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ユダヤ問題のポイント(日本 大正編) ― 大正編に先だって(上)

 明治期のことはこれからも必然的に折々に振り返ることになりますが、明治編は第36話をもって終了し、大正編に移行していきたいと思います。ただしその前に…。
 八咫烏の起源は古代イスラエルにあり、八咫烏の問題は必然的にユダヤ問題となります。実は八咫烏に関する驚愕の情報を竹下さんから知らされていました。その情報から現在状況において非常に問題と感じる2、3のことを、大正編に先だって見ていきたいと思います。  
 安倍政権を“継承する”として菅政権が始まりました。安倍政権のいったい何を継承するのやら…。そして実際に安倍政権の閣僚などでそのまま“居座った”人物が幾人もいます。二階幹事長の留任も大きいですが、居座り閣僚のトップは麻生太郎財務大臣でしょう。
 麻生大臣は表の権力のトップの一角なのですが、八咫烏情報を見れば、実は裏権力のトップの一角でもありました。
 また菅首相は、安倍政権で政権内部にブレーンとして深く食い込んで政権を動かしてきた竹中平蔵氏と早々に会談しています。もとより菅首相と竹中平蔵氏は密接な関係にありました。その竹中平蔵氏は菅政権でもその内部深くにやはり居座って、政権に強い影響力を及ぼしていくと見られます。既視感がたっぷりでげんなりとはします。
 その麻生大臣と竹中平蔵氏ですが、彼らの過去からの行状を知る人で、彼らを“善”と見る人は皆無でしょう。日本を食いつぶしてきた犯人と見るのが普通です。その麻生大臣は裏権力のトップの一角で、八咫烏組織の総裁だったのです。そして麻生大臣が総裁となっているその組織にどうも竹中平蔵氏も所属しているように見受けられます。
 その組織とは、八咫烏直属の五龍会の一つである黒龍会です。
(seiryuu)
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ユダヤ問題のポイント(日本 大正編) ― 大正編に先だって(上)


裏天皇と五龍会の詳細情報絵図 〜日本の裏支配の構図


通史では当然ながら、睦仁親王が明治天皇として即位し、その明治天皇が崩御して明治期が終了したことになります。そして実際に張勝植氏の『朝鮮半島から「万人幸福の世界作り」を目指した明治天皇』によれば、睦仁親王が崩御したことで明治期は終了したことになっています。これは事実と見て良いでしょう。

しかし反面、実際には睦仁親王は表の明治天皇として即位したのではなく初代裏天皇、國體天皇として裏に回り、表の政体明治天皇となったのは大室寅之祐でした。その大室寅之祐は明治末期に朝鮮半島に張基元として移住した模様です。

また通史上は当然ながら、大正天皇の即位によって大正時代の幕開けとなっています。しかし崩御した裏天皇の睦仁親王のあとを継いだのは大正天皇ではありません。裏天皇のあとを継ぎ、2代目裏天皇となったのが堀川辰吉郎でした。

つまり、大正期から昭和の敗戦後しばらくの時期あたりまで、この期間の裏に隠れた本当の主役は堀川辰吉郎ということになるでしょう。この堀川辰吉郎を中心とした動きが、実は令和時代の現在にまで直結しているのです。

竹下さんは、堀川辰吉郎が二十歳になった時に、堀川辰吉郎に仕え、守護する大日本皇道立教会が組織されたと語られていました。

大日本皇道立教会は明治維新の中核組織である天忠党の後継組織で、五龍会の中央の黄龍会と重なりました。大日本皇道立教会の結成は、黄龍会を中心とする五龍会を、裏天皇と共に日本を、アジアを裏から支配せんとする組織として改めて整えたということでしょう。

そして更に非常に重要なのが、八咫烏直属の政治組織の五龍会は現存し、裏天皇と共にあり、現在でも日本を裏から支配していることです。その現在にいたる歴代の裏天皇、そして五龍会の歴代の総裁などを竹下さんが調べ上げられ、その知らされた驚愕の情報を編集者のともパパさんが以下の絵図として整理されています。情報は竹下さんから公開の許可を頂いていますのでどうぞご覧ください。

八咫烏および五龍会の歴代総裁と五龍会直属の秦氏系企業(一部)

