。
早速、やすとみ歩さんのご挨拶。
馬選挙の開始です。

馬選挙

あゆみさんは語ります。
なぜ馬なのか?
出馬するのだから!ということもありますが、
記号化した街では人間が生きる余地はありません。人間はお金の乗り物になっています。それは子供たちへの虐待でもあります。その点、馬という動物は人間のいのちを蘇えらせてくれる力を持っています。だから子どもを守る社会をつくりたいと思って馬を連れてきたのです。ユーゴンくんといいます」
南フランスから来たカマルグ種とのことで、日本には数頭しかいない珍しい馬さんのようです。
きれいな白馬です。


» 続きはこちらから

ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 外伝50 ― 明治維新の英雄の影の存在

 経は縦糸を意味し、緯は横糸を意味します。経と緯、縦糸と横糸が交わった点が現在位置です。例えば台風の位置を「東経140度、北緯35度」と示す具合にです。経緯をたどることで現在位置が認識できるのです。
 これからどちらに向かって舵を切っていくかを選択するには、現在位置がどこにあり、それがいかなる経緯をたどってここにあるのかを認識する必要があるでしょう。
 日本がどうして現在このような姿になってしまったのか? どうすればよいのか? それを知るにはその経緯を知る必要があるわけです。
 日本の近・現代史を語る上でよく指摘されるのが、2つのターニングポイントです。一つは明治維新、もう一つは太平洋戦争とその敗戦です。この2つのターニングポイントは、どちらも知らされていない複雑で深い闇の部分が大きいのです。
 その明治維新ですが、幕末から明治維新は南北戦争の時期と重なり、その落とし物というべきか影響を受けています。いや、もっと正確に表現すれば、明治維新の裏にもやはりロスチャイルドの存在があったのです。
 幕末から明治維新の動きとは、ロスチャイルドが日本に対する密かな侵略の攻撃を具現化させた動きだとの表現も間違いでないのです。
 この頃の歴史の表舞台では、坂本龍馬など明治維新の英雄や、薩長の数多くの維新の志士たちが輩出されています。ところがその彼らは、武器商人を通じてなどしてロスチャイルドの影響下にあったのです。
(seiryuu)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

————————————————————————
ユダヤ問題のポイント(近・現代編) ― 外伝50 ― 明治維新の英雄の影の存在

南北戦争の兵器が日本に 〜明治維新の裏にロスチャイルド


南北戦争は、その後のアメリカの命運を決定づけるような大きな影響を与えたのですが、その影響を受けたのはアメリカだけではなく、世界各地も同様です。日本も実はそうだったのです。

南北戦争の頃、日本は幕末から明治維新へと移行する時期でした。南北戦争の落とし物というべきか、南北戦争で使用されて余った兵器は日本に送り込まれ、明治維新の戊辰戦争などに使用されたのです。もちろんこの背後には武器商人が、さらにその背後には国際銀行家の暗躍がありました。

歴史教科書では明治維新の際、薩長にはイギリスが、幕府にはフランスが、それぞれ支援していたと記述されてあったと思います。事実はその薩長と幕府を支援した国家とされるイギリスとフランスは国家ではなく、それぞれイギリス・ロスチャイルド家とフランス・ロスチャイルド家です。

それぞれ薩長と幕府に武器弾薬の兵器を売りつけ、金を貸付けて戦争を煽っていたのです。明治維新の黒幕にはロスチャイルドの存在も大きくあったわけです。

Wikimedia Commons [Public Domain]
Wikimedia Commons [Public Domain]
Author:Mukai [CC BY-SA]

南北戦争はロスチャイルドの意図のもと起こされたのですが、同時並行的に日本に対する侵略攻撃をロスチャイルドは本格的に具体化していったのです。

1600年以降、世界侵略を実行していったのは大英帝国ではなくイギリス東インド会社だったのですが、ネイサン・ロスチャイルドの頃からロスチャイルドは東インド会社の支配的地位についていっており、その東インド会社は既にインドおよび中国を蹂躙していました。その矛先が日本に向かうのは当然の流れだったのです。

1851年には東インド艦隊のペリーが来航し1854年に日米和親条約、1858年には江戸幕府が米国総領事ハリスとの間に日米修好通商条約の不平等条約を調印。同年ほぼ同じ内容の条約を蘭・露・英・仏と結ばされていました。またこの1858年は1857年のインド大反乱を経てムガール帝国が滅亡し、イギリス東インド会社が解散しています。

こういった状況下、南北戦争の最中の1863年、生麦事件を受けて薩英戦争が起きます。薩英戦争は痛み分けとなりましたが、西洋科学文明の力を思い知った薩摩藩は洋学校を開設し、イギリスに留学生(薩摩藩遣英使節団)を送ります。またイギリスとの密貿易を開始して、薩摩藩はイギリスとの関係を深めていったのです。

後列左から:畠山丈之助、高見弥一、村橋直衛、東郷愛之進、名越平馬
前列左から:森有礼、市来勘十郎(松村淳蔵)、中村宗見
Wikimedia Commons [Public Domain]

薩摩藩第一次英国留学生②
後列左から:田中静洲(朝倉盛明)、町田申四郎、鮫島尚信、寺島宗則、
吉田清成
前列左から:町田清蔵、町田久成、磯永彦助(長沢鼎)
Wikimedia Commons [Public Domain]

もちろん、ここでいうイギリスは国家というよりはイギリス・ロスチャイルド家と見るべきです。東インド会社は解散はしていましたが1863年といえばその解散から5年しかたっておらず、薩摩藩と砲火を交えたイギリス艦隊はもともと東インド会社の艦隊であったでしょう。そしてこの東インド会社を動かしていたのがロスチャイルド家だからです。

» 続きはこちらから