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1時間手伝えば1食タダの「テゴ制度」〜 女性店主一人が切り盛りする食堂に人々が集まる

読者からの情報です。
なんと素晴らしい制度でしょうか。
1時間で定食代の食券1枚。
しかも、手伝った方が自分で使わず、
必要な方に食券を回せる!

これはお手伝いに行きたいな。
(DFR)
 岡山弁でお手伝いのことを「テゴ」と言うそうです。
このお店では、アルバイトではなく「テゴ」を募集していて、時給ではなく1食分の定食を現物支給するというユニークな食堂です。
 テゴもお客さんも幅広い年齢層で、小学生も大学生もお手伝いをして食事を済ませてから学校へ行くことができる、大人だってコンビニおにぎりではなく、お味噌汁の朝食で出勤できると思うだけで嬉しくなります。働くことが楽しいだけでなく、テゴで得た食券をペイフォワード(恩送り)して誰かに喜んでもらうこともできる。
 この食堂を立ち上げた横田都志子さんは定評のある建築家であり、また、これまで多方面でのボランティア活動で人と人を繋いで来られたようです。この「ポン太」という食堂は、東京の「未来食堂」という「まかない」システムで成功した食堂を参考に、経営面での効率化を図り、お店のサイトにはテゴのエントリーフォームまであって良い意味で合理的です。さらに横田さんが郷土の詩人、永瀬清子の生家保存会の理事長をされていることも印象的でした。宮沢賢治の「雨ニモマケズ」を発掘した「現代詩の母」を大切に伝える活動と、テゴ食堂で人々の気持ちを繋ぐ活動は、横田さんの中で同じものなのだろうなと思ったのでした。
 朝定食600円、昼定食800円。
DFR様は「手伝いに行きたいな」、まのじは「食べに行きたいな」。
(まのじ)

注)以下、文中の赤字・太字はシャンティ・フーラによるものです。

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新名所2019:「1時間手伝えば1食タダ」飲食業界の常識覆せ!女性店主が起こした“親切の輪”【岡山発】
引用元)
(前略)
岡山市北区国体町にオープンした小さな食堂「ぽん太」。
この食堂で導入されているシステム…、それは「テゴ」制度。岡山弁で手伝いの意味だ
(中略)
1時間店を手伝うと、800円分の食事券を進呈!つまり、1食がタダになる
(中略)

普段は、店主の横田都志子さんが、1人で切り盛りしている。
(中略)
どんな人がテゴを?
会社員、主婦、子どもなどみんないます
(中略)

店では効率化を追求し、昼の定食は1種類。旬の野菜を使った12種の小鉢から2つの副菜を選ぶスタイル。
メニューを絞り込むことで、食材の種類も少なくなり、仕込みのロスを減らせるメリットも
(中略)
テゴは、雇用関係ではなくお手伝い。賃金が発生しないので子供でも体験できる
(中略)
働くのは苦しいことではなく楽しいこと。人が喜んでくれることは良いこと。働くのは苦しい、お金のためじゃないと学んでもらえたらいいなと思う。」

入口横にあるボードには、客が無償で提供する食事券が貼り付けられている。中には、テゴでもらった食事券をそのまま貼って帰る人もいる
(中略)
「今は1人でご飯を食べる人が多い。8人から10人で食べる楽しさ。何もごちそうがなくても、たくさん(の人と)で食べるってそれだけでおいしいと思った。それでここで大家族みたいに、ご飯を食べることができたらいいなと。」
(以下略)

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ぺりどっと通信32 炬燵

 新年あけましておめでとうございます。今年も時事ブログを、どうぞよろしくお願いいたします♪
 あっ!ついでに、ぺりどっと通信もね♪
(ぺりどっと)
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今、"あの"室内テント!ブーム来てます!!(たぶん)




