アーカイブ: 天皇・皇族

ユダヤ問題のポイント(日本 明治編) ― 第24話 ― アヤタチ上田サンカ

 外国勢力を日本に引き込み「英領日本」を導いた国内勢力がありました。その中に「蘭癖」と称される人物群がありました。蘭癖の代表が薩摩島津氏で、島津氏は八咫烏の政治組織である天忠党と同盟関係にありました。
 一方竹下さんからの情報により、明治天皇となった大室寅之祐の血統である李家(大室寅之祐の曾孫を名乗る張勝植氏は、自分たちの家系は張家の姓を所得したと述べています。)は山家であり、日本の黄金を提供し、外国勢力と協働し、世界革命に助力してきたのが「サンカの大元さん」であることが明かされています。
 他方そのサンカですが、サンカは穢多と称される被差別民との関係が取り沙汰されてもいます。日本や世界を裏から支配し動かす勢力を見るには、蘭癖、八咫烏、サンカ、被差別民、これらがどういう関係にあるのかを整理して明かす必要性があるでしょう。
 しかし、これらの関係は厚い秘密のベールの向こう側にあり謎に包まれています。ところが…アヤタチ上田サンカにスポットを当てると、その謎に包まれ秘密のベールの向こう側にある姿が相当見えてもくるのです。端的には上田サンカ=八咫烏です。
(seiryuu)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

————————————————————————
ユダヤ問題のポイント(日本 明治編) ― 第24話 ― アヤタチ上田サンカ

上田音吉(吉松)という謎の人物 〜その血統が誕生させたもの


第18話の最後部分で見た「日本を支配する李家の系図」、これによると明治天皇となった大室寅之祐の弟は庄吉です。そして庄吉の娘ヨネは橋本卯太郎と結婚し、その息子が橋本龍伍、龍伍の息子が元首相の橋本龍太郎となっています。

要するに李家(張家)の血統を引く大室庄吉の曾孫が、この系図によると橋本龍太郎となります。そしてこの部分は事実だと思えます。


さらにこの図の最下部は要注目です。庄吉(上田音吉)と、つまり庄吉と上田音吉が同一人物になっています。大室庄吉と上田音吉が同一人物? 私はこれは違うと思っていますが、それは置いておき、注目は庄吉(上田音吉)の息子が上田鬼一郎、上田鬼一郎の息子が笹川良一と畑中理の兄弟、畑中理の息子が金正日、金正日と横田めぐみさんの息子が金正恩となっている部分です。

この重要な上田音吉の血統ですが、2016年2月22日の竹下さんの記事に出てくる上田家系図を見ると、上田音吉は多くの女性との間に子供をなしており、確かにこの上田家系図でも上田鬼一郎は上田音吉の息子で、その筋から北朝鮮国家主席金正恩に繋がっています。


大室庄吉と上田音吉が同一人物と思えませんが、上田音吉の血統がいわば北朝鮮を誕生させたのは事実だと思われます。

また系図では、上田音吉と別の女性の息子が創価学会初代会長牧口常三郎、また上田音吉の孫が創価学会2代目会長戸田城聖となっています。

更には、系図からは上田音吉の愛人が大本教初代教主出口ナオであったこと、出口王仁三郎(上田鬼三郎)が上田音吉の孫にもなっています。

これらによると上田音吉並びにその血統が北朝鮮だけでなく創価学会と大本教をも誕生させたことになります。

更にあります。上田音吉を巡る系図は重要で要注目なのです。2016年4月10日の記事で、竹下さんは以下のようにコメントされています。

皇道立教会の総裁・伏見宮貞愛と久邇宮朝彦は兄弟です。下の系図をご覧になるとわかりますが、伏見宮貞愛は有栖川宮を介して上田家と繋がります。

そしてその記事にある「伏見宮邦家・有栖川宮幟仁・上田音吉〜金正恩の系図」を見れば、確かに上田音吉の系統は有栖川宮を介して久邇宮(中川宮)朝彦と繋がります。久邇宮朝彦の孫が梨本宮方子です。梨本宮方子の娘が横田早紀江さん、孫が横田めぐみさんと繋がるわけで、これは事実でしょう。


北朝鮮王国、大本教、創価学会を誕生させ、宮家とも繋がる上田音吉とその血統…。こう見てくると上田音吉が超重要人物であることが分かります。

これらの系図に触れた際「この上田音吉もしくは上田吉松とも称されるこの人物、一体どこから出てきたんだ?」私は首を傾げていたのです。その回答がありました。落合莞爾氏によると、前回見たサンカの大親分アヤタチ・上田サンカの幕末当時の当主が上田音吉(吉松)とのことなのです。