CSISというシンクタンクは知っとるかな? カール・ハウスホーファーの弟子のエドマンド・ウォルシュによって創られたもので、師の思想をアメリカに移植することを目的にしたのじゃ」
ジャパン・ハンドラーの組織でしょ? 日本を支配しているって言う人が居るわ」
「実はそうではない。CSISは日本財団(会長・笹川陽平の下部組織である東京財団と協力関係にある。カール・ハウスホーファーが緑龍会に忠誠を誓っていたように、CSISは今でも緑龍会の指示に従っておるのじゃ
2016/02/24 レイノルズ一家編14)
フルフォード氏は、白龍会が世界紅卍字会と同盟関係を結んだと言っているのですが、日本紅卍字会に関係している深見東州氏がCSISと繋がっていることはよく知られています。CSISはジャパン・ハンドラーで有名で、いわば白龍会の敵です。
(中略)
実は、白龍会はその最上層部が、裏天皇(預言者)を守護する八咫烏の指導の下に動いています。
昨日お伝えしたように、この2つの八咫烏の組織が統合されたことで、今後、ますます白龍会と緑龍会(世界紅卍字会)は、協調して動くようになると思われます。
2018/05/21 時事ブログ)
私の考えでは、世界にある主要な秘密結社や政治結社は、八咫烏の指示を受ける五龍会に収束していくと見ています。おそらく、将来の黒龍会に相当するのは、板垣英憲氏の言うゴールドマン・ファミリーズ・グループ(200人委員会)を中核とするグループだろうと思います。
2018/08/08 時事ブログ)

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ユダヤ問題のポイント(日本 明治編) ― 第36話 ― 明治時代の終わり

 1910(明治43)年の韓国併合の二年後、1912(明治45)年に明治時代はその幕を引き、大正時代の幕が開きました。奇しくも辛亥革命による清国の終焉と、中華民国の誕生と重なっています。
 明治が終わり大正が始まったということは、当然ながら明治天皇が崩御し、大正天皇が即位したことを示します。
 明治天皇、この明治編においては、「英領日本」に伴い“表”の政体天皇に立てられたのが、睦仁親王とすり替わった長州田布施村の大室寅之祐であり、睦仁親王は“裏”に回り、國體天皇の孝明天皇のあとを引き継いだと記してきました。大室寅之祐と睦仁親王が、同時に一緒に大嘗祭を執行し、天皇の座を践祚したことも。更に「もう一人の明治天皇」“影天皇”の箕作奎吾がいたことも。明治時代に“表” “裏” “影”の3名、三つ巴の天皇体制が敷かれていたわけです。
 大室寅之祐の曾孫を名乗る張勝植氏の『朝鮮半島から「万人幸福の世界作り」を目指した明治天皇』p35では、「1912(明治45)年に睦仁さんが亡くなった。これで明治時代が終わり、大正時代が始まった。」とあります。同頁には明治時代天皇に“影武者”がいたとも記しています。そして同著には、大室・明治天皇は1910年の韓国併合に伴い朝鮮半島に移住したとも記してあります。
 睦仁親王の死去、明治天皇の朝鮮移住、これらは驚きの情報ではありますが、同時にこういった事柄は、ウソをつける性格のものでもありませんので事実と見て良いでしょう。明治“裏”天皇、國體天皇の睦仁親王が死去し、明治“表”天皇、政体天皇の大室寅之祐が日本を去ったことで明治時代が終焉を迎えたことになります。
 明治時代の後半からは日清戦争を皮切りに、日本は海外拡張路線を進みました。これは睦仁親王とその周辺の八咫烏の意図でもありますが、大室・明治天皇の意図でもありました。
(seiryuu)
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ユダヤ問題のポイント(日本 明治編) ― 第36話 ― 明治時代の終わり

韓国併合は明治天皇の意図 〜八咫烏、大室家は共に海外拡張路線


韓国の民族衣装を着た韓国統監時代の伊藤博文
Wikimedia Commons [Public Domain]

このところ第32話から連続して1909年の伊藤博文暗殺の背後には、武力を持ってしても積極的に海外に勢力拡大を図る勢力があったこと、その勢力の動きが韓国併合、満州国設立の動きに繋がっていたことを見てきました。

