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ぴょんぴょんの「昼はオニババ、夜マリア」 〜沢田美喜を通して見る、占領時の日本

 戦後、アメリカ軍兵士と日本人女性の間に生まれた、望まれない子どもらが社会問題になりました。とくに黒人との混血は差別され、悲劇的な光景があちこちで見られたそうです。
 その惨状を見て立ち上がったのが、「エリザベス・サンダース・ホーム」を立ち上げた沢田美喜さん。彼女について書かれた「GHQと戦った女 沢田美喜」を参考に、書きました。
(文中のページ数は本のページ、また本に準じて、沢田美喜、澤田廉三と記載しました)
(ぴょんぴょん)
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ぴょんぴょんの「昼はオニババ、夜マリア」 〜沢田美喜を通して見る、占領時の日本

「女彌太郎」と呼ばれた女傑


「エリザベス・サンダース・ホーム」、聞いたことあるか?

たしか、戦争孤児を集めて育てた施設で、女性一人で立ち上げたんだよね。
沢田美喜さんだっけ


うちのばあちゃんが、沢田美喜のファンでなあ。
「財閥の令嬢なのに、戦災孤児のために生涯を捧げた」って尊敬してた。


美喜さんは、三菱財閥のご令嬢だったね。
いくら、有り余る財産があっても、目の前の捨てられた孤児を助けるとなると、
勇気がいると思う。

それも、ただの孤児じゃねえ。
ついさっきまで戦争してた鬼畜米英との混血で、中には肌の黒いのもいるし。

ふつうの人なら、見てみぬふりだろうねえ。

ふつうの人、じゃなかったんだな。
美喜、「ママちゃま」を周囲の者はこう見ていた。
ママちゃまは普通の人ではない。生きていることそのものが素晴らしい。化粧もしていない。けれど凄い人。昼間はオニババ、夜はマリア・・」(16p)。

はあ? 昼はオニババ?? 

なんたって、三菱の創始者、岩崎彌太郎の孫だからな。

岩崎彌太郎
Wikipedia[Public Domain]

岩崎彌太郎のマゴ?!

祖父のDNAを引き継いだのだろう、「女彌太郎」と呼ばれた女傑だった。
塀の中で守られて暮らすのはキライ。
宗教も、岩崎家が反対するキリスト教を選ぶ。
結婚も、退屈な華族とはイヤ。


まさに、ワガママ令嬢って感じだね。

なんせ、とんでもない大金持ちだからな。
美喜の生まれた岩崎家本邸を見りゃわかる。



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ユダヤ問題のポイント(日本 昭和編) ― 第22話 ― 変化しない体質

 コロシアムでの奴隷剣士たちの戦い。
古代ローマで、市民への見世物として互いに戦闘することを強制された奴隷を剣奴、あるいは剣闘士奴隷という。いわゆるグラディエイターである。多くは戦争捕虜の中から選抜されて養成所で育成され、各地の闘技場で互いに戦わされたり、猛獣と戦わされるなどした。
 今回の東京オリンピックそのものと感じます。例外を除き選手全員が毒ワクチン接種の強制、熱中症で死亡事故や後遺症が残っても不思議でない酷暑での屋外競技、屎尿と放射性物質が貯まりこんだ水質での競技、オリンピック主催者たちが選手たちをどういう目で見ていたのかは明白でしょう。古代ローマの時代からその本質は同じということです。
 戦争とは国家対国家の争いとされますが、実情は異なるでしょう。何時の時代でもどこの国でもエリートを自認する者たちがいて、そのエリートがゴイムと見なし利用する一般民衆がいる。そして国家間の戦争と言っても犠牲になるのはいつでも利用される一般民衆という構図が実情です。エリートを自認する者たちは痛みも負わず、責任も取ることのない構図です。
 太平洋戦争の日本も同じだったということです。日本の兵隊はその殆どが徴兵された一般民衆です。
(seiryuu)
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ユダヤ問題のポイント(日本 昭和編) ― 第22話 ― 変化しない体質

エリートのもみ消し体質


2.26事件、昭和恐慌という日本の特に農村部の大苦境が背景にあって決起した皇道派青年将校たち、叛乱軍となってしまった彼らたちですが、軍部には彼らに呼応しようとしていた多くの者たちも存在し、叛乱将校の取扱いに軍部は苦慮し揺れていました。軍部は叛乱将校たちに対しては当然といえば当然ですが同情的だったのです。


しかし、そのような軍部にあって全く毛色の変わった者もいました。朝香宮鳩彦麾下の上海派遣軍の軍団長として南京事件の実行部隊のあの中島今朝吾です。2.26事件当時、すでに中島今朝吾は陸軍習志野学校の校長でした。「1933年 永田鉄山と小泉軍医学校校長は、毒ガスを習志野学校で、細菌戦は731部隊で行うことを決定。」を受けて、毒ガス兵器の習志野学校校長となっていたのでした。

