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ユダヤ問題のポイント(日本 昭和編) ― 第3話 ― 仕組まれた世界大恐慌

 現場があります。それぞれの現場があります。例えば銀行業務の場合、窓口の担当といった現場が、部課長クラスの現場が、支店長クラスの現場が、頭取クラスの現場が、銀行の所有者の現場が、といった具合です。
 窓口業務の現場担当では、上の部課長クラスの現場の業務内容は分かりません。ましてやその上のクラスの現場の業務内容は知る由もないです。これがピラミッド構造の中身です。
 そしてこの構造では、上のクラスの現場では下のクラスの現場の業務内容は一応把握していてコントロールすることになっています。ただし、最上部が下のクラスの現場をきちんと把握してコントロールできているか?といえばそうでもなく、様々な混乱が生じているのが現実でもあるでしょう。
 この地上世界に生じてきた様々な戦争や革命や大事件の背後には、天界のクーデターと連なるハルマゲドン計画があったことを見てきました。天界や霊界の現場が地上世界に現出していたわけです。
 上のクラスとしては天界や霊界、そして宇宙人グループたちがあったわけですが、この地上世界でハルマゲドン計画の進捗を担う役割を果たしてきたのがロスチャイルドを筆頭にする国際銀行家と言えるでしょう。その意味で、ロスチャイルド家とはハルマゲドン計画を現実物質化する“首”の部分と言えるかも知れません。首がなければ頭も胴体も機能しないので非常に重要な部分を担っていたといえるでしょう。
 そのロスチャイルドたちが自分たちの権勢、力を密かに増大させつつ、第2次世界大戦へ導いていくべく勃発させたのが世界大恐慌です。昭和期の初期、意図的に起こされた大恐慌の嵐が世界中を覆い尽くしました。
(seiryuu)
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ユダヤ問題のポイント(日本 昭和編) ― 第3話 ― 仕組まれた世界大恐慌

1929年ニューヨーク、株式の大暴落 〜大活況から大不況へ


昭和期が幕を開け、大日本帝国、関東軍による満洲の植民地化が着々と進んでいる中、地上世界は全般としては大災厄の波に飲まれていっていました。世界大恐慌の大波です。世界大恐慌は『世界史の窓』の冒頭部分では次のように記されています。

1929年10月にアメリカ合衆国の戦間期で始まり、1933年にかけて世界に広がった経済不況(恐慌)のこと。発端はアメリカ合衆国のウォール街にあるニューヨーク株式取引所で1929年10月24日(後に「暗黒の木曜日」といわれる)に株式が大暴落、以後長期にわたり、かつアメリカだけでなく世界中に不況が拡がった。1930年代に入っても景気は回復せず、企業倒産、銀行の閉鎖、経済不況が一挙に深刻になって、1300万人(4人に1人)の失業者がでた。恐慌はおよそ1936年頃まで続いた。またこの恐慌が世界に波及し、ヨーロッパ各国から日本などアジア諸国にも影響を受け、資本主義各国は恐慌からの脱出策を模索する中で対立を深め、第二次世界大戦がもたらされることとなった。

世界恐慌時の各国の1人あたり国民所得
Author:Will O'Neil [CC BY-SA]

1929年の米国ウォール街にあるニューヨーク株式取引所での株式の大暴落に端を発した嵐、それが欧州、そして世界中を覆う大不況の世界大恐慌となった。無論この大恐慌の嵐は日本にも甚大な影響を与えています。そして、この大恐慌が第2次世界大戦の導火線となったとしているのです。

記事の「アメリカ合衆国の戦間期」とは、第1次世界大戦が終結した1918年から第2次世界大戦が始まる1939年の期間のことを基本的には指します。この間わずか20年程度です。

世界史の窓』では米国がこの期間に、「特に1920年代に世界一位の経済大国として発展」「アメリカ経済は大量生産・大量消費の経済社会を出現させ、同じく20年代は永遠の繁栄といわれる」状態になったとしています。

狂騒の20年代と呼ばれた時代のニューヨーク〔1926年〕
Wikimedia Commons [Public Domain]

この大景況・繁栄の最中から一挙に1929年の株式大暴落から奈落の底に転落していったのです。

この米国から端を発した世界大恐慌が第2次世界大戦を導いたわけですが、この大恐慌はもちろんのこと、突発的・偶発的・自然発生で起き上がったわけでは全くありません。意図的に計画の上で世界大恐慌は起こされたのです。

