隠れユダヤ人がパレスチナを奪うためにオスマン帝国を打倒した?1/6 Crypto Jews, Donmeh
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ドンメ-、クリプト・ユダヤ人の本拠サロニカ
ご視聴頂いたとおり、分割されたこの動画の第1のポイントは、続きの動画の中で詳しく語られていますが、
「青年トルコ人」組織の正体はユダヤ人というか
ドンメーだったということです。
ドンメーとは外伝1で紹介した
サバタイ・ツヴィ直系の弟子団であり、その中で最凶最大の偽装イスラム改宗団です。スファラディつまり有色の血統ユダヤ人集団です。
彼らの本拠がサロニカにあり、そこに追放されたスルタンのアブデュル・ハミド2世は幽閉されたのです。
サロニカについて少し説明が必要でしょう。
血統ユダヤ人がなぜスファラディック・ユダヤ、つまりスペインのユダヤ人と呼ばれるようになったのか? 祖国を失った血統ユダヤ人の多くがスペインに流れてきたのです。スペインの地はイスラムが統治しており、最高宗教指導者カリフがいました。イスラムは特にユダヤ教徒キリスト教徒に寛容だったのです。
イスラムが統治したスペインは、その頃文化水準で欧州トップでした。しかしやがてキリスト教勢力がスペインを奪還し、
スペインで15世紀末から宗教審判が開始されます。ユダヤ人の大受難です。そこで
ユダヤ人たちは難を逃れるため、イスラムのオスマン帝国内各地に逃れてきていたのです。
オスマン帝国の中でも最もユダヤ人が多く住居する都市がサロニカでした。ユダヤ人街となっていたのです。
隠れユダヤ、秘密のユダヤとも呼ばれるドンメーの本拠もここサロニカにあったのです。
ドンメ-はクリプト・ユダヤ人とも呼ばれます。これは意味としてピッタリです。クリプトとは地下聖堂との意味があり、ここから
聖堂の地下に潜り込んだユダヤ人を表します。人目につかない聖堂の地下で何が行われるか? 乱交、飲血、儀式殺人などの悪魔儀式と相場は決まっています。アブデュル・ハミド2世がヘルツルとの交渉を蹴ってパレスチナの割譲を拒絶して以来、
このサロニカでドンメー集団によってオスマン帝国の破壊計画が本格的に練られていきます。そして
遂に1908年にドンメー集団によって「青年トルコ人革命」が引き起こされ、引き続き彼らの手によって
1911年から始まった「アルメニア人大虐殺」は1915年に本格化し、陰惨な大惨事となります。
青年トルコ、つまりドンメーの機関誌がフランキズムの総本山ブナイ・ブリスによって運営されていることなどから明らかなように、サバタイ直系の偽装イスラム改宗団ドンメーと偽装ユダヤ教・キリスト教のフランキストは既に一体です。文字通りのサバタイ-フランキストです。従って
青年トルコの革命はサバタイ-フランキスト革命です。「アルメニア人大虐殺」の犯人ももちろんドンメーでありサバタイ-フランキストです。
この構図はその後ロシアで展開された破壊劇と全く同様です。
1917年引き起こされた11月革命とそれに続き
1933年に起こされたホロドモールの惨劇です。オスマンのドンメーがプロトタイプになっているともいえそうです。全てサバタイ-フランキストによって起こされたものです。
サバタイ-フランキストの手による破壊工作は米国、ロシア、オスマン帝国で同時進行にて進められていたわけです。
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それまで当たり前のように信じてきたことも、音を立てて崩れ去りました。
国は自分たちを守らない、権力者や学者はウソをついて国民をだまし続ける。
事故当時の政府も、今の政府も中身は同じ。
でも、私たちは確実に、だまされなくなっていると信じたい。