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ユダヤ問題のポイント(日本 平成編) ― 第7話 ― 郵政解散
詐術の「イラク特措法」
「法律上、自衛隊が派遣されるのは非戦闘地域となっている。だから自衛隊が活動している地域は非戦闘地域…」
このようなふざけた答弁を小泉首相がしていたのが今更ながらに思い出されます。この答弁は2004年(平成16年)11月の国会での党首討論においてのもので、2003年3月に始められたイラク戦争へ派遣された自衛隊の活動をめぐる質疑に対するものでした。小泉首相は「どこが非戦闘地域で、どこが戦闘地域か、私に聞かれたって分かるわけがない」とも答弁していました。極めて不誠実で無責任な答弁を平気で繰り返したのです。
2001年(平成13年)9月11日の「911テロ」を受けたブッシュJr. 政権の「対テロ戦争」をいち早く支持した小泉内閣は、米軍のアフガン侵攻が始まると、兵站分野で自衛隊が作戦協力するため、2001年11月にテロ対策特別措置法を公布し、主に給油活動を行うとしてインド洋に自衛隊を派遣していたのでした。次いで2003年7月には、米国や英国のイラク戦争に協力するためにいわゆるイラク特措法を成立させ、同年12月からイラクに自衛隊を派遣していたのです。
イラク特措法は「イラク戦争後のイラクの非戦闘地域で、積極的に人道復興支援活動・安全確保支援活動を行うことを目的とする日本の法律」(ウィキペディア記事)と建前上はなっています。しかし実際には、この法律は現実と全く乖離しています。まず法律では「イラク戦争後」となっていますが、イラク戦争は全く終わっているどころか自衛隊派遣時には戦闘は激しくなっていたのです。外伝88で見た『長周新聞』の「アメリカ軍、イラクで大量虐殺 住民880人殺害、1800人負傷 「虐殺支援」の自衛隊」という見出し通りが現実でした。
2004年4月の米軍によるファルージャでの住民大虐殺、それに憤怒したイラク人がイラク全土で「占領軍撤退」を求め、武力闘争がまき起こされていたのです。イラク全土が戦闘中で、「非戦闘地域」などはありません。ましてや、自衛隊派遣の目的がイラク人民に対する「積極的に人道復興支援」などチャンチャラおかしいフレーズです。ブッシュJr. 政権に付き従い、米軍の住民虐殺に加担したのが自衛隊派遣、しかも自衛隊員を心身ともに極めて危険な状態に、これが現実です。イラク特措法など嘘とペテン詐術の塊です。
アフガン侵攻への協力もそうですが、もちろんイラクへの自衛隊派遣などは、「国民主権」「平和主義」「基本的人権の尊重」を3原則とする日本国憲法に著しく違反しているのは明瞭です。小泉首相はそんなことは承知の上(解ってもいなかった可能性もありですが)で、憲法違反などはせせら笑って国会でペテン答弁を繰り返していたのです。彼の眼には、日本国民も自衛隊員もイラク民衆の姿も入っていなかったでしょう。彼にはパワー・エリートの代理人からの脅しと、ワイロ懐柔が全てだったはずです。彼は鞭と飴に踊らされた役者、というのが公平な見方でしょう。
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「米百俵」とは2001年に首相に就任した小泉首相が、5月7日の所信表明の最後部分で取り上げた話です。窮乏していた長岡藩に米百俵が送られた。しかしその米を飢えた藩士は消費せずに「百俵の米も、食えばたちまちなくなるが、教育にあてれば明日の一万、百万俵となる」との提案を実施したというものです。今の非常に苦しい状態を忍んでも、未来に投資すれば明日の繁栄になって返ってくるという喩えです。小泉所信は構造改革を進めるとし、その実施は当初は苦しく痛みがあるが、未来の繁栄になる「痛みを伴う改革だ」として所信の最後部分に「米百俵」を持ってきたのです。
小泉内閣が改革の本丸としたのが郵政民営化で、それはなされました。他の種々の構造改革も実現し、現在も継続中です。現在がその小泉所信から22年後の未来です。…
なにか国民に返ってきた良き成果はありましたか?
国民は激痛だけを押し付けられ、徹底的に毟り取られて貧困が進行、国家は衰亡の道をひた進んでいます。構造改革は「米百俵」ではなく「国家衰亡の道」だったのです。
すでに結果はでており、そんなことは始めから分かりきっていたことでした。特に当時郵政民営化を担当した大臣の竹中平蔵氏は、どんな結果になるかはよく分かった上で政策という名の窃盗を進めてきたのです。新聞「農民」2001.5.21付のように、即座に小泉所信の詐術を喝破していた人たちもいましたが、多く日本国民は騙されました。小泉首相はペテン詐術の天才ではあるなと思います。背後にはメディアの全面バックアップがありはしましたが…。