中島今朝吾
Wikimedia Commons
[Public Domain]

中島今朝吾は、叛乱軍となった青年将校たちに対しての直ちに化学兵器を用いた鎮圧を提唱します。有り体に言えば、中島今朝吾は叛乱将校たちを毒ガス兵器の生体実験の対象に、化学兵器による鎮圧と言うよりは毒ガス兵器による殲滅という言い方のほうが正確になるでしょう、これを提唱したのでした。

同じ日本陸軍の仲間だったはずの青年将校たちを、毒ガス兵器による実験と殺害の対象とするのです。このあたりのメンタリティはまさしく「731の遺伝子」そのものです。事実としてウィキペディアの中島今朝吾の記事には以下があります。

1936年(昭和11年)2月26日、東京で皇道派の青年将校らによってクーデターが起こされた(二・二六事件)。一貫性のない陸軍中央の動きとは違い、早くから反乱軍鎮圧を口にしていた今朝吾であったが、2月28日になり、催涙弾、くしゃみ弾を携行して東京に出撃するようにとの命令が下り、出発する。

青年将校たちが投降したため、結局は化学兵器の使用はされませんでしたが……。

また、ウィキペディアの記事のこの部分の前の記述も注目に値します。こうあります。

1933年(昭和8年)8月1日、陸軍習志野学校初代校長を命じられる. 1934年(昭和9年)5月18日、群馬県群馬郡桃井村(現・榛東村)の相馬原で陸軍習志野学校幹事である今村均大佐の計画・実施で日本初の毒ガスを用いた演習を行った。だが不備が生じ、誤って毒を吸った者が続出して上等兵が亡くなった。これにより、真崎甚三郎教育総監は今村を退役処分にするつもりであったが、今朝吾が真崎教育総監の他、林銑十郎陸軍大臣と参謀総長閑院宮載仁親王に直訴し、身を挺して今村を守ったため、今村は不問に付された。

今朝吾が「身を挺して今村を守ったため、今村は不問に付された。」、こう言えば聞こえはいいです。しかし……実態は「もみ消し」です。

今村均
Wikimedia Commons
[Public Domain]

毒ガス兵器の演習によって自軍の兵たちに被害が広がり死者まで出た。これは自軍の兵士を毒ガス兵器の実験台にしたということではないでしょうか? その結果死者まで出た、これは担当者が責任を取らなければいけないのは当然です。しかし、それが不問に、誰も責任を取らない、大変な「生体実験、もみ消し事件」でもあるはずなのです。

そして、この隠蔽と無責任体質は現在日本まで継続しています。日本のエリートたちも自軍の兵士や自国民をゴイム扱いしているのです。


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独逸の伯林で見た、聞いた、感じた社会問題、教育問題 ~第91楽章 とにかくワクチンはやめなさい!

 早いもので2021年も8月になりました。本日8月1日に記事を書き始めていますが、夕方、窓を開けていて、救急車の音が聞こえます。
 ベルリンでは、12歳以上のワクチン接種もはじまったようで、恐ろしい事態です。
 娘さんに、持病があるからと接種させた・・というTwitterを見て、とても残念に思いました。日本の在住の方のFacebookでも、賛否両論はありますが、接種します・・と書かれていたり、2回目打ちました・・の内容が続々で・・心苦しく拝見しました。
 実家は、東京郊外なのですが、実家に医療関係者が来て、医療関係者は2回目接種をしているとのことだったので、父親がその方にクリップを渡して、接種した場所につけてみて!と言ったそうです。時事ブログでも書かれていた通りに、接種した腕にピタッ!とくっついたそうで、また、血管に沿って、クリップがついたそうです!!そんな実験をさせた父親にもびっくりですが、血管に沿ってクリップがくっついたことにもびっくりしました。
(ユリシス)
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3重苦の中での東京オリンピック開催



コロナ汚染と放射能汚染と真夏の東京ヒートアップ現象・・3重苦の中で開催されている東京オリンピックですが、東京の夏は本当に危険であると、46年過ごした私の経験からも感じています。2010年ごろですが、夏の東京ドームあたりでもただ歩いているだけで、熱中症になりそうだったことがあります。湿度も高いし、自然がないので、ヒートアップ現象で実際の気温よりも暑いです。東京で30度超えたら運動禁止だと思います。埋立地の有明の森・・酷暑なはずです。東京の夏は、以前我が家が滞在していたオーストラリア・ケアンズの熱帯地方と同じ暑さです。また、東京の湾岸地域は、特に放射能の影響があるのでは・・と思います。