その主な目的は無論のこと第2次世界大戦を勃発させるためです。ただし、大恐慌から世界戦争に至るにはその順序があります。竹下さんがどこで語られていましたが、

大恐慌のさなかにはどこの国も戦争を起こすことはありません。その力がないからです。戦争が起こされるのは大不況が一旦落ち着き景気が好転しかけた時、この時に他国の富を収奪するため戦争が起こされる。

これが順序のようで、事実こう動くのです。

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ぺりどっと通信69 ぎっくり腰

先日、人生初となるぎっくり腰になってしまいました。今その回復途中ではありますが、その経緯などを書いてみたいと思います。
(ぺりどっと)
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まずは、事の顛末をば。

昨年の11~12月あたりの話。40分ほどゆっくりと散歩するのがぺりどっとの日頃の楽しみだったのですが、歩くたびに股関節に痛みが出てきました。



その筋の詳しい知人友人に色々聞いたり、自分でも調べたりして、色々と対策を取った結果、今年に入ってからは痛みもなくなり、不具合や不調もなく過ごしておりました。

ですが、1月の大雪の際に、雪かきをしていて一度腰がグキッと鳴って、ギックリ腰か!とも思ったのですが、その後、特に痛みも違和感もなく、雪かきも続けられたのでした。今思うと、その前兆であったように思われます。



そして、くしくも、3月5日の腰痛の記事掲載の二日後、その日はやってきました。ぺりどっとがいつものように散歩に出掛けようとしたところ、何の前触れもなく「グキッ」という音と共に腰に魔女の一撃をくらいました!


とはいっても、イラストのように重いものを持っていたわけでもなく、ただ玄関下の靴のところに降りようとしただけだったのです。その後、なんとか歩けはするものの、歩くたびに腰に激痛が走ります。それこそ、牛歩戦術のような歩みで、ゾンビのような様相を呈しておりました。


歩くのも、座るのも、立ち上がるのも、横になるのもやっとの状態で、ほんの少しの段差の上り下りにも恐怖する始末。一番辛かったのは、横になってから起き上がることで、少しでも油断すると腰に激痛が走ります。特に夜、目が覚めてトイレにいく度に戦慄させられました。こんなときになって切に痛感するのは、日頃の健康のありがたみです。


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ままぴよ日記 69 「協調性って何?」

 来年度の子育て広場のシフトを考えるミーティングで1人が「今後、後世の育成のためにも、セミナーの担当者を交代制にしませんか?」と言いました。「色々な事情で休む時もあるから、誰でもできるようになった方がいいね」と流れができました。
 新しい担当者を合意の下で決めたのですが、あるスタッフの顔が曇りました。
 「本当にいいの?無理する必要はないよ」と言っても「いいです」というばかり。でも、他の人は気づいていなかったけど、目に涙が・・・。
 「向き不向きもあるし、苦手な事はしたくないって言える会議にしよう」と、言いました。
 そのスタッフは「嫌だと思う自分がダメだ。頑張らなければみんなに迷惑かける」と思ったらしいのです。
 日本に蔓延している「自分さえ我慢すれば」「自分の本心に蓋をして皆に合わせる」ウイルス感染症です。
(かんなまま)
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主体性と協調性は相反するものじゃない



15年前から月に1回、ママ達と子育てや自分の事を話す「ままぴよ会」を開催しています。

ママ達と「子どもの主体性を大事に育てたいね」と話していたら、あるママが「えっ?でも、主体性を大事にしすぎると、協調性が育ちませんよね」と言いました。こちらの方がびっくりして「どうしてそう思うの?」と聞いたら「例えば、皆が右を向くときは右を向く。自分を捨てて人に協力するのが協調性ですよね。社会で生きていくためには必要なことだし、学校でも協調性のある子に育てましょうって言われます。子どもに「自分勝手な事をしないで合わせなさい」と教えているのに、主体性が大事と言われたらわからなくなります」と、言うのです。


「主体性と協調性は相反するものじゃないと思うよ。主体的に協調するんだよ」と言って、その場で意味を調べました。「協調性とは異なった環境や立場に存する複数の者が互いに助けったり譲り合ったりしながら同じ目標に向かって任務を遂行する素質」とウィキペディアに書いてありました。