ロシアとの協商路線を志向した伊藤博文は海外勢力拡大派と対立する立場にあって、「韓国は自立独立すべき」「満州は清国の領土であって満州の経営、植民地化などもってのほか」との表明をしていました。伊藤は日本が中国、そして英米と関係を悪化させ深刻な闘争になることを憂慮懸念していたのです。

こういった伊藤博文の姿勢と真っ向対立していたのが陸軍の児玉源太郎であり、桂内閣でもありましたが、その背後にはロシアとの早期開戦を唱えていた杉山茂丸、頭山満、内田良平、山座円次郎などを擁する玄洋社があったのでした。

玄洋社社主 杉山茂丸
JapaneseClass.jp
[Public Domain]
頭山満
呉竹会_頭山満
[Public Domain]
内田良平
Wikimedia Commons
[Public Domain]

玄洋社とはいかなる組織か? 睦仁親王のあとを継いだ2代目裏天皇が堀川辰吉郎であり、堀川辰吉郎に仕え保護養育したのが杉山茂丸、頭山満とされています。そして堀川辰吉郎が総裁を勤める八咫烏直属の五龍会の白龍会の総裁が、玄洋社の実質社主であったとされる杉山茂丸でした。つまり白龍会=玄洋社と見なせます。


満鉄を用いて満州の経営、植民地化の絵図を描いたのが杉山茂丸であり、韓国併合の最重要人物の一人が内田良平でした。伊藤博文暗殺には玄洋社の面々の関与が、少なくとも伊藤暗殺の背後には玄洋社の意思が働いていたと見るのが自然です。そしてその伊藤暗殺は韓国併合に直結していました。

こうやって見ていくと、後の泥沼の日中戦争、悲惨な太平洋戦争に繋がる韓国併合や満州国設立に、その背後から深く大きく関与していたのが裏天皇の八咫烏勢力であったことが浮き彫りになってきます。

…しかし、こういった海外拡大路線を動かしていったのは裏天皇グループだけではありません。まず間違いなく満州の植民地化の動きもそうでしょうが、特に韓国併合に関しては、玄洋社の内田良平以上の最重要人物がいます。誰あろう明治天皇です。

明治天皇とは長州田布施村出身の大室寅之祐であり、その大室寅之祐を奇兵隊に誘い込み、保護指導してきたのが同じ田布施村出身の伊藤博文だと記してきました。大室・明治天皇にとって伊藤博文は親族以上の深い関係であり恩人でもあります。

その伊藤博文暗殺に大室・明治天皇が関与したか否かは全く不明です。しかし、明治天皇が伊藤博文暗殺を利したのは間違いない事実と見受けられます。2019/09/04の竹下さんの記事にあるように韓国併合は明治天皇の意図でもあったようです。大室寅之祐の曾孫を名乗る張勝植氏の次の主張をご覧ください。

「教旨」によって、ひいおじいさんの基元は、影武者(Comprodor)を代わりの明治天皇として立てて、自分は、息子・仁錫と一緒に帳家の戸籍に変えて朝鮮に入りました。それが1910年の韓国併合の少し前。朝鮮半島に新しい国づくりをするためです。(『朝鮮半島から「万人幸福の世界作り」を目指した明治天皇』p24)

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ユダヤ問題のポイント(日本 明治編) ― 第33話 ― 伊藤博文暗殺の伏線

 前回、白龍会総裁、玄洋社の杉山茂丸と伊藤博文が奇妙で深い因縁の関係にあったことを見ました。また、ハルピン駅での伊藤博文暗殺が日本の韓国併合に繋がっていたのでした。
 杉山茂丸と伊藤博文の海外に対する方針姿勢は相容れないものでした。「日本の(武力行使を含めた)積極的海外進出」を主張していた玄洋社の韓国への主張は「日韓合邦」(日韓併合ではない)でしたが、これにしても元来の伊藤博文の姿勢とは相容れないものでした。
 そして対ロシアの方針は玄洋社と伊藤のそれは全く相容れないものでした。日露開戦を強く訴えていた玄洋社、それに対して伊藤はロシアとの戦争回避の協商路線を模索していたのです。
 更にあります。今回はその詳細を見る余裕はありませんが、日露戦争後の満州に対する方針は、玄洋社の杉山茂丸とその盟友である陸軍の児玉源太郎たちと、伊藤のそれとはこれも完全に相容れないものだったのです。
 日本は日露戦争後のポーツマス講和によって満鉄の権利を得ました。杉山たちはこの満鉄を満州の「植民地経営を具体化」に利用する方針で設立、この姿勢を憂慮した伊藤はこれを真っ向から反対したのでした。
 伊藤博文暗殺は韓国併合に繋がりましたが、それだけではなく満州国設立にも繋がっています。更には伊藤暗殺は日米開戦の遠因との指摘もあるのです。
(seiryuu)
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ユダヤ問題のポイント(日本 明治編) ― 第33話 ― 伊藤博文暗殺の伏線