他のテニスの選手たちも、今までの試合で一番暑さが厳しいと言っています。

主人は東京に住んでいるのですが、日本もワクチン接種済みの人が増えて来ているので、血迷って打ってしまっては危険なので、念のために、先日、私は主人に次のようなメールをしました。

会社の人など、ワクチンどうですか?
絶対に拒否しないとダメよ。
ワクチンをすると、3年から15年以内に死にます。

魂がなくなり、ロボット人間になります。
魂がない人は、判断ができなくて、ワクチンを打つらしいです。
変異種デルタにかかりやすくなります。
今後もブースターワクチンを打ち続けなくてはいけなくなります。
風邪でも死にそうになります。

返信はこのようでした。

打っても感染するワクチンは意味ない。
100%でないものは、
信用しないから絶対に打たない。
会社同調圧力はないから安心して。

ひとまず、安心しました。

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ぴょんぴょんの「5-ALA(ファイブ・アラ)」 〜新型コロナは、抗マラリア薬がよく効く

 コロナにアミノ酸が効果があるという、長崎大の発表を友人が教えてくれました。
 へえ、アミノ酸が? と思ったら、やっぱり効くらしい。

追加:
5-ALAのサプリは、ほとんどがリン酸塩化合物のようです。
なので、よっぽど症状が出て困っているとき以外は、
5ALAが豊富な食品から摂ったほうが安全です。
(ぴょんぴょん)
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ぴょんぴょんの「5-ALA(ファイブ・アラ)」 〜新型コロナは、抗マラリア薬がよく効く

長崎大学が「アミノ酸が試験管内で新型コロナウイルス感染を抑制した」と発表


Wikimedia_Commons[Public Domain]
5-アミノレブリン酸、5-ALA(Wiki

今年の2月8日、アミノ酸が試験管内で新型コロナウイルス感染を抑制した、という論文を、長崎大学が国際学術誌「Biochemical and Biophysical Research Communications」に発表したって。

アミノ酸がコロナに効く? 
それ、テレビでもやってたぞ。


5-ALA 長崎大学が研究する新型コロナに有効なアミノ酸

5-ALA? 読み方わかんない。

5-アミノレブリン酸、略して5-ALA、「ファイブ・アラ」と呼んでくれ。
36億年前から地球上に存在する天然アミノ酸で、「生命の根源物質」と呼ばれるが、ふつうに、おれたちの体に存在してるお馴染みさんだ。
しかも5-ALAは、おれたちがふだん口にする、甘酒、赤ワイン、黒酢、日本酒、納豆などの発酵食品にたくさん含まれてる。
長周新聞

やっぱ、発酵食品かあ。
時事ブログでも言ってたね、
日本の伝統食を食べてれば、コロナに強いって。

長崎大の教授もテレビの中(4:11〜 )で言ってる。
単なるアミノ酸で、我々が持っているものですから、非常に安全なわけですね。室温でも、ものすごく安定なんですね。フリーザーとかもいりませんし、実際には数年間、機能が落ちない。ほんとに非のうち所がない物質。
これを見つけたからには、(広めることが)我々の義務であると。」

非のうち所がない、そして新型コロナに効く?


重要な「ヘム」の原料である5-ALA


実は5-ALAは、重要な「ヘム」の原料なんだ。

ヘムヘムが、どーした?

「忍たま乱太郎」の「ヘムヘム」 じゃねえ!
ヘモグロビンって、知ってるだろ?

うん、赤血球の中にいて、酸素を運搬するタンパク質でしょ?

そうだ、「ヘム」とグロビンでできてるから、ヘモグロビン。

へえ、ヘモグロビンもヘムヘムの仲間か。

実は「ヘム」は、ポルフィリンと鉄がくっついたものだ。
そして、ポルフィリンは5-ALAから作られている。


Wikimedia_Commons[Public Domain]
ポルフィリン(Wiki

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ユダヤ問題のポイント(日本 昭和編) ― 第21話 ― 幻想の不協和音