» 続きはこちらから

ユダヤ問題のポイント(日本 明治編) ― 第17話 ― 孝明天皇の表舞台からの退去

 京都堀川通の西本願寺の隣接地は、現在は西本願寺の駐車場や関連施設が建つ場所となっています。しかし、元々この場所には本圀寺があったのです。
 実はこの本圀寺こそが、京都の皇居を退去した孝明天皇が睦仁親王とともに移住してきた施設であると、落合莞爾氏が提唱しています。
 通史や歴史教科書では、新暦の1867年1月に孝明天皇は崩御されたことになっています。しかし落合氏の説は、孝明天皇は歴史の表舞台からは退去したが、実は健在であって睦仁親王とともに裏に回られたということです。
 創建であったのにも関わらず孝明天皇は、35歳の若さで急死されたとされます。それでその死因には、多くの疑念が持たれてきたのです。一応はその死因は天然痘となっていますが、疑念が絶えず、ヒ素による毒殺説等の他殺説が多く存在しているのです。
 そのような中、孝明天皇の崩御は偽装であり、孝明天皇は健在であったとの説が出されたのですが、これは事実だと見受けられます。先ず孝明天皇の35歳の若さでの急死は、多く疑念があることから分かるように相当の無理があります。そして毒殺などの暗殺・他殺説も検討すれば無理があるのです。
 いくつかの観点から、特に最終的には地球の霊的統治の中心である日本の「くにがら、あり方、国家の根本体制」といった「国体」、そしてそれに付随する「政体」という観点から見て、「孝明天皇は健在で裏に回られた」とする説が最も理にかなっているのです。

(seiryuu)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

————————————————————————
ユダヤ問題のポイント(日本 明治編) ― 第17話 ― 孝明天皇の表舞台からの退去

「明治天皇のすり替え説」への違和感 〜孝明天皇は暗殺されたのか?


大室寅之佑の文字をネットを通してですが初めて目にしたのは15年以上前で、20年近く経過しているかも知れません。最初は何の意味か全く分かりませんでした。私は別に歴史に、特に皇室関係には当時全く興味がなかったのです。

ただし、その後に幾度も「明治天皇のすり替え」に関連する記事を読むうちに、確かに「明治天皇のすり替え」はあったのだろうな、と考えは固まってきました。しかしながらその一方では、明治天皇が大室寅之佑なる人物にすり替わったのは肯定しながらも、何か強いもやもやとした違和感もあったのです。

私のその違和感は今になれば明瞭ですが、当時の「明治天皇のすり替え説」に必ずセットとなっていた孝明天皇の暗殺説に対してのものだったのです。


当時から流布していたのは、「孝明天皇とその息子の睦仁親王が殺され、明治天皇が長州田布施の大室寅之佑へとすり替えられた」とするものでした。そして孝明天皇と睦仁親王を殺した犯人は岩倉具視もしくは伊藤博文とする説でした。これに違和感を感じていたのです。

なぜか? 岩倉具視もそうですが、最後は暗殺された伊藤博文も当時としてはそれなりの長命でした。これは本当に天皇を殺害しているならば「ありえない」とやはり当時も感じていたのです。これは甚だ非科学的ではありますが、天皇を殺して無事でいられるはずがない。祟り殺されるはずだとどこかで感じていたのです。この感覚は間違っていないと現在では断言できます。

孝明天皇は、肉体は人間でも魂はホツマの神だと竹下さんから教えられました。そのホツマの神を人間が殺して、その殺した人間が只で済むはずがありません。必ず祟られます。

菅原道真もホツマの神だったと竹下さんが明かされていますが、菅原道真を左遷しただけで、その左遷に関わった人間は皆祟られ、呪い殺されているのです。左遷でこうですからそれが殺害になると…。

さて、このように「明治天皇のすり替え」への違和感も持ったまま過ごしてきたのですが、ここ数年前になりますが竹下さんの解説を通して落合莞爾氏の説孝明天皇の崩御は偽装で、孝明天皇は睦仁親王と共に健在で歴史の表から姿を消して裏に回られた」を知りました。この説に接して「なるほど」と合点がいき落ち着きました。


確かに孝明天皇、そして睦仁親王が暗殺されずに生きていて、それで歴史の表舞台からは姿を消して裏舞台に回った。これならば孝明天皇と睦仁親王殺害の祟りはないはずで、合点がいったのです。

そして実はもう一点、日本そして天皇に対しての知識を得るうちに、「この大問題はどう処理したのか?」と湧き上がっていた疑問に対しても辻褄が合うかな?となったのです。その疑問とは天皇は大神官であり日本最高神官であるということについてです。