杉山茂丸の出自 〜符合してくる事柄


杉山茂丸は、ウィキペディアの記事によると「戦国大名・龍造寺隆信の末裔」と記されています。ところが落合莞爾氏は杉山茂丸について、確かに「杉山家の家系は龍造寺氏の男系」としながらも更に次のようにも記述しています。

茂丸の実父が黒田藩主黒田長溥であることは、7歳時に長溥にお目通りして茂丸の名を頂いた話しで十分判ります。したがって茂丸の実の祖父は黒田長溥の実父の薩摩藩主島津重豪なのです。(『ワンワールドと明治日本』p286)

落合氏の説によると杉山茂丸は黒田藩主の息子であり、更に血統的には薩摩島津氏の流れとなります。蘭癖大名で有名だったのが薩摩藩主島津重豪とその息子の黒田藩主黒田長溥であり、杉山茂丸はこの血族だということになります。そして留意点があって、それは薩摩島津氏は秦氏であることです。

落合氏の説に基づく杉山茂丸の系図


この杉山茂丸に対する落合氏の見解は事実と思えます。なぜならば落合氏の説に基づくならば幾つもの事柄が「ああ、なるほど、それで」と符合してくるからです。見ていきましょう。

玄洋社の墓は黒田氏の菩提寺である博多の崇福寺にありました。これは杉山茂丸が玄洋社の実質社主であり、黒田藩主の息子であるなら「ああ、なるほど、それで」となります。

②ウィキペディアの「玄洋社」記事には次の記述があります。

 多くの玄洋社の運動家を輩出した福岡藩の藩校である修猷館

玄洋社の社員で日露戦争の影の立役者であった明石元二郎は修猷館(しゅうゆうかん)の出身でした。

また里見甫(さとみ はじめ、1896年1月22日 - 1965年3月21日)という非常に重要な人物がいました。彼は現在の電通の前身である満州国通信社の社長兼主筆を勤め、更にアヘン貿易の里見機関の主でアヘン王と称された人物です。この里見甫も玄洋社の関係者で修猷館を卒業しています。


このように元々黒田藩の藩校であった修猷館が「多くの玄洋社の運動家を輩出」し、玄洋社と非常に縁が深かったのも、玄洋社の社主杉山茂丸が黒田藩主の息子ならば「ああ、なるほど、それで」となります。

修猷館の徽章:六光星
日清戦争直後の1894年に制定。
Wikimedia Commons [Public Domain]
編集者註:六芒星についてはこちらを参照。

前回、杉山茂丸と伊藤博文が非常に奇妙で深い因縁にあったことを見ました。杉山茂丸が伊藤博文を暗殺しようとしたのが縁の始まりで、杉山は日露関係などを巡り伊藤博文を謀殺しようとしていた模様でした。

こういった背景には何があったのか? 杉山茂丸が血統としては島津氏つまり秦氏の血流だと知れば「ああ、なるほど、それで」の部分もでてきます。

八咫烏は秦氏を中心とする秘密結社です。その八咫烏は明治維新の際には長州の田布施一族と確かに手を組みました。それで薩長を主力とした勢力が成立し明治維新は成功しました。

その後ですが、明治政府は長州田布施出身の大室寅之祐を明治天皇として戴いており、薩長勢力の中でも明治政府の中で実権を握っていったのは伊藤博文を中心にした田布施一族であったといえるでしょう。