現在、冬真っ只中でございますが、暖房でコレさえあれば寒さは大丈夫!というものを1つだけ挙げるとしたら何でしょうか

エアコン、ストーブ、電気毛布、電気あんか、ホットカーペット、こたつ、床暖房、オイルヒーター…

それぞれお好みの暖房器具があるかと思いますが、


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「自分が嫌い」と「自分が大好き」、この両極端はどちらも幸福な心の状態ではない ~「私は誰か」を追求すると、最終的に「私は私」に~

竹下雅敏氏からの情報です。
 昨日の記事で、“自分で自分を裁いている人が幸福なはずがない”と記したのですが、自己イメージが否定的で“自分が嫌い”という人がいます。それがあまりにも強いと、吉濱ツトム氏の言う「底なしの劣等感を抱えている人」になるのでしょうか。冒頭のツイートのリプライを見ると、“全部当てはまります”というような人がたくさんいることがわかります。
 「深い劣等感を持つ人の日常は自己否定との戦いだ」とあるように、このような心の状態は望ましいとは言えません。しかし、これと対極にある“底なしの優越感に浸っている人”が幸福とも思えません。また、自己肯定感が強く“自分のことが大好き!”という人も、ひょっとしたらナルシストかも知れません。要するに、この両極端はどちらも幸福な心の状態ではないと思われるのです。
 悟りを得ている人は“自分が嫌い”でも“自分が大好き”でもありません。悟りを得ている人に聞いてみると良いでしょう。 “私のことをどう思うかですか? 私は私ですよ”と答えるでしょう。
 「私は誰か」を追求すると、最終的に「私は私」に到達するのです。到達するという表現は間違っています。理想を追いかけている私は存在しないからです。
 「ヨーガ・スートラ」では、冒頭で「ヨーガとは心の働きを止滅することである」と書かれており、次に、「心の働きが止滅されたときには、純粋観照者である真我は自己本来の態にとどまることになる」と書かれています。
 難しい表現ですが、「心の働き」とは、「理想を追い求める心の働き」だと考えるとわかりやすいでしょう。“悟りを得た人の心は静かであり、常に、あるがままの私に安らいでいる”と言っているわけです。要するに、ツイートに書かれているような、自分を責める「内なる声」はありません。また、自分を褒める「内なる声」もないのです。
 残念ながら、一足飛びにこの意識状態に辿り着けるわけではありません。自分の心を肯定も否定もせず、ただ見つめ続けるという行が必要でしょう。ひょっとしたら、病気の治療と霊的な修行の方法論は一致するかも知れません。ポイントは、“肯定も否定もせず”というところです。
 悟りを得る直前の意識状態というのは、五感を研ぎ澄ませ、内側も外側も全てに気づき続けるというものです。J・クリシュナムルティというインドの哲学者は、この状態を「全的な気づき」と呼んでいます。
 苦しみからの解放は、心を見つめて、心のトゲとなっている想念を暴き出すより方法がありません。それは、気づくことによって直ちに起こります。
 冒頭の動画で語られているように、親の何気ない一言が、本人には呪いの言葉になっているというケースが多々あります。子供を不幸にする呪いをかけないようにするにはどうすれば良いでしょう。それは、「あるがままを愛すること」です。
(竹下雅敏)
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子育てに於いて「しっかりしなさい」と言う言葉は禁句
配信元)
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配信元)
 
 
 

ぺりどっと通信31 プチプチ

 以前の隙間だらけの古民家では外気温=室温でしたが、暖房なしでの家全体の断熱対策だけで、朝一での外気温よりも6~10℃ほど室温を高く保つことが出来ました。これで暖房を使わずともココでも充分に冬越え出来ると確信いたしました。
 しかし、この"ぺりどっと通信"と"試したがり根性"のために、あえて暖房を導入してみました。ただ、皆さんが使用されるような、いわゆる暖房器具というのは、どこ?って感じですが。。。
(ぺりどっと)
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昨日から降り続いていた雪が、朝起きたらこんなに降り積もっていました。しばらくバイクで出掛けられそうにありません。