» 続きはこちらから

ユダヤ問題のポイント(日本 明治編) ― 第13話 ― ホツマの神々の承認

 「死して護国の鬼となれ」、これは日清戦争の直前に作られた軍歌の中にあるフレーズです。このようなフレーズのもと明治以降日本は、その皇軍は、日清戦争、日露戦争、太平洋戦争へと突き進んでいきました。
 日本国民は“お国のため”に戦死すること、死して後もいわゆる成仏し自由になることも許されず、荒魂の鬼神として国家体制の支配の中に組み込まれることが課せられていったのです。国民を所有物扱いし、その生と死さえも束縛・支配するカルト国家が日本だったとも言えるでしょう。
 “現人神”天皇が統治する中央集権国家、日本神道の皇国日本を明治維新は誕生させました。しかしこの皇国日本は、日本人の総意に基づきて出来上がったのでは決してありません。ほとんど全てに近い日本人は真相を隠され、騙されて日本国家に組み込まれてきました。
 皇国日本を作る動きは、江戸後期からは八咫烏によって起こされました。その上で幕末の外国勢力「300人委員会」の動きによって皇国日本は誕生したのです。皇国日本は八咫烏と「300人委員会」によって作られ、その支配下にあった国家体制とも言えるでしょう。
 そして八咫烏、300人委員会のバックにはホワイト・ロッジ、ホワイト・ロッジ内闇組織の存在が、それにブラック・ロッジが絡んできてもいます。
 ただし、それだけではありません。ホワイトロッジ等はハイアラーキですが、それだけでは皇国日本を作れません。日本は地球の霊的統治の中心なのであって、人間とハイアラーキの思惑で勝手に改変できるものではなく、ホツマの神の承認が必要だったはずなのです。そしてこの皇国日本は、相敵対するホツマの神々の利害が一致してもいたのです。
(seiryuu)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

————————————————————————
ユダヤ問題のポイント(日本 明治編) ― 第13話 ― ホツマの神々の承認

日英条約の穴 〜「幻(ファントム)の君主」天皇


1858年夏にジェイムズ・ブルース(エルギン伯爵)が日英条約の際に突きつけたであろう、英国官報ガゼット紙に記載されている「英国女王陛下は、…日本の帝の領土における権限と管轄権」を所有する。これには次の2つのポイントが求められ課せられているのは自明です。

①日本全土を天皇の領土にすること。
②日本天皇は英国女王のしもべとなること。

しかし当時の日本の状況は、そう簡単にはこの2つのポイントの実現を許すはずが無かったのです。まず孝明天皇は②を受け入れるはずもありません。そして『アーネスト・サトウ伝』では 日英条約を巡る状況の複雑さと難しさを次の三点に指摘しています。

イギリス外交官アーネスト・サトウ
Wikimedia Commons [Public Domain]

日本の君主たる天皇は「幻(ファントム)の君主」であり実権がなかった。
しかし実権を有する徳川将軍は天皇の下位であり、条約発効には天皇の勅許が必要。
③更に徳川将軍は実権があるとしても、雄藩のコントロール能力はなかった。

以上の三点から「条約は天皇の批准を受けていないので拘束力はない」「諸侯は、将軍のみの調印によって当該条約に拘束力があるのを承認することはできない」と、条約を反故にされる危険性があるとし、次のように指摘しています。

「ラザフォード・オールコック卿はパーマストン内閣に次のような方針を採用するように提案した。
(1)天皇の条約批准を迫る。
(2)天皇の「幻の権力」を真の権力とするように努力する。」

Wikimedia Commons [Public Domain]

ラザフォード・オールコックは、日英条約に基づき江戸に駐留した英国外交官です。彼が時の英国首相パーマストンに提案した(1)(2)の内容は、(1)が②日本天皇は英国女王のしもべとなること、(2)が①日本全土を天皇の領土にすること、以上のそれぞれと通じているのが透けて見えるでしょう。

英国側は日本を英国女王の所領とすることを課せてきたのですが、注意点があります。繰り返しになりますが、英国女王は300人委員会の長であり代表です。コールマン博士が悪魔崇拝海賊団であるイギリス東インド会社が300人委員会となったとしていますが、1858年日英条約のこの年にイギリス東インド会社は、その役割を果たし不要になったのでしょう、解散し、イギリス東インド会社は300人委員会になっています。