さて、明治維新で手を握った秦氏と田布施一族でしたが、しかし元々は秦氏と田布施一族は仇敵の関係にあったはずなのです。杉山茂丸は秦氏の血流であり、伊藤博文は田布施一族であって、秦氏と田布施一族が仇敵の関係にあったことを踏まえれば、伊藤博文に対する杉山茂丸の行動がある程度は理解できるのです。

1858年の日英修好通商条約以降の日本における2つの支配構造

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ユダヤ問題のポイント ― 特別編(黄金の流出から)12 ― 陽の光の下に ―

 幼少時、テレビで「吸血鬼ドラキュラ」の映画が流れていたことがあります。夜の暗闇では無敵の力を持つ不死身のモンスターのドラキュラ、しかし陽の光に晒された時、彼は塵となって消滅していきました。この地上世界の支配者たちもドラキュラと同じだな、とつくづく思います。自分の姿をドラキュラという映画にしたのか?と思えるほどです。
 支配者は、闇の住人としてその身を秘密の厚いベールで隠してきたからこそ支配者でありえたのです。闇から引き出され陽の光に晒された時、彼らはどこにも居場所がありません。それが彼らのカルマの精算の時です。その瞬間は近いです。あまりにもお粗末な知性で、彼らはその身を隠す術を失ってきているからです。官僚の書いた原稿を読むことしか出来ないアベシや、周りの閣僚の知性のほどは誰でも見て取れます。幼児以下だと。
 では、原稿を作る多分東大出のエリートのはずの官僚たちの知性は? つくづくお粗末になっているのが分かるでしょう。彼らの用意できる原稿は劣化コピーのそのまたコピーばかりです。記されている内容は説得力も根拠も皆無だったのは、既に閉じられた今国会の中継を見た人々には承知の事実です。その政治家や役人に群がり、公金を共に貪る超一流企業の業務もお粗末の一言です。意識を向けられたらすぐにバレる「頭を隠して尻を隠さず」以前の振る舞いです。彼らは闇に隠れなくなってきているのです。
 5年ほど前に竹下さんが、闇に隠れて悪事を為し続けるものは知性がどんどん劣化し、最後は廃人同様になると指摘されていましたが、どうも本当にそのようです。
 さて、今回が日本からの黄金流出をめぐる特別編の最終回です。日本からの黄金流出の事実とその意味と影響、黄金流出を通した八咫烏とロスチャイルドの関係などを見てきました。その中、残っていたのが大室寅之祐の家系が黄金、そしてロスチャイルドとどのように関係していたのか?でした。結論をいえば大室の家系と黄金、そしてロスチャイルドは密接な関係にあったと見るのが自然だったのです。
(seiryuu)
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ユダヤ問題のポイント ― 特別編(黄金の流出から)12 ― 陽の光の下に ―


カルマの精算期か? 〜崩壊しつつある支配層たち


ご隠居、2020年6月17日現在、“こんぴらさん”全国約600社の金刀比羅神社の総本宮・金刀比羅宮が脱退するということで「神社本庁」が大揺れでやすね。

そうだね。
「神社本庁」関連では、安倍応援団の「神道政治連盟」幹部の岩手県神社庁長の藤原隆麿氏が自殺とのことだね。
それに「神社本庁」本体では、数年前にもそのトップである「統理」の鷹司尚武氏と「総長」の田中恆清氏の対立という内紛の嵐が吹き荒れた。
また富岡八幡宮の女性宮司が弟に殺害される事件などもあったね。

そうでやしたね。
神社の世界も大揺れで、過去からの“無条件で人々からの崇敬を受ける”という流れを維持できなくなってきているようでやすね。

ふむ、そういった過去からの流れを維持できなくなってきているのは日本仏教会でもそうだよ。まぁ特に「神社本庁」は日本会議、統一教会、創価学会などとも繋がり、日本支配層のトップではあるが…。
それがこの現状ということは、日本の支配構造が根本的に崩壊しつつあることの表れかも知れないね。

そうでやすね。支配構造が根本的に崩壊しつつあるのは日本だけでなく、世界もそうなってきている最中の感もしやすね。
ところで「神社本庁」「統理」の鷹司尚武氏といえば五摂家の鷹司家でやすね。


そう。鷹司尚武氏は鷹司家の28代目当主のようだね。藤原氏、日本支配層のトップの家系だね。

今回の旅路の主役の一人であった天海が、伏見宮家の血流の可能性が高かったり、伏見宮家の久邇宮朝彦親王が明治維新の陰謀の中心にいたことから、伏見宮家についてはこれまで取り上げられてきていやすが、今日初めて見ることになりやした鷹司家も伏見宮家に劣らず重要のようでやすね?