「だから右に倣えと従うのではなく、何かを達成するために、お互いに違いを認めた上で主体的に合意形成しながら協力していく事だよ」と言ったら「えーーー!!。勘違いしていました!」とひっくり返りそうになりました。他のママも次々に「私も子どもの頃から誤解していました!」と言い出したので又びっくり。

何という事でしょう!!一斉にみんなと同じことをしながら学ぶ教育の弊害かもしれません。

それは1歳前から預かってくれる保育園から始まっています。園側も集団で預かるので、まとめて保育しないと一日が回りません。一斉に朝のご挨拶をして、皆と同じ遊びをして、トイレに行って、手を洗って、昼ご飯を食べて、歯を磨いて、お昼寝をして、お散歩に行って、絵本を読んで、お迎えを待つ組とバスに乗る組に分かれて帰ります。

保育者は「あ~、今日も無事でよかった」と、滞りなく安全に保育できたことに安堵します。保育園は子どもを見守るところなのです。でも、子どもにとってはどうなのでしょう?

子ども達は無意識のうちに集団に合わせる事を学びます。同じような絵を描きます。真似っこしながら育つ時期なのでいい影響も与えます。「汽車ポッポ~」と、行列してトイレに行き、皆でパンツを脱いでトイレに座る事でトイレトレーニングができます。


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ぴょんぴょんの「かすみ目にインド目薬」 〜そこからなぜか、ビットコインの話

あれ? 右目がかすむ、どうしよう?
そうだ、インドの目薬があった!!と思ったら、
古くなって使い物にならない。
じゃあ、新しいのをネットで注文、と思ったら、
コロナで輸入が止まっている。
輸入が再開した、と思ったら、
こんどは支払い方法がビットコインに変わっていた。
欲しい、でも。ビットコインじゃできないよう!
(ぴょんぴょん)
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ぴょんぴょんの「かすみ目にインド目薬」 〜そこからなぜか、ビットコインの話

インドの目薬購入にビットコイン?


は〜〜 目が・・・なあ。

目が、どうしたの?

細けえ仕事に没頭してたら、突然、右の視野に何かがピカーっと光って、まぶしくなって見えなくなったんだ。

くろちゃん、もしかして、それって宇宙からの光だよ。

う〜ん、そうかなー、でも、光ったのは右目だけだぞー。
おそらく、長時間パソコン見すぎたせいだな。


なあんだ、つまんないの!

つまんないって、右目がかすんで、見えにくくて困ってるんだよー。

もしかして、白内障とか?

・・・・初期かもな。
かなり前から、明るい方を見ると、ゴミがチラチラ浮いて見えてたし。

それ、飛蚊症、白内障の一歩手前。早く治したほうがいいよ。

わかってるさー。
インドの目薬させば、一発なんだが、うちにあるのは古くなって使いものにならない。
すぐに、取り寄せようとしたら、コロナでインドからの輸入が止まってて。

あ〜あ、コロナでねえ。
ちなみに、くろちゃんは眼科とか行かないんだ?

行かねえよ! どーせ、毒にも薬にもならねえような目薬が出るだけだ。
そうそう、灸も試したな。
白内障に効くツボに灸をしたら、通じがよくなった。


ハッハッハ、目じゃなくて、お通じに効いたの?
市販の目薬じゃ、ダメ?

そんなの、はなから選択肢にねえよ。
コロイダルシルバーやMMSで目を洗ったが、スッキリするだけ。

MMS? シミたでしょ?

いやいや、インド目薬の激シミに比べたら、軽いもんよ。

そんなにシミるの?

シミるなんてもんじゃねえ、最初はへたりこむくらいの痛さだ。
しかしその後、温かい涙が出て、スッキリ爽快。

ヤミツキになるような刺激なんだ。


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ユダヤ問題のポイント(日本 昭和編) ― 第2話 ― 満洲国設立へ

日本は今もなお「満洲」の呪縛に囚われたままであるように私には見えるのです。
 その著書『満洲暴走 隠された構造』のプロローグの中でこう語られているのが安冨歩氏です。この呪縛とは日本に植え込まれた「植民地根性」であり、「立場主義」であるとの見解です。
 またこの呪縛とは、満洲を植民地化、つまり都合で支配したことを意識化せず眼をつむっているうちに自分が「被植民地化」している事実、支配されてしまった不自然な状態にあることに気づかず、その被植民地の状態で与えられた「立場」のみを重視し、本来の自分とは遠く隔絶した状態に縛られている事実、こういう言い方もできるでしょうか。