英国女王は、英国国家というよりは300人委員会の代表として日本側に日本所領を突きつけたのです。

» 続きはこちらから

ユダヤ問題のポイント(日本 明治編) ― 第12話 ― 民衆の犠牲を求める者たち

 戦争には凄惨な悲劇が必然的について回ります。殺され、傷つけられ、家族を、資産を、生活の糧を奪われ、強姦され、人間の尊厳が奪われます。これは過去に起きたほぼすべての革命にも当てはまります。
 しかし、戦争や革命はそれを利用しようとする存在によって意図的に起こされてきました。地球上に起きたほぼ全ての戦争等の底流には「ハルマゲドン・救世主降臨計画」があったと見ています。これはサナット・クマラの「大計画」から派生したものです。
 「大計画」とはサナット・クマラが全大宇宙を支配する唯一絶対神として君臨する計画です。これには無論ホツマの神をその支配下に置くというホツマの神を滅ぼす意味も含まれます。サナット・クマラの復讐心と野望がその原動力となっています。
 地球世界に凄まじい影響を与え、背後から歴史を形成したのが「大計画」、この影響で中国でも無数の人々がその犠牲となり、大きく傷つけられました。そしてその矛先はもとより、日本に向けられていたものです。
 「大計画」に基づく「ハルマゲドン・救世主降臨計画」の影響がより具体的に明瞭にその姿を表してきたのが「明治維新」だとも言えるでしょう。
(seiryuu)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

————————————————————————
ユダヤ問題のポイント(日本 明治編) ― 第12話 ― 民衆の犠牲を求める者たち

「分かち合い」の指す意味 〜中国共産化の先駆け


「太平天国の乱」は1837年に洪秀全という客家の一人の青年が、夢の中で神の声を聞き、その神を聖書の絶対神として「拝上帝会」を組織したところから始まり、1851年に「太平天国」の国号で独立国家を樹立し、1853年には南京を占領して首都としているのです。

Wikimedia_Commons [Public Domain]

短期間に一人の青年や少数の仲間の力で、このような途方もない大事を成し遂げられるはずもなく、秘密結社が背後で働いていたのは間違いのないところです。客家は客家同士の連携した組織もあったことでしょう。

この「太平天国の乱」を背後で導いたであろう秘密結社などのさらなるバックには、ミトラやマイトレーヤのホワイト・ロッジの存在があったのではないか?と見ているのです。いくつかの理由があります。

まず、洪秀全が組織した「拝上帝会」はキリスト教系とされますが、上帝とは道教の絶対神に相当します。つまり「拝上帝会」は道教とキリスト教が習合したものと取れます。東方ミトラ教も道教も取り込んだ一神教なので、同じような匂いを感じるのです。

道教における最高神・玉皇上帝(玉皇大帝
Wikimedia_Commons [Public Domain]

そして何よりも「拝上帝会」が掲げた「天朝田畝制度」です。天朝田畝制度はウィキペディアの「太平天国の乱」の記事の中で以下のように記されています。

「特筆すべきなのは天朝田畝制度である。これは田畝があれば誰もがそこで耕し、収穫物は皆で分け合い、豊かな衣食を手に入れる、という目標のために考案された制度である。

具体的には、田をその質の良し悪しによって九階級に分け、質に応じて男女問わず田を分配し、生産物は個々人の消費分以外は国庫に保管し私有は認めない。そのかわり婚姻や葬儀のような儀礼の費用、孤児・老人の扶養については国庫より支出する。そして二十五戸ごとに両司馬という官と礼拝堂をおき、管理させるというものである。」

この制度は現実にはほぼ機能しなかったようです。ただ掲げたこのスローガンは、シェア・ジャパン公式サイト「分かち合いが世界を救う」(世界教師マイトレーヤ出現についての情報)と通じているように感じるのです。これらのそのスローガンは言葉としては美しくはあるのですが…。

それと天朝田畝制度は共産社会制度でしょう。その意味で太平天国の乱は後の中国共産党の先駆けとなる事案でもありました。また、共産社会の原型は特殊稿11で見たように、洗礼者ヨハネ、イエス、マグダラのマリアたちが所属した原始エルサレム教会(クムラン宗団)でした。

原始エルサレム教会は ≒ミトラ教であり、イエスにはマイトレーヤがオーバーシャドウしていたのです。太平天国の乱は中国共産社会成立の実験という要素も強くあり、こういった面からも、ミトラやマイトレーヤのホワイト・ロッジの関与が強く匂うのです。