そうなんだ。2015/11/09の竹下さんの記事に「初代裏天皇となった睦仁親王は、孝明天皇の子ではありません。この人物は、伏見宮貞教と鷹司積子との子を養子としてもらい受けたのです。」とコメントされている。
更に伏見宮家と鷹司家の両家に関し「この両家の中に八咫烏の12烏の中の2名が居ると考えるのは自然なことです。」ともコメントされている。鷹司家も陰謀の中心だね。

八咫烏の12烏か…、八咫烏のトップでやすね。
八咫烏のトップでもある伏見宮家と鷹司家の血流である初代裏天皇の睦仁親王、その睦仁親王とロスチャイルド家の娘との間の子が堀川辰吉郎、2代目裏天皇という流れになっていたわけでやすね。

そういうことさ。
そして睦仁親王にすり替わって表天皇となった大室寅之祐の直系ひ孫を名乗る張勝植氏が数年前に登場してきたわけだ。日本のゴールドの権利者だとしてね。

ふーむ、支配層が大揺れで根本的に崩壊しそうな気配と合わせやすと、近年の動きは秘密の過去が明らかにされ、その清算が迫られているような…、そういう時期になったんでやしょうね。

そうだろうね。いつかは必ずカルマの清算はしなくてはならなくなる時がくるからね。
さて、前回はロスチャイルド初代が主催した秘密会合に、八咫烏の誰か、そして大室寅之祐の初代が出席していたのでは?とのお前さんからの問いから、八咫烏とロスチャイルド家の関係を見ていったわけだが、大室寅之祐の家系のことについては宿題としてまだ残っていたね。

へい。
張勝植氏の本の内容やそれを紹介した動画の内容、そしてEriさんのツイッターの情報を合わせて見やすと、どうも大室寅之祐の家系は黄金に、そしてロスチャイルドとも縁が深そうでやすね。

そうだね。
それでロスチャイルド初代の秘密会合に大室寅之祐の初代が参加していたのでは?とお前さんは考えたわけだね。
確かに検証してみる価値もありそうだね。


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ユダヤ問題のポイント ― 特別編(黄金の流出から)5 ― 無節操 ―

 「どうでも勝利を得た者が勝ち」。昔から支配層の姿勢はこうだったのだと分かります。どのような無節操な卑劣な手段を用いても、勝ちを納めてしまいさえすれば後でいくらでも正当化できる、という姿勢です。彼らはそれぞれが自分の権力・勢力を拡大し、利益を獲得するためには、同じ仲間のはずの同組織の者相手にも激しく争いもします。同じ裏のイルミナティに所属していたジェイコブ・ロスチャイルドとデービッド・ロックフェラーがそうでした。
 また一方では、敵対する組織の相手でも手を組みます。ホワイト・ロッジとブラック・ロッジがそうでした。ホワイト・ロッジとブラック・ロッジは敵対組織ですが、実際には手を組む場合も多かったのです。
 特に日本の陰謀団はこの手をよく使っています。日本の陰謀団の中心人物だった天海がそうだったのですが、より具体的には上田サンカです。上田サンカの流れが五龍会の緑竜会になっていましたが、緑竜会が手を組んだ相手のナチス・ドイツはブラック・ロッジの組織です。一方、緑竜会が所属する秘密結社八咫烏はホワイト・ロッジに所属するのです。
 ホワイト・ロッジは光を、神を名乗る組織、一方のブラック・ロッジは闇を名乗る地獄の組織でした。しかしどちらが悪質だったか?といえばホワイト・ロッジでしょう。
 本論からは外れますが、ホワイト・ロッジには自由意志は存在していなかった模様です。ホワイト・ロッジのトップたちは、自分が平気で仲間を騙し裏切り、敵とも密約し手を組むため、部下などが自分に対して同様の行為を取ったらたまらないので、部下には裏切りを許さないようにナノチップを埋め込み、絶対服従を強要させていたようなのです。
(seiryuu)
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ユダヤ問題のポイント ― 特別編(黄金の流出から)5 ― 無節操 ―



表、裏、影の3名の天皇 〜写真が訴えるもの


ご隠居、天海が日月神示を降ろした相手、つまり大本教関係、上田サンカに連なる人脈を探ると、外国勢力との人脈の連なりも浮き彫りとなりそうだと、語っていやしたが、今日はこのあたりの話になるんで?