 安冨歩氏はこの著書の中で語ります。
この植民地化された魂は、日本を、特に支配的な地位にいる政治家・官僚・大企業の経営陣などなどを、覆い尽くしています。
 現在の日本、まさにこの安冨歩氏の指摘どおりです。現在開かれている国会中継を視聴すれば、「植民地化された魂」が、そして支配された立場からその立場を死守しようとする「立場主義」が、続々と延々と登場しているのに気づくでしょう。
 話の論点をすり替えて誤魔化して事実を隠蔽しようとし、事実が表に現れていないうちは平気でウソを通し、事実が表に出てきてもなお誤魔化し隠蔽しようとする…。
 彼らが必死で守ろうとしているのはいかに大きな既得権益があるかは知りませんが、支配される中で与えられた小さな部所であり、立場に過ぎません。
 そして、そうやって彼らが本来の自身の生命を削りながら奴隷根性で立場を死守しようとする行為は、法治国家や民主主義を破壊していく暴走でもあるわけです。
 こういった現在の日本の姿は満洲支配呪縛の継続でもあったようです。

追記:石原莞爾のドイツ留学の年号(正しくは1922年)とそれに続く一文を訂正させていただきました。
(seiryuu)
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ユダヤ問題のポイント(日本 昭和編) ― 第2話 ― 満洲国設立へ

満洲支配への背景


満洲、その地域についてはウィキペディア記事では以下のようにしています。

おおむね北辺はスタノヴォイ山脈、南辺は長城、西辺は大興安嶺、東辺は鴨緑江・図們江 (豆満江) の内側を想定している。しかしながら、マンチュリアの範囲は歴史的変化に伴い、その範囲は伸縮していた。

日本で満洲と呼ばれる地域は、満洲国の建国時の地域全体を意識することが多く、おおよそ、中華人民共和国の「東北部」と呼ばれる、現在の遼寧省、吉林省、黒竜江省の3省と、内モンゴル自治区の東部を範囲とする。

満洲(マンチュリア)の範囲
Wikimedia_Commons [Public Domain]

日本から言えば、いわば満洲とは満洲と蒙古、つまり「満蒙」とういうことになります。この地域に流れる中心河川がアムール川です。このアムール川(黒竜江)にちなんで玄洋社(=白龍会)の内田良平が中心となって黒龍会を組織したのが思い出されます。

要するに、八咫烏並びにその政治組織である五龍会は、早くからアムール川(黒竜江)の流域地域を掌握していくことを見越して行動していたということでしょう。

また、明治天皇(大室寅之祐)の曾孫を自認・自称する張勝植氏が主張する“高句麗”は、地域としてはその範囲は更に大きく拡大しますがこの満洲、満蒙の地のことも指しています。

張勝植氏のその著書のP32~33にて“高句麗”は中国(清国)を含み、ユーラシア大陸の大半、南はコーカサス山脈から北はウラル山脈、その一帯より東側は全て“高句麗”の版図だとしています。

また、蒙古のチンギス・カンも高句麗家そのもので、その象徴が八咫烏だと語っています。

チンギス・カン時代のモンゴル帝国最大版図
Wikimedia_Commons [Public Domain]

張勝植氏が奉じていて、明治天皇(大室寅之祐)も奉じていたとされる「教旨」とは、神ではなくハイアラーキーの計画書でした。また一方、八咫烏の背後にはハイアラーキー、銀河連合、星の教団がありました。

要は、日本が朝鮮半島から満蒙の地を併合していくのはハイアラーキーや銀河連合の計画であり、八咫烏にしても明治天皇(大室寅之祐)もその司令に順じていたということになるでしょう。

さてこの満洲ですが、安冨歩氏は満洲地域には、その経済社会形態が他の中国の各地域のそれとは大きく異なった特徴があると指摘されています。

安冨歩氏は『満洲暴走 隠された構造』の中で満洲の経済社会構造の研究をされた石田興平教授と米国の地理学者・人類学者・歴史学者G.W.スキナーが、第2次世界大戦直後に四川省で行ったフィールドワークに基づいて提唱した「定期市ネットワーク」を比較します。

そのことによって満洲と華北などの他地域での中国地域の経済社会形態の相違と満洲の特殊性を明かしています。


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