» 続きはこちらから

ユダヤ問題のポイント(日本 明治編) ― 第8話 ― 明治維新の裏側

 この地球世界は物質世界です。原則としてこの世界で起きた数々の問題はこの世界で解決しなくてはいけません。物質世界には物質世界のルールがあり、そのルールによって問題は処理されなければいけないからです。人間が起こした問題を神が降臨して魔法のように一挙に解決するなどはないのです。
 そして問題解決にはその問題の事実を把握しておく必要があります。事実に光を当てて認識することが欠かせないのです。しかしこの物質世界の問題を物質世界の視点でのみ把握できるか?といえば無理なところもあるのです。同じ位置の視点では見えないものは多々あります。
 明治維新は複雑です。物質的な動きでも、日本のいくつかの勢力と外国のいくつかの勢力が絡み合ってもいます。そしてその背後には秘密結社を動かす勢力が絡み合ってもいます。
 過去、フリーメイソン組織をホワイト・ロッジ、ブラック・ロッジ、ホワイト・ロッジの闇組織がそれぞれ自陣に取り込もうとしてきたのを見ましたが、同じような構造がやはり明治維新の裏側にあります。
 この三者の構図はハイアラーキ(国津神)の霊的世界ですが、八幡系と春日系の権力争いなどというホツマの神(天津神)レベルの関与もあります。
 このように明治維新は複雑ではあるのですが、基本となる底流とでも表現すべきものがあります。それがやはりハルマゲドン・救世主降臨計画だったのです。日本にユダヤ王・世界王を誕生させる動きとも表現できます。これが底流にあってそれを軸として、いくつもの勢力が争い、時には協力し、妥協やおそらくは密約を交わしたりしながら歴史が展開し、明治維新が成立していったと見受けられます。
(seiryuu)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

————————————————————————
ユダヤ問題のポイント(日本 明治編) ― 第8話 ― 明治維新の裏側

明治維新の底流にあったもの 〜光格天皇の祭祀


明治維新を実現させた日本での中核組織が、秘密結社八咫烏の政治部門組織となった「天忠党でした。秘密結社八咫烏は日本最強最古の霊能集団でありカバラの使い手です。古代イスラエルの末裔である秦氏が組織した秘密結社でもあります。

「天忠党」は八咫烏とタッグを組んだ光格天皇の「尊皇討幕」の意思で組織されたのですが、光格天皇、そして八咫烏(秦氏)の霊的なバックにはマイトレーヤ、ミトラ、サナット・クマラのホワイト・ロッジの存在がありました。更にそれを守護していたのが応神天皇を頭とする八幡系のホツマの神々でもありました。


光格天皇が八咫烏の神と位置づけられる役小角に「神変大菩薩」の諡号を直筆で贈った大変な崇拝ぶりは、既に日本 明治編)第7話で指摘しています。光格天皇と八咫烏が一体として動いていたのです。

更には「天忠党」が八咫烏の組織であり、背後にホワイト・ロッジ、八幡系の神という霊存在があったのは、ウィキペディアの「光格天皇」記事の「400年近く途絶えていた石清水八幡宮や賀茂神社の臨時祭の復活や新嘗祭など朝廷の儀式の復旧に努めた」という部分からも窺えます。

光格天皇が約400年ぶりに臨時祭を行ったとされる石清水八幡宮と賀茂神社ですが、石清水八幡宮の祭神は応神天皇、宗像三女神、神功皇后という八幡系の神です。そして賀茂神社を祀る加茂氏は、秦氏と一体となったといえるほどの密接な関係であり、下鴨神社の祭神の賀茂建角身命について「金鵄および八咫烏は賀茂建角身命の化身である。」(ウィキペディア「下鴨神社」)とあるのです。

神武天皇の弓の先に止まった金鵄
Wikimedia Commons [Public Domain]

八咫烏は現在は一つになっているとのことですが、以前は2つあったとのことで、複雑な部分もあるのですが、概ねはマイトレーヤやミトラが率いるホワイト・ロッジの実働部隊と見て間違いないでしょう。

この八咫烏の政治組織の「天忠党」が中核となって明治維新が実現しているので、明治維新とはその底流にハルマゲドン救世主降臨計画、新エルサレム建設計画があり、その計画の一環であったと見ても取れます。地球の霊的統治の中心である日本で、天照大神の血統の天皇から成り代わり、ユダヤ王・世界王を誕生させる動きともいえるでしょう。

明治維新とは霊的な長いスパンの観点では、ホツマの神々の支配権を奪取し、全宇宙を支配せんとするサナット・クマラの野望に基づいたハルマゲドン・救世主降臨計画が先ず基本としての底流にあるのです。こういった事柄は天忠党に集った存在の性格を見れば現れてもいるのです。

» 続きはこちらから
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 14