そうだね。天海と上田サンカがやはり色々に絡んでいるようだ。前回の最後に「裏天皇、大本教・出口王仁三郎、日月神示は、一連の流れの中にあるもの」との2014/12/23記事の竹下さんのコメントを紹介させていただいたように、彼らが裏天皇を中心とした人脈に絡み、根をはっている。

裏天皇とそれをめぐる人脈でやすか…。
確か初代の裏天皇が睦仁親王で、2代目が堀川辰吉郎でやすね。

その通り。そうだね、どこから話を始めようか…。
うーん、先ずは初代裏天皇となった睦仁親王が成人した写真と見て良い写真があるからそれを見てもらおうか。

へっ?睦仁親王の成人となった写真? そんなものが?一体どこに?

「本物黒酒」さんのツイートに掲載されてあった。彼女のツイートにはびっくりする情報がよく載せられるんだが、そのくだんの写真がこれだよ。


えっと、「フランスに本部を置く国際機関OECD(経済協力開発機構)が、“本物” の明治天皇の、断髪後の彩色写真を掲載」とありやすね。
この左側のカラーの写真のほうでやすね。細面の青年でいかにも”貴族”という感じがしやすね。

そう。幼少期の睦仁親王は体格は細身で、性格・気性はひ弱で「虚弱体質」とされていたが、この細面の青年はいかにも「腺病質」の感がして、なるほど睦仁親王が成人したらこうなるな、という写真だね。

そうでやすね。ところで右側のモノクロ写真の男性は?

彼は箕作奎吾だね。睦仁親王とすり替わって“表”明治天皇となった大室寅之祐の影武者となった人物、いわば“影”明治天皇と言えるかな。

“影”天皇?でやすか。ふーむ、“表”天皇となったのが大室寅之祐、“裏”天皇となったのが睦仁親王。そして更に“影”天皇もいたんでやすね。
ふーむ、箕作奎吾、箕作…、はて?どこかで…、あっそうか! 本編第21話の蘭癖、蘭学者だ。福沢諭吉たちとともに確か文久使節団で渡欧した人物に箕作がいやしたね。

箕作秋坪(34歳当時)

そう。福沢諭吉が最高の同志としたのが箕作秋坪。
箕作秋坪は箕作阮甫三女・つねの婿養子だ。そして秋坪の長男が奎吾、つまり“影”天皇となった箕作奎吾だ。と、一応はこうなっている。

一応はこうなっている?といいやすと?
箕作奎吾は箕作の家系ではない、ということでやすか?

今回はテーマから外れているので言及は留めておくが、箕作秋坪の写真を眺めてごらん。奎吾とは親子のはずだが全く似ても似つかないのが分かるだろ。
これは「箱コネマン」さんのツイートで指摘されていたことだが、多分、箕作奎吾は徳川の血脈の人物だろう。

箕作奎吾(“影”天皇)と徳川家との関係?

箕作奎吾と徳川慶頼の顔の比較

ふーむ、なるほど、箕作秋坪と奎吾はとても血を分けた親子には見えやせんね。徳川の人間が“影”天皇か…。
ところで“表”天皇となった大室寅之祐の写真などは?

ふむ、ついでだから紹介しておこう。大室寅之祐の写真は少ないが、「人生は冥土まで暇つぶし」さんのブログ『消された「西郷写真」の謎 02』記事に、この写真が掲載されてあった。多分だいぶ前になるが、確か東京大学でフランス展が開催されてあって、その時掲示されていた写真だろう。


へー、右側の人物は箕作奎吾でやすね。
で、左の白い着物の色黒の男性が“表”天皇となった大室寅之祐でやすか。
なるほど、睦仁親王とはもちろん、箕作奎吾とも全く別人でやすね。

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