 現在のテレビや新聞などのマスコミのルーツが、プロパガンダを専門とするような情報機関であったことは既に見てきました。
 昔、プロパガンダとは、敵側に敵国に向けて発せられるものと私は思っていました。……違っていました。
 プロパガンダの標的は、先ずは味方のはずの自国民です。自国民を騙し、幻想を植え付けるのです。どうもこれは鉄則らしく、現在、日本でも自国民相手のプロパガンダが最大限に発動しているのは、私たちが日々経験している通りです。「敵を欺くには先ずは味方から」という諺があるにはありますが、少し意味が異なるような…。
 幻想とは恐ろしいもので、簡単に植え付けられます。大日本帝国、かつて存在していたはずの帝国で、日本人のおびただしい数の血が流されたのは、この帝国の興亡をかけてのものだったはずなのです。
 ところが、この帝国も幻の帝国だったとも言えそうです。なにせ大日本帝国はその最初から英領として始まっていたのですから、少なくとも独立国家としての帝国ではなく、幻想にまみれていたのは事実です。
 その英領の帝国が、宗主国のはずの英国、そして米国を相手に戦争することになったとされます。無論、末端の現場レベルに近い程、本気で戦争に勝利しようとしたでしょう。しかしトップの方、とりわけ裏天皇は何を考えていたのやら…どうも理解不能の部分が残ります。
 しかも、この帝国は内部に深刻な対立を抱えてもいました。戦争の始まる前からおびただしい数の一般民衆が犠牲になるのは必然でした。幻想の不協和音の中での戦争です。
(seiryuu)
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ユダヤ問題のポイント(日本 昭和編) ― 第21話 ― 幻想の不協和音


三笠宮も裏天皇に仕えていた?


前回、『★阿修羅♪掲示板』からの情報で、「金(黄金)の百合」作戦で戦局の最終盤に略奪された莫大な財宝が、フイリピン山中に「山下将軍の財宝」として埋蔵され、その隠匿工作をした人々が生き埋めにされたことを見ました。

この情報源は、『櫻井ジャーナル』でも指摘されているスターリング・シーグレーブとペギー・シーグレーブ夫妻の著書のようです。

いくつかのブログでシーグレーブ夫妻の著書を翻訳した記事が掲載されていますが、その一つ『マヨの備忘録・・・マヨのぼやきから』2007-06-05記事の中で以下のような記述があります。

ベンは竹田宮、そして裕仁の兄弟である秩父宮、三笠宮、そして南京虐殺において日本軍の指揮をとった年長者、朝香宮を指さした。ベンは彼らが在庫を調べ財宝基地に収納する間、ともに過ごし食事を運びお茶やタバコをもっていったと話した。

竹田宮恒徳
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秩父宮雍仁
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三笠宮崇仁
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朝香宮鳩彦
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ここで竹田宮たち皇族を指さしたベンとは、竹田恒泰親王の従者として財宝隠匿に従事したフィリピンの若者ベン・バルモアで、彼は財宝隠匿関係者たちの中での生き残りの人物である旨が記されてあります。

このベンが指さした皇族、つまり竹田宮、秩父宮、朝香宮は裏天皇の部下であったことは既に見ていますが、ここに加えて三笠宮の名前も出ています。

『夢幻と湧源』サイトの2009年6月2日記事には、キムスこと竹田宮、秩父宮雍人陸軍少将、三笠宮崇仁陸軍参謀、朝香宮鳩彦陸軍中佐、「これらの皇族たちは、1943年にマニラで開かれた会議の参加者だった。」とあります。

こういった情報から、三笠宮も裏天皇側に所属していた可能性があります。三笠宮は南京事件や731部隊の振る舞いを批判していた人物で、その意味で三笠宮が裏天皇側に属していたとすれば意外ではあるのですが……。


また、現在は表示されていませんが2015/11/15竹下さんの記事紹介されてあった記事の中に次の記述がありました。

鬼塚氏は、秩父宮が2・26事件の策を練り、終戦時の8・15宮城事件は三笠宮が策を練ったのだと断言している。どちらのクーデターもヤラセだった。

2.26事件は後述するとして、三笠宮が策を練ったとされる「8.15宮城事件」について。これはごく簡単には、終戦に反対する将校が宮城(皇城)を占拠し「玉音放送」を阻止しようとしたが、逆に鎮圧された事件です。

昭和天皇の意志に反し皇城を占拠した将校たちは、普通に見れば裏天皇側の者でしょう。そしてその叛乱将校を鎮圧、指揮の功労者が田中静壱司令官でした。

陸軍中将時代の田中静壱
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ところが、この田中静壱こそが、フィリピンで山下将軍の前に第14軍を天皇に親任され、率いていた司令官です。つまり、田中静壱は「金の百合」の実働部隊の司令官で、裏天皇の部下なのです。


鬼塚氏によれば、三笠宮が練ったとされる「8.15宮城事件」とは、裏天皇の部下がクーデターを謀り、それを同じ裏天皇の部下が鎮圧した構図になります。これだと確かにヤラセです。

一口に裏天皇側といっても、その中には派閥とその争いもあったであろうし、個々人の考え方の相違もあったであろうことは間違いないでしょう。また、その彼らの為した作業の中には、見せかけのヤラセ工作もあったでしょう。

問題はヤラセにしてもその目的なのですが…、残念ながら現在は不明です。


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