ぺりどっと宅前に降り積もった雪


前回からの続きです。
ぺりどっとが選んだ小屋の素材は、気泡緩衝材、いわゆるプチプチというヤツです。気泡の部分に空気が入っていて、その空気が断熱材の役割を果たし、断熱効果も非常に高いです。

Author:Moja[Public Domain]


このプチプチを使って、ビニールハウスを自作してみました。言うなれば、プチプチハウスです。このプチプチハウス、検索しても誰も作っていないようでしたので、ぺりどっとが史上初かも?!そのプチプチハウスの説明の前に、まずは家の方の断熱対策をば。

外の寒さが家の中に入ってこないようにするため、そして室内の熱が外に逃げないようにするため、出来るだけ断熱をしていきます。ぺりどっとが断熱材に使ったのは、前回でそのポテンシャルを十二分に発揮してくれたダンボールと、今回のプチプチです。どちらも手に入れやすく、安価です。プチプチは光もある程度通しますので、光を通したいところはプチプチ、そうでないところはダンボールで断熱していきました。

ちなみに、プチプチは120㎝×42mのものを2つ購入しましたが、断熱対策とプチプチハウス製作で全て使い果たしました。

プチプチロール


ではどこから断熱していきましょうか。。。

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ままぴよ日記 16

幼稚園バスを待っている間に孫とお歌を歌います。「今、幼稚園で何を歌っているの?」と聞いたら「どんぐりころころ」と言いました。
そういえば昨日、幼稚園の森からどんぐりを拾って持って帰ってきていたなあ。

「ね、どんぐりの歌を歌って!」と頼みました。孫が大きな声で歌い始めました。

  「どんぐりころころ どんぶりこ
おいけにはまって さあたいへん
おじょうがでてきて こんにちは
おっちゃん いっしょに あそびましょう!」

思わず孫の顔を見て、大笑い!
幼稚園バスが来てご挨拶する時も、ばあばは可笑しくて下を向いたまま肩を震わせ、顔をあげられませんでした。
(かんなまま)
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じっと耳を澄ます


孫のかわいい勘違いは別として、今の子ども達は「じっと耳を澄ます」とか「集中して人の話を聞く」などの習慣を身に付けていません。身の周りのあらゆる情報をキャッチできる最高の感受性を持っている乳幼児期に刺激の強いゲームの電子音、ビートの効いた音楽を聞かされ、おまけにテレビは一日中つけっぱなしの生活環境です。子育て中のママ達自体がテレビの音がないと落ち着かないと話していました。

それに比べて昔の子どもが遊んだ「かくれんぼ」は素晴らしい遊びでした。隠れることが出来る場所を瞬時に選び、息を潜めて隠れます。鬼が近くに来ていないか耳を澄ませます。見つかりそうになったらダッシュで走る!!これは5感を使った高度な遊びです。日常生活でも様々な音を体験とともに聞き分ける耳を育てていました。静寂の時間もありました。


静寂といえば・・・オーストラリアの湖畔のコテージに泊まった時のことです。朝早く目が覚めてデッキに出ると、靄の匂いがしました。湖全体に低く朝靄が垂れていて私の足元もベールがかかっているようでした。まだ暗く、空には星が瞬いていました。人工の明かりもありません。シーンと張りつめた静寂の世界。

しばらく佇んでいると朝日が昇り始めて東の空が明るくなり始めました。突然、ざわっと空気が動いたと思った瞬間、鳥たちが一斉に羽ばたきました。何とたくさんの鳥が寝ていたのでしょう!羽音と鳥の鳴き声が消えていくと、今度は静けさの中にも生き物が動き始めた音がしてきました。野兎が朝日の中をピョンピョンと跳ねていく様のかわいい事!

pixabay[CC0]


私はその光景に魅了されて、胸いっぱい空気を吸って、何て幸せな朝なのだろうと思いました。人間だけではない、ここに暮らす全ての生き物が同じ朝を迎えて1日を始めようとしている!私もその中の小さな一員なのだという事を感じました。こんな一体感を子ども達にも体験させてあげたい!と心から思